宮永愛子 《Voyage》展示風景 Courtesy of Mizuma Art Gallery © Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d'entreprise Hermès

光、振動、波動など、身体に介入するゆらぎの感覚を通じて知覚の探究を試みる4人のアーティストの展覧会が開催されている。「Interference」(インターフェアレンス)とは「干渉」「介入」「衝突」を意味する。スポーツ用語ではバスケなどのプレイを妨害する反則、通信の分野では混信、物理・電子工学分野では光波による干渉、心理学では記憶の干渉や妨害を指すという。

本展の展覧会タイトル「Interference」は参加作家のひとり、フランシス真悟による光干渉顔料を用いた同名のシリーズから引用された。
フランシスの出展作品のなかでも、水平線上に現れた(あるいは沈みゆく)天体のように忽然と浮かぶ巨大な壁画《Liminal Shifts》は、銀座メゾンエルメス8階の展示空間に入ってすぐ、視覚に「干渉」する最初の作品だ。

フランシス真悟  展示風景 Courtesy of MISA SHIN GALLERY © Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès

蝶の鱗粉のように薄い雲母をふくんだ光干渉顔料は、光の干渉によってさまざまな色の科学反応を示し、見る角度によって異なる色層や光沢といった絵画の表情を微細に変化させる。大小さまざまな円を描いた作品は、それぞれ詩的なタイトルを持ち、光の粒子を周囲の空間に漂わせていた。
フランシス真悟は、画家サム・フランシスと映像作家の出光真子のもとに生まれ、カリフォルニアで青年期を過ごした。当時、ジェームズ・タレルをはじめとする若きアーティストたちとの出会いから、空間や光を新たなマテリアルとして捉え、人間の知覚という未踏の領域を探究する先鋭的な芸術の存在を知る。
さらに、ビーチや砂漠といった起伏に富んだ自然環境で培った身体感覚を通して、絵画における光や色を探究し、自然界や宇宙の崇高性に触れようと試みてきた。
フランシスの活動で忘れられないのが、コロナ禍の一時期、毎日1点のドローイングをSNS上に発表し続けた営みだ。あるときは揺れ動き、またあるときは沈静した心象を映し出す。その日の感覚に滑り込むように「干渉」し、タッチしてきた何点かのイメージは保存してある。彼の作品世界がこれまで以上に親密に感じられる機会だった。
本展では他の3作家の繰り出す作品との「干渉」にも泰然と向き合う、絵画のコアな部分を見せている。

参考作品|本展には出品されていません
フランシス真悟 《Vibrations Up and Down》 2020年 Courtesy of MISA SHIN GALLERY

振動という目に見えない「干渉」を体感させてくれるのが、スザンナ・フリッチャーのインスタレーション《Pulse》だ。
ガラスブロックに囲まれ、光に満ちた展示空間には、そのブロックに呼応するように半透明の糸がグリッド状に張り巡らせてある。それらの振動により、巨大なシンバルが絶えず微かなサウンドを発している。
観客はそのあいだを縫って歩き回り、震える糸にそっと触れて波動を感じることもできる。作品の意図と全く無関係で、しかも不謹慎だが、夜の美術館に侵入した盗賊が監視用に張り巡らされたレーザーをかいくぐる背徳的な気分も味わえて、繊細かつ愉快な作品体験だった。

スザンナ・フリッチャー 《Pulse》 展示風景 © Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès

一方、ブルーノ・ボテラは、普段(観客は)見ることのないギャラリーの隠れた場所に入れ子状に作品を仕込むことで、展示への「干渉」「衝突」を試みる。メゾンエルメスの建築自体を身体のメタファーと捉え、隠れた場所の触覚を抽出することで、観る者の意識下に潜む知覚を触発することを意図している。
展示室の脇にある小部屋では、折り畳まれた簡易ベッドの底にふたつの眼窩のような穴が空けられ、そこから伸びた手で作られた(と見られる)石膏や人工体液などを混ぜた不穏な物体が出現している。制御盤の扉を開くと、オムツやナプキンに使われる高吸水性ポリマー素材が薬草らしきものと一緒にどんよりと水に浸かっている。
図らずも(なのか?)、上記のフリッチャーの作品と同じく深夜のギャラリーで、悪夢で覚醒した身体感覚を裏返した状態で見せられたような印象だった。

ブルーノ・ボテラ 《寄宿》 展示風景 © Osamu Sakamoto/ Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès

宮永愛子は、本展会場で《Voyage》と名付けられたお茶会の一端を匂わせる象徴的な展示を見せている。
彼女自身が席主を務めるこのお茶会は、2021年にコロナ禍の行動制限のなかで生まれた。事前申込制で、招かれた客たちはオンラインで個別に参加する。
コンピューターの前に座り、宮永からの鏡文字の手紙を読む。自身で湯を沸かし、お茶を淹れ、お菓子を味わいながら、それぞれの意識は時空を超えて天文台へと誘われるのだという。
宮永は、日用品をナフタリンでかたどったオブジェ、塩や葉脈、陶器の貫入音など、移ろいやすく繊細な素材を使った作品で高く評価されるアーティストだ。それらが残していく気配の痕跡によって、詩的に視覚化された時間に思いを馳せる記憶や意識を通して、「変わりながらも存在し続ける世界」を表現してきた。

参考作品|本展には出品されていません
宮永愛子 《夜に降る景色‐時計‐》 2010年 Photo: MIYAJIMA Kei © MIYANAGA Aiko, Courtesy of Mizuma Art Gallery

《Voyage》は、個人個人で執り行う儀式でありながら、作家の眼差しや手つき、流れるような一連の営みと客自身が交差する旅の時間でもある。茶道という文化に象徴される、物理的な接触や目に見える物の等価交換を超えた、「意識」や「視点」の共有という弾力性に富んだ関係性に着目した、宮永の新境地となりそうだ。

宮永愛子 《Voyage》展示風景 Courtesy of Mizuma Art Gallery © Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès

本展は、パンデミックや軍事侵攻、立場の異なる者同士の分断や対立といった社会背景のなかで準備されてきた展覧会のひとつだ。いま、あらためて深く向き合わざるを得ない私たちの身体感覚とその微妙な差異や境界について問いかけ、ゆらぎ移ろうものの存在を鋭敏に知覚することを思い出させてくれる新鮮なアプローチである。

「インターフェアレンス」 フランシス真悟、スザンナ・フリッチャー、ブルーノ・ボテラ、宮永愛子

会期|2023年2月23日(木・祝) – 6月4日(日)
会場|銀座メゾンエルメス フォーラム 8•9階
開館時間|11:00-19:00 入場は18:30まで
■開館日と開館時間についての最新の情報はウェブサイトをご確認ください。
■宮永愛子「茶会 Voyage」は、第3回を5月21日(日)に開催します。参加のご応募はこちらから。

 

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