
ルイ・ヴィトン表参道ビルに設置されたアートスペース「エスパス ルイ・ヴィトン東京」では、多角的に文化・芸術活動を行う芸術機関「フォンダシオン ルイ・ヴィトン」のコレクションからドイツ人写真家、ヴォルフガング・ティルマンスの作品を集めた《Moments of Life》展が開催されている。1968年生まれのティルマンスは、80年代にUKの雑誌『i-D』等に発表したユースカルチャーのリアルを捉えた作品で注目を集めるようになり、現在は静謐な日常風景を完璧なコンポジションで切り取った作品、ジェンダー/セクシャリティといった社会的テーマを内包した作品、そして、既存の写真表現を超えてイメージの可能性を追求する作品など、多岐にわたる表現によってアートシーンから高く評価されている。 そのティルマンスと同じくロンドンを“第二の故郷”とする藤原ヒロシに、この展覧会の印象とティルマンスの作品の魅力について聞いた。
聞き手・文=鈴木哲也[クリエイティブディレクター]
――藤原さんは今回の展示をご覧になって、どのように感じましたか?
作品数は多くはないけれど、ティルマンスの持つ“一つの面”の雰囲気はよく伝わる展示だと思います。つまり、ティルマンスのなかでもアブストラクトな作品はまったく無くて、すべて日常を切り取ったような作品で構成されていますよね。あれこれ入れずに、そうした作品だけでまとめたことは良かったと思います。
ただ、ティルマンスを初めて観る人が「これがティルマンスなんだ」と思ってしまったら、「それだけじゃないんですよ」と補足したくもなるけれど。
アートマーケット的なところでは、抽象的な作品が人気のようですし、特に日本では「Paper Drop」シリーズの評価が高いと聞きますからね。もっとも、僕自身はティルマンスに関しては今回の展示にあるような作品の方がアブストラクトな作品より好きなのですが。

WOLFGANG TILLMANS – MOMENTS OF LIFE エスパス ルイ・ヴィトン東京での展示風景(2023年) Fondation Louis Vuitton, Paris © Wolfgang Tillmans Photo/ Shoichi Kajino
――藤原さんがティルマンスを知ったのはいつ頃ですか?
彼をアーティストとして意識する前から、僕のロンドンの友人たちのコミュニティにいた人だというのは聞いていたんですよ。僕の友達がクラブでDJを始めたころに、その現場で写真を撮ったりしていたと。だから、僕がロンドンにいた時期とは少しズレるけれど、育った場所は一緒というか(笑)、同じような環境のもとにいた人なんだろうなとは思っていました。
――その「育った場所」「同じような環境」というのは80〜90年代のロンドンのクラブシーンやストリートカルチャーを指すのでしょうか?
そういう特定のシーンやカルチャーではなくて、なんというか、「アート、音楽、ファッションが渾然一体となって深く繋がりあっていた閉ざされた場所」とでも言うか……。
たとえば、いま、“ストリートアート”と呼ばれるようなKAWSなり、なんなりというのがアートとして認められているのは、マーケットの傾向から認めざるを得なくなったからであって、本来ならアートとは認められない、いわゆるアートとは出自の異なる異質なものだと思うんです。けれど、その当時の、というか70年代から繋がるロンドンの、あの暗い空間のなかではファッション、カルチャー、アートが密に繋がっていたから。(映画作家の)デレク・ジャーマンなんかもその中にいた人だし。そういうのは、やっぱり、ヨーロッパ、なかでもロンドンに特有のものだったと思う。
たとえばニューヨークだとバスキアやキース・へリングが同じ時代のファッションシーンと繋がっていたかというとそこまでではなかったような。ヒップホップカルチャーの中心ではあったと思うんですが、ファッションとのつながりがあまり見えなかった。でも、ロンドンではファッションデザイナーもミュージシャンもアーティストも、皆、同じ空間に集まって、ひとつのコミュニティを作っていた。ニューヨークのヒップホップカルチャーは、「有名になって、ゴールドを身につけたい」みたいなポジティブな希望という感じでしたが、ロンドンはもっと排他的でアンダーグラウンド。だからこそ、憂いのある歪(いびつ)な美しいモノが出来たのかな。
ティルマンスという人も、そうした音楽やファッションとアートが共存するコミュニティに身を置くなかで、“写真家”へと成長していったのではないかなと思います。つまり、最初から完成された写真家としてファッションや音楽に接するのではなく、そうしたカルチャーに触れる中で自分の表現方法を見つけていったんじゃないかなと。


上・下|WOLFGANG TILLMANS – MOMENTS OF LIFE エスパス ルイ・ヴィトン東京での展示風景(2023年) Fondation Louis Vuitton, Paris © Wolfgang Tillmans Photo: © Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton
――そうしたユースカルチャーのリアルを切り取るセンスの良い写真家としてスタートしたティルマンスは、現在、美術の世界でも重要な作家として認められています。レイブパーティやゲイカルチャーをその最深部から捉えてきたティルマンスの写真が“美術作品”となり、彼のような写真家が“アーティスト”になったのは、何が要因だったと思いますか?
タイミングが良かったというのもあるかもしれませんね。ちょうどアートの世界が“現代美術”となるような作品を生み出せるフォトグラファーを探していたんじゃないかな。また、それが“美術作品”かどうかというのは、そもそも写真というものに観る人や買う人が何を望むかということなんだと思います。アブストラクトな美しさを極めた写真を飾りたい人もいれば、日常の風景のなかの憂いを帯びた瞬間を捉えた写真を眺めていたい人もいるでしょう。そして、ティルマンスはその両方を持っている。さっきも言いましたが、僕はメタリックな冷たさを感じさせる抽象的な作品より、体温をかすかに感じるような今回展示された作品の方が好きなんですが、どのスタイルであっても、彼の作品には “ティルマンスらしさ”がしっかりとある。そういう写真家ってティルマンス以外に思い当たらないんですよね。それが、アーティストとしてのティルマンスの力量というか凄さではないかと僕は思います。


上|ヴォルフガング・ティルマンス 《still life, Bourne Estate》 2002年 Fondation Louis Vuitton, Paris © Wolfgang Tillmans
下|ヴォルフガング・ティルマンス 《hanging tulip》 2020年 Fondation Louis Vuitton, Paris © Wolfgang Tillmans
――ティルマンス以外に好きな写真家や写真作品はありますか?
ティルマンス以外で作品を持っているのはテリ・ワイフェンバックとアラーキーと……。あと、ウォーホルかな。写真家とは言えないけれどウォーホルの撮った写真も結構好きです。そういう意味ではサイ・トゥオンブリーの写真が凄く好きで、前にDIC川村記念美術館でトゥオンブリーの写真だけを集めた展覧会があったのですが、とても良かったですね。フォーカスのボヤけた感じになんとも言えない“憂い”を感じて。ティルマンスもそうですけれど、この“憂い”というか、心の奥底にあるものを呼び起こすようなムードのある写真が好きです。それは、写真に限らず、絵画も一緒かもしれませんね。


上|WOLFGANG TILLMANS – MOMENTS OF LIFE エスパス ルイ・ヴィトン東京での展示風景(2023年) Fondation Louis Vuitton, Paris © Wolfgang Tillmans
下|80年代のポストパンク期に活躍したUKのバンド、colorboxのアルバム。ティルマンスは、1985年にリリースされた唯一のフルアルバム(左)が現在もカルトな支持を集めるこのバンドを「実験的ポップ・ミュージックのパイオニア」と評し、2014年に自身のギャラリーで同バンドの楽曲を使用した作品の展示を行っている。そして、2017年にはティルマンスが選んだcokorboxの楽曲をコンパイルし、アートワークを手がけた2枚組LP『Music of the band (1982-1987)』(右)が、ロンドンのテート・モダンで開催されたティルマンスの初となる大規模な展覧会にあわせてリリースされた。ティルマンスとロンドンの音楽シーンとの深い結びつきを示すこれらのアルバムも、もちろん、藤原ヒロシのレコードコレクションのなかにある。
Photos/ Shoichi Kajino
会期|2023年2月2日(木) – 6月11日(日)
会場|エスパス ルイ・ヴィトン東京
開館時間|11:00–19:00
お問い合わせ|0120-00-1854
■休館日はルイ・ヴィトン表参道店に準じます
■会場内の混雑防止のため、入場をお待ちいただく場合があります
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