美術史の豊かな知識を土台にして、当代一の画力を武器にどこにもない絵を生み出す。そんな人気画家、山口晃ガハクは夫婦揃って食いしん坊。日常で、旅で、制作中の日々で、散歩の途中で何を食べてるの? ガハクが日常を描くコミックエッセイ『すゞしろ日記』に「カミさん」として登場するガハク妻による食事帖。 年末が来ると思い出す。大掃除のあとのご褒美のご近所フレンチレストラン。お手頃でワインも良くて、深夜2時までやっていて… でも、今はもうないあのお店のこと。    

 

絵/山口晃

師走になると追い立てられるように日が過ぎて、気づけばもう年の瀬だと慌てることになる。
さて、年末といえば大掃除。とかく気と腰が重くなるイベントだ。

山口ヒゲ画伯こと夫(以下ガハク)とわたしは、大掃除というと「めんどくさいー」とげんなりするのと同時に、なつかしくもさみしい気持ちがわき起こる。
ネコがよくやるように視線をぼんやりと泳がせて天井辺りを見上げながら、どちらともなくつぶやく。
「レストランM・・・よかったねぇ」

忙しさを言い訳に「大掃除の時にきれいにすればいいか」と放置を重ね、1年の埃がつもりにつもる状態のわが家。
流し、お風呂場、トイレなどの水回り、キッチン関連、床、ベランダ、窓ガラスなどなど・・・1日ではまったく足りない。

今でこそ、「おせちを作り始めないと間に合わない」、「もういいか、年が明けちゃう」と見切りをつけて仕上げもゆるくなってきたが、最初に住んでいた場所、Dマンションにいた頃はまだ若かったこともあって大掃除にMAXで取り組んでいた。

「絶対年内に、ピカピカにしないと許されない」と自分たちを追い込み必死になり、とりわけガハクが入り込んでしまった時には、ちょっとしたスポ根ドラマ状態だった。

あれは2004年のこと、ふたりで過ごす3度目の冬、29日をまるまる掃除にあて、分担して様々な場所を懸命にきれいにしていた。けれどもよごれもたまっていてそれぞれにそれなりに時間を費やしても、全然すすまない。
完璧を目指すガハクの指導の元、もう少しもう少しと作業をしているうち、気がつくと夜の10時。深夜に近い時間にまで遅くなってしまった。
「もう疲れた、ごはん作れない」
わたしが放心する。
むろんガハクにも「オレがやるから」と返す余裕はない。
「この時間だしもうどこもお店やってないよ、どうする?」
悲しく訴えるわたし。
1日中働きづめで寒くてひもじい。家にある適当なもの(レトルトカレーとかうどん?)だとか、コンビニで何かとか、その程度の補給ではこの状態からは到底リカバーできない。それほどまでにわたしたちは疲れ切り、身はすでに粉になっていた。

とはいえ気を取り直して何か食べられるものを探そうとした時・・・ガハクがハッと身を起こし、明るい声で提案してきた。
「Mがあるよ。M行こう!」

わたしは目に生気を取り戻し、いそいそと身支度を始めた。

Mは近所のY通り商店街にあるフレンチレストランで、
深夜2時まで開いてる!!!
のであった。
夜10時まではコース料理、以降はアラカルトでの提供という営業形態。
それまでアラカルト時間には行ったことがなく、ついつい存在を忘れていたけれど、そう、Mがあったのだ!
さらにはこんな年末29日なのに営業してくれている。まさに大海の木片、感に堪えず涙がこみあげそうになる。
よろよろとたどり着き、その晩何を食べたかは全く覚えていないけれど、迎え入れてくれたお店のグラス1杯のワインと人がましい1皿のありがたさは、形にならない燦然と輝く光のような記憶として残っている。
本当に本当に、この日わたしたちはおなかも心もMに救われたのだった。

レストランMはもともと好きな店のひとつで、下町と言い表されるこの界隈らしく気取りがなく、また値段設定がかなり敷居を低くしてくれていた。
フレンチなので普段使いというよりは、誕生日やクリスマスなどやや特別な時用であったものの、当時のわたしたちがわりと躊躇なく行けたので、おそらく夜のコースで3000円台〜、ワインは1000円以下〜くらいだったかと。
内装はブルー系の柄付き壁紙に花柄のカーテン。一輪の生花があしらわれたテーブルにはデコラティブなデザインのイスが添えられ、このややオールドファッションな雰囲気がおばあちゃんの家のような安心感をかもしだしていて、長く続いてきた店であることがうかがえた。

店内はほどほどに広く、テーブル席が10くらいあったであろうか。たまに大人数で楽しげな会を催している場にも遭遇した。
テーブル間を切り盛りしているのがオーナーのお嬢さんという姉妹。ふたりともキリリと黒いベストを着こなし、お姉さんの胸元には金色のソムリエバッジがきらめいていた。黒髪をキュッと一つに束ねたお姉さんに、明るい髪色にふわふわしたショートヘアの妹さん、と見た目の雰囲気は違っていても、やさしく丁寧な点は一致していた。

何を頼んだらよいものかさっぱり分からないワインについて、どんな味であるかを詳しく説明してくれ、それでもわたしたちが決めあぐねていると、「半分の量でもお出しできますよ。いろいろ試してみてください」と当然のようににこやかに提案してくれたのには驚いた。

料理に関しては盛り付けがきれいでおいしい、という当たり前のことしか思い出せないが、アミューズブーシュのリエットからスタートし、見た目に鮮やかな野菜のテリーヌや魚介のカルパッチョといった前菜、メインの重ための肉の煮込みだとかカリッと焼き目のついた白身魚のポワレ、最後はアイスクリームが添えられたブランマンジェなどで終わるてらいのないコースは、フレンチ初心者なわたしたちにとって十分に胸躍るものだった。
とりわけメイン料理のサーブのされ方は実に印象的で、地元の気軽なフレンチの店にもかかわらず、一皿ごとがうやうやしく銀色のクローシュ(ドームカバー)をつけて呈されるのだ。
お皿を捧げ持つ男性たちを引き連れて、黒い制服のおねえさんがテーブルに近づいてくる。そしてわたしたちの目の前で、呼吸をあわせて同時にパッと蓋を開ける様は儀式めいており圧巻で、お皿の中からサプライズが飛び出してくるかに感じられた。

あの大掃除の晩に10時以降のMの魅力を知ってからは、ディナーだけでなく2次会、3次会的に〆の飲みに利用することも増えたのだけれど、その時間帯に行くのもまた違った賑わいがあって楽しいものだった。
例えば近所の工場からだろうか、薄緑色の作業着のまま男の人たちが3〜4人でワインボトルを開けて語り合っている光景があったりなどして、なんともいい雰囲気なのだ。
Mで過ごした寛ぎのある夢のような時間は、今になって思うと非常に贅沢なものだった。


さて、その翌年からは大掃除がつらくてくじけそうになるとふたりで励ましあった。
「このあとはMだよ」
Mに行きさえすれば、温かく豪華なごはんにワインが待っている、と思えば苦もない。それが楽しみなあまり、過剰なこだわりや頑張りをもって掃除に打ち込むことも厭わないのであった。

しかしこのレストランMでの慰労会、ふたりのささやかな忘年会は思いの外長く続かなかった。
まず、ソムリエのおねえさんたちが相次いでお店からいなくなってしまったのだ。
ある日訪れてみると、黒い制服を着て店内にいたのは全然知らない日焼けしたおにいさんと化粧の濃いおねえさんで、ひどくショックを受けた。
間をおいて行ってみても姉妹の姿はなく、彼女たちはどうしたのか知りたかったけれど怖くてたずねることができなかった。
後日近所のお店にて、ふたりとも結婚してこの町を離れたという噂を耳にして、少しほっとはしたものの、姉妹がいなくなったMはまったく別のお店になってしまっていて気持ちは晴れなかった。
代わって場を仕切っている雇われのソムリエたちはもう親切にワインの説明をしてくれたりはしないし、料理のクローシュをかぶせてのサーブもなくなった。
それからシェフの年齢的な理由からとのことで営業が深夜12時までになり、ほどなくしてさらにディナー時間のみへと短縮された。
そうこうしているうち、わたしたちも1駅となりの町内に引っ越した。越したばかりで大掃除も必要なく、その年はMには行かなかった。
後で知ったことだが、12月の初めにすでにMは閉店していたそうなので、年末に行ったところでレストランは暗く空っぽだったのだ。
たいぶ経ってからMの前あたりを通りかかった時、その場所はかつての面影をまるで残さないインド料理店に変貌していた。

手帳を繰って数えてみると、大掃除の後Mに駆け込んだのはたったの3回だったけれど、15年以上経った今でも毎年毎年この時期になると思い出す。
拭き掃除をしながら、埃だらけのがらくたを片付けつつ・・・。
「M、行きたいね・・・」

■次回「ヒゲのガハクごはん帖」は来年1月第2週に公開予定です。


●山口晃さんってどんな画家?
1969年東京都生まれ、群馬県桐生市に育つ。96年東京藝術大学大学院美術研究科絵画専攻(油画)修士課程修了。 2013年『ヘンな日本美術史』(祥伝社)で第12回小林秀雄賞受賞。
日本の伝統的絵画の様式を踏まえ、油絵で描く作風が特徴。都市鳥瞰図・合戦図などの絵画のみならず立体、漫画、インスタレーションなど表現方法は多岐にわたる。
主な個展に、2015年「山口晃展 前に下がる下を仰ぐ」(水戸芸術館現代美術ギャラリー、茨城)、18 年「Resonating Surfaces」(大和日英基金ジャパンハウスギャラリー、ロンドン)、23年「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×山口晃 ここへきて やむに止まれぬ サンサシオン」(アーティゾン美術館、東京)など国内外展示多数。
2019年 NHK大河ドラマ「いだてん 〜東京オリムピック噺〜」のオープニングタイトルバック画を担当し、22年善光寺(長野)へ《善光寺御開帳遠景圖》を奉納する。

山口晃《東京圖1・0・4輪之段》(部分) 2018-2023 年 作家蔵 撮影:浅井謙介(NISSHAエフエイト株式会社)©YAMAGUCHI Akira, Courtesy of Mizuma Art Gallery

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