トム・サックスがまたやってくれてる。自分のスタジオに、シャネルの聖地である「カンボン通り31番地」を作ってしまったのだ。作ってしまったって何? ところで、ココ・シャネル(8月19日生まれ)は別名「獅子座の女」、実はトム・サックス(7月26日生まれ)は「獅子座の男」なのだ。![]()
Photo & Video: Hiroshi Fujiwara
──10月10日まで、ニューヨーク・SoHoにあるトム・サックスのスタジオで「31 Rue Cambon(リュ・カンボン)」が開催されています。パリのカンボン通り31番地にあるシャネル本店をモチーフに、ブティックの空間からスーツ、バッグ、シューズ、ジュエリー、什器に至るまで、段ボールやプライウッドなどを使ってトム流に再構築したユニークなインスタレーションです。ヒロシさんは、本展開幕のかなり前から、その制作過程を見ていたそうですね。
藤原ヒロシ[以下F] 実は、僕がトムのスタジオに、1年半くらい前に遊びに行ったとき、すでに今回展示されている段ボール製の“シャネル・バッグ”を作っていたんですよ。僕はそれを見て、何をやっているんだろうと思ったんですが。トム自身も当時は、「いつ、どうやって展示するかとか、まだ何も決まっていないんだよ」と言っていたんです。なので、僕がシャネルの知人を紹介しようかと言ったら、「まだ待って」と。結局、紹介はしていません。その後、何らかの交渉があったのかどうかも聞いていない。たぶん、なかったんじゃないかな。それが、ここまで大きな展示になっていたので、僕も驚きました。
2点ともに「Tom Sachs “31 Rue Cambon”」展示風景 2026年
──つまり、シャネル公認ではないと?
F 違うと思います。だから、ここでシャネルが試されるというか。クレームの付け方次第では「シャネルはセンスがない」と言われるだろうし。
鈴木芳雄[以下S] 何も言わなければ、それはそれで、シャネルはコピーを黙認しているとか受け取られる可能性もあるのかな?
F 今回は純粋な美術作品としての展示のみで販売もしないから、許可をしたとしても、他の誰かがシャネルのコピーやパロディを販売して、「トム・サックスもやっているじゃないか」と言い訳をするかもしれない。企業として何も言わないわけにもいかないし、言えばアートに理解がないと思われる。結構、試されますよね。
註:米ファッション業界専門サイトによると、シャネルは「このプロジェクトには関与しておらず、その構想や進行にも参加していません。これはシャネルが世界各国で支援する文化的プログラムのひとつでなく、シャネルとは一切関係がありません」と9/10に表明
S ルイ・ヴィトンのように上場企業の傘下にあるブランドなら、すぐに何か言ってきそうだけれど、シャネルはプライベートカンパニーだから、その点も微妙ですよね。トム・サックスは以前、ティファニーもモチーフに使っていたけれど、結局、ブランドによって対応は違うでしょうね。彼はラグジュアリーブランドだけでなく、マクドナルド、マキタなども使っているし。
──NASAのシリーズもその流れとして見ることができますよね。
F そう、NASAも。だから今回、数ある題材の中でシャネルを選んだのはなぜなのか。そこが面白い。以前にもトムは、シャネルのロゴを使ったギロチンやチェーンソーを作っています。ただ、あのときはシャネルだけでなく、エルメスをはじめ、いろいろなブランドがモチーフになっていた。今回はシャネルの店そのものを作っている。ロゴだけでなく、スーツやドレスまで作品の中に取り込んでいるから、さらに大胆です。
「Tom Sachs “31 Rue Cambon”」アトリエ 2026年
同展会場にて、トム・サックス
──以前のシャネルのギロチンには、ある意味で現代美術らしいアイロニカルなメッセージを見ることもできた。でも今回は、それがあまりないように感じます。
F そうですね。たぶん流れとしては、この前の「ピカソ」のプロジェクトに近い。少し変わってきていますよね。
S そもそもトム・サックスは、以前、チェーンソーや銃、ギロチンを作っていたときには、「自分は武器も好きだし、ファッションも好きだ」というようなことを言っていました。その頃の彼の作品には、やはりシニカルなところがあったと思う。
F 今はそういうものが薄れて、もっと純粋な方向に向かっている。子供が欲しいものを買ってもらえないから、段ボールで自分で作った、というような感じですよ。
「Tom Sachs “31 Rue Cambon”」展示風景 2026年
「Tom Sachs “31 Rue Cambon”」アトリエ 2026年
──そして、アイテムだけではなく、ブティック自体も再現している。
S シャンデリアや、象徴的な鏡張りの階段を思わせる空間まで作り込んでいますね。パリの31 Rue Cambonにはココ・シャネルのアパルトマンがあって、オートクチュールのサロンやアトリエもある。
「Tom Sachs “31 Rue Cambon”」展示風景 2026年
F 今回の展示会場となったトムのスタジオの奥には、制作にあたってのイメージボードが壁に貼ってあり、まるでオートクチュールメゾンのアトリエのようでした。パリのシャネルの店に来ていた著名人たちが何を着ていたか、といった資料もあって、それをトム本人が全部説明してくれました。会期中はアポイント制で5人ずつ中へ入れて、自分たちで作品を説明すると言っていましたが、これを作り上げるのは本当に大変だったと思います。
2点ともに「Tom Sachs “31 Rue Cambon”」アトリエ 2026年
──ヒロシさんにとってトム・サックスは、センスやものを作る姿勢に共感する部分が多い作家なのではないかと思うんです。その意味で他の多くのアーティストとは違った“親しみ”を感じたりはしませんか?
F トムと知り合ったころ、ディナーの席でよく隣の席に割り当てられたんです。初めて「写真を撮ってもいい?」と聞かれたとき、彼が持っていたのはソニーの小さなデジタルカメラだったんですが、そのカメラに手描きで「Leica」と書いてあって(笑)。そういう人なんです。
──彼らしいエピソードですね。実際、今回のシャネルをモチーフにした展示にも、「ブランドとは何だろう」「本物と偽物とは何だろう」ということが、やはり頭をよぎります。本人はそうしたテーマをどこまで意識しているのでしょうか? さすがに「シャネルが好きだから」というだけで作っているわけではないでしょう。
F でも、本当に好きだという気持ちもあると思います。それと、題材を選ぶセンス。NASAを選ぶ、ピカソを選ぶ。これがダ・ヴィンチではダメで、ピカソだからちょうどいい。今回もルイ・ヴィトンやエルメスより、シャネルが合っている。選び方のセンスがあるんです。
──一般に現代アートは、コンセプトや理論的な裏付けが前面に出て、そのために作品が存在しているように見えることもあります。でもトムの作品には、それを感じない。まずクオリティとセンスがある。今回もニューヨークでパリのシャネルのブティックを再現するという冴えたセンスと、細部まで徹底的にこだわったクオリティが強烈に伝わってきます。
2点ともに「Tom Sachs “31 Rue Cambon”」会場内バーカウンター 2026年
S 比較できるアーティストとしては、日比野克彦さんの初期の活動などは少し近いかもしれません。段ボールという素材も含めて。日比野さんも長く、「工作少年がそのまま藝大へ行ってしまった」というような見方をされていたかも。でも1995年にヴェネチア・ビエンナーレ日本館の作家の一人に選ばれて、国内での見方も少し変わった。国外で認められて初めて国内評価が変わる、という時代でもありました。ただ、トム・サックスには、レディメイドやブリコラージュ、既存のものを模写し、サンプリングしていくという明らかに現代美術の手法を見ることができます。初期のギロチンや武器には挑発的な要素もあった。高価なものを安い素材で作る、美しいものと兵器を組み合わせる。今回、シャネルを手作りの段ボールで作ることにも、その方法は残っています。
F ピカソのプロジェクトも似ていますね。
──トムが描いたピカソには「ピカソのパロディですね」だけでは終わらない“トム・サックスのセンス”がある。
S そもそもピカソ自身だって、すべてをゼロから生み出したわけではない。セザンヌが種をまき、ピカソがそれを刈り取ったという見方もできる。美術史的にいえば、キュビスムのもとをセザンヌが作った。そのセザンヌも、例えばニコラ・プッサンから学んでいたはずです。
──シャネルでもピカソでも、それをネタにすることによって浮かび上がるのは、やはりトム・サックスという作家の世界観です。
F トムのサンプリングは、自分のテイストで素材を殺してしまわず、引用元をうまく残している。そのサンプリングの仕方がかっこいい。
2点ともに「Tom Sachs “31 Rue Cambon”」展示風景 2026年
──それを成立させられるのは、やはりセンスなんでしょうね。あの手書き文字もそうです。
S センスと、ここまで作り上げる熱量。その両方ですよね。
──こんなふうに細部まで詰めるには、最初から全体を強くイメージする力が必要です。成り行き任せではできないでしょう。そういう意味でも、強いアーティスト性を感じます。
S これだけ大がかりに、パリのカンボン通りの店を再現するのは大変なことです。そう考えると別の場所へ巡回する可能性も、なくはない気がします。
F もし、東京でやることになったら美術館よりも、通りに実際の店として出したほうが面白いかもしれない。
「Tom Sachs “31 Rue Cambon”」会場外観 2026年
——シャネルの顧客が間違えて入ってきたり。
F 近づいて見ないと、会場の扉に描かれたシャネルのロゴがトムの手描きだと分からない。そのくらいの距離感の展示ができたら良いですね。
会期|2026年9月11日(金) – 10月10日(土)
会場|245 Centre Street (SoHo)
New York, NY 10013
開場日時|木・金曜日18:00 – 20:00、土曜日13:00–18:00
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