子供にとってのアート環境

坂田夏水 / Natsumi Sakata
空間デザイナー。座右の銘である「やるかやらないか。やる!」を実践していたら、気づけばパリの6区の片隅で子育てしながらお店を開店していました。失敗したとしても死ぬほど困ることじゃない、壁紙に悩んだって貼り直せばいいだけ!今日も私は、朝からパリの街を駆け抜けています。

「今月はどこの美術館にする?」

これが我が家で開催している月末家族会議テーマです。次は何を見たいか、どこに行ってみたいか、話し合います。この話し合い、なぜ定例開催なのかというと、こちらパリでは毎月第1日曜日は美術館や博物館が入館無料なのです。あの人のあれが見たい、パリのあの辺りに行ってみたいと話し合って、どこの美術館に行くか決めて、美術館のサイトで第1日曜日限定の「0円チケット」の予約を入れます。

もちろんルーヴル美術館やヴェルサイユ宮殿など、全てがこの日に無料な訳ではありませんが(注:ルーヴル美術館は第1土曜日の18時~が無料、ヴェルサイユ宮殿は11~3月の第1日曜日が無料)、常時無料の美術館や博物館も多数あり、移住して一年以上経過している私たちですら、未だ全ての無料美術館を巡ることができていません。

家族会議を経て今月は、パリ工芸博物館(Musée des Arts et Métiers)を訪れました。7月の革命記念日、8月の解放記念日で赤白青のトリコロールの煙を出しながら空を飛行機が優雅に舞うのを見て、古い飛行機や自転車、自動車などが見られる場所に行きたいな、と思ったのが理由です。


こちらのサイトで、パリの無料の美術館情報が公開されています。

ルーヴル美術館でスケッチ
建築遺産博物館でドームを学ぶ
マティスのパリのダンス
パンテオンで歴史を学ぶ
カルナヴァレの舞踏の間でダンス





アートと子供の距離



美術館や博物館には子供や学生がたくさんいます。フランスに住んでいる25歳以下の若者は、いつでも無料なのです。これはフランスの文科相が2000年に開始した施策の一つで、「全ての人の文化へのアクセスを促進し、もっと若者たちに文化に触れてほしい」というのが目的だったとのこと。結果として美術館、博物館の訪問者は増加し続け、今も続いているのです。

この施策の結果、毎月の第1日曜日は “文化の日” のイメージが定着しています。ある大学生カップルは愛を語りながらアートに触れ、とある子連れ家族は子供と床に座って有名絵画のスケッチをしている。また、ある子供集団は学校の授業で美術館員の説明を聞いて質問をしている。美術館の静かな環境を利用して、勉強をしたり本を読んでいる若者もいます。

このような姿を目にしていると、私も高校や大学生の時に家の近くに無料で入れる美術館があったら、度々観に行っていたんだろうな、と思います。日本でも高校生までは入館無料という美術館は多いけれど、東京で高校生だった私は、残念ながら電車に乗ってまで美術館に行くことはなかったし、それ以上に「未成年が一人で行ってはいけない場所」だと思っていました(苦笑。

そして大人になり、子供が産まれると今度は、美術館の好きな展示を観に行きたくても「子供をアート鑑賞に連れて行ってはいけない」的な雰囲気(子供が泣いたらどうしよう、静かに鑑賞できなかったら全部観られないな)があって足が遠のいてしまいました。

パリと日本におけるこの意識の差は、幼少期からアートに触れ楽しみ方を知っているかどうかの違いなのではないかと私は今、感じています。パリの美術館では、大人は温かい眼差しで子供のアート鑑賞を見守ります。子供がアートを見て自己表現するのは当たり前、多少声が大きくても、かつての幼少期の自分がそうだったように、「ねえ、これ見て!とっても面白いの!」と誰かに伝えたい、その経験の重要さを知っているからなのでしょう。

フランスでは美術館や博物館が公共に開かれた場所という意識があり、大人子供関係なく、それぞれが楽しみ学ぶ権利があると考えられているのではないか思います。ナポレオンを描いた絵画の前で、「これは誰?」と言っている子供に、見ず知らずのお爺さんが、「この人はね…」と説明をし始める、その姿をその周りにいる大人も見守り、また楽しむ、そんな光景を美術館でみて、「良いなぁ」と心温まりました。

犬も入れる美術館




パリのアートと教育



パリ6区に住んでいるからなのか、6歳と11歳の子にはそれぞれに、学校のクラスでお出かけするお知らせが度々届きます。ルーブル、オルセー、ピカソなどなど、歩いて行ける場所に美術館や博物館が多数あるからです。

過日、学校の授業で6歳の子は、マルモッタン・モネ美術館(Musée Marmottan Monet)に行って、《睡蓮の池》の模写をして帰ってきました。11歳の子は、ルーヴル美術館(Musée du Louvre)のエジプトの展示に行って、歴史のレポートを書いていました。実物を見て、アートに触れ、学ぶ。パリの中心部にある学校だからこその教育プログラムなんだと思いますが、素晴らしいと思いませんか?最近では、子供が学校の授業で学んできたことは私の知らないことが多く、新しい知識を子供から教えてもらうようになりました。

子供用のアート関連の配布資料

家族でピカソ美術館(Musée Picasso Paris)に行った時、”アトリエ” と館内マップに書かれた場所で、ピカソの絵を子供も大人も模写できるアートワークが開催されていました。紙とペンと色鉛筆を使って、大人も子供も一緒に時間を過ごせる場所になっていました。また、ポンピドゥー・センター(Centre Pompidou)に行った時は、カンディンスキーの空色の絵画の、鳥の絵のパーツを色塗りして繋げようというアートワークが開催されていて、やってみるとすごく大きな絵画ができて、子供達も大喜び。この絵画がどんな人によって、何が描かれたのかの説明をしてくれる美術館のスタッフもいて、素晴らしいアートワークだなと思いました。空に鳥が舞っている絵だって知らなかった我が子は、驚き嬉しそうでした。今でもその時の絵画のポスターをベッドの横に飾っているのですが、6歳の子は飛んでいる鳥の形や色について私に説明してくれます。

ピカソ美術館でのアートワーク
ポンピドゥ・センターでのカンディンスキーのアートワーク

こうやって、小さな子どもでも背伸びせずに身の丈にあったアートの楽しみ方を、いつだってやっていてくれるパリの美術館は凄いなと思うわけです。さらに、パリの美術館には子ども向けのアトリエが数多く存在し、内容も驚くほど充実しています。以前、お友達の紹介で、版画アーティストのアートワークに参加させていただきましたが、どんな気持ちで何を描くのか、その表現方法など、子供がわかる言葉で丁寧に説明があり、実際に自分で描いて版画を体験するものでした。版画を知らない我が子は、手を真っ黒にしながら楽しみました。

版画アートワーク




パリの習い事



また子供の習い事についても同様です。

11歳の子は絵を描くのが好きなのですが、パリ在住20年の日本人のお友達に、「絵画教室知っている?」と聞いたら、「ルーヴルがいいんじゃない?近いよね?」ですって。「え?美術館だけど?」という私の驚きの反応に、「パリの美術館は普通にどこでも、子供の習い事やワークショップがあるのよ」と。こんな感じで11歳の子はこの新学期から、学校の帰りにルーヴルに歩いていき、有名絵画や彫刻について歴史を教わり、それを模写することになりそうです。「でもすごくお高いんでしょ?」と思うかもしれませんが、一年分前払いではあるものの、日本の習い事のお月謝とさほど変わらないと思います。

■フランスのMAD(Musée des Arts décoratifs)の子供イベントのページはこちら

他にも、フランスの教育で素晴らしいのが市役所主催の習い事。アート活動や勉強については、大人向けも子供向けも充実していて、市役所に行けばたくさんのプログラムがあります。

■パリ市役所主催の習い事情報のサイトはこちら

これらのプログラムは、ダンス、音楽、歌、絵画、彫刻、スポーツ、料理、言語まで何でも揃っています。6歳の子はダンスが好きなので、この9月の新学期からダンス教室に行くことにしました。プログラムを見ていると、日本ではなかなかできないものもあり楽しそう。フランスは多国籍なこともあってか、ダンスも多国籍。また、音楽のプログラムではオーケストラができるくらい全ての楽器が揃っています。 あと興味深いのは演劇ですが、大きな声を出したり、役を演じてみることにより、人間関係や人前に出る楽しさを教えてくれるとのこと。スポーツでは合気道が人気だそうで、意外なことにバレエはそれほどに人気はないとのこと。

この市役所のプログラム、やはり充実した大人の習い事の中から私はフランス語のクラスに申し込みました。ちなみに日本語のクラスは人気で、毎年すぐに定員に達してしまうそうです。私も来年は子どもと一緒にダンスや演劇に通ってみたいと思っています。

さて、次回。「パリのインテリアと私たちのお店」というテーマを考えています。またお付き合いください。

ではまた。



au revoir. à bientôt!

夏水


第1話はこちら
第2話はこちら
第3話はこちら
第4話はこちら
第5話はこちら
第6話はこちら
第7話はこちら
第8話はこちら





● 坂田夏水(さかたなつみ) さんて、こんなひと。

1980年生まれ。2004年武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業。
アトリエ系設計事務所、工務店、不動産会社勤務を経て、2008年に空間デザイン会社として夏水組設立。女性の視点によるリノベーションや内装デザインで注目を集める。その他、商品企画のコンサルティングやプロダクトデザイン等を手掛ける。DIYやセルフリノベーションに関する書籍を多数執筆。

【メディア出演】
NHK「世界はほしいモノにあふれてる」 フジテレビ系列「セブンルール」「めざましテレビ」 日本テレビ系列「幸せ!ボンビーガール」外観・内装の立て直し屋 として出演 等に内装デザイナーとして多数メディア出演。

空間デザイン会社 夏水組
吉祥寺店舗 Decor Interior Tokyo
ネットショップ MATERIAL
パリ店舗 BOLANDO