坂田夏水 / Natsumi Sakata
空間デザイナー。座右の銘である「やるかやらないか。やる!」を実践していたら、気づけばパリの6区の片隅で子育てしながらお店を開店していました。失敗したとしても死ぬほど困ることじゃない、壁紙に悩んだって貼り直せばいいだけ!今日も私は、朝からパリの街を駆け抜けています。

パリのお店の不動産契約そして住む家探し

“サン・ジェルマン・デプレ”、パリの6区の中でもギャラリーや高級店が並ぶ特別な場所です。私のお店は、日本の内装建材やインテリア装飾品、伝統工芸品などの高価な商品を取り扱うため、店の立地が大切だと考えてこの場所を選びました。最初はショッピングの中心地であり観光客の多い4区のマレ地区で探していましたが、現地のマーケットに詳しいパリジャンに、「マレよりもカルチェ・ラタンの中心地、サン・ジェルマン・デプレの方がインテリアの商売に向いているし、客層が良い」と教えてもらったこともあり、家賃が高いのは難ですが、物販商売には立地が何よりも重要であることは日本での事業でも経験していましたので、サン・ジェルマン・デプレで探すことにしたのです。

店舗探しは長く時間がかかりましたが、CtoC(不動産屋が介入しない取引)物件検索サービスのサイトで情報を見つけ、店舗オーナーと直接やりとりをしてなんとか決めることができました。店舗の賃貸条件交渉は、移住してくる前からフランスの弁護士をつけ、契約するための打ち合わせを何度も重ねていたので、大きな問題なく進行。賃貸借契約は、建物と店舗のオーナーの2者と結びます。建物オーナーには賃料を支払い、店舗オーナーには Pas de Porte(営業権譲渡金)を支払う、という日本と異なる形式です。そしてお店の契約日が決まったら銀行の口座開設をします。私たちの場合、お店が会社登記の場所になるので、お店の賃貸借契約と銀行口座開設は同時進行で行いました。

工事業者とも店舗契約と同様、移住前から内装工事の見積と工程を確認をしていました。知り合いに紹介してもらった業者だし、日本から遠隔でしたが何ヶ月もかけて確認しているし、図面もあるし、あとはお金を払えば大丈夫、と思っていたら…大間違い!

「工事は工程通りに進まない、完成するのは9月だよ」。え? 今、なんておっしゃいましたか!? その言葉をお店の契約後に発せられて、まさに ”ah c’est la France(これがフランスか)”との洗礼を受けました。結局、業者に無理を言って、最低限の工事だけは別工事の合間に入ってもらい工期を前倒し、その他の壁天井のペイントや什器の組み立て、壁紙貼りは自ら工事をすることに。私のDIYの技術は、この時のために訓練されたのかと思うほど役に立ちました。

フランスの工事業者の洗礼を受け、これからは ”何事も予定通りに進めようと思わない” ことを決意。でもね。後で聞いたことなのですが、フランスの工事業者は工程通りに引き渡しをすると手抜き工事と言われるんですって。「しっかり仕事するから遅れるんだよ」ってね。そうか、遅れることも大事なのだ! ん? 私、騙されてない?笑

まさかパリで外壁を塗ることになるなんて!

サン・ジェルマン・デプレにあるお店

サン・ジェルマン・デプレにあるお店の内観

5月に開始した内装工事は7月に一旦完了し、日本から届いた商品を、様子を見ながら店内に出していきます。これは売れる! と思っていたものが全くダメだったり、おまけで持ってきたものが大人気だったり。パリのマダムたちのご意見を頂戴しながら、徐々にお店の商品陳列配置とラインナップを決定していき、無事9月にグランドオープンできました。

私がパリのお店で売っているものは、日本の伝統的な内装建材、畳や和紙、襖など、和室を作るための材料です。もちろん建材だけではお客様はお店に入ってきてくれないので、能面や屏風、着物や帯、漆器や髪飾りなど、パリジェンヌがご贔屓にしている日本の伝統工芸品も扱っています。

なぜ私、坂田がパリで日本の建材を売るの? とよく聞かれますが、答えはひとつ。日本の伝統建材を後世に残したいからです。日本では住居の中に和室を作ることが少なくなってきていて、畳も襖も需要が減り、代継ぎせずに廃業してしまう職人や工場が増える中、どうやったら消費量を増やし、また新しい需要を増やすことができるのか?と考えた結果、古き良き日本の伝統建材の素晴らしさを海外(特にフランス)に伝えることにチャレンジすると決めたのです。今のところパリジェンヌには好評。リピート購入してくれる方も増えました。お客様の年齢層は幅広く、建築を勉強している学生から、杖をついたおばあちゃんまで。そういえばある時、ひとりのおじいちゃんがお店に来て、ポケットから茶道具の濃茶入の象牙の蓋を出して、「売ってる?」って聞いてきた時の衝撃といったら…日本でも希少な物ですよ!

とにかくパリのお客様は「親日」で日本贔屓。みんな日本が大好きで、昔行った日本への旅の思い出などを話していってくれます。

パリの家が見つからない。裏口のコネ万歳!

さて。一方の家族で住まう家探しについてですが、日本での感覚「お金を払えれば大丈夫だよね」的な安易な考えでいたので本当に大変でした!

パリの家探しは「内覧」ありき。なので日本からは交渉不可能ですし、フランスのラボールからでも遠隔では大変困難ということで、平日に一泊二日、時には日帰りで、パリとラボールをTGVで何度も往復して借りたい家の内覧をしまくりました。お店から徒歩30分圏内かつ家族で住める家をネットで探し、パリ滞在中に内覧の予約を入れまくるのです。

一日で内覧できる家は最大8件。朝から晩まで1時間ごとにアポを入れます。最初の頃は、憧れのパリの賃貸物件を何件も見ることができるので、楽しくて仕方ありません。「ここも素敵だけど、あそこも良かった! ここは公園が近くて子供たちと…」と妄想が膨らみます。内覧した中から何件か厳選し、賃貸の申し込みに必要な書類を大量に揃えて仲介の担当者に送ります。「いつ返事が来るかな」と、ワクワクな気持ちで待つこと2週間…なんと! 誰も返事をくれません。日本ではあり得ません! だって、高い家賃を払う申し込みをしているのですから、日本の不動産屋ならお礼の電話をかけてくるほどです。なんとなく嫌な予感がして、担当者に直接電話をして問い合わせたところ、「あなたたちフランスで仕事してないから無理じゃない?」と。

どうして相手にされないのか…どうやら、パリが貸し手市場だということと、私たちが日本の収入証明しか出せないということが “無視” の理由のようでした。もちろん大家さんとしては、パリの安定した職場で働いていて収入証明をちゃんと出せる人に住んでもらいたいですからね。借り手がつかなくて困っている大家さんは、パリにはいません。

パリの引越し先が決まらないまま時間だけが過ぎていきます。3月から月2回、合計6回ほど内覧のためにパリに通いましたが、不動産仲介業者からは軒並み無視され返事がないので、半ば諦めていました。一定期間フランスで働いて、収入証明が発行されてから家を借りるしか選択肢はないんじゃないか? ってことなのかなーとか覚悟もしていたのです。もちろんパリ郊外のボロボロで家賃高めの家だったら貸してくれるんですが、子供の学校の治安のことや引越しをもう一度するストレスを考えると、一度で済ませたかったんですよね。

そんな時、夫のご両親のお友達から恵の光ともいえる情報が! なんと、そのお友達の方が住んでいるパリの建物のオーナーが、賃貸に出すための工事をしているということを教えてくれたのです。なんと!!! これがいわゆる裏口のコネです!

オーナー経由で不動産屋の連絡先をもらって内覧させてくれとお願いをしたところ、「もうヴァカンスだし休み明けでもいい?」というやる気なし回答。だけど、この“裏口”では一番に内覧し、申し込むことがとても重要! ここが決まらなかったら、パリに引越しできない! と目を血走らせつつ平常心を保ち(ふりだけど)、内覧後すぐに申込書を送付。知人と保証人からも追加のプッシュをしてもらって、無事契約できることに! 万歳! と思ったら、実際の手続きでは保証人はなんと三人が必要だし、契約書に添付する約束書は全て手書きじゃなきゃだめだって(驚)…あああ、そんなな面倒なことを嫌とも言わず全て叶えてくれた関係者全てのみんなに感謝です。本当にありがとう!そして無事に契約完了いたしました。拠点がようやく揃いました。

そうそう、後にこの武勇伝と奇跡を知り合いのフランス人に話したら「あなたたちが表口から借りられることは不可能。コネでしかこの町では有り得ないよ」ですって。そうか、フランスの証明書を出せない私たちに表口は開かれなかったということ。ああ、ここでもやっぱり ”ah c’est la France(これがフランスか)” を体感することに。私の次なる座右の銘はこれにしようかしら?笑

そんなこんなでようやくお店と大切な家族と住まう家についての契約は完了。いよいよ ”移住” という言葉が現実化してきました。「食べること」や「着ること」を楽しむように「住むこと」も楽しんでほしい、と常日頃から日本のお客様に提案していた私、フランスでの「住」で七転八倒の戦いでボロボロになりましたが、大丈夫。裏口だろうがなんだろうが「やる!」と決めたらやるのです。ほら、できたでしょ?

さて、次回はこうして決まったパリで住む家「最上階屋根裏部屋」について書いてみたいと思っています。いよいよパリでの生活が始まります。  au revoir. à bientôt!

夏水

第3話、公開!こちらからどうぞ。

● 坂田夏水(さかたなつみ) さんて、こんなひと。

1980年生まれ。2004年武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業。
アトリエ系設計事務所、工務店、不動産会社勤務を経て、2008年に空間デザイン会社として夏水組設立。女性の視点によるリノベーションや内装デザインで注目を集める。その他、商品企画のコンサルティングやプロダクトデザイン等を手掛ける。DIYやセルフリノベーションに関する書籍を多数執筆。

【メディア出演】
NHK「世界はほしいモノにあふれてる」 フジテレビ系列「セブンルール」「めざましテレビ」 日本テレビ系列「幸せ!ボンビーガール」外観・内装の立て直し屋 として出演 等に内装デザイナーとして多数メディア出演。

空間デザイン会社 夏水組

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