ダミアン・ハースト 《後天的な回避不能》 1991年 テート美術館蔵 Photographed by Prudence Cuming Associates © Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS/Artimage 2026

現代アートは今までにないもの、新しいものを求める強迫観念が原動力なのだ。だから、90年代にダミアン・ハーストの展覧会を見た藤原ヒロシが「僕が好きなアートは、こうしたイギリスのアートの系統かもしれない。どこかにパンク的なものを感じたから」というのはもっともである。東京でYBAsとさらにその影響の展覧会が開かれる。  

藤原ヒロシ[以下F] 今回の国立新美術館で開催される「YBA & BEYOND」という展覧会、僕はイギリスの若手アーティストの展覧会か何かだと思っていたんですが、違うみたいですね。

鈴木芳雄[以下S] チャールズ・サーチが集めたイギリスの若い、ときに反抗的な表現のアーティストたち——その多くは80年代にロンドンのゴールドスミス・カレッジの学生だった——を“Young British Artists(YBAs)”と呼んだわけですよね。彼らの作品を集めた「センセーション」という展覧会がロイヤル・アカデミー・オブ・アーツで1997年に開催され、その中にはダミアン・ハーストもいました。

「センセーション」展カタログ 1997年 ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ

F そうなんですが、この展覧会ではダミアン・ハーストやヴォルフガング・ティルマンスの作品もあると聞いて、僕は「センセーション」展の次の世代のイギリス人アーティストの展覧会なのかなと思ったんですよ。

ヴォルフガング・ティルマンス 《座るケイト》 1996年 テート美術館蔵 ⓒ Wolfgang Tillmans, courtesy of Maureen Paley, London; Galerie Buchholz; David Zwirner, New York

S 逆に、YBAsの前の世代であるフランシス・ベーコンの作品もあったりしてね(笑)。まあ、そのあたりが“& Beyond”なのかもしれないけれど。2012年のテート・モダンでのダミアン・ハースト展では、ベーコンとハーストの共通点、そして彼らが英国から出てきた理由もテーマになってました。

「Damien Hirst」展カタログ 2012年 テート・モダン
「ハーストの作品に見られる苦痛や錯乱、病理状態にある『暗示された身体』の投影はフランシス・ベーコンによって英国美術に刻印された主題系譜を想起させる」(展覧会カタログの解説より)

F ただ、それだと焦点がぼやけるというか、「センセーション」展の良さが薄まってしまいませんかね。

S その懸念はありますね。でも、YBAsは大きな潮流だったので、それを振り返る意味はあると思います。例えば、2003年前後に僕がアメリカで村上隆について取材をしていたら、キュレーターやコレクターたちはしばしばダミアン・ハーストの名前を出すんですよ。最初は不思議に思っていたのですが「ムラカミとハーストは“エキゾチック・アーティスト”だ」ということだったんです。つまり、現代美術の本家本元を自称するアメリカ人たちからすると、2人ともアメリカから出てきてほしかったアーティストなのに、日本やイギリスといった“外部”から現れたことに驚きと悔しさを感じたのではないかな。逆に言えば、ダミアン・ハーストたちによるYBAsの流れがあったからこそ、村上隆も世界的な名声を得る近道を与えられたと言えるのかもしれません。

F 僕は1996年ごろにニューヨークでダミアン・ハーストの展覧会を見ているんです。会場に入ると、まず、大量の吸い殻とタバコの空き箱が溜まった巨大な灰皿があって、その先にホルマリン漬けのサメがあって。何の知識もなく、たまたま見に行ったんですが、「なんか、すごいな」と思ったのを覚えていますね。その後、グッドイナフでダミアンとTシャツを作ったんですけれど、本人と直接やっていたらマネージメントからNGが出たとかで、結局販売はされなかったんですが。

S そうなんですね。それで「センセーション」展に話を戻すと、ロンドンからベルリン、ニューヨークと巡回するんですが、そのニューヨークで物議を醸すわけですよ。クリス・オフィリの《聖母マリア》のコラージュ作品が象の糞を使っていて、当時のジュリアーニ市長が「冒涜だ!」と言って、会場となったブルックリン美術館への補助金を打ち切ると言い出して大騒動になったんです。でも、象の糞って昔は燃料だったわけだし、即座に信仰を侮辱してと激情するのが適切なのか(笑)。

F 今思うと、僕が好きなアートは、こうしたイギリスのアートの系統かもしれないですね。もちろん、ウォーホルやボイスといった、80年代に僕の先輩たちが好きだったものから入っているんだけれど、その後、アートの面白い動きに注目するようになったのは、「センセーション」あたりからかもしれない。どこかにパンク的なものを感じたんでしょうね。

S そうだと思いますよ。YBAsの作家たちはゴールドスミス・カレッジの卒業生が中心だったと言いましたけれど、そこには、反体制的な校風のもとに集まった労働者階級出身者たちの学校という校風もあるわけです。その作家たちの展覧会が権威的なロイヤル・アカデミー・オブ・アーツで行われたというのも「センセーション展」の面白さでもあるんですが。

F もともとパンクが、アートの持つ反体制的な部分に影響を受けたとも言えるし、そのパンクからさらに影響を受けたのが、ダミアン・ハーストたちだとも言えるんじゃないかな。

——YBAsの登場は日本の美術界にもインパクトを与えたのでしょうか。

S これは日本での現代美術の受容の仕方の問題でもあるんだけれど、例えば森村泰昌や宮島達男は、具体やもの派といった日本の前衛の延長線上にあると言えると思うんです。一方で、村上隆や奈良美智は、このYBAsの流れがあったからこそ出てこられたんじゃないかと。日本の現代美術には、今もその二つの流れがあるように見えます。

F このYBAsのようなものが現れてくるのが、いかにもイギリスっぽいと思うんです。KYNE君が出てきた時、同世代のアーティストが結構いたんだけれど、KYNE君以外は、今もあまり認められていないというか。彼らもYBAsのように一つの集団として、だれかがまとめて大きな展覧会とかできれば良かったんじゃないかな。

S そうそう。それが “現象”になってくると、評価が変わってくるというのはありますね。

F かつての具体(美術協会)やブラック・マウンテン・カレッジも、そうだったと思うんですよ。

S 村上隆はそのあたりも自覚的で、だから「スーパーフラット」三部作シリーズのように自分の個展に加えてキュレーション展を同時開催したり、あるいは、大作「五百羅漢図展」の開催とほぼ同時期に自分が集めた古美術や現代美術の展覧会を企画したりするわけじゃないですか。孤軍奮闘じゃダメだ、自分の背負っている“文脈”を見せないといけない、ということを分かっているんですよね。

F でも、それだと“村上隆とその他”になってしまうじゃないですか。YBAsは“ダミアン・ハーストとその他”ではないですよね。

S 違いますね。村上隆は、やや自作自演的ではあるかな(笑)。

F まあ、村上さんの場合は仕方なくそうしているのかもしれませんね(笑)。村上隆とその他、のほうが面白いし、しっくりくるかもしれません。
ムーブメントって、集団としての力だけじゃなくて、個々に力のある人たちが集まってこそ生まれてくると思うんです。

——アートに限らず、音楽やファッションでも、同時期に特定の場所で多くの優れた表現者が現れるということには、何らかの“必然性”を感じずにはいられない。だからこそ説得力を持ち、それがムーブメントとなるのでは。

S そうでしょうね。やはり“時代の機運”のようなものは影響しますよね。

——では、YBAsのようなアート・ムーブメントは、今後も出現するのでしょうか?

F 難しいんじゃないかな。YBAsがアートにおける最後のムーブメントかもしれませんね。

「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」展覧会メインビジュアル

テート美術館—YBA &BEYOND 世界を変えた90s 英国アート

会期|2026年2月11日(水・祝) – 2026年5月11日(月)
会場|国立新美術館 企画展示室2E
開館時間|10:00-18:00[金・土曜日は10:00-20:00]入場は閉館の30分前まで
休館日|火曜日[5/5は開館]
お問い合わせ|050-5541-8600[ハローダイヤル]

 

■巡回展
京都市京セラ美術館  2026年6月3日(水) – 9月6日(日)

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