藤原ヒロシは韓国・ソウルで開催中の2つのユニークな展覧会を観たという。 ひとつは、現代の社会システムが孕む不条理をアイロニカルなコンセプトで表現した挑発的な作品で、アート界のみならず、カルチャーシーンを全方位にざわつかせているアート集団=MSCHF(ミスチーフ)の展覧会。 そして、もうひとつは、現在多くの有名企業をクライアントに持ち、今最も注目を集めている日本人アートディレクター・吉田ユニの、コマーシャルな“仕事”ではなく、 “オリジナル作品”を展示した個展だ。 ともに、既存のアートの世界からはアウトサイダーと見做されるものの、その創作の手法、世界観は正反対にあると言えるこの2組の展覧会から藤原は何を感じ取ったのか。藤原自身が撮影したスナップとともに振り返る。
聞き手・文=鈴木哲也[編集者]
——藤原さんは、昨年の11月末に韓国・ソウルで2つの展覧会を観て来たとのことですが……。
はい。そのひとつがソウルの大林美術館で開催中のMSCHF(ミスチーフ)の展覧会「NOTHING IS SACRED」です。
——不勉強で恐縮なのですが、MSCHFって自分たちの活動をアートプロジェクトと捉えているんですか?
最初にMSCHFの名前が知られるようになったのは、“JESUS SHOES”や“SATAN SHOES”といったナイキのエアマックスを勝手にカスタムしたモデルをリリースしたあたりだと思うんだけれど、彼らってもともとはハッカーなんですよね。なので、アートやファッションの文脈とは違うところから始まっていて、しかも、実は結構大きなチームで、会社組織にもなっているんですが、まあ、現在はアーティストと言って良いんじゃないですかね。僕はMSCHFの中心人物であるガブリエルとは以前から面識があって、たまにお茶をするような仲なんです。知り合ったのは、ちょうどマイアミのアートバーゼルでATMをモチーフにした作品の展示で話題になった頃かな。
——MSCHFって、イメージとしては「アートをからかう」をコンセプトに作品を発表しているように思いますが。
アートに限らず、ファッションからなにから全方位にからかっていると言えるんですけど(笑)、確かにアートを小馬鹿にしているというか、現在のアートシーンに対しても反体制的な姿勢をとっていると言えるでしょうね。そのせいか、アートの文脈では、それほど話題になっていない気もします。
——でも、藤原さんが撮影した展覧会の風景を見る限り、ソウルではかなり本格的な展覧会というかショーが行われているように見えます。
この巨大なエクスクラメーションマークの看板は?
展覧会の会場入口です。それで、その会場の周りにいろんな有名企業の広告を模したポスターがたくさん貼ってあるんですよ。
——会場に入る前から、もう面白いですね(笑)。
出品作品数が結構あって、過去の作品も展示されていました。入ってすぐのところにはiPhoneの実機がズラッと並んでいて、そのiPhoneのパスコードを解読して入力すると、中にはセレブリティの電話番号やら個人情報やらが入っている、とか(笑)。
僕が気に入っているのはダミアン・ハーストの有名なドット柄の作品、《スポット・ペインティング》からスポットを切り取って、それぞれを独立した作品として展示(発表時にはそれぞれを販売)したもの。
——MSCHFからすると、ダミアン・ハーストもこうやってからかう対象、つまり、エスタブリッシュされた側にいるということですかね。
どうだろう? むしろ、ダミアン・ハーストの作品にあるような現代アートの持つ反体制的な姿勢を受け継いでいると言えるかもしれないですよね。いずれにせよ、アナーキーなハッカーである彼らに、僕は現代的なパンクスピリットを感じます。そして、そこが僕は好きなわけです。
——展示の様子や展覧会のカタログを見ると、そのパンクスピリットを非常に洗練されたデザイン感覚で表現しているように見えます。
そのカタログにもあるけれど、“BIRKINSTOCKS(バーキンストック)”といってエルメスのバーキンを切ってバラして、BIRKENSTOCK(ビルケンシュトック)風のサンダルに作り変えたものも。
アイデア自体は、それほど新鮮ではない、誰もが思いつくようなものだと思うけれど、それを高い完成度で実際に作るというのが面白い。その一方で、彼らはオリジナルのスニーカーを作って販売したりしていて、そういうビジネスにも積極的なんですよ。そして、そのビジネスが上手くいった分だけ商業的ではない、さらに尖ったことをやろうとしている。そんな風にしながらファッションを絡めた“アート業界”で遊んでいる、まさに“Mischief=いたずら”をしているようなところが面白いんですが、同時に危険な存在でもあると思う。僕だって、いつMSCHFに小馬鹿にされるかわからないわけだから(笑)。
——そして、今回のソウル滞在でご覧になった、もう一つの展覧会が……
石坡亭 ソウル美術館での吉田ユニさんの個展です。ユニさんは日本ではアートディレクターという肩書きではあるけれど、この展示を見る限り、このソウルでの展覧会では完全に“アーティスト”として扱われている感じでしたね。
——吉田ユニさんの作品は以前からご覧になっていたのですか?
以前、本人からいくつか作品を見せてもらったのですが、「こんなに手の込んだものを、この人は、どれだけの時間をかけて作るんだろう」っていう凄さを感じますよね。言ってみれば、似たようなものならフォトショップでいくらでも作れるわけだけど、それをアナログな手作業で完成させていくわけだから。例えばこれなんかも、実際にフルーツを切って、それをモザイク状に見えるように並べているんですよ。
——あ、ホントだ! すごい!
そうそう。よく見れば、もの凄く大変なことをしているというのがわかるんですよ、わかる人には(笑)。これも使っているのは生のフルーツだからモタモタしていると、すぐに変色してしまうわけでしょう。他の作品も含めて、一見、デジタルな質感のヴィジュアルをアナログな手法で一つ一つ作るというのが、彼女の作品に共通しているところですね。
——そうした作品の非常に緻密な制作過程の様子を感じられる展示もあったんですね。
そう、僕はそれが見られて良かったと思います。ユニさん自身は制作の過程はあまり見せたくないというようなことを言っていたけれど、完成した作品だけでなく、そこに至った作家の創作意図も紹介するという意味でも良い展示だったと思います。
——MSCHFと吉田ユニさん、かたやデジタル世代の申し子で、かたや徹底したアナログな手作業にこだわるという、ある意味、対極にある2組の展覧会をソウルでご覧になったんですね。
そうですね。MSCHFはハッカー的なオタクで、ユニさんは家で手作業を延々としつづけるタイプのオタクですよね。まさに対極にある2つの展覧会であったけれど、その両方が緻密な制作をする同時代の作家であるというのが、それぞれ素晴らしいと思うんですよね。
MSCHFNOTHING IS SACRED
会期|2023年11月10日(金) – 2024年3月31日(日)
会場|大林美術館/DAELIM MUSEUM
開館時間|11:00 – 19:00[金・土曜日は11:00 – 20:00]入館は閉館の1時間前まで
休館日|月曜日[2/12(月)は開館]、2/10(土) ・11(日)
吉田ユニ(Alchemy)+
会期|2023年11月1日(水) – 2024年2月25日(日)
会場|石坡亭 ソウル美術館/SEOUL MUSEUM
開館時間|10:00 – 18:00[入館は閉館の1時間前まで]
休館日|月曜日・火曜日
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