「Portraits|OBAYASHI COLLECTION」展示風景 Photo Keizo Kioku

SMBCグループによるアート事業「SMBC ART HQ」の第2弾として、大林コレクション33点とSMBCコレクション3点を展示する「Portraits|OBAYASHI COLLECTION 多様化する人間像とアート 近代から現代まで」が、東京・丸の内の三井住友銀行東館 アース・ガーデンで開催されている。

国際的な大手金融機関が手がけるアート事業の先例は数多く、なかでもドイツ銀行の大規模かつ充実したコレクションと芸術支援活動は長年にわたり高く評価されてきた。
国内の先駆けとなるSMBCグループは、今夏開催された国際アートフェア「Tokyo Gendai」でプリンシパルパートナーを務め、アートの分野に今後力を入れようとしていることがうかがえる。本展に寄せられた同社のステイトメントでも、良質なアートに触れる体験を通して社会課題に思いを馳せるきっかけを提供したい、という姿勢を見せる。

「SMBC ART HQ」第1弾では、ミスミグループ創業者・田口弘と娘・美和による「タグチ・アートコレクション」から、絵画や彫刻、映像、インスタレーションなど18点を紹介した。第2弾となる本展では、株式会社大林組会長の大林剛郎による「大林コレクション」から、ずばり「ポートレイト」に焦点を当てる。
丸の内のオフィス街にある本展会場はガラス張りのアトリウムで、仮設壁の囲いを設けず、ビルを訪れた人々が気楽に立ち寄れるスケルトンの展示空間となっていた。作品を設置した壁面が微妙にズレながら重なるレイアウトは、ラビリンス庭園を思わせる回遊式。歩みを進めるにつれて違う「顔」に遭遇する空間構成は、いわゆる美術館展示室の順路に慣れた観客には新鮮な驚きをもたらすはずだ。実在するかどうか、人類かどうかは別として、人物の「像」にフォーカスした作品には視覚的に強いインパクトを与えるものが多いだけに、あえて全貌を一望させない展示は効果的だ。

「Portraits|OBAYASHI COLLECTION」展示風景 Photo Keizo Kioku

展覧会はイントロダクションと3つのセクションによって構成される。

イントロダクションではまず、大林と交流の深いアーティストたちによる彼のポートレイト数点が展示され、コレクターの人物像の一端を伝える。そのなかに、セルビアの亡命貴族の血を引くジョージェ・オズボルトによる《収集家と彼の見つけたもの》(2012)があった。ダーツの的を顔に持つコレクターがその所蔵作品と共に野に放たれた情景を描いた本作は、現代美術のマーケットという荒野における油断のならない力学を鋭く風刺している。

ジョージェ・オズボルト 《収集家と彼の見つけたもの》 2012年 ©Djordje Ozbolt / Courtesy of TARO NASU Photo Keizo Kioku

第一のセクションでは、SMBCコレクション3点を含む、18世紀から20世紀前半の古典的な人物画が展示されている。芸術家の庇護者である貴族や富裕層からの注文制作による肖像画から、作家独自の創造性が発揮された人物表現まで、近世・近代美術史におけるポートレイトの変遷を端的に垣間見ることができる。

「Portraits|OBAYASHI COLLECTION」展示風景
左|ジャック・クルティヨー 《スペイン王妃マリア・アンナ・フォン・デア・プファルツ=ノイブルク》 1698-1713年の間 SMBCコレクション蔵 
右|藤田嗣治 《Y婦人の肖像》 1935年 SMBCコレクション蔵
Photo Keizo Kioku

第二のセクションでは、1970年代以降にキャリアを築いた作家たちを紹介する。
ここで前の章と接続するように、エリザベス・ペイトンの『マリー・アントワネットを愛撫するルードヴィヒ2世』(1993)と、森村泰昌の『MのセルフポートレイトNo.72(あるいは駒場のマリリン)』(1995)、そして杉本博司の『ダイアナ、プリンセス・オブ・ウェールズ』(1999)が展示されているのは示唆的だ。古来、時のアイコン的人物を描いた肖像は理想化された表現に着地しがちだが、現代美術家の視点はその向こう側にある人間の本質や社会的位置付け、さらには作家自身の主観的な評価すら炙り出してしまう。

杉本博司 《ダイアナ、プリンセス・オブ・ウェールズ》 1999年 ©Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi

またここには写真を用いた出色の作品がいくつもあった。映画界に近いサム・テイラー=ジョンソンがショーン・ペンの「素」を撮影した秀作。ロニ・ホーンが少女時代からの自身のスナップを詩的に綴る連作。ギルバート&ジョージの若き日のセルフポートレイトと並ぶ、ヴォルフガング・ティルマンスが鏡越しに視線を交差させる2人を捉えた写真、などなど。

「Portraits|OBAYASHI COLLECTION」展示風景 
左|ギルバート&ジョージ 《ダスティ・コーナーズNo.8》 1975年 
右|ウォルフガング・ティルマンス 《ギルバート&ジョージ》 1997年
Photo Keizo Kioku

なかでも、MoMAのコレクションとしても名高いシンディ・シャーマンの初期の連作『Untitled film stills #53』(1980)は本展を象徴する作品といえる。B級映画やフィルムノワールのヒロインに扮した本作は、シャーマンが作風を確立するターニングポイントとなった代表作だ。映画やファッション、ポップカルチャーの業界で常に取り替えの利く存在として消費されてきた女優やモデルの役割を演じることで、シャーマンは拠り所なく浮遊する女性たちのアイデンティティに焦点を当てた。「自分とはいったい本当は何者なのか」という問いかけに観客が向き合うことは、ポートレイト芸術のもたらす最も重要な効能のひとつである。

「Portraits|OBAYASHI COLLECTION」展示風景
右|シンディ・シャーマン 《アンタイトルド・フィルム・スティル #53》 1980年
Photo Keizo Kioku

最後のセクションでは、主に2000年代以降に注目を集めるようになった作家を紹介している。現代を生きる作家の描く人物のイメージはあまりに多様で、そのアプローチにはルールも規範もない。
セルフプロデュースの戦略家としてのピカソに自身を投影したライアン・ガンダー。3DCGで作成したモデルに人間の皮膚の画像データを貼り付けた渡辺豪。架空のキャラクターWHO?を仮想現実に暗躍させるサイモン・フジワラ。全身を梱包され表情すら読み解くことのできない不穏な人物像を描くミヒャエル・ボレマンス。もはや人間かどうかも怪しい生き物を描いた五木田智央や加藤泉。

加藤泉 《無題》 2020年 ©2020 Izumi Kato Courtesy of the artist and Perrotin

展示の最後に、近藤亜樹の母子像が輝いていた。その豊潤な筆致には、我が子だけでなく世界中の愛されるべき子どもたちに届けようとする愛情と祈念が燦々とあふれている。古今東西のポートレイトを集めた展示にふさわしい、胸を打つエンディングとなった。

「Portraits|OBAYASHI COLLECTION」展示風景
右|近藤亜紀 《ぼくの旅、わたしの旅》 2022年
Photo Keizo Kioku

Portraits|OBAYASHI COLLECTION 多様化する人間像とアート 近代から現代まで

会期|2023年8月25日(金)- 10月20日(金)
会場|三井住友銀行東館1F アース・ガーデン
開館時間|9:00-18:00[土・日曜日、祝日は13:00-18:00]
休館日|会期中無休

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