「杉本さんの作品をちゃんと見たのは実は今回が初めて」と語る藤原ヒロシ。「杉本さんの作品を知ってから40年近くになる」と話す鈴木芳雄。その2人が現在、東京国立近代美術館で開催中の「杉本博司 絶滅写真」の会場で対話をした。意外なことにそのやりとりは「杉本博司入門」のベストテキストになっている。
鈴木芳雄[以下S] 近年の杉本さんは、写真だけの展覧会というより、インスタレーションや古美術やオブジェを組み合わせたり、ストーリーを背景にした展示が多かったですよね。今回の「杉本博司 絶滅写真」は、写真に絞った内容になっています。
藤原ヒロシ[以下F] ということは、今の杉本さんは写真がメインというわけでもないんですね。そもそも、もともとは写真家なんですか?
S 作家としてのキャリアは写真からです。1948年に東京に生まれて、大学卒業後に渡米し、ロサンゼルスで写真を学んだ。
F アートを勉強するなかで写真を選んだ?
S もともと写真が得意だったから、それを仕事にしようと思った。とりあえず、広告写真家を目指して、アシスタントなどもやったけれど、それは向かなかったらしい。人から指示されて撮るのがダメだったんでしょうね(笑)。同じ頃、ドナルド・ジャッドやダン・フレイヴィンの展示を見て、「こっちだ」と思った。自分が身につけた写真の技術で、ドナルド・ジャッドとかダン・フレイヴィンみたいなミニマルでコンセプチュアルなことを実践しようとした。もちろん、ちょっと自嘲的で、人の悪いマルセル・デュシャンの精神も根底にある。その結果、アメリカ自然史博物館などで撮影の〈ジオラマ〉シリーズにたどり着くわけです。
杉本博司 《アビシニアコロブス》 1980年 © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
F あの〈ジオラマ〉の動物とかは、剥製ですか?
S 〈ジオラマ〉の動物は剥製、〈肖像〉シリーズの人物は蝋人形ですね。
杉本博司 《ダイアナ、プリンセス・オブ・ウェールズ》 1999年 © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
F 剥製や蝋人形をわざわざ撮って、現代美術にするというのは独特ですよね。普通はそんなもの写真に撮らないわけで。そういうところが、現代美術として面白いですよね。
S 今回、杉本さんの展覧会のお客さんを見ていて思ったのが、写真の展覧会って普通は写真が好きな人が来ると思ってしまうんですけど、写真好きというより、現代美術が好きな人ばかり来ている印象があった。逆に、自分で写真を撮る人とか、カメラが好きな人は思ったほど来ていないような気がする。
F 僕、杉本さんについて全く知らないんですよ。実は、ちゃんと見たのは今回が初めてで。だから、僕も杉本さんを写真家だとは思っていなかった。現代美術作家だと思っていたから写真好きの人が見に来るという感覚は僕にもないですね。だからさっき聞いたのも、杉本さんはいろんなことをやっているから、何が最初なのかわからなかった。古美術なのか、建築なのか、写真なのか。
S 僕は逆に、写真作家として知ったから、そこが中心だと思っていたんです。けれど、僕がブルータスで2005年に「杉本博司を知っていますか?」という特集を作った頃から、杉本さんの活動はいろんな方向に広がりだすんです。建築、古美術、演劇のプロデュース、料理、書……と言った具合に。それで、写真制作は彼の創作のうちの氷山の一角だったんだとわかった。ただ、写真の技術は確かなんですよ。順番としては、最初の〈ジオラマ〉シリーズ。これは「レディメイド」を撮るわけだし、ちょっとデュシャン的なからかいみたいなものも含まれている。本当に生きているように見えるでしょ。でも、そこに写真にすることの難しさがある。自然史博物館のジオラマ展示って、上からの照明しかないから、上ばかりが明るかったりするんです。人が目で見るときは明るさに関してそれなりに折り合いをつけるんだけど、写真は冷徹というか融通が効かないというか。それを写真の技術で、どうやってリアルに見せていくかを克服した結果なんです。
F やっぱり、ライティングですか?
S 細かい調整はプリントでするんです。その技術に長けていて、その辺のことも今回同館3階の所蔵品ギャラリーで展示されている「スギモトノート」に細かく書いてあります。
杉本博司が1970年代〜90年代に作品制作や思考実験のために書き留めていたノート、「スギモトノート」。たとえばこのページは《アビシニアコロブス》(前掲)の撮影、現像、引き伸ばしのデータ控え。
S そして、〈ジオラマ〉の次に制作したのが〈劇場〉のシリーズ。例えば2時間の映画なら、2時間ずっとシャッターを開けておく。映画がスクリーンに投影されて、真っ白なスクリーンが残り、その光の照り返しで映画館の内部を描き出す。
杉本博司 《U.A. プレイハウス、ニューヨーク》 1978年 © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
F 映画館に人がいない時間に撮っている?
S いや、よく見ると初期の作品には観客もいるんです。昔の映画館だから、タバコを吸っている人もいて、煙が舞っているのが写っていたりもするんです。
F そのまま2時間、シャッターを開けっぱなしで撮っているわけですよね。
S そうそう。映画1本。後年に撮影した廃墟の劇場とか、自分でスクリーンやプロジェクターを持ち込んで映画をかけられる場合は、自分で映画を選べるわけ。でも、あまり暗いシーンが多い映画はダメなんですって。暗すぎると、光が足りない感じの写真になってしまう。逆に、青春映画みたいなのは明るすぎてダメだとか(笑)。
さらに、その次、だんだん水を撮りたいと思ったらしくて、日本に帰って〈華厳滝〉を撮る。そこから発展して〈海景〉シリーズになる。海半分、空半分で中央を水平線が横切るという構図、それがすごく人気になってヒットした。
「杉本博司 絶滅写真」展示風景 東京国立近代美術館 ©Sugimoto Studio
F そこでブレイクしたわけですね。
S 1995年から96年にメトロポリタン美術館で個展が開催されたんですけど、そこからです。もちろん、それ以前からファンはついていたけれど、以降、世界中の有名な美術館が収蔵してくれるようになったんです。
F 95年ぐらいというと、意外と最近ですね。
S 作家活動は1975年からやっていますね。《シロクマ》が1975年制作ですから。1970年にアメリカに行って、1974年にニューヨークに移って、最初、一時的にアシスタントとかもやっていたけど、作品制作に入った。1976年にはニューヨーク近代美術館(MoMA)に作品が2点買い上げられるんですが、それでも結構、苦しい状態は続いたそうです。
F 実家は何をやっていたんですか?
S 銀座美容商事という、美容関係の商社、問屋みたいなところ。シーブリーズ(SEA BREEZE)を日本で最初に輸入した会社だったそうです。井田両国堂より早くシーブリーズを輸入したり、美容製品、化粧品を日本中の美容室に卸売する会社だったらしい。戦後、女性たちが自由におしゃれできるようになった波に乗って業績は順調だったようです。まあ、そういう余裕がないと、あの年代でアメリカに行って、写真を勉強するなんてできないですよね。
F アートにはパトロンが必要。で、駆け出しの頃はそのパトロンが実家だった。
S そういう背景もありつつ、でも、写真の制作をやめずに貫き通したのは、本人の性格もあるのでしょう。そして、写真とは別に古美術を扱う「MINGEI」という店を1995年ぐらいまでやっていたんです。イサム・ノグチやジャッドやフレイヴィン、ほかにもいろんな人たちが来店して、『ニューヨーク・タイムズ』にも取り上げられた。その店で、昼間は接客、客のいない間は古美術の独習をして、夜は暗室作業をして作品制作をするという時代があったそうです。
F その世代で仲が良かったアーティストはいるんですか?
S 三木富雄とか、篠原有司男とか、先輩格の人はたくさんいたと思いますが、どこかのグループに属したり、何かのムーブメントの一員だったことはないですね。ニューヨークで現代アートの世界に入り、それなりに美術界での交流もある人ではあるけれど、完全なインサイダーとも言えない。どこか、現代アートというものを長いこと外側から見てきた人なんじゃないかな、という気もする。
どうです? 杉本博司に興味が出てきました?
杉本博司 《サヴォア邸》 1998年 © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
F そうですね(笑)。作品としてはきれいなものがたくさんあるから、人気があるのもわかるし、写真としてのクオリティーも感じました。ただ、その判断の仕方が僕にはわからない。デジタルとアナログの違いが鮮明にわかると言う人もいますけど、その焼きの黒さとか。でも、僕にはわからない。デジタルで撮るのと、アナログで撮って焼き上げるのとで、全然違うものができるんですか?
S 杉本さんに関しては、違いがわかると思います。杉本さんのプリント自体、工芸品みたいなものなんですよ。そもそも、銀塩写真の技術自体が大変なものですからね。近年の〈Opticks〉シリーズは、一旦デジタルを介したりしているけれども、〈Opticks〉以外は基本的には相変わらず旧式の8×10カメラで撮影し、現像し、旧式の引き伸ばし機で引き伸ばす。今どき、そんなことをやっている写真作家は限られます。それで、なぜそんなことをするのかと聞けば、杉本さんは「別にデジタルでもいいんだけど、デジタルではできないから仕方なくいまだにこれでやっている」と言う。実際、8×10と同等の画素数を撮影現場で扱えるデジタル機材ってないわけですよ。あるいは一般的なデジタルカメラで2時間もシャッターを開けておくなんて無理でしょう。だから「フィルムに頼るしかない」って杉本さんは言うんです。
杉本博司 《カリブ海、ジャマイカ》 1980年 © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
会期|2026年6月16日(火) – 9月13日(日)
会場|東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー
開館時間|10:00 – 17:00[金・土曜日は10:00 – 20:00]入館は閉館の30分前まで
休館日|月曜日
お問い合わせ|050-5541-8600(ハローダイヤル)
■本文に登場の「スギモトノート」を繙く書籍、7/17に刊行
『スギモトノート 銀塩写真技法』
杉本博司 著、鈴木芳雄 聞き手・文
岩波書店
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