石塚元太良 《Gold Rush Alaska #005》 2016 / 2024

それほど昔ではない。金(Gold)を求めて人が集まった。人が集まれば家が建てられ、集落になる。金を掘り尽くせば人は去る。人は去って次に行き、痕跡が残る。時間だけが変わらず流れる。一人の写真家がそこにたどり着き、大きなカメラを立てた。その場所のストーリーを紡ぐために。ここはALASKA。

「(アラスカでは)120年くらい前から金を掘り始めて、人々が入植したというか、金を探し求めてやってきて、小屋を建てるようになり、そこで家族と生活したりということがありました。金が十分な利益をうまなくなった途端に人がいなくなっていく。小屋は3つの場合もあるし、1,000人、2,000人、ある場所では1万人のコミュニティになっていたこともありました」(石塚元太良さん)

19世紀末に各地で金が発見された。アラスカは1867年にアメリカ合衆国がロシア帝国から買収し、1912年に準州になり、1959年アラスカ州となる。20世紀の始まった頃、それまでは細々と狩猟生活を行う原住民たちが暮らしていたその地に突如として一攫千金を狙った採掘者たちが急激に集まってきて、住み始めた。そして、金の採掘の採算が取れなくなると、その地を捨て、どこかへ流れていく。

石塚元太良 《Gold Rush Alaska #006》 2013 / 2024

写真家、石塚元太良はその欲望と熱狂の果て、打ち捨てられた夢の跡を記録した。一見すると単なる廃墟写真に見えるだろうか、しかし、あまりにも短く、あまりにも辺境での出来事のため、顧みられることのなかった事実、ということは彼のようなドキュメンタリーを編む写真家としては一つの金鉱なのかもしれない。彼の仕事はそれをていねいに紐解いていく作業であり、人間というものの業の深さをまさに目の当たりにさせることである。

石塚元太良の名が最も多くメディアに出たのは、2007年、東京・青山のスパイラルガーデンでの個展「はじまりへの導線—Trans Alaska Pipeline—」だろう。アラスカを縦断する1,280kmの長大なパイプラインを3年間かけて撮った写真を展示した。アラスカの大自然の中にどこまでも走る無機的な人造物であり、そして現代の文化的生活を支える基盤。日頃、意識せず生活している我々の前に突き出されたその図は一瞬、自然破壊の報告として突きつけられたかと思うが、しかし次第にパイプラインが美しいものとして見えてくる不思議。写真の力。

石塚元太良 《Gold Rush Alaska #008》 2015 / 2024

今回のゴールドラッシュの夢の跡を追ったシリーズもまた、入念な調査と過酷な土地での撮影のたまものである。彼は8×10、つまりサイズにして20×25cmのフィルムを使う大判カメラをアラスカの大地に立てた。かつて金鉱を探し求めた採掘者が探査した土地、その痕跡を今度は石塚が探し求める。パイプラインの場合はメンテナンスのために道が作られているのだろうが、廃坑は見向きもされなくなって久しく、簡単にアクセスできないことも多い。空からの調査ではそこに廃墟があると分かっていながら、実際に撮影がかなうまでに何年も要したこともあったという。

石塚元太良 《Gold Rush Alaska #007》 2016 / 2024

調査、撮影に加え、特筆すべきはストーリーを構成する力である。このシリーズは大きく3つのカテゴリーに分けられるイメージで構成される。1つには、大自然の中に遺棄された建物や採掘のための機器とそれを包む自然をとらえた「ランドスケープ写真」。2つには、廃墟となった建物の内部に残された動物の骨や当時の絵葉書、生活の道具など雑多なものが写された「タブロー写真」。そして3つ目は写真家エリック・A・ヘッグ(1867 – 1947)がゴールドラッシュを記録したものを見る「複写イメージ」である。

石塚元太良 《Gold Rush Alaska #010》 2013 / 2024

それら3つが巧みに構成され、全体で一つのストーリーを立ち上がらせている。写真家、ドキュメンタリスト、ストーリーテラーである石塚によって。

「ランドスケープ写真」と「タブロー写真」を見たとき、どんな苛酷な自然の中にあっても、営みを行う人間の逞しさを見てとることもできるし、風化した建物や室内という空間に流れ去った、あるいは積み重なった時間をそこに見ることができる。古い写真を複写することで、そこに静止している時間をそのまま今、ここに提示してくれている。ドキュメンタリー映像の中に時折りさしはさまれるコマ感覚の粗いモノクロームの映像のように。そういえばある映画では回想シーンのために、家庭用8ミリムーヴィーのぎこちない映像が差し込まれたものもあった。

石塚元太良 《Gold Rush Alaska #003》 2019 / 2024

「タブロー写真」のいくつかは、2019年、ポーラ美術館「シンコペーション:世紀の巨匠たちと現代アート」ですでに発表されている。同館が所蔵する名画と現代作家の作品を対比してみせるという趣旨の展覧会だったのだが、石塚のゴールドラッシュの廃墟に放置された卓上のものをとらえた写真とポール・セザンヌの卓上に林檎や洋梨が無造作に散らばる絵が並べられていた。石塚の静物写真とセザンヌの静物画。セザンヌ先生の母国語であるフランス語では静物を「nature morte=死せる自然」という。そして、考えてみればセザンヌがその絵を描いた時期、アラスカなどではゴールドラッシュに沸いていたのである。石塚とセザンヌが撮り、描いたのは同じ時代ということか。

8×10の大判カメラを担ぎ、取材中の石塚元太良氏。

今回のこの「Gold Rush Alaska」は、2016年、第8回TOKYO ART BOOK FAIRにあわせて開催されたドイツのSteidl(シュタイデル)社によるダミーブックアワード「Steidl Book Award Japan」において、石塚がグランプリを受賞し、同社から出版されることとなったアートブック『Gold Rush Alaska』と連動した展示である。このコンペには4,000冊に及ぶダミーブックの応募があり、応募作品は東京藝大の教室3つに並べられ、それをSteidl創業者のゲルハルト・シュタイデル氏が直接選び、グランプリを決定した。Steidl社はアートブック作りにおいての緻密な編集が知られていて、『世界一美しい本を作る男〜シュタイデルとの旅〜』というドキュメンタリー映画にもなっている。

石塚元太良「GOLD RUSH ALASKA」展示風景

コロナ禍を挟んだ事情もあったのだろうか、グランプリ決定からだいぶ時間が経過したが、いよいよ写真集も上梓されることだろう。きっと素晴らしい本になるに違いない。そのプリントを見る貴重な機会であるこの展覧会にぜひとも足を運んでほしい。

石塚元太良「Gold Rush Alaska」

会期|2024年3月23日(土) – 5月18日(土)
会場|KOTARO NUKAGA(東京・天王洲)
開廊時間|11:00-18:00
休廊日|日・月曜日、祝日

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