スイス人建築家、ピーター・ズントーのことを、藤原ヒロシが以前から注目していたとは、さすがだと思った。LACMA(ロサンゼルス郡美術館)新館も早速見てきたという。この建築家、現在最も注目集める存在でありながらアジアには作品はなく、ヨーロッパでも行きにくいところに名作が多い。
藤原ヒロシ[以下F] 先日、LAに行ってきて、できたばかりのLACMAの新館を見てきたんですよ。建築を手掛けたのはピーター・ズントーだと聞いたので。
鈴木芳雄[以下S] それは建築を見るだけでも価値がありますね。建設費は7億2400万ドルを超え、その約80%は民間からの寄付によって賄われたというニュースをみました。およそ1150億円!? オリジナルというか、既存の別棟はレンゾ・ピアノの建築でしたっけ。LAに行けば必ずLACMAとMOCA(ロサンゼルス現代美術館)に行くんですけど、この二つは全然性格の違う美術館。建築もMOCAは、磯崎新が設計した本館「MOCA Grand Avenue」と、フランク・ゲーリーが旧倉庫を改修した「The Geffen Contemporary at MOCA」があるんですよ。もともとゲフィンの方は、本館建設中の仮設展示スペースとして使われていたんだけど、それがすごく評価されて、後に恒久化されたんです。
F LACMAって、なんとなくイメージではLA MOCA的な近代美術、コンテンポラリー・アートを想像するけど、全然そうじゃないんですよね。なので、正直あまり興味のないものもたくさんありましたね。
S MOCAができた頃って、ロサンゼルスはちょっと治安が悪くて、リトル・トーキョーも柄の悪いところだったんです。でも、その美術館が隣接してできたことで街がかなり浄化されて、リトル・トーキョーも住みやすくなったというのがあった。それが80年代半ばくらいかな。
F LACMAはもっと前からありますよね。古いですもんね、建物が。
S LACMAで日本美術というと、僕の感慨的にはエツコ&ジョー・プライス夫妻の「心遠館コレクション」が大きいですよね。心遠館というのは、若冲の画室名に由来する名前で、ジョー・プライスさんが自分のコレクション/財団に付けたものです。そのコレクションがLACMAの日本美術コレクションの重要な部分になっていて、プライス夫妻は作品の寄託だけでなく、日本美術パビリオンの建設にも資金を出している。建物はブルース・ゴフの設計で、1988年に開館しました。ただ、その後LACMAとプライス夫妻の関係はあまり良好ではなくなった時期もあったようで、プライス・コレクションの一部は引き上げられてしまいました。最終的には主要な作品を出光美術館がまとめて購入し、日本に帰国したわけです。
F そうなんですね。それで、僕が見てきたLACMAの新館には「David Geffen Galleries」と看板が掲げてありました。MOCAにも以前から「The Geffen Contemporary at MOCA」がありますよね。それで、この「ゲフィン」って誰なのかというと、ゲフィンレコードの創始者のデイヴィッド・ゲフィンなんです。ゲフィンレコードは、ジョン・レノン、ドナ・サマーをはじめ、80年代にたくさんの大物アーティストと関わってきた。さらにスティーヴン・スピルバーグ、ジェフリー・カッツェンバーグとともにドリームワークスを共同設立していて、つまりアメリカのショービジネスで財を成した大物なんです。ただ、LACMAの「デイヴィッド・ゲフィン・ギャラリー」は、ゲフィン本人の美術コレクションを見せるための場所というより、彼がLACMAの新館建設のために巨額の寄付をしていて、その結果、ピーター・ズントー設計の新しい常設展示棟が「デイヴィッド・ゲフィン・ギャラリー」と名づけられた、ということのようです。
LACMA「デイヴィッド・ゲフィン・ギャラリー」外観 photo/ Megumi Yamashita @architabi
S ゲフィン氏からは1億5000万ドルの寄付があったそうです。それと、LACMAというと、以前クリムトの《アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I》が返還後にここで展示され、大きなニュースになったこともありましたよね。あの作品は最終的にエスティ・ローダー家のロナルド・ローダーが購入して、ニューヨークのノイエ・ギャラリーに収蔵されることになるわけですが、ナチス略奪美術の返還問題という文脈で、ロサンゼルスの美術館周辺が注目されたことがありました。ただ、LACMA自体は「Los Angeles County Museum of Art」、つまりロサンゼルス郡立美術館なので、MOCAのような現代美術館とは少し性格が違う。名前の通り、カウンティ=郡の美術館なんですよね。そこが頭の中でつながっていれば理解しやすいんだけど、日本から見るとそれぞれの違いが少しイメージしづらいところがある。
F 今回LACMAに行ったのは、ピーター・ズントー設計の新館を見たかったからなんです。ちょうど仕事でLAに行っていたので、「せっかくなら見に行こう」と。というのも僕が昔、家を建てようとしていた時期に、建築について少し勉強しようと思ったんです。それまで建築のことをほとんど知らなかったので、建築関係の雑誌をいろいろと見ていたら、ピーター・ズントー設計の温泉施設、テルメ・ヴァルスがよく紹介されていて。それで実際にスイスまで見に行ったんです。
S テルメ・ヴァルスは、ズントーの代表作のひとつで、石の質感や光の扱い、空間の静けさが非常に評価されている建築です。だから、建築を見始めた時期にそこへ行ったというのは、さすがですね。実際、今でもズントーを語るうえでは外せない名作です。ズントーはヨーロッパでは非常に評価の高い建築家ですが、アメリカやアジアには作品がなかった。だから、LACMAのような巨大な美術館の新館を手がけるというのは、少し意外でもありました。ズントーがもう80歳を超えていることを考えると、これほど大きなプロジェクトは、彼のキャリアにとっても重要な仕事になるはずです。藤原さんはズントーに会ったことは?
テルメ・ヴァルス内観 photo/ Megumi Yamashita @architabi
F ないですけど。
S 僕はあります。
F 自慢ですか(笑)。ズントーの建物は、そうした大きなものももちろん良いんですが、小さいものも良いんですよね。それこそ住宅とかでも、良いものを作っているんだろうと思います。教会か何かもありましたよね。
ブルーダー・クラウス礼拝堂外観 photo/ Megumi Yamashita @architabi
S ブルーダー・クラウス礼拝堂ですね。あれはケルンから車で行くような場所なんだけど、作られ方が古い工法というか、まず木を組むんですよ。インディアンのティピーみたいな形に木を組んで、そこに土をのせて固めるんです。
その後、その木を燃やすんです。そうすると木が灰になって落ちて、土の表面が、まるで陶器のように固まる。完全に陶器というわけではないけれど、木の近くの部分が焼かれて、そういう質感になるんです。そして、木があったところがもともと空洞だったスペースに加えて少し広がった空間になる。それが小さな礼拝堂になるんです。「ブルーダー・クラウス」というのはドイツ語だから、「ブラザー・クラウス」という意味なんでしょう。
小さな建築ということではケルンの「聖コロンバ教会ケルン大司教区美術館」も名作です。遺跡の上に建っていた教会を美術館にしたものです。
F 美術館やギャラリーって基本的には白壁じゃないですか。でも、そのLACMAの新館「デイヴィッド・ゲフィン・ギャラリー」は、コンクリートの打ちっぱなしなんですよ。
LACMA「デイヴィッド・ゲフィン・ギャラリー」内観 photo/ Megumi Yamashita @architabi
S それ、現代美術にはいいかもしれないけれど、展覧会には万能ではないかもですね(笑)。そういえば、ピーター・ズントー設計でやはり、コンクリート打ちっぱなしの美術館がありましたよね、オーストリアのブレゲンツにあるブレゲンツ美術館。1997年に開館した現代美術館で、外観は半透明のガラスの箱みたいな建物で内部はコンクリートの床や壁を生かした、かなり素材の印象の強い空間なんですが、あれも名作ですね。サイモン・フジワラの展覧会を見に行きました。杉本博司さんもそこで展示と能の公演をやりましたね。
ブレゲンツ美術館 Simon Fujiwara「Hope House」展示風景
ブレゲンツ美術館外観
LACMA(ロサンゼルス郡美術館)
住所|5905 Wilshire Blvd. Los Angeles, CA 90036, USA
開館時間|月・火・木曜日 11:00 – 18:00、金曜日 11:00 – 20:00、土・日曜日 10:00 – 19:00
休館日|水曜日
Therme Vals(テルメ・ヴァルス)
7132 Hotel Vals
住所|Poststrasse 560, 7132 Vals, Switzerland
Bruder Klaus Field Chapel(ブルーダー・クラウス野外礼拝堂)
住所|Iversheimer Strasse 53894, Wachendorf-Mechernich, Germany
Kolumba Art Museum of the Archdiocese of Cologne(聖コロンバ教会ケルン大司教区美術館)
住所|Kolumbastraße 4, D-50667 Köln, Germany
開館時間|12:00 – 17:00
休館日|火曜日
Kunsthaus Brezenz(ブレゲンツ美術館)
住所|Karl-Tizian-Platz, 6900 Bregenz, Austria
開館時間|10:00 – 18:00(木曜日は10:00 – 20:00
休館日|月曜日
■各所の臨時休館日はサイトでご確認ください
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