美術史の豊かな知識を土台にして、当代一の画力を武器にどこにもない絵を生み出す。そんな人気画家、山口晃ガハクは夫婦揃って食いしん坊。日常で、旅で、制作中の日々で、散歩の途中で何を食べてるの? ガハクが日常を描くコミックエッセイ『すゞしろ日記』に「カミさん」として登場するガハク妻による食事帖。 エラい人にはヒゲがある? でも渋沢栄一にも福沢諭吉にもヒゲがない(一万円札)。でも、とうもろこしはベビーでもヒゲがある。  

 

絵/山口晃

ここ数年、食材の調達を宅配に頼ってしまうようになり、八百屋やスーパーマーケットに買い物に行くのは月に数えるほどだ。
そうなると、どうしても入手する品物がほぼパターン化してくる。2軒の宅配を利用しているが、それぞれに基本商品構成があり、時々に季節の品は投入されるものの、新味はさほどない。
そんなわけで、たまに買い物に出てみると、たくさんの品物を物珍しく感じてしまう。へぇ、こんな小ぶりのサラダ用小松菜があるんだ、とか、モロッコいんげんは沖縄産ね、アワビタケは焼くとよさそう、あ、わさび菜なんてある……、みたいに。
目移りしつつ、ほどほどに自己規制しながら普段と違うものを入手してみる。自己規制とは、山口ヒゲ画伯こと夫(以下ガハク)のことを考慮して、ということになるのだろうか。
例えば、スポンジみたいなヤマブシタケに興味を持ったとしても、この形状はきっとガハクが怖がる、と推測してやめておく。作り物のようで面白いからロマネスコも気になるけれど、こういう連続してポツポツが連なる形もガハクは苦手だ。
人はそれぞれに生理的に受け付けられない形とか、質感とかがあるので、それは尊重してあげなければと思う。私が昆虫の類の図像を拡大して見ることができないように。

さて、今日はたまごを買いにオーガニック食品を扱うスーパーマーケットに来てみた。今のところ野菜類のストックは足りているが、めぼしいものがないか青果コーナーをぷらぷらと冷やかしてみる。エリンギでも買っていこうかなぁ、などと棚を眺めていると、ふと見慣れぬものを見つけた。

10センチくらいの長さの緑色をした筒状のものが、7〜8本がきっちり揃えて並べられ、白い発泡スチロールトレイにパックされている。竹筒や抹茶を連想させて一見和菓子のようにも錯覚する。
ラベルを見ると「ベビーコーン」という記載で、棚の宣伝ポップには「この時期だけの入荷! 皮もヒゲも食べられます!」という文字が踊っている。
えぇ? これがベビーコーン?? 皮、とはこの外側の葉っぱのことだろうが、あまり食べられる感じがしない。ヒゲ、ってとうもろこしの先っぽにふさふさとくっ付いているあれだと思うが、その姿は見えない。
しばしこのパックを手にして考えこむ。この緑の葉の中にベビーコーンが入っているのだと思われるが、この不思議な形状はどういうことなのか。気軽に「皮もヒゲも食べられます」なんて言ってくれるけれど、どのように調理したものなのか。

悩めば悩むほど興味もわいてくる。失敗するかもしれないが、食べてみたい。
それでもまだ逡巡してしまうのは、わが家ではベビーコーンがさほど親しみのない食材だからだ。とうもろこしのミニチュア(ベビーコーンというからにはそうあって然るべきなのだけれど)的な様子がどこかおもちゃっぽく、味もどこか土っぽくて、私たちにとってはどうとらえてよいか分からないところがあった。
すでにむき身の状態になったベビーコーンが売られていることはよくあり、たまには違うものも使ってみよう、食べてみようとトライしてみたこともあるが、ガハクからは「なんで買おうと思ったの?」と遠回しに不評の意を示された。
だからここで緑の筒状になったベビーコーンを持って帰ったとして、妙な料理にしかならず、ガハクから「あなたはチャレンジャーだねぇ」と揶揄されることになるのかもしれない。
しかし、初めてこのような状態で目にしたことと、今だけという限定品であることにひかれて、結局はカゴに入れた。調理法はwebで調べればなんとかなるだろう。

旬自体もごく短そうだし、こういう繊細げな食材はできるだけ早く調理した方がよさそうだ。
夕飯の支度で、まずはベビーコーンをパックから取り出す。一体どういう構造になっているのか。ヒゲはどこに? いろいろ確かめたいことがある。
手にとってみると外側の葉はすじばっていて硬く、食べられそうではないが、幾重にも重なる葉を順に取り外してみることにする。
葉をむく前に、ふと、円筒の切り口を万華鏡のようにのぞき見てみた。
真ん中に、いかにもとうもろこしといった体裁の歯車状の切り口が見え、その周りが透明の粒々に囲まれている。

それが目に入った瞬間、これは食べられる! と直感した。粒々と見えたのはヒゲの断面で、新鮮なあまり透明だったのだ。反射できらきらと光り、細かな宝石のようでもあって、この得体のしれないベビーコーンをなんとしてでもおいしく食べようという気持ちになる。
2〜3枚葉を外すと、淡い黄緑色の葉が出てきて、それは薄くてやわらかく、食べても大丈夫そうな雰囲気がただよってきた。
解体してみて分かったが、なぜか円筒形になっていたのは、単に葉に包まれたベビーコーンの、上下をカットして切り揃えたゆえだった。

そしてヒゲであるが、ベビーコーン本体を緩衝材のように包み込んでいた。とうもろこしのヒゲは実一粒につき一本だと聞いたことがあるけれど、こんな風に全体に行き渡っている状態は見たことがなかった。
さて、どうやって料理しようか。調べてみるとまっさきに、天ぷらがおすすめ、などと出てくる。これならヒゲや葉も間違いなくおいしくなりそうだ。でも、うちでは天ぷらなど揚げ物の類は、油のにおいが気になるなどの理由でやらない。天ぷら鍋もない。
最終的に、焼き、と電子レンジ使用、の2通りを試してみることにした。
外側の葉をはがしたらそのまま電子レンジ調理器に4本入れて、3分半ほど加熱。恐る恐る、即、味見する。
薄い葉を一枚だけ口に入れると、ギリギリ噛み切れるが、なんとなく紙っぽく、青くさい。これではガハクの口にも合わなそうだ。
それではと、今度は葉に包まれた筒状のままかじりついてみる。すると、中心のベビーコーンの甘味と、それを取り囲むヒゲのシャキシャキした食感が相まって、先ほど気になった葉の持つクセが緩和されむしろ薬味のようになり、具を包み込むサンチュだとか春巻きの皮のような役割にもなり得ている。
試食により、葉だけ、ヒゲだけを食すのでなく、本体と共に食べるのがよいのだと分かった。輪切りにして皿に並べ、塩を振って電子レンジ版の方は完成とした。

筒状ベビーコーンはまだ4本残っており、こちらはフライパンで焼いてみる。2本は輪切り、後の2本は縦半分に切り、油を引いて蓋をして蒸し焼きのようにする。加減が分からず、うまく火が通るだろうか、生焼けになったらいやだな、と心配したけれど、2分もしたら色鮮やかに焼き上がった。火を通しすぎなかったおかげで、葉もヒゲも生き生きとした状態が保たれ、熱を加えたことで色が濃くなり、ベビーコーンが野菜としてすごくきれいに見える。
これは成功したな、と食べる前から確信が持てた。こちらにも塩をぱらりと振っておく。

晩のごはんの支度ができた。
「こんなの作って(火を通しただけだけど)みたんだ。ベビーコーンだよ。外側もヒゲも食べられるんだって」
「ふーん」
元々ベビーコーンに関心がないので、ガハクの反応は鈍い。
「うんうん、別にいいんじゃない」
お愛想で感想を述べてくれる感じである。
小皿に用意しておいた醤油を付け、味に変化を持たせて食べてみて、ようやくガハクも気に入ったようだ。
「ふむ、うまいね」
まあこれは醤油のなせる技かもしれない。
「焼いたものの方がおいしいかなぁ?」
電子レンジで調理すると特に葉の部分がべしゃっとなってしまうのが気になるが、焼いた方は全体にしゃっきりとして味もクリアだ。
切り方に関しても、輪切りにするより、すぱんと縦に割るだけにしてボリュームを持たせた方がほくっとした食べ応えがあり、上品な姫竹を彷彿させていいな、と感じられた。
次回からは迷いなく調理できるし、ぜひまた食べたいと思い、同じ店を訪れてみたところ、旬のベビーコーンはもうどこにもなかった。
1週間以上経ってしまったので見つけられなくて当たり前なのだけれど、残念だった。

そうこうしていたら、ベビーではない本当のとうもろこしをいただいた。ベビーコーンが呼び水にでもなったのだろうか。神奈川県産で、朝4時に収穫して宅急便に出されたという。
届いた箱を開けると、草の香りと共に緑の葉に包まれたままのとうもろこしが7本、目に飛び込んできた。葉の先からはもしゃもしゃとしたヒゲが飛び出ている。
みるからに新鮮そうで、もしや……と急いで一本取り出し、葉をはずしていく。内側に向かうごとに、葉の色が濃い緑から、淡くやさしい黄緑色へとグラデーションで変化し、
最後にみずみずしい黄色のとうもろこしが出てきて、透明感のある薄黄緑のヒゲがまとまって先端にくっついていた。
これが食べられるものであると私はもう知っている。
採れたばかりのとうもろこしから発せられた光が束になったような透き通ったヒゲ。なんともおいしそうだ。収穫から何日も経過したとうもろこしに付着する、干からびて黒ずんでいたり、糸のようにからみ付く面倒なヒゲとは違う。
それから、冷蔵庫にしまえるようにとうもろこしの葉をむく作業に取りかかったが、ばりばりと大きな音がするし、なかなか力もいるしでちょっとした格闘といっていい。
とうもろこしの葉は新聞紙一枚に乗るくらいに散らかり、むしり取ったヒゲの部分は大皿にこんもり山になるくらいに集まった。さっきまで整然と箱に入っていたはずなのに、どうやってそんなにコンパクトに収まっていたのか分からなくなるくらい、今やカサが増している。そんな現象を面白く思いながら、片付けをすすめた。

届いたばかりのとうもろこしを利用しての夕飯の支度をしている最中、たまたまガハクが通りかかったので、私はうきうきしながら食材を見せて声をかけた。
「ねぇねぇ、とうもろこしのヒゲをとっておいたんだよ。食べられそうだよね」
ガハクからの反応は希薄であったが、構わずどう料理しようかを考える。

先日の体験をふまえ、ヒゲだけで食べるのは得策でなく、とうもろこしの実と一緒であることがポイントだと考えた。ベビーコーンの時と同じく、間違いがないのは天ぷらだろうが、それはできない。
そうして出来たのが、電子レンジで調理ずみのとうもろこしをなるべくバラバラにならないように削ぎ切りにし、ヒゲの方もからまないよう食べやすい長さに切って、シンプルにフライパンで炒めるというメニュー。味付けはもちろん醤油だ。

例によって、見た目としては決してよくない。一言でいうと、ぐじゃっとしている。青い皿にとうもろこしの黄色が映えてはいるものの、できるだけ板状に切り取りたかったとうもろこしはぽろぽろ落ちて半分は粒状になってしまったし、火が入ってところどころ変色したヒゲは焦げ目というより枯れた植物の状態に見える。箸をつけるガハクも、特にヒゲ部分にはやや勇気がいったかもしれない。

「あら! なにこれ。おいしいじゃないの」
けれども、ガハクがこれを一口食べた途端に、これまでの無関心な態度をがらりと変え、目を輝かせた。
私はほっとしつつも、そうだよ、そうに決まっているじゃない、と内心自慢げでもある。
「とうもろこしと醤油は絶対おいしくなる取り合わせだしね」
「いやぁ、あなたがフライパンにヒゲをドバッと放り込んじゃった時は、ああこれはもうダメだ、って観念したんだけどさ……」
ガハクはいつの間にかこっそり後ろで見ていたうえ、そんなことを思っていたんだ。
「……うまくいってほんと、よかった」
そう言ってガハクがこの「とうもろこし&ヒゲ焼き、醤油味」をぱくぱくと続けて食べる。
事実を知って、私は少し傷ついた。私の調理中にガハクが意見しなかったのは確かにやさしさだ。いや、危険回避か?
その時言われていたら、私は「じゃぁどうすればいいのよ!」と確実に機嫌を損ねただろう。包丁を持った人は怒らせない方がいい。
本当のことは言ってほしかったが、聞かない方がよかったのか、それとも然るべきタイミングで聞いたことになるのか。
そんなことを考えながら、私は黙ってとうもろこしとヒゲを食べた。

■次回「ヒゲのガハクごはん帖」は8月第2水曜日に公開予定です。

●山口晃さんってどんな画家?
1969年東京都生まれ、群馬県桐生市に育つ。96年東京藝術大学大学院美術研究科絵画専攻(油画)修士課程修了。 2013年『ヘンな日本美術史』(祥伝社)で第12回小林秀雄賞受賞。
日本の伝統的絵画の様式を踏まえ、油絵で描く作風が特徴。都市鳥瞰図・合戦図などの絵画のみならず立体、漫画、インスタレーションなど表現方法は多岐にわたる。
主な個展に、2015年「山口晃展 前に下がる下を仰ぐ」(水戸芸術館現代美術ギャラリー、茨城)、18 年「Resonating Surfaces」(大和日英基金ジャパンハウスギャラリー、ロンドン)、23年「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×山口晃 ここへきて やむに止まれぬ サンサシオン」(アーティゾン美術館、東京)など国内外展示多数。
2019年 NHK大河ドラマ「いだてん 〜東京オリムピック噺〜」のオープニングタイトルバック画を担当し、22年善光寺(長野)へ《善光寺御開帳遠景圖》を奉納。
25年には漫画雑誌連載作『趣都』(講談社)、本連載の17のエピソードをまとめた単行本『ヒゲのガハクごはん帖』を刊行。
静岡県立美術館にて開催の「NHK日曜美術館50年展」(会期:7月18日〜9月27日)へ出品。

山口晃 《ショッピングモール》部分 2015年〜 桐生市蔵(大川美術館寄託) 撮影:木暮伸也 ©︎YAMAGUCHI Akira, Courtesy of Mizuma Art Gallery

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