美術史の豊かな知識を土台にして、当代一の画力を武器にどこにもない絵を生み出す。そんな人気画家、山口晃ガハクは夫婦揃って食いしん坊。日常で、旅で、制作中の日々で、散歩の途中で何を食べてるの? ガハクが日常を描くコミックエッセイ『すゞしろ日記』に「カミさん」として登場するガハク妻による食事帖。
ゼッタイ食べないという人もいるし、日常の食べものといえば日常の食べもの。でも食べ方って結構いろいろ。
絵/山口晃
これまでも何度か話題に出てきたけれど、わが家の朝食はもう長らくピザトーストで定着している。
そのせいか、山口ヒゲ画伯こと夫(以下ガハク)も私も、外食でピザを自らオーダーすることはない。イタリアから取り寄せたピザ窯があるとか、店で自慢のメニューだったとしても、「これ、絶対においしいだろうな」と思いつつ、「(朝に似たようなものを食べたから)まあ今日はいいか」と別の料理を選ぶ。香ばしいにおいと共に窯から出てくる焼きあがったばかりのピザが遠目に見えても、隣のテーブルでチーズをびよーんと伸ばしてあつあつを頬張るお客さんが目に入りうらやましく思ったとしても、「まあ今日はいいか」と、わりとあっさりとあきらめられる。
誤解がないように言っておきたいが、集まった誰かがピザを頼もうとしても気にならないし、目の前に出てきたらガハクも私も喜んで口に運び、「やっぱりおいしいな」と絶対に思う。
「そうなのよ、納豆にはねぎでしょう」
夕食時、納豆と小口切りにしたネギを混ぜ合わせ、ガハクがいそいそとご飯にかける。
諸説あるし地域性は関係ないかもしれないが、ふたりとも関東出身ゆえか納豆は好きな方である。
「うーん、うまいうまい」
ガハクは目を細めて味わいながら言う。
「納豆にネギが入ると、別モノだね。とたんに『料理』になる」
普段、納豆には醤油の味付けのみだ。
納豆はひきわりではなく粒のもの。私は大粒で豆っぽさのあるタイプが好きだが、ガハクは味のからみやすい小粒がいいみたいである。からしを入れないのは苦手なのではなく、買うのがだいたいタレ・カラシなしの納豆なのであえて追加しないだけで、あった方がよいとは感じる。味付けは自分で按配して醤油をたらして終わりで、気が向くとかつお節を入れることもある。
ガハクの言う通り、久しぶりにネギ入り納豆にしてみると、味わいが格段に違っていた。納豆という、キャラ(においや形状)は強いのにどうしても群衆→名もなき通行人のひとりにしかなれなかった存在が、途端にぐっとフォーカスされセリフの一言もついたりして、通行人のひとりくらいになったかのようだ。
「あなたはいくら言ってもネギを常備してくれないけどさ」
そう言ってガハクは私の方にやや非難めいた視線をちらりと送ってくる。
私も今、ガハク同様ネギの入った納豆に別格な味を発見しているにもかかわらず、私はネギをあまり買わない。(今回は新鮮なネギをたくさんいただいたので、このように存分に使用したのだった)
確かにネギは各種料理において万能だから常にあっていい。味噌汁にはもちろん、そばやうどんなどの薬味としても欠かせないし、隠し味にも主張強めにも使え、生でも火を通してもいい。
そう分かっていて、積極的にストックしないのは、ネギを切るとまな板ににおいがついてしまうのが気になるから、だろうか。
では、まな板にラップを敷けばよいのではというアイデアも出てくるが、たいていばたばたと料理をしているため、「ここでネギを使うと引き締まるな」と思いながら、時短重視で次回にしようとついつい見送ってしまう。ネギがけっこう日持ちすることも、そうしてしまう要因かもしれない。
ガハクの納豆への要望は続く。
「あと、納豆はもっと食べようよ。毎日食べたっていいくらいだよ」
これは栄養価や発酵食品の効能を鑑みてのいかにもガハクらしい意見なのだが、前述の通り朝がパン食。お昼はお昼で和風のごはんを作っている余裕もなく、冷凍食品を活用する。結果、納豆を食べるのは夜になるわけで、そうすると意外と問題も出てくる。
「でも、ワインを飲んだ後に納豆でご飯、って合わないよね」
ガハクと私は夕食時、ほぼ必ずささやかな晩酌をする。酒類の在庫や当日の献立を考慮し、日本酒、ワイン、ビールを適当にローテーションしている。
夕食のスタイルとしては、定食のようにおかずの載った皿とご飯と味噌汁の椀をいちどきに卓上に並べ、なんらかのお酒を飲みながら食べ進み、最後はほどよく残した白米と味噌汁で締めるというのが通例だ。
なので、納豆の出番はその最終段階、お酒もそろそろ飲み終わる時である。だが、本日のお酒がワインだった場合、まだその余韻が感覚的にも視覚的にも残っている。飲み切っていないこともあり得る。
「そんなの気にしなくていいんだよ」
栄養重視のガハクはそう言うが、ワインの後に納豆ご飯というのはなかなかに強烈だ。ワインと納豆がせめぎあい相手の特質を打ち消しあうので、一体何を口にしているのか脳内で処理不能になる。
しかし、納豆の方が味が強いので優勢だろうか。ほとんど納豆に持っていかれ、キリッとした白ワインだとか渋みのある赤ワインの印象は消えて、ぬるぬるねばねばの状態になり、味噌汁ですっきり流して「大豆を満喫しました」で夕飯が終了することになる。
日本酒とビールなら問題ないが、ワインに当たった日の納豆は(私としては)忌避したいところだ。
「あと、おなかがいっぱいになって納豆までたどり着けない時もあるじゃない」
納豆を出せるのは毎日ではない。締めの時にすでに満腹で納豆を追加すると過剰なこともあるし、塩辛い味付けのおかずが多いと納豆分のご飯が残らないとか、タイミングを要する。
「その時はその時でしょ!」
ガハクの言う通りなのだけど、私の中でも全体のバランスというものがある。
私たちはなりゆきで納豆は夕食時に食べるよう習慣づいたが、なんとなく、納豆は朝、という印象がある。こうして夜に、それも最後の最後にのんびり納豆を食べるより、朝の忙しない時間に、勢いよくかき混ぜてご飯に載せ、一気に食べる方が納豆には合っているように感じられるのだ。
「そういえばあなたの家では納豆っていつ食べてた? 私の家は夜には食べてなかったと思うんだよね」
ガハクに疑問を投げかけてみた。
「えーっと、桐生の家では日曜日の朝に食べるものだったね」
「へえぇ! なんで?」
あまりに限定的なので何かもっともな理由があるかと思ったのだが……。
「両親が共働きで忙しくて朝はいつもパンだったから、日曜の朝食はご飯にしていたみたい」
特に謎めいた話ではなく、ちょっとがっかりしつつ、やはり和食の方が何かと支度が大変なのだな、と思う。現に私たちもそうであるし。和食は一汁に一菜だけではさみしい。三菜くらいないと格好がつかないところがある。
私の実家は納豆にはかつお節が定番だったが、ガハクの所では納豆のトッピングはまた違ったようだ。
「ネギはもちろんで、しらすとか、だいこんおろしとか、たまごを混ぜることもあったね。かつお節っていうのはなかったかな」(しらすの場合は単体での使用はなく、必ずだいこんおろしと一緒だったそう)
かつお節入りの納豆はガハクもお気に入りだが、私が伝授していたとは意外だった。私の方はガハク家の様子を聞き、納豆にだいこんおろし? と訝しく思って試してみたら、納豆の粘りに軽さがでて、醤油の風味も引き立てるしで、なるほどこんな食べ方もできるのかと感心した。
私からガハクにもうひとつ、聞きたいことがあった。
「あなたのお家では、納豆はひとり1パックで食べていなかったの?」
ガハクと納豆を食べるに際し、驚いたのが1パックをふたりで分けるのがデフォルトだったことだ。私としてはひとりにひとパックが普通だったから、「1個でいい、分けましょう」と言われ、ガハクはなんと倹約家なのかと思ったものだ。
これはおやつに食べるカップ入りアイスクリームにも適用され、え!? ひとり1個はダメなの? と憮然とした。ガハクによると、こんなに一度に冷たいものを食べる必要はないでしょう、というのが理由なのだが……。
ガハクの実家での納豆の食べ方については、
「うちは納豆をパックから直接食べることはなくて、器に移して混ぜていたから何パック開けていたか分からないけど、ひとつってことはないし、人数分でもなかったと思うよ」
とのことだった。
きちんと器に移していたと聞くと、パックから直接という食べ方はなんだかお行儀がよくなく思える。
「洗い物が増えるだけだし、いいんじゃないの?」
その点に関してガハクにこだわりはないようだ。
ひとり1パックではないというガハクのルールには、当初こそ「なんで?」と感じたものの、実践してみると思いのほか理にかなっていた。
私たちが夕飯で納豆を食べる時点で、ご飯はたくさんは残っていない。お茶碗の半分以下くらいだ。そこに納豆1パックの量を投入すると、確かに持て余すところがある。納豆のべたべたねばねばだけが目立ち、滋味が薄れてしまうような。ご飯と納豆の量は最低半々、もしくはご飯が多いくらいにして、納豆が白いご飯を引き立てる状態になるのがよいかなと思うのだ。
となると、ひとパックをふたりでという量は実にちょうどいい。
アイスクリームにしても然り。ふたりでひとつを分けていて、さほど不満を感じていない。自宅で大量に冷たくて甘いものをとらなくても、ちょっと口にするくらいの方が存分に楽しめる気がする。
いや、アイスクリームの方はガハクの方針にいつの間にか慣らされてしまったのかもしれない。
カップ入りアイスクリームを自分ひとりで食べる時、こんなに食べていいのかな、とついつい思ってしまうようになった。それがいいのか悪いのかは分からない。
ともかく健康にはいいのだと考えるようにして、ガハクの食べ方につきあっておこう。
■次回「ヒゲのガハクごはん帖」は6月第2水曜日に公開予定です。
●山口晃さんってどんな画家?
1969年東京都生まれ、群馬県桐生市に育つ。96年東京藝術大学大学院美術研究科絵画専攻(油画)修士課程修了。 2013年『ヘンな日本美術史』(祥伝社)で第12回小林秀雄賞受賞。
日本の伝統的絵画の様式を踏まえ、油絵で描く作風が特徴。都市鳥瞰図・合戦図などの絵画のみならず立体、漫画、インスタレーションなど表現方法は多岐にわたる。
主な個展に、2015年「山口晃展 前に下がる下を仰ぐ」(水戸芸術館現代美術ギャラリー、茨城)、18 年「Resonating Surfaces」(大和日英基金ジャパンハウスギャラリー、ロンドン)、23年「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×山口晃 ここへきて やむに止まれぬ サンサシオン」(アーティゾン美術館、東京)など国内外展示多数。
2019年 NHK大河ドラマ「いだてん 〜東京オリムピック噺〜」のオープニングタイトルバック画を担当し、22年善光寺(長野)へ《善光寺御開帳遠景圖》を奉納。
25年には漫画雑誌連載作『趣都』(講談社)、本連載の17のエピソードをまとめた単行本『ヒゲのガハクごはん帖』を刊行。
現在、東京藝術大学大学美術館にて開催中の「NHK日曜美術館50年展」(6月21日まで)へ出品。
山口晃 《ショッピングモール》部分 2015年〜 桐生市蔵(大川美術館寄託) 撮影:木暮伸也 ©︎YAMAGUCHI Akira, Courtesy of Mizuma Art Gallery
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