
印象派やポスト印象派の優品を多数所蔵し、近年は現代美術作品の収集で目が離せない箱根のポーラ美術館が放つ日本画の展覧会。やはりただの日本画展ではなかった。タイトルだって「シン・ジャパニーズ・ペインティング」。この「シン」の意味は「新」だけじゃない。美術館としては「深」であり、「真」とも受け取ってほしいようだ。一筋縄ではいかない(?)この展覧会を日本美術応援団団長の山下裕二氏に語ってもらった。
聞き手・文=鈴木芳雄
意欲的な企画ですね。タイトルもなかなかいい。「シン・ジャパニーズ・ペインティング」って。もっぱら日本画を見せようという展覧会と思っていたら、そうではなくて、かなり多くの洋画が展示されていて、日本画と洋画がどう交錯してきたかを見せたいんだなとわかりました。

橋本雅邦 《豫譲》 1881(明治14)年頃 川越市立美術館蔵 9月22日まで展示
橋本雅邦が実は油絵《豫譲》(川越市立美術館蔵)も描いていたとか、知らない人がほとんどでしょう。僕は川越で見たことがありましたが、この絵を今回初めて、驚きながら見る人もきっと多いでしょう。

横山大観 《山に因む十題のうち 霊峰四趣 秋》 1940(昭和15)年 ポーラ美術館蔵 通期展示
横山大観、菱田春草も、アーネスト・フェノロサや岡倉天心の指導のもと、革新的なことに挑戦してました。「日本画で空気を描け」と言われたことから、朦朧体が生まれたんですね。この展示ではそういうことをていねいに説明してくれている。大観や春草の作品を東京国立近代美術館や京都国立近代美術館、遠山記念館などから借りてきているのも意欲的です。

横山大観・菱田春草 《入船・帰路》より
菱田春草 《入船》 1902(明治35)年 京都国立近代美術館蔵
9月2日-10月20日の展示

横山大観・菱田春草 《入船・帰路》より
横山大観《帰路》 1902(明治35)年 京都国立近代美術館蔵
9月2日-10月20日の展示
革新しようという気持ちのある人が主流になり、近代化は推し進められるんです。ただ、僕個人の好みでいうと、革新しようなんて思っていない日本画家が好みでではありますが。その代表は鏑木清方です。江戸時代以来の伝統的画法をしっかり受け継いで、それをベースに現代的な要素を加味している。戦後はそういう画家はいなくなりました。僕はよく「筆ネイティブ」って言う方をするんです。ものごころついて最初に握る筆記具が鉛筆というのが今は普通でしょう。しかし、筆から始まった人。清方はそんな最後の画家でした。
杉山寧の貴重な20代の作品を見られたのはいい機会でした。そこから晩年まで見通せる展示になってますね。

岡田三郎助《あやめの衣》に再会

岡田三郎助 《あやめの衣》 1927(昭和2)年 ポーラ美術館蔵 通期展示
岡田三郎助《あやめの衣》(ポーラ美術館蔵 旧福富太郎コレクション)を久しぶりに見られたのも嬉しかった。これは僕が監修した「コレクター福富太郎の眼 昭和の名実業家が愛した珠玉のコレクション」の東京展で展示しました。

岸田劉生 《麗子坐像》 1919(大正8)年 ポーラ美術館蔵 通期展示
一番魅力的だと思ったのは、岸田劉生の《麗子坐像》(ポーラ美術館蔵)ですね。あのしぼりの着物の質感たるやたまったものではないです。大正時代、劉生に触発されて、速水御舟は《京の舞妓》(東京国立博物館蔵)というすごい絵を描くんです。「革新の日本画」ということなら、この展覧会、御舟を出してほしかったところです。展覧会の趣旨には沿っていたはずで、企画者も同感だと思います。御舟はなかなか借りにくいんですよね。劉生《麗子坐像》と御舟《京の舞妓》が並んでいたら、この展覧会のメインになっていたはずです。御舟はそれまでは、質感描写、細密描写をやってなかったんですが、油絵に触発されて、それをやろうとしたわけですから。

川端玉章 《函嶺景巻》 1873(明治6)年 神奈川県立歴史博物館蔵 通期展示日 ※1カ月ごとに画面替
川端玉章の《函嶺景巻》(神奈川県立歴史博物館蔵)、あんな絵を描いていたこと、僕も知りませんでした。玉章は日本画を革新したいと思った人ではなくて、前時代からのものを受け継いで、誠実に仕事した人でした。日本画を中島来章に学び、洋画を高橋由一に学んだ。東京美術学校の教師を務め、のちに画塾、川端画学校を創設し、多くの日本画家、洋画家を輩出しました。

三瀬夏之介 《日本の絵》 2017(平成29)年 作家蔵
など展示風景 © Ken KATO
展覧会の冒頭に出てきて、これも日本画かと思わせるのが、三瀬夏之介の作品。この人は日本画をベースにしつつ、現代美術指向の強い作家です。指導者としても優れていて、今、注目すべき画家を何人も輩出している。この展覧会にも彼の門下から数人が出ていますね。

荒井経 《草虫図》 2019(令和元)年 作家蔵 通期展示
荒井経は東京藝大の保存修復の先生でもあり、しっかりした技術に裏打ちされた仕事をしています。画材、基底材についての知識は誰よりも持っています。それをもとに実直な仕事をし続けている画家ですね。

久松知子《日本の美術を埋葬する》 2014(平成26)年 Kanda & Oliveira蔵 通期展示
久松知子の作品が入ってるとは思わなかったです。《日本の美術を埋葬する》(Kanda & Oliveira蔵)はギュスターヴ・クールベ《オルナンの埋葬》(オルセー美術館蔵)を思わせる群衆図。登場するのは日本の美術界のキーパーソン。久松はこれを岩絵具とアクリルで描いているんです。

谷保玲奈 《Bulb》 2023(令和5)年 作家蔵 通期展示

谷保玲奈 《腹部の余韻》 2023(令和5)年 作家蔵 通期展示
谷保玲奈の作品が3点あり、新作が2点を見てさらに良くなっていると思いました。永沢碧衣《山景を纏う者》が最後にある。その締め方がいいです。

永沢碧衣 《山景を纏う者》 2021(令和3)年 作家蔵 © Ken KATO 通期展示
展覧会には出てない会田誠、山口晃。彼らはともに東京藝大の油画出身ですが、会田は岩絵具を使った作品を描いていたり、山口はモティーフを、日本美術から多くとっている。それぞれ、日本画に対してはさまざまな想いがあるでしょう。彼らの活動をこの展覧会はどう向き合うのか。あるいは同じく東京藝大で、日本画出身の鴻池朋子がなぜ入ってないのか、彼女の作品をどう見るか。
たとえばそんな議論を風発させるのはいいことでしょう。そんな意味でもとても興味深い意欲的な展覧会だと思います。
会期|2023年7月15日(土) – 12月3日(日)
会場|ポーラ美術館[箱根] 展示室1,2,3 アトリウム ギャラリー
開館時間|9:00 – 17:00[入館は16:30まで]
休館日|会期中無休[悪天候による臨時休館あり]
お問い合わせ|0460-84-2111
■会期中、展示替えあり
コメントを入力してください