パリでの子育てと仕事

坂田夏水 / Natsumi Sakata
空間デザイナー。座右の銘である「やるかやらないか。やる!」を実践していたら、気づけばパリの6区の片隅で子育てしながらお店を開店していました。失敗したとしても死ぬほど困ることじゃない、壁紙に悩んだって貼り直せばいいだけ!今日も私は、朝からパリの街を駆け抜けています。

東京からパリに移住して一年。私は今、新しいチャレンジな仕事と子育てをするための時間を過ごしています。まだまだ新たな人生の旅は始まったばかりですが、今日現在、家族での移住は楽しく上手くいっている気がします。もちろん困難も多々ありますが、過ぎてしまえば忘れてしまうほどの些細なこと。美しいパリで、家族が健康で楽しく毎日美味しいご飯を食べることができれば、私にとっては大成功なのです。

移住二年目を迎えパリでどう過ごしたいか。子供がこの場所で無理なく日々を送りながら成長し、私は新しい仕事にチャレンジしながらこの両軸をくるくる回していけるようにすること、それにつきます。国内か海外かは問わず、子育てと仕事のバランスは、この二つが無理なく持続できる状態でいられることが大切。いや、私は持続できるかわからないことを無理矢理に独断で進行してしまうタイプではありますが、おそらくこれまでも両立できているはず。もう少し経ったら、その答え合わせができるかもしれませんが…(笑。

フランスでの子供の学校

さて、今回皆さまにお伝えしたいひとつめのテーマ。子育て家族の移住で一番に気になる ”子供の学校問題” について、まずは触れてみたいと思います。

語学。移住前に日本で「フランス語の学校に通って勉強しなさい」と各方面からアドバイスをいただきましたが、結局実行ならず渡仏。フランス語が話せないのに現地校に通うなんて無謀だし子供が可哀想、と心配いただきましたが、実は…今のところそんな心配をよそに上手くいっています。そもそも言語の問題は実際に行ったらなんとかなると考える私のような母のもとで、子供は強制的にその道へ進むわけですが、6歳の下の子は想像以上に言語の習得能力が高く、すでにペラペラ(6歳の使う言語って限られていますからね)、11歳の子は6歳の子のようにはいきませんが、私よりもずっと話せるようになりました。かくいう母の私が一番の問題。微妙なフランス語の発音で頑張って会話していますが、下の子からは「ママの発音は間違っている」、上の子からは「恥ずかしいから外で話さないで」と言われる始末。子供の言語については問題にあらず。一番の問題は私でした(笑。

言語絡みではもうひとつのエピソードが。子供たちの入学前面談で校長先生から「学校のレベルを下げたくない」と執拗に言われていたことは理解したのですが、当時の私はこの意図がよくわかっておらず、”ひとまず笑顔が大切” と懇願を続け入学のお許しをいただきました。思えばよく乗り切ったものです。がしかしです、校長先生のこの指摘の意図を正確に理解したのは実は通い始めた後。6区の学校はレベル高く(子供の教育のために引っ越す家族もいるのですって)、言語もままならない日本人のために他の子供の大切な授業の時間を割くことは平等ではないということを校長先生は伝えたかったらしいのです。気づかなかったなぁ(苦笑)。そしてもう一つ。私が面談でこれぞ効果的と思ってやっていた ”つくり笑顔” は逆効果だそうで、あの時の私の笑顔は異常に怖いものに映っていただろうと、後々夫と子供から指摘されました。ああ、なんて大失態。こんなところでも異文化コミュニケーション、知らないって怖いですね。

次に教育プログラムについて少し触れておきましょうか。こちらも日本と大きく違います。パリの学校は9月入学で、下の子は現地に住む子が通う école(小学)一年生、上の子は collège(中学)一年生でフランス語の勉強が多い UPE2A という移民のための公立の特別プログラムに新学期から通学開始しました。フランスは日本より一年早く école の CP と呼ばれる一年生になり、アルファベットから文法、算数などの義務教育に入ります。その後5年間 école に通ったのちに4年制の collège に進学し lycée(高校)となりますので、大学に入る年は日本と一緒です。ちなみにフランスには基本的に受験がありません。通っている区の école (小学校)に行けばそのまま同じ区の collège (中学校)、lycée(高校)へと進学していくことができます。大学は自分で選びますが、高校の卒業資格 baccalauréat(バカロレア)を取得すれば大学に入学することができるのです。

こんなプログラムで動いている故、入学試験のための偏差値と大学の優劣評価が存在しないというのが日本との大きな違いでしょうか。学費に関してもフランスでは小中高はもちろん、大学も日本のように大きなお金はかかりません。学びたい人に平等に開かれる入り口だと言われています。これだけ聞くとなんだか羨ましいと思うかもしれませんが、進学するのが難しいというのが正しく、大学に入学しても落第せずに卒業できる人はなんと3割に満たないとのこと。大学を卒業するために専門的な勉強を重ねるフランスと、大学に入学するための入学試験で高い点数を競う日本。どちらが良いのでしょうね。どう思われますか?

パリでの仕事

今回ふたつめのテーマは “仕事” についてです。まず大前提として、パリで仕事をすることは簡単なことではありません。パリで雇用されるのはさらにハードルが高く、フランス語を流暢に話すことができた上でさらに特別な技能がないと採用には至りません。もちろんこれはパリに限らず、日本を離れて仕事を探すという意味では同一だと思います。しかし一方で、この数年のコロナ渦の変化によってリモートワークが普及したが故に、海外にいながら日本の仕事をすることが可能になったことが、私にとってはプラスに働きました。実際に今は、日本の今までの仕事をリモートで継続しながらパリでの仕事を両立するスタイルで生活をしています。新しいスタイルかもしれないけれど、本当にありがたいことです。

仕事視点でいうならば、フランス移住については前回お伝えした偶然の重なりも然りですが、もうひとつ私が属するインテリア業界において、ヨーロッパには老舗のブランドが多々あることがkeyではありました。日本人が大好きな ”ウィリアムモリス” や ”リバティ” はイギリスだし、”マリメッコ” はフィンランド。世界中のインテリアのプロが集まる展示会「MAISON&OBJECT」は年2回フランス・パリで開催。ミラノサローネは年1回イタリア、ハイムテキスタイルも年1回ドイツで開催。もちろんイギリスもイタリアもNYだってインテリア業界は元気ですが、やはりインテリア市場の中心地はパリなのです。

とはいえ、なぜパリはインテリア市場の中心だと言われているのでしょう。ヨーロッパ諸国からアクセスしやすいという立地もあると思いますが「まずはパリで売ることが大事」と、かつて某インテリア会社の社長が発言されていたことを思い出します。うるさいフランス人に選ばれたら一級ということ、とか、アッパー層は超高価品を購入する財力があるから、市場がパリを中心に回っているという現実もあるのかもしれません。誰が買うのだろうという車1台分ほどもする超高級な美しい家具。カーテンに至っては小さな窓用で1ヶ月のお給料価格。このような高価な商品は日本では買う人はいませんが、パリにはいるのです。

こんな環境にあるチャレンジングなサンジェルマン・デ・プレの私のお店ですが、現在グランドオープンから10ヶ月。今のところ場所選びは間違ってなかったと思っています。数多くのインテリアブランドが軒を並べるこの6区だからこそ、日本の伝統的な建材を選び買ってくれる人がいるのだと実感する毎日なのです。


ここで改めてですが、この場所にこだわった理由を書き記します。

1)”和紙、畳、襖、障子” といった日本の伝統的な内装建材を世界中のインテリアのプロに見て使ってもらう機会を創出したい
2)日本だけではなく海外へ市場拡大をしたい(しかもインテリア市場の中心であるパリで)
3)これら活動によって日本の伝統的な内装建材業界の工場や職人たちの仕事を拡大し、技術を残す手助けをしたい

この3点でした。ここだけはぶれたくありません。いや、ぶれないです。

そして、これら目的を達成する為に何をしたらいいのか、いろいろ考えながらこの1年、お店を運営してきました。和の建材を売るためにはパリのマダムが入店したいと思うお店作りが大切だと思って、オープンから何ヶ月かは毎日店頭に出すものを変えていました。ある日は一点ものの高価なものを、ある日は大量生産の安いものを入れ替えてお店の前を通るマダムの反応を観察しました。これが全て今の私の学びになっています。だって日本での常識というか普通は通用しないのですから(笑。

例えばと言うことで、日本では経験なかったエピソードをいくつか紹介しましょう。

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・マダムに「Ce n’est pas assez cher!(安すぎるわ)」と言われました。「merci!」とニコニコ笑顔で返事。日本人の私は褒められたのかと勘違いしたのですが、実際のところ、後で夫に教えてもらったところ「安すぎて魅力を感じない・不安=欲しくない」という意味だったのだそう。あああ、ここでも校長先生との面談同様、むやみに笑ってしまっていたのだと…反省しきり。

・古い婚礼用の長い帯を店頭に出していたところ「C’est vraiment superbe!(なんて美しいの)」と素敵なマダムが帯を ”テーブルランナー” として買っていきました。別の日には、半畳の置畳をみたパリジャンが「織りが美しく良い香り」と購入したのですが、なんと ”畳を絵のように壁に飾るのだ” といいます。私は畳のそのような楽しみ方をこれまで見たことがありません。なんてクリエイティブな発想なのでしょう!

・今ではレアな家紋の入ったお盆の提灯。販売は難しいかと思いながら店頭に並べたところ、「Qu’est-ce que c’est!(これはなんだ)」と美術館で働いている美しいマドモワゼルが出勤前に鼻息荒めに即買いしていきました。ベッドサイドのライトとして使うそう。日本のご先祖様はさぞかし嬉しかろうに…(しかも異国で)。

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パリでの仕事は、奥が深く驚きの連続で日々学びです。こういう人がこれを買っていくのねというリアルの積み重ね。そうそう、驚いたのは売れるものの違いだけでなく、営業日ついても大きな違いがあること。パリでは日曜祝祭日は原則休み。日本だと理解しがたいですが「不平等なく休日はみんなで」という考え方なのです。もちろんそのこと聞いていましたが、祝祭日にお試しで店舗を開けてみたところ、ご近所さんから「休日の営業はやめた方がいい。上品ではない 」とご指摘いただきました。「上品に、良いものを」これがフランスなのです。

こんな私の日々。まだまだパリでの仕事は学ぶことばかりですが、当面の目標は、パリで和のインテリアコーディネートの仕事を受けること。日本の和の空間に興味を持っているお客様に和紙と畳、障子や襖の良さをコーディネートと共にお届けしていくことです。心にも金銭的にもまだ余裕はありませんが、身体的にはエネルギー満載。ぜひ応援くださいね。

今回は少しだけ長くなってしまいました。お付き合い感謝致します。
まだまだ伝えたいことがいっぱいありますが、次回は私自身の話ではなく、移住してきて感じている「パリという街の建築や生活文化の違い」について書いてみようかと思っています。
では。

au revoir. à bientôt!

夏水

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● 坂田夏水(さかたなつみ) さんて、こんなひと。

1980年生まれ。2004年武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業。
アトリエ系設計事務所、工務店、不動産会社勤務を経て、2008年に空間デザイン会社として夏水組設立。女性の視点によるリノベーションや内装デザインで注目を集める。その他、商品企画のコンサルティングやプロダクトデザイン等を手掛ける。DIYやセルフリノベーションに関する書籍を多数執筆。

【メディア出演】
NHK「世界はほしいモノにあふれてる」 フジテレビ系列「セブンルール」「めざましテレビ」 日本テレビ系列「幸せ!ボンビーガール」外観・内装の立て直し屋 として出演 等に内装デザイナーとして多数メディア出演。

空間デザイン会社 夏水組

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