ベルリン国立美術館 新ナショナルギャラリー。デイヴィッド・チッパーフィールドが改装を手掛けた。彼は今年、建築界のノーベル賞と言われるプリツカー建築賞を受賞した。 © Simon Menges

東京と豊田での展覧会の記憶も新しいドイツ人アーティスト、ゲルハルト・リヒター。存命作家では最も著名と言える彼の作品100点がこの4月からベルリン、新ナショナルギャラリーで公開となった。

バウハウスの最後の校長だったミース・ファン・デル・ローエの遺作で1968年に建てられたクラシック・モダンのアイコン建築である新ナショナルギャラリー。今年3月、プリツカー賞を受賞したイギリス人建築家デイヴィッド・チッパーフィールドが2015年から改築を担い、2021年、ミースのオリジナルにかなり忠実なリノベーションが完了した。大きな変化としては、車椅子のためのスロープやエレベーターが加わり、チケット売り場、クロークやショップが、少し拡張された地下展示室のフロアにまとまったところ。

チケット・カウンターで入場券を手にすると「Viel Spaß! (楽しんでください)」と言われ、はたしてリヒター作品の鑑賞は楽しいだろうかと少し首を傾げる。今回、展示されている作品の中の《マリアンネ叔母さん》は、リヒターが4ヶ月の赤ちゃんの時に抱っこをしてくれている障害を持った叔母さん、マリアンネさんと一緒に描かれている肖像画である。彼女はナチスによる障害者大量虐殺〈オイタナジー〉により、亡くなっている。新ナショナルギャラリーから歩いてすぐのフィルハーモニーの建物の前には、アクションT4(Tiergarten通り4番の略称)のメモリアルがある。戦後、殺害に関与した医師に対して裁判から名称が生まれたアクションT4のための人員募集と支払いを行う大蔵省の機関が存在した場所だった。

ゲルハルト・リヒター《マリアンネ叔母さん》 1965/2019年 © Gerhard Richter 2023(31032023)

新ナショナルギャラリーはガラス張りの1階と地下の展示室があり、リヒター100点は1200平方メートルほどの地下、東側の展示室に展示されている。リヒター展エントランスに入った途端に大胆に目に飛び込んでくる200x1000cmの作品《ストリップ》(2013-2016年)や各260x200cmのサイズの4点で構成される《ビルケナウ》(2015-2019年)といった大作から、写真とぺインティングをコラージュしたいわゆる「オイル・オン・フォト」という10x15cmほどの小さな作品まで様々なサイズのものが並ぶ。

《ストリップ》(写真中)展示風景「ゲルハルト・リヒター 100 Works for Berlin」 ベルリン国立美術館 新ナショナルギャラリー 2023年4月1日 – 2026年 © Gerhard Richter 2023 (31032023) Photo: David von Becker

「オイル・オン・フォト」シリーズ展示風景「ゲルハルト・リヒター 100 Works for Berlin」 ベルリン国立美術館 新ナショナルギャラリー 2023年4月1日 – 2026年 © Gerhard Richter 2023 (31032023) Photo: David von Becker

昨年、東京国立近代美術館と豊田市美術館でも展示されたが、今回のハイライトとなるのが大作《ビルケナウ》である。アウシュビッツ・ビルケナウの写真が複写されたキャンバス上に抽象的なペインティングを重ね、最終的に元の写真のイメージはまったく見えなくなってしまった作品だ。
《ビルケナウ》を映し出すように対の壁にはミラー作品4枚が架けられ、来館者は絵画と共に自分の姿を捉えることになる。アウシュヴィッツ・ビルケナウで殺害されたユダヤ人たちのリアルな小さな写真も同じ空間で4点紹介され、緊張感がある場となっている。
もう作品は制作しないと発表していたリヒターだが、2022年に描かれた力強い一連の水彩画の作品も展示されていた。創作意欲は継続強いて、彼が活動を止めてはいないことがわかる。

上3点《ビルケナウ》展示風景「ゲルハルト・リヒター 100 Works for Berlin」 ベルリン国立美術館 新ナショナルギャラリー 2023年4月1日 – 2026年 © Gerhard Richter 2023 (31032023) Photo: David von Becker

東西ドイツ統一後の国会議事堂のホールに掲げたドイツ国旗やケルン大聖堂のステンドグラスの関連作品《4900の色彩》やコンピューターを使って制作された《ストリップ》からリヒターの作家としての自由な表現を一度に鑑賞できるのはベルリンのみならず、この街にやってくる人たちにも魅力的だ。「リヒターの作品は生まれ故郷のドレスデンや在住するケルンだけでなく、ベルリンにも新しい居場所ができました」と本展のキュレーターヨアヒム・イェーガーは嬉しそうに語る。2026年以降は新ナショナルギャラリーの隣に建設中のミュージアム・デア・モデルネにパーマネント・コレクションとして展示される予定となっている。

《4900の色彩》(部分)展示風景「ゲルハルト・リヒター 100 Works for Berlin」 ベルリン国立美術館 新ナショナルギャラリー 2023年4月1日 – 2026年 © Gerhard Richter 2023 (31032023) Photo: David von Becker

「ロシアのウクライナ侵攻により、終わりの見えない戦争が日常となってしまった現在、リヒターの展覧会がベルリンで開催されることは大きな意義がある」と地元のメディアであるRBB放送やBZ新聞は称賛の論調で伝えている。一般メディアは全体的に歓迎のトーンであるが、美術専門誌『Monopol』の編集長エルケ・ブールは「ぺインティングなのにエモーショナルさに欠ける、ベルリンにやってきた作品がリヒターのもっとも素晴らしい作品であるとも言い難い」と辛口の評をラジオ番組でコメントしていた。

「楽しんで」見られた作品ばかりの展示とは言い難いが、激動の20世紀を生き抜いてきた今年91歳を迎えたリヒターがドイツの近代史を描いた意味を知れば知るほど、彼がこの国で高く評価される理由が理解できる。

ゲルハルト・リヒター、ドレスデン 2017年
Photo: David Pinzer, courtesy Gerhard Richter Archive Dresden © Gerhard Richter 2023 (31032023)

ゲルハルト・リヒター
1932年2月9日ドレスデン生まれ。1949年ー1950年看板画家、舞台画家として活躍し、1951年ドレスデンの美術大学に入学。1961年、旧東ドイツのドイツ民主共和国から旧西ドイツ側であるドイツ連邦共和国に移住。デュッセルドルフの国立芸術アカデミーで学び、絵画と写真の領域を行き来する分野での芸術活動を開始。1971年から1994年同アカデミーの絵画科教授。絵画、カラーパネル、風景画、グレーのペインティング、オブジェ、鏡やガラスの作品などの作品群で絵画の領域を拡張した。
1998年帝国議会議事堂の大判のエナメルガラス板6枚からなる作品「Schwarz, Rot, Gold」(黒、赤、金)を制作。2007年、ケルン大聖堂のステンドグラスの一部は彼の作品となっている。2014年、数十年にわたるホロコーストへの思いを再確認したペインティング《ビルケナウ》を制作。2019年にゲルハルト・リヒター財団設立。ケルン在住。

ゲルハルト・リヒター ベルリンのための100作品

会期|2023年4月1日(土) – 2026年
会場|ベルリン国立美術館 新ナショナルギャラリー
開館時間|10:00 – 18:00 [木曜日は10:00 – 20:00]
閉館日|月曜日
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