パリのお店、一年を振り返って。

坂田夏水 / Natsumi Sakata
空間デザイナー。座右の銘である「やるかやらないか。やる!」を実践していたら、気づけばパリの6区の片隅で子育てしながらお店を開店していました。失敗したとしても死ぬほど困ることじゃない、壁紙に悩んだって貼り直せばいいだけ!今日も私は、朝からパリの街を駆け抜けています。

9月。今年のパリの夏の到来は遅く、8月になってやっと暑くなり9月前半まで真夏日が続きました。日本では猛暑で外出が危険とニュースとなっていたようですが、真夏日と言ってもパリはカラッと涼しく、暑くて日中外に出られないという日は2週間くらいしかありませんでした。

パリの学校の夏休みは2ヶ月もあって、9月から新学期が始まります。ゆえに長すぎるヴァカンスが終わってからの9月のパリは一気に通常モード。親の私たちはお休み中に溜まった仕事を大急ぎで片付け、子供達を平常運転に戻しつつ新学期のお勉強や習い事など、9月は慌ただしい毎日となります。加えて、新学期に合わせてパリに引っ越してきたという家族もいたりして、学校の子供たちのクラスは転校生のお話で盛り上がったり…。

とにかく、私はこの2ヶ月の子供たちと過ごす長く忙しい夏がやっと終わり、久しぶりに仕事に取り組める気持ち。やっと ”自由になった!” と秋の空のようにカラッと晴々な気持ちです(笑。




移住一年目の葛藤



思い起こせば、一年前の2022年。私たちが東京から引っ越して ”BOLANDO @Saint-Germain-des-Prés” を開店したのも、今と同じ夏休みが終わった頃の9月でした。

そうして早1年。試行錯誤しながらパリジェンヌたちのご意見を承りつつ、商品の売り方や品揃えについて学ばせていただく時間だったと振り返ります。1年前の開店と同時に、子供たちのフランスの学校への入学手続きや語学の問題もあったりして、行き当たりばったりのドキドキヒヤヒヤだったものの、それもこうして一年過ごしてみると、子供達は学校のお友達や先生に早く会いたいと楽しみに登校していますし、私もまたこれからの2年目を迎えたお店に出勤できることをとても嬉しく思っている次第。なんだかんだいっても、人間というものは適応力があるものなのですね(笑。

と思う反面、この1年を振り返ると、ジェットコースターにとても長い時間乗っていた気分でしかないことは隠しようがありません。加えていうならば、このジェットコースターはまだ終点に到達していないことも理解しつつ、そしてまだまだ降りられないことも理解していながらも、何もわからず急降下して絶叫していた1周目の1年間に比べると、2周目は一緒に乗ってくれる仲間もできたし、次に何が来るのか予測ができることもあり、意外と楽しめるのではないかとワクワクしています。

「楽しいことも苦しいことも毎日を続け継続することが大切だね」と、フランス人の夫が家族と話していたときにフランスの諺を教えてくれました。

 “Petit à petit l’oiseau fait son nid” (鳥は少しずつ巣を作る)

鳥が毎日小枝を運び巣を作るように、毎日少しずつ努力を積み重ねれば、できないことはないという意味なのだそうです。日本で言えば「千里の道も一歩から」という感じでしょうか。まずは、異国に冒険に出て巣作りをする。初めは居心地が良くないかもしれませんが、毎日巣を作るための枝を集めて整えていくことで、美しく素敵な巣に出来ればと思います。




2年目のチャレンジ



これからの2年目は、1年目の経験を経てどう展開していくかという作戦を練っています。1年目で学びながら意外だったことは、ここ Saint-Germain-des-Prés のお客様は安いものは買わないということ。

観光でふらっと入った人、恋人のプレゼントを探している人、自分の家のインテリアの素材を相談したい人など、さまざまな境遇の方がいるので、安いものから高価なものまで品揃えしなければと、開店当初は品揃えしていました。例えば羽織です。パリジェンヌたちはドレスコードのあるレストランにいく時などはパーティドレスの上に着たり、またジーンズと一緒に格好良くコーディネートしたり。パリでは羽織は珍しいものではなく、古着屋さんでも売っているので街中で結構見かけます。皆さん素敵に着こなしていて、日本人の私としては驚きだったんですよね。なので価格帯別で揃えていたのですが、不思議なことに高価なものしか売れていかないのです。

羽織に限らず、和紙、布、壁面装飾なども同じで日本の市場とは違うのです。今では毎日興味深くお客様の反応を観察しながら勉強しています。

商品選びについても失敗談がありまして、私は日本にいる時から茶道を続けていたので、パリでも茶道のお稽古に通っているのですが、茶道好きなフランス人は思った以上にいます。ですので茶道具の抹茶茶碗や茶箱を揃え他のですが、今まで売れたのは一点のみ。

パリで季節関係なくコンスタントに売れたものは、羽織、鉄瓶、風呂敷です。思った以上に売れて驚いたのは招き猫と能面でした。招き猫は port-bonner(幸せを持ってくるもの)と呼ばれてフランスでも有名でプレゼント用に、能面は日本の代表的な文化財として評価が高いのです。

またフランス人はケチだ、と聞いていたのですが、全くそんな感じはない、そんなリアルに驚いた一年でした。何よりもパリのマダムお目が高い。美術館やギャラリーなどで見慣れているのか、本物を知っていますし、日本人より日本の工芸について勉強しています。私たちの知識が足りずお客さんに教えてもらうこともあったもするのです。

大量生産のものを嫌い、ボロボロでも古くて一点ものものがお好み。中には値段を見ずに買う人もいます。そういう人に限って決断が早い。正直、私には真似できません。

そうそう、昨今嬉しいことは、物販だけでなく、インテリアや内装工事の相談が増えてきたことです。お店に来て相談から始まるのですが、まずは我が家においでよ、とお声掛けいただきご自宅にお招きいただくのです。窓からルーブル美術館が見えたり、素晴らしいルーフトップのアーティストのアトリエだったり。なかなか普通に暮らしていると会えないような素晴らしい方のご自宅に伺い内装の相談をしてもらえるだけで、私としては至福の時間です。受注にならなくても良い!と思うほど、幸せで嬉しいっ(笑。



感謝の心



もうひとつ。この一年の学びで一番大きかったのは「感謝と応援」です。 日本では店舗スタッフはまず、「いらっしゃいませ!ありがとうございました!」と声高らかにどんなお客様にもご挨拶することからトレーニングされます。しかしここフランスでは、「お客様は神様」的な日本の商売感覚はなく、来店したお客様との双方の挨拶から始まります。

初めての方には「こんにちは、何か探しているの?」、リピーターの方には「皆元気だった?」と家族のことや人生の話をしてお互いに時間を楽しむ。そして買い物をするときは、“消費の応援” であり、応援を受けた店主は、また世の中のために誰かを応援する。“消費の応援” というのは、自分のお金の消費をどこで誰に、また何に対してお金を消費して応援するのかという概念です。なので、お店に入った時にはまず挨拶があって、お互いに理解し感謝して応援する、これが基本なのです。もちろんパリのどこでもそうじゃないけれど、BOLANDOのあるSaint-Germain-des-Prés 界隈はこんな感じなのです。

ある時、私たちのお店の近くの某店主が、「日本人がお店に来たけど、何も言わずに入ってきて、何も言わずに出ていったんだよ。あの人ヘンだったけど、大丈夫?病気なのかな?日本人ってそうなの?」と聞かれたことがありました。店主曰く「挨拶もできないなんて、病気なんじゃない?」と思っているのですね(笑。

またあるときは、店に入って挨拶も断りもなく写真だけ撮っていく日本人もいたそうで、携帯のカメラの音だけが鳴り響く店内。皆さん!こちらでそんな行動をとる人は病気どころか変態扱いですから、お気をつけくださいね。

昔は日本もお店に入るときは「くださいな」「ごめんください」などの声掛けがあったんじゃないかと思います。いつから日本は店舗スタッフからの挨拶ばかりになってしまったんでしょうね。コンビニや居酒屋の「いらっしゃいませ!またお越しくださいませ!」が過剰で、うんざりしてしまった結果、挨拶ができなくなってしまったんじゃないかと私は推測しています。皆さんはどう思いますか?

2年目の目標はフランス語でお客さんの相手ができるようになること。そして、本業のインテリアのコーディネートのお仕事をパリですることです。頑張ります!

さて、次回の話をする前に、今回は特別企画のお知らせです。

5月よりお付き合いいただいております「パリ6区片隅の日本から」、今回でついに10回目。ここまで続いたことを記念して(笑)、パリのお店から生中継!で皆さんと直接お話させていただく機会を設けさせていただきました(ありがとう!)。文章では伝えられないリアルなパリ生活や、どんなところで私が毎日格闘しているのか、なんてことをお伝えできたらって思っています。また日本のお店のことや私のお仕事のことなども、ゆるりとお話させてください。
今後はご自宅のインテリアに関するお悩みのアドバイスとかもリモートでお受けできたらなんて思っているので、ご要望あればお聞かせくださいね。

ということで、まずは日時のお知らせ。日本時間の10月2日(月)20時から。私のお店を実際に見ていただきながらおしゃべりできたらと思います。ぜひ参加くださいませ。
参加くださる方は事前に、こちらから参加登録をしてくださいね!(参加無料!)。


と言うことで、次回テーマ。ええと…どうしましょうか。この特別企画でどんなことを知りたいか、なんてこと聞いてもいいかもしれませんね。ではちょっとおあずけにさせてください。 


ではまた。次回の前にライヴ配信でお会いしましょう!



au revoir. à bientôt!

夏水


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● 坂田夏水(さかたなつみ) さんて、こんなひと。

1980年生まれ。2004年武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業。
アトリエ系設計事務所、工務店、不動産会社勤務を経て、2008年に空間デザイン会社として夏水組設立。女性の視点によるリノベーションや内装デザインで注目を集める。その他、商品企画のコンサルティングやプロダクトデザイン等を手掛ける。DIYやセルフリノベーションに関する書籍を多数執筆。

【メディア出演】
NHK「世界はほしいモノにあふれてる」 フジテレビ系列「セブンルール」「めざましテレビ」 日本テレビ系列「幸せ!ボンビーガール」外観・内装の立て直し屋 として出演 等に内装デザイナーとして多数メディア出演。

空間デザイン会社 夏水組
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