
この夏、ワタリウム美術館では「鈴木大拙展 Life=Zen=Art」と題して、西欧世界に「禅」を広めたZENマスター、鈴木大拙(D.T. Suzuki)について多様な視点からその活動を紹介する展覧会が開催されている。「知の巨人」と見做される大拙についての書物は、多くの著作・講演録をはじめ、国内外を問わず執筆されている研究・入門書を加えるとそれこそ星の数ほどにもなるだろう。その中から今回の展覧会のタイトルである「Life= Zen=Art」に応じたブックガイドをお届けする。🅼
Photo : Toshiyuki Furuya
鈴木大拙(すずき・だいせつ)
仏教学者。本名、貞太郎。石川県金沢市生まれ。
東京帝国大学在学中、鎌倉円覚寺に参禅し、居士号「大拙」を受ける。1897年渡米、出版社に勤務。1909年帰国後、学習院、東京帝国大学講師、翌年、学習院教授となる。11 年にビアトリス・アールスキン・レーンと結婚。21 年大谷大学教授に就任。36年ロンドンでの世界信仰会議に出席。49年-58 年、アメリカの大学やヨーロッパに赴き、大乗仏教思想とくに禅思想を講じる。英名D.T. Suzukiとして知られる。
タイトルの「Life= Zen=Art」とはすなわち、生活・哲学・芸術ということができるかもしれない。いずれも私たちの日常に深く関わる事柄であるのは間違いない。日々のなんでもない営みにも存在する哲学、言葉を超えて存在する芸術表現。そこには「物質」と「精神」の二項対立を越える「体験」があり、心の働きが生み出す眺めがあり、その具現化としての創造的行為が営まれている。多くの市井の人々、あるいは歴史に名を残すような何事かを成そうとする人たち、また芸術を生み出す者と芸術を楽しみ慈しむ者たち。本展はそうした人々に向けての「鈴木大拙展」であると、ひとまずは言えるのではないだろうか。
それにしても大拙なる人物が、どのように「禅」を捉え、如何にしてその思想を世界に広めたのか。また、なぜ多くの芸術家、哲学者から、無名の作り手や生活者までがその説くところに深く感銘を受けるのか。大変興味深いとは思わないだろうか。幸いにして多くの書物がこの問いかけに応えるべく昔も今も読み継がれ、また出版されている。古典と言われる大拙による著作から、現代芸術や現代思想に引き寄せて大拙の新たな相貌を描き出すものまで、星座の如く系をなす「大拙」本の中からいま読んでみたい5冊を紹介します。
1)『John Cage: Zen Ox-Herding Pictures』
今回のワタリウム美術館の鈴木大拙展で展示されているジョン・ケージの「十牛図」シリーズの全作品を収録した作品集。
1988年ヴァージニア工科大学芸術学部は、作曲家のジョン・ケージをブラックスバーグのマウンテンレイク・ワークショップに招き絵画作品の制作を依頼した。依頼を受けたケージは、水彩顔料を使った一連の実験を開始する。初めて水彩画の実験をする際、新しい画材に慣れるために茶色の紙タオルをテストシートとして使用したが、ワークショップのディレクターであるレイ・キャスが、このタオルが単なる試験紙ではなく、独自の美しさを持っていることに気づき、これを用いて新しい作品を作ることをケージに提案。こうして制作されたドローイング作品はケージの死後「禅の牛飼いの物語」としてまとめられた。本書はこの《Zen Ox-Herding Pictures》と題された50点の作品を収録。作品図版の対面にはそれぞれのドローイングに添えられたケージによる「詩の断片」が掲載されている。
2)鈴木大拙『禅の思想』
大拙が禅思想のエッセンスを思うままに記した、著者自身が「会心の作」とする最重要著作。禅の要諦は「体験」により言葉を解さずに悟りに至るというものだが、大拙は自らの個人としての体験を追求することにとどまらず、異なる価値観を持ち、異なる人生を歩んできた他者にも通じるように、敢えて言語と文字を持って多くの文章を記した人である。本書では禅を「思想」、「行為」、「問答」の三テーマに分けて、禅の古典を引用しながら、言葉を超えた禅思想の在り処を言葉によって説き示す、という空前絶後の難題に挑戦している。無分別の分別という大拙の思想の核心をあらわした一冊。

岩波文庫/岩波書店
定価1,067円(本体970円)
3)鈴木大拙『コロンビア大学セミナー講義(上・下)』
西欧社会による「禅」の受容に決定的なランドマークを記した1952〜53年のコロンビア大学における鈴木大拙講義録。J.D.サリンジャーらアメリカ文学の変革者から、ジャック・ケルアックやアレン・ギンズバーグらのビート・ジェネレーション、それに続くヒッピーたち、そしてエコロジー思想。さらにはスティーブ・ジョブズやカウンター・カルチャーの末裔たちにまでその波紋が及ぶこととなった、その全ての始まりを記録した講演録。当時の大学生に向けたレクチャーは「無念」、「涅槃」、「悟り」、「直観」などの用語の説明から、仏教や禅についての説話・問答を交えきわめて明晰な言葉によってなされている。2000年代になって発掘された原稿から起こされた本書は、いわば世紀を跨いでやってきた真打の登場とでも言いうる上下2巻本。

方丈堂出版
上巻|定価2,310円(本体2,100円)
下巻|定価2,750円(本体2,500円)
4)安藤礼二『大拙』
気鋭の文芸評論家によるきわめてアクチュアルな大拙像を描き出した論稿集。西田幾多郎、南方熊楠からジョン・ケージ、そして柳宗悦、ウィリアム・ブレイクに至る交流と思索を辿る。また大拙が生きた二つの世界、ナショナルとしての日本とインターナショナルとしての海外。それぞれにおいての大拙の活動と、その二重性の断層部分に見い出される今日的な問題構成にも言及した刺激的な一冊。

講談社
定価2,970円(本体2,700円)
5)『鈴木大拙写真集:相貌と風貌』
15年に渡って鈴木大拙の秘書を務めた岡村美穂子が、大拙から贈られたというツァイスの写真機で撮影したスナップ写真によるアルバム的写真集。「鈴木大拙展」でも展示されている「書」をしたためる姿、講演旅行や国際会議の合間に瞑想し思考する姿、柳宗悦や志賀直哉、堀口捨己らとの交流を重ねた学習院時代、最晩年の松ヶ丘文庫での日々。岡村美穂子のスナップは大拙の風貌に現れる「何」かを写し取る。いずれの写真にも、大拙の最晩年のエッセイとして名高い『東洋的な見方』の編者でもある上田閑照による詳細な当時の記録が付され、鈴木大拙の視覚的なクロニクルを補完し描き出している。
「大拙の現在を知るための5冊」というには少々クセの強い選書となったかもしれないが、この5冊が読者にとって新たな鈴木大拙の世界への経路(途中道草もあり)を開いてくれることを願って選ばせてもらいました。そして、ワタリウム美術館での展示はさらに挑戦的なものなので、そちらもぜひ「体験」いただきたい。

ワタリウム美術館ミュージアム・ショップ
オン・サンデーズ
https://onsundays.shopselect.net/
営業時間|11:00-20:00
休業日|無休[年末・年始は休業]
会期 | 2022年7月12日(火)- 10月30日(日)
会場 | ワタリウム美術館
開館時間 | 11:00〜19:00
休館日 | 月曜日[ただし9月19日、10月10日は開館]
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