生活文化と都市計画

坂田夏水 / Natsumi Sakata
空間デザイナー。座右の銘である「やるかやらないか。やる!」を実践していたら、気づけばパリの6区の片隅で子育てしながらお店を開店していました。失敗したとしても死ぬほど困ることじゃない、壁紙に悩んだって貼り直せばいいだけ!今日も私は、朝からパリの街を駆け抜けています。

カルチエ・ラタン。ある6月の晴れた日、仕事帰りのパリジェンヌは友達とアペロをするため歴史あるカフェへ。太陽が照りつけるテラスで白ワインとパテをオーダー。「これ、ママンが昔お気に入りだったシルクのシャツなの」。ボタンを外しながら自慢げに話す彼女はノーブラ。

そしてまた隣のマダム達は濃く熱いエスプレッソを飲みながら、太陽の方を向いて光合成するひまわりのごとく日光浴。「先月新しい彼ができたの。」と話すマダムはおそらく60代。毎日同じ場所で日光浴をしているからか、こんがり日焼けし肌は乾燥でシワシワながら、ハイヒールにミニスカートがなんとも美しい。



パリに暮らしているとこんな光景をよく目にします。パリジャンとパリジェンヌの豊かな生活と住まい方。今日はそんなところから始めてみたいと思います。

アペロ時のカフェ

衣食住

衣食住とは、言わずもがな服と食物と住居のことを指しています。暮らしを営むことであり、生活の基礎である文化を作っていくものです。

まず、フランスの ”衣” について。日本人の多くは「パリジェンヌの服は最先端のオシャレ」と、書籍の影響なのか思い込んでいるところありますが、実際はそんなことはありません。私が知る限り、どの家に遊びに行っても洋服部屋はドレスやローブで溢れているように思います。代々引き継がれてきた衣装はシミがついても穴が空いていても直して着続けるとのこと。断捨離なんてどこへやら、だから洋服部屋がいつも溢れているのでしょうね。

では、パリジェンヌはオシャレな良いものを長く着ているから素敵に見えるのでしょうか。もちろん髪や目の色、小さなお顔は人種の違いなので、私たち日本人と比べても仕方がありません。ただ私がこちらで暮らし始めて気づいたことは、パリジェンヌは「ありのままの自分を各々が楽しんでいる」ということです。一番の衝撃かつ憧れていることはノーブラ。「ブラジャーなんて苦しいわ、そのままが美しいの」とシルクの薄いシャツにパンツ姿の彼女たちを見て惚れ惚れします。パリのノーブラジェンヌは美しく、一見の価値ありますよ(笑。

ノーブラジェンヌ…もっと近くで写真を撮りたい(笑

次に、フランスの ”食” は知っての通り。美味しいフレンチは上を望めばどこまでも限りがありませんが、ここでも ”衣” と同様に、食材のありのままの味を楽しむことが求められているように感じます。BIOの食材が好まれるのは素材の持つ味や香りを大切にしているからでしょう。そうそう、私がまだ日本で暮らしている時に、フランス人と牛ステーキのフォアグラのせが人気のフレンチレストランを食べにいったのですが「なんで牛フィレ肉の上に鴨の肝臓なの?」と呆れていました。牛肉と鴨は、各々別の味わいを楽しむべきだということだったのでしょう。こちらで多くのフランス人と時間を共有するようになり、ようやくその意図を理解できるようになりました。

”衣・食” には、それぞれの歴史と文化があり、取捨選択を積み重ね、現代に繋がってきているのだと思います。ちなみに今の私が持っている “日本の衣・食” といえば、かさ増しされたワイヤーブラジャーに圧迫ストッキング、コッペパンにタピオカティー。さてさて、こんな日本の ”衣・食” について、白ワインにパテを食するノーブラジェンヌからみてどう映るのか、今度機会を見て真相を聞いてみたいと思います。



さて最後に、衣食住の ”住” についてです。

欧州では第三の皮膚とも言われる住まい(一番が自らの皮膚、二番が衣類)。フランスと日本では、残念ながら ”衣・食” 以上に大きな差があって、どうしてこんなに違うものかと羨ましくもあり、悩んだ時期もありました。既にご承知いただいている通り、私はインテリア業界に身を置いていますが、クライアントの皆さまの多数は、北欧系、フレンチカントリー、シャビーシックなど、欧州のインテリアをご希望されるのです。しかし実のところ、日本の建築様式、つまりアルミサッシにビニール壁紙の建築では、欧州のようなインテリアにするのは正直困難極まりない。パリの石造建築構造は地震がないこともあり、築150年モノはザラにあり、築200年超えるとようやく古いと言われるレベルですから、日本と同じ ”住” であるはずがないですよね。

地震云々は別として、もちろん日本にも木造の美しい住まいはあります。数奇屋建築、和室、茶道花道書道の日本の三道はフランスでも評価が高く、私のパリのお店「BOLANDO」のクライアントは、和室を自宅に作りたい、茶室を改造したい、襖を設置して部屋を仕切りたい、など日本の建築の良さを知っている方がたくさんいます。パリで活躍したKENZO氏はパリのバスティーユに立派な自邸をお持ちでしたが、インテリアを和風に改造して中庭は日本庭園だったそうです。

こうして考えてみると、私たち日本人は「ないものねだり」をしているだけなのかもしれません。自国の美しい文化を正しく学ぶことなく、”衣食住” は海外のものを優先、しかも(本物とは違う)日本の洋風スタイルに変換したもので満足している。これでは、個人としてだけではなく国としても個性を失ってしまうのではと危惧しています。かくいう私もパリにきてから和食にこだわるようになり、着物を日常で着るようになりました。その意味でも私はここに来てよかった。もう一度、日本の “衣食住” とは何か、そろそろ考え直さないといけない時期がきているのではないか、そう実感している昨今。まずは自らです。




歴史と建築

もう少しだけ建築の視点から、街づくりに関する歴史について触れておきたいと思います。

パリの街を美しく残そうと19世紀に活躍した建築家ジョルジュ・オスマン氏。人口増加が甚だしく不衛生で疫病蔓延が問題となっていたパリを、ナポレオン3世統治下に強固な意志でその計画を遂行しました。パリを10区から20区に拡大、公園を24カ所、大通りを貫通させて公共施設や駅をつなぎ、下水道を完備。そしてパリの美しい景観を整え持続していくため、景観を変えないことと再開発などで壊されないように厳しい建設基準法を作ったといいます。一方でパリ中心部の古く小さな建物に住んでいた貧民層の家は解体され、パリから追い出された結果、皮肉にも街は富裕化していきます。「美しいパリ」をつくる為のこれらオスマン氏の仕事を功績か否かと捉えるのは、なかなか単純にはいかないかもしれませんが、現在の美しいパリがあるのは彼の都市計画があってのことだというのは、間違いありません。

超高級一等地、3階以上は誰かの家なのです
この最上階角のお部屋、いつか行ってみたい
オスマン建築の特徴は、外壁装飾が細かく派手
パリの広い道路沿いの家は、朝から夕方まで日当たり良好
全ての窓にそれぞれのパリ生活
美しい外壁とバルコニー

またこの改革は観光事業面では大成功を収めており、現在パリの観光客数は住民の20倍だといいます。観光客がたくさん来ることによって、レストランやショップ、ホテルなど他国含めて外部からのお金で街が潤うのです。これは店の改装や街並みの保善に大きく関係し、街が美しくあり続けるために効果的なサイクルができているといっても過言ではないでしょう。

そうそう、半年ほど前に、お店の外壁と広場の壁にスプレーで大きく落書きされたことがありました。日本だと自分で工事業者に発注して塗り直すのが常ですが、パリ市には「落書き処理班」なる方たちがいて、市役所に電話さえ入れると次の日には元通り。これは本当に驚きました。

定期的にメンテナンスされている古い建築物は不動産売買の価値にも関係しており、パリでは古い歴史的な建物ほど高い値がつきます。ですからインテリア商材も高価で良いものが売れ、安い大量生産品にはお客様は手を出しません。50年で解体が前提の日本の住宅と、築200年以上でありながらこれからも使い続けるパリの住宅では、手入れの仕方が違う。全く環境や考え方が違うのですが、やむをえませんよね。

もちろん良いことだけではありません。外壁や屋根の一部、窓枠の木材などの老朽化は甚だしく、剥がれた屋根、電線、アンテナ、煙突の破片(皆さんパリにいらっしゃった際、強風の日に上から落ちてくる建材の欠片に気をつけてください!)など、危険物だらけです。故に、これら古い建築を美しく残し続けるための専門職の「職人育成学校」が整備されており、卒業するまでの10年間の生活を国が補助する制度まで存在しています。卒業すればプロの職人として、フランスの歴史的な建物の修復など仕事は尽きません。石から彫り出した人物像や植物モチーフの外壁装飾、バルコニーの手摺であるアイアンの鋳物、スレート石貼りのドーム屋根や吹き抜け窓のステンドグラスなど、美しく残すためには国の強い意志と協力が必要なのです。

古き良きものに力点を置くフランス。その原点は「各々が持っている素質を活かすことを大切にする」と精神があるのかもしれません。あるときは大胆に、あるときは緻密で頑なに。自分の大切なものを知っているからこそできることなのかもしれませんね。




さて次回は、衣食住の生活文化というところから発展して「パリの緑と太陽の楽しみ方」について書いてみようかと思っています。では。

au revoir. à bientôt!

夏水


第1話はこちら
第2話はこちら
第3話はこちら
第4話はこちら





● 坂田夏水(さかたなつみ) さんて、こんなひと。

1980年生まれ。2004年武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業。
アトリエ系設計事務所、工務店、不動産会社勤務を経て、2008年に空間デザイン会社として夏水組設立。女性の視点によるリノベーションや内装デザインで注目を集める。その他、商品企画のコンサルティングやプロダクトデザイン等を手掛ける。DIYやセルフリノベーションに関する書籍を多数執筆。

【メディア出演】
NHK「世界はほしいモノにあふれてる」 フジテレビ系列「セブンルール」「めざましテレビ」 日本テレビ系列「幸せ!ボンビーガール」外観・内装の立て直し屋 として出演 等に内装デザイナーとして多数メディア出演。

空間デザイン会社 夏水組
吉祥寺店舗 Decor Interior Tokyo
ネットショップ MATERIAL
パリ店舗 BOLANDO