ロベール・ドローネー《パリ市》 1910-1912年 ポンピドゥーセンター蔵 Centre Pompidou, Paris, Musée national d’art moderne - Centre de création industrielle (Achat de l’ État, 1936. Attribution, 1937) © Centre Pompidou, MNAM-CCI/Georges Meguerditchian/Dist. RMN-GP

もしかしたら、知ってるつもりになってる「キュビスム」。けれども、プリミティヴアートやセザンヌ作品から始まるこの展覧会をあらためて見ていくと、キュビスムも平坦な道のりを歩いて来たわけではなかったのねと思います。漫画家でコラムニストの辛酸なめ子さんと展覧会を見てきました。「キュビ道」「キュビフィルター」「キュビ感」という彼女が繰り出す独自の用語を駆使したコラムに頷くことしきりです。描き下ろしイラスト付き!

1900年代初頭に巻き起こったキュビスムムーブメント。キュビスムというとまず思い浮かぶのがパブロ・ピカソの《アヴィニョンの娘たち》ですが、「パリ ポンピドゥーセンター キュビスム展—美の革命」ではさらにキュビスムの源流にまでさかのぼっています。

キュビスムの芸術家(キュビスト)たちは「プリミティヴィスム」と呼ばれるアフリカ芸術の影響を受けていたという説に基づき、序盤にはコートジボワールの仮面やコンゴの呪物などが展示。呪力が漂う存在感は、ピカソの描く女性像に通じるものがあります。根源的な恐怖を感じさせるアフリカ芸術や女性像を、ピカソは二次元の世界に封じ込めることで、呪力を抑えようとしていたのでしょうか。

「キュビスム展—美の革命」国立西洋美術館 2023-2024年 展示風景

序盤には、キュビスムの祖とされるセザンヌの風景画も展示されています。自然を円筒、円錐、球として扱い、二次元的だけれど奥行きがあるセザンヌの画期的な作風は、セザンヌチルドレンたちに大きな影響を与えました。ジョルジュ・ブラックはセザンヌの画法をさらに深め、マティスに「ブラックの作品は『小さな立方体でできている』」と評された、という逸話が残っています。

ポール・セザンヌ《ポントワーズの橋と堰》 1881年 国立西洋美術館蔵 ■東京会場のみ出品

ブラックとピカソは意気投合し、カタルーニャ地方の村で切磋琢磨して制作。のちに「ザイルで体を結びあって登山しているよう」とブラックは表現していたそうです。キュビスムの立方体でできた山に2人が登っている姿が浮かびます。もしキュビスムが美術界に受け入れられなかったら、2人は一緒に滑落してしまう危険が……。でも、これだけ才能ある2人なので、ピカソが否定していた抽象化の罠にとらわれることもなく、斬新で実験的なキュビスムの画風を確立できました。

「キュビスム展—美の革命」国立西洋美術館 2023-2024年 展示風景

ブラックをはじめ、キュビスム作品はギターのモチーフが多いです。プラック《ギターを持つ男性》《ギターを持つ女性》《小さなキュビスムのギター》《ギターと果物皿》、ピカソ《ギター奏者》など二大巨頭も取り入れています。ピカソとブラックは、抽象化を避けるためコラージュ的な手法を用いたり、面の隙間に記号的なモチーフを入れたそうですが、ギターがそこにぴったりハマったのでしょう。曲線的なデザインで木目調なギターはモチーフとして魅力的で画面映えします。

キュビストの後輩たちも、フアン・グリス《ギター》《ギターを持つピエロ》、ジャック・リプシッツ《ギターを持つ水夫》など、こぞってギターを取り入れました。 (タイトルにギターと入っていなくても他にもありそうです) 自分もキュビスムブームに絡みたい、という意志表示や、キュビ道の登竜門にもなっていそうです。

「キュビスム展—美の革命」 国立西洋美術館 2023-2024年 展覧会を取材中の辛酸なめ子氏

絵|辛酸なめ子

ギター以外に、キュビストに好まれていたのは、人間の頭部モチーフのようです。アメデオ・モディリアーニ《女性の頭部》、 コンスタンティン・ブランクーシ《眠れるミューズ》など、前述のアフリカ芸術の流れを感じさせます。

アメデオ・モディリアーニ《女性の頭部》 1912年 ポンピドゥーセンター蔵 Centre Pompidou, Paris, Musée national d’art moderne – Centre de création industrielle (Achat, 1949) © Centre Pompidou, MNAM-CCI/Philippe Migeat/Dist. RMN-GP

コンスタンティン・ブランクーシ《眠れるミューズ》 1910年 ポンピドゥーセンター蔵 ■東京会場のみ出品 Centre Pompidou, Paris, Musée national d’art moderne – Centre de création industrielle (Don de la Baronne Renée Irana Frachon, 1963) © Centre Pompidou, MNAM-CCI/Adam Rzepka/Dist. RMN-GP

キュビスム運動は盛り上がり、「メゾン・キュビスト」と呼ばれるキュビスムの館が計画されたり、「キュビスムの画家リガダン」という映画が制作されたりしました。もしかしたら当時、キュビスムコンテンツはビジネス的にも収益性が高かったのかもしれません。

キュビスムの作家も増え、世界に広がっていく中、それぞれ見比べていたらキュビフィルターのようなものを感じました。何を表現しているか判別がつきやすいものはキュビフィルターのレベルも低いです。例えば女性の髪型や服の一部が分割されていて、少しキュビ感があるアンドレ・ロート《マルグリットの肖像》など。キュビフィルターをちょっと高めたのは、面取りがロボットっぽいフェルナン・レジェの《縫い物をする女性》でしょうか。キュビフィルターの度数が高い作品を、何が描かれているのか想像して当てるのも楽しいです。レイモン・デュシャン = ヴィヨンの彫刻作品《大きな馬》など、周辺を回って観賞して、馬に見える角度を発見した時には、謎が解けたような充実感がありました。

「キュビスム展—美の革命」国立西洋美術館 2023-2024年 展示風景

キュビスムは100年前の芸術家たちの謎かけであり、セラピーでもあります。昨今、年々モニターの解像度が高くなり、現代人は目や脳が疲れていると思われますが、面で構成された作品を観ていたら、脳疲労がリセットされた感がありました。キュビスム展をじっくり観賞したらプリミティヴな感覚を取り戻せそうです。

パリ ポンピドゥーセンター キュビスム展—美の革命 ピカソ、ブラックからドローネー、シャガールへ

会期|2023年10月3日(火) – 2024年1月28日(日)
会場|国立西洋美術館[東京・上野公園]
開館時間|9:30 – 17:30[金・土曜日は9:30 – 20:00]入館は閉館の30分前まで
休館日|月曜日[1/8(月・祝)は開館]12/28(木) – 1/1(月・元旦)、1/9(火)
お問い合わせ|050-5541-8600(ハローダイヤル)
巡回|京都市京セラ美術館 2024年3月20日(水・祝) – 7月7日(日)

 

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編集者

岡本 仁