クラウディア・アンドゥハル「ヤノマミ ダビ・コペナワとヤノマミ族のアーティスト」展示風景 京都文化博物館 別館 ©︎ Kenryou Gu-KYOTOGRAPHIE 2024

「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」が5月12日まで開催されている。普段なかなか足を踏み入れる機会のない寺院や歴史的建造物の展示空間で、世界各地での丹念なリサーチをもとに集められたアーティストの表現に出合う。初回から変わらない春の悦びのひとつだ。12回目を迎えた今年も、13本の質の高い展覧会が総合テーマ「SOURCE」に沿って企画された。その中から選りすぐりで、特に心を打たれた展示を紹介する。

観光過密でむせかえるほどの京都の街中で、KYOTOGRAPHIEの会場だけはいずれも「すん」と落ち着き払っていて、心静かに作品世界に浸ることができるのが嬉しい。
たとえば、世界文化遺産として知られる二条城 二の丸御殿の台所・御清所では、フランスの写真家ティエリー・アルドゥアン(1961-)による展示「種子は語る」が開催されている。人工照明を極力抑えた室内の陰翳に浮かび上がるのは、蛍のように微かに煌めく涙型のガラスに収められたさまざまな種子だ。フラジャイルなインスタレーションにおのずと鎮静され、厳かに次の間へ進む。そこには、小さな種の冒険に想いをはせる「ミクロの旅」、種そのものの美を拡大してみせる「マクロの旅」、野生の種と培養された種のコントラストを見せる「調和の部屋」が展開されている。

ティエリー・アルドゥアン「種子は語る」展示風景 二条城 二の丸御殿 台所・御清所 Presented by Van Cleef & Arpels In collaboration with Atelier EXB ©︎ Kenryou Gu-KYOTOGRAPHIE 2024

「種への関心は政治的な疑問から始まった」と作家はいう。「種子はどのように世界を旅するのか」という問題をたずさえ2009年より始動したプロジェクト「Seed Stories」を通して、種子が持つ食料・医療・装飾・貨幣といった多様な用途とその歴史を紐解くに至ったという。
ひとつひとつ異なる進化を遂げた造形、そしてその極小の物体に生命の源となる膨大な情報が凝縮されていることにあらためて驚嘆する。種子から植物を育てることは繊細で気の長い営みだが、それ以上に、一粒の無防備な種が世界中を旅して繁殖してきた途方もない歴史と地図を目の当たりにし、陶然とさせられる。

京都市京セラ美術館本館では3人の写真家の展示を観ることができる。
ひとつは、インスタで日々新作を投稿するなど、今年91歳とは思えない張りのある若々しさで活躍する川田喜久治(1933-)の「見えない地図」だ。メディウムの多彩さ、グラフィカルな切れ味さもさることながら、戦後から現在までの社会情勢と人間の業を現場で見届けようとする気骨に敬服する。

川田喜久治「見えない地図」展示風景 京都市京セラ美術館 本館 南回廊2階 Supported by SIGMA ©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2024

川田の展示に唸らされた後、さらに仰天したのが隣の展示だ。
ケリングが展開する、芸術文化の分野で活躍する女性の才能に光を当てるプログラム「ウーマン・イン・モーション」が今年サポートするのは、川内倫子(1972-)と潮田登久子(1940-)による「From Our Windows」展。2人の写真家が家族を被写体に撮り続けたシリーズを、天窓から光が降り注ぐ空間で味わうことができる。
順路は前後するが、いちばん奥の川内の展示室から先に紹介したい。
川内倫子が学生の頃から祖父を中心とした家族の記録を淡々と撮り続けたシリーズが、彼女のデビュー作ともいえる「Cui Cui」だ。

From Our Windows 川内倫子「Cui Cui + as it is」展示風景 京都市京セラ美術館 本館 南回廊2階 Supported by KERING’S WOMEN IN MOTION ©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2024

本作に流れる13年の月日の中で、祖父が天寿を全うし、甥っ子が生まれた。「家族という小さな社会の循環を写真が見せてくれた」と彼女は捉える。やがて川内は結婚し娘を出産することで、自身も家族の循環を受け継いでいく。鋭敏な眼差しで娘の成長を見つめたシリーズ「as it is」もまた「計り知れない大切なこと、世界の新しい見方を教えてくれた」という。2つのシリーズを初めて同時に展示した本展は、川内にとって家族のドキュメンタリーを一連の流れとして俯瞰する体験にもなった。イメージの連なりが放つ空気の震えや(あまね)くゆきわたる光には、作家自身のみずみずしい感応が反映されている。

From Our Windows 川内倫子「Cui Cui + as it is」展示風景 京都市京セラ美術館 本館 南回廊2階 Supported by KERING’S WOMEN IN MOTION ©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2024

と、そこで会場入口に戻ろうと振り返ると、物を捨てられない家族の棲む屋敷の一角、洗濯物が積み上がる光景が目に飛び込んでくる。透明感あふれる世界から否応なく雑多な現実に引き戻されるこの仕掛けは、「一筋縄ではいきません」と呟いた潮田登久子の出展作である。
夫の写真家・島尾伸三と娘の漫画家・しまおまほとの豪徳寺の洋館での暮らしを撮影した「マイハズバンド」は、長いあいだ発表されず自宅で眠っていたというが、そこには写真黎明期のモノクロ写真を彷彿させるような実験精神も潜んでいる。「議会政治の父」と言われる尾崎行雄の妻の所有だったというこの洋館は、不便な部分も多いが光がたっぷり入る家だったそうだ。40年の暮らしの中で、「寄す処も消えてしまいそうで」捨てられなかったという思い出の品々が写り込み、それらは実物も展示されている。

From Our Windows 潮田登久子「冷蔵庫+マイハズバンド」展示風景 京都市京セラ美術館 本館 南回廊2階 Supported by KERING’S WOMEN IN MOTION ©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2024

一方、「冷蔵庫/ICE BOX」は、当時自宅に到来した進駐軍払下げ品のスウェーデン製大型冷蔵庫を定点で記録し始めたことをきっかけに、「よその冷蔵庫も見てみたくなって」知人や親族の冷蔵庫も撮り始め、20年間にわたる大作となった。潮田はこの行為を「昆虫採集の感覚と似ている」と語るが、ただの採集にとどまらない執念をも感じさせる。また同時に、「恥ずかしいけど、淡々と撮ることを心がけた」という視点は、潮田を本展に指名した川内倫子とも共通する、日常を過大評価も過小評価もしない筋金入りの生活者のものである。

From Our Windows 潮田登久子「冷蔵庫+マイハズバンド」展示風景 京都市京セラ美術館 本館 南回廊2階 Supported by KERING’S WOMEN IN MOTION ©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2024

筆者が毎年参加しているプレス向けのバスツアーは2日間分刻みの超過密行程だが、それ以上に濃密かつ衝撃的な目ウロコ的体験を得ることも多い。
今回もコロナ禍ですっかりガラパゴス化した脳を覚醒させてくれる作品に出合った。京都芸術センターで開催されている、ジェームス・モリソン(1973-)による展示「子どもたちの眠る場所」だ。ケニア出身の写真家ジェームス・モリソンは、世界各地のさまざまな背景を持つ子どもたちのポートレートと、彼らが毎晩眠る場所を撮影したシリーズ「Where Children Sleep」に取り組んできた。本展ではそのうち28カ国35人の写真を原寸大でプリントし、子どもたちの置かれた境遇や環境について取材したテキストと共に展示している。その「多様性」たるや、どんなリアルな報道写真よりも愕然とさせられる生々しい活写であった。

ジェームス・モリソン「子どもたちの眠る場所」展示風景 京都芸術センター Supported by Fujifilm ©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2024

子どものミスコン常連でお姫様のように育った少女が眠る、アメリカの田舎の家のキラッキラな子ども部屋。
オピオイドの過剰摂取で父を亡くしたアメリカの少年が家族と暮らす、崩れかけたトレーラーハウス。
トナカイに先祖の霊が宿ると信じるモンゴルの遊牧民族の少年が夏のあいだ暮らすソーラーパネル付きティピー。
カンボジアの悪臭と有毒ガスが充満するゴミ捨て場で暮らす少年が、数百人の子どもたちと眠る古タイヤのマットレス。
ギャングに怯えホンジュラスの故郷を出た少年が家族と身を寄せる、メキシコの亡命希望者のためのシェルター。
アメリカの狩猟マニアの少年が父親に与えられた猟銃とともに眠る、迷彩柄で埋め尽くされた寝室。
作家は当初このプロジェクトを「ベッドルーム」と名付けようとしたが、彼自身が育った自分だけの王国のような寝室は世界の多くの子どもには与えられず、家族がひとつの部屋、それどころか仕方なくあてがわれた空間で寝ていることを知ったという。

ジェームス・モリソン「子どもたちの眠る場所」展示風景 京都芸術センター Supported by Fujifilm ©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2024

本シリーズにはもちろん安全で自由な心休まる場所で眠る子どもたちの例もある。その一方で、子どもにとって「有害」な環境を示すことで、貧困、暴力、難民、教育や機会の不平等や歪みといった現代の複雑な問題を照射している。だがそれはあくまでモリソンが自身の関心と情動の赴くまま、子どもたちの物質的・文化的な状況の差異を明るみにしようとする「写真家の営為」だ。
さらに、「寝場所」を隅々まで精緻に捉えた写真と、子どもたちの顔をニュートラルな背景で撮影した写真が、ひとつのブースの別の壁面に設置されていることからも、彼らを対等な人間として捉え、尊厳を示そうとしていることがわかる。展示会場の中二階に上がると、すべての子どもたちのブースを俯瞰し、その「寝場所」の在処を世界地図で確認することができるので、こちらも見逃さないでほしい。

ほかにもKYOTOGRAPHIEには、アマゾンの少数民族ヤノマミのドキュメンタリー、イランで女性の生の権利のために蜂起した匿名の目撃者たち、モロッコでブレイクダンスの動きから奇想に満ちた構図を捉えるアーティストなど、活動領域も背景も何もかも異なる展示が集結した。
テーマ「SOURCE」が象徴するように、それぞれの目的で表現する人々の創造の原点には、この世界を構成するあらゆるものの起源である生命を等しく尊ぶ精神がある。自分が立っている場所からその始まりに目を向けることも、芸術祭という経験のひとつかもしれない。

ヨリヤス(ヤシン・アラウイ・イスマイリ)「カサブランカは映画じゃない」展示風景 ASPHODEL Supported by agnès b. ©︎ Kenryou Gu-KYOTOGRAPHIE 2024

KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2024

会期|2024年4月13日(土) – 5月12日(日)
会場|❶京都文化博物館 別館 ❷二条城 二の丸御殿 台所・御清所 ❸京都市京セラ美術館 本館 南回廊2階 ❹京都芸術センター ❺ASPHODEL ほか
開場時間|❶10:00–19:00[5/7休館] ❷09:30–17:00 ❸10:00–18:00 ❹11:00–19:00[5/7休館] ❺11:00–19:00[5/1, 8休館] いずれも入場は閉館の30分前まで
■上記5会場以外の展示情報は本展サイトをご覧ください

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