美術史の豊かな知識を土台にして、当代一の画力を武器にどこにもない絵を生み出す。そんな人気画家、山口晃ガハクは夫婦揃って食いしん坊。日常で、旅で、制作中の日々で、散歩の途中で何を食べてるの? ガハクが日常を描くコミックエッセイ『すゞしろ日記』に「カミさん」として登場するガハク妻による食事帖。 やれば上手なのはわかってる。ガハクの手料理に頼ったお正月でした。  

 

絵/山口晃

新年になり、三が日も明けた頃。
夕飯の献立が、骨つきローストチキンにパイ包みエビのシチュー……と何やら時期はずれな内容。

それもそのはずで実際、山口ヒゲ画伯こと夫(以下ガハク)と私、ふたりの時間は12月の下旬から止まっていたのだ。
話は去年にさかのぼる。

午前中、私は近くの検診センターへ区の無料健康診断を受けに行った。検診着だとなんだか肌寒いな、と感じつつ指定された窓際の待合席に座った。
1時間もしないうちに検診は終了して帰宅。午後はガハクと一緒に業者さんとの打ち合わせ予定がある。
隣の部屋でまだ寝ているガハクを待っているうち、コホコホと咳がしょっちゅう出てくるようになってきた。ちょっとだるい。久々にカゼかもしれない。だとしたら何年ぶりだろう。コロナ禍以降、外出時にはマスク着用が常となり、人ともそんなに接触せずですっかりカゼもひかなくなっていたのだが。
午後4時頃、近所での打ち合わせを終えると、私は弱々しくガハクに訴えた。
「ごめん、すぐ帰りたい。咳も出るし、カゼをひいてしまったかも」
おそらくガハクは、帰りは近くの和菓子店に寄り道をして抹茶とお菓子で一服……と、口には出さずとも密かに楽しみにしていたはずだ。
「いいよ、早く帰ろう。家でコーヒーを飲もうか」
ガハクは私を気遣い、気落ちする様子も見せずにそう言った。
帰って早々、ちょっと横になるね、と私は布団に入るともう起き上がれなくなってしまった。
午後8時をまわって目を覚ますと、粘土でできたストールを首に巻いたかのように身体が重い。コーヒーを飲むような時間はとっくに過ぎている。

「どうだい、具合は」
「あんまりよくない」
「熱を計ってみよう」
ガハクが昔ながらの水銀の入ったガラスの体温計を差し出した。脇の下に挟んで10分だからね(私は5分でいいと思っている)、こちらで時間はみておくから、と念押ししてくるところはいかにもガハクだ。
ガハクによる10分計測の後、「はい、いいですよ」と声がかかる。
体温計の目盛りを見ると、銀色の線は38.1度のところで止まっていた。

その時私はまだ元気があった。
「夕飯は私が作るよ。おなかも空いてきたし」
「いいよ、寝てなさい」
「だって、忙しいでしょう。そのくらいはできそう」
とにかくおとなしくしているようにと、ガハクから強く言われてしぶしぶ横になる。
しばらくして、壁越しにガハクからいくつか質問を投げかけられた。
喉の痛み、息切れ、動悸、頭痛、倦怠感、節々の痛みの有無や、その度合いについて。
あ、これはコロナを疑っているな……。仕事をしているのかと思いきや、情報収集タイムだったらしい。

聞き取りを終え、現状、熱は高いけれど急激で重篤なダメージもなさそうなので、まあカゼでしょう、ということに落ち着く。

やはりご飯はガハクが作る、ということになり、私は寝るしかなく再び布団にもぐる。
夜もそこそこ更けた頃、ガハクがようやく一仕事終え、食事の支度のために台所へ移動する気配がした。
半睡半醒の私の耳には、台所からのカタコト、ザーザー、カシャカシャという調理の音が遠く微かにBGMのように入ってくる。

それはけっこう長く続いた。突然のバトンタッチで、現在どんな食材があるか、どこに何がしまってあるか、ガハクには勝手が分からないことも多々あったに違いない。
真夜中近くになって、ガハク作の栄養バランスを考慮した品々が食卓に並んだ。
ぶた肉とピーマンの炒め、酢漬けカリフラワーと豆のこれも炒め物、昨晩の残り物のひじき(出来合いのもの)。それから味噌汁とご飯、以上である。
普段は多忙につき炊事に関わる時間のないガハク。キャベツやねぎを細かく切るとか、刺身をきれいに並べるという得意分野を活かした部分的協力がせいぜいだ。それが、今晩は全皿ガハク提供、これは非常に稀有というかありがたみの度合いが別次元である。
それなのに、この時私はすっかり弱って病人になりさがっていた。
「なんだか食欲ないや」
「えー⁈ さっきはおなかが空いたって言ってたから……普通に作っちゃったよ。炒め物ばかりで油っこいかも」
「大丈夫。だけど胃が気持ち悪い」
箸が進まないものの、ガハクを心配させまいと食べる努力をする。

味噌汁の具は根菜中心で、短冊切りのだいこんとにんじん、はくさいが入っている。おや、やけに風味があると思ったら……。
「豚汁なんだね」
時おり野菜の間からごく少量の肉が顔を出す。良質のタンパク質を少しでも多く摂取して栄養補給を、というガハクの配慮がにじむ。
メインのぶた肉とピーマンの炒めは、美しく均等に細切りされたピーマンに合わせてか、肉の大きさも上品だ。こんな形状の肉、買い置きしてあったっけ?
「肉はわざわざ細かく切ったんだね」
「うん。手がベタベタになった」
食べやすいサイズにカットされた肉の色はやや黒っぽくなっており、味がしっかりと染み込んでいる。
「……もしかして下味をつけてある?」
「そうだよ。しょうゆとお酒に漬け込んでおいた」
うむむ、一手間のかけ方が違う。時間がかかるわけだ。それは確かに味にも反映され、熟達している感がある。
「ああ、これって青椒肉絲風なんだ」
私は数口食べてからやっと理解した。ガハクが説明を加える。
「そう。たけのこがなかったから、代わりにれんこんを入れた」
なるほど。シャキッとした歯応えのれんこんが目立たぬようにこっそりと仕込まれ、青椒肉絲らしさを再現している。発想がさすがだ。
健康な時に食べていたら、さぞかしおいしかったことだろう。食い意地はあるけれど、身体が追いつかない。ほとんど喉を通らないのが口惜しい。
なぜだかすいすい食べることのできたのが白いご飯。炭水化物を求めていたのだろうか。汁物も頑張って平らげたところで限界だった。
「いらないならもう残りは食べちゃうね」
ほとんど手付かずのおかず2品の皿を見て、ガハクががっかり気味に言った。私もがっかりだ。

その晩、私は頻繁に出てくる咳の度に頭痛がして、脳の血管が切れるのではないかとおびえ、手足が朝まで氷のように冷たくなったままでよく眠れなかった。

引き続き何も食べる気がおきず、ガハクが昼過ぎまで寝ていても私が空腹に困ることはなかったのはよいのだが、体調は悪めの高止まり、さすがに自分のこの様子はおかしいかもと思い始めた。
カゼを装っていたけど、もしコロナ(かインフルエンザ)だったらどうしよう……。保湿のためにつけていた布マスクを今更のように不織布製に取り替える。
全然具合がよくならない私に、ガハクの疑心暗鬼が増長するであろうことがありありと想像できる。高熱で外出はつらいが、安心を得るためにも病院に行こう。もうこれは行くしかない、と決心する。
「病院に行ってくるよ」
「そうしなされ」
ガハクもいつの間にかしっかり不織布マスクを着用している。
起きて動けるようになったのは午後遅く、受付が終わる前に医院にすべりこむ。
……結果はインフルエンザA型だった。

ガハクは「疲れてたんだね」と感染してしまった私を労ってくれた。
夕飯も当然ガハクが作ってくれる。夜10時を過ぎて、ガハクから「できたよ」と声がかかった。
後で思い返すとこの日はクリスマスイブ。冷凍庫には骨付きチキンをはじめグラタンとかタンシチューとか、2日にわたって宴会でもしようと準備された食品が詰まっていたのだが。
ガハクによる本日の献立は、ジャガイモといんげんとわかめの煮しめ、湯豆腐(出汁をとった昆布添え。薬味にかつお節を別盛り)、じゃこのごま油炒め。それに昨日の豚汁とご飯。病人食である。私が病原体であることが確定されたので、料理は大皿から取るのではなくすべて各々に皿が分けられていた。

品よく盛りつけられた煮しめの具材は、いんげんの濃い緑、ジャガイモの淡い黄色、わかめの緑がかったつややかな黒、と素材そのものの色が鮮やかに残り、出汁がじんわり染みた薄味。聞けば昆布とかつお節でとった出汁とか。
「いんげんが堅かったかな」
ガハクが気にするが、このサクッとした食感は生っぽさを回避させたギリギリのところにあって絶妙だ。
おいしい、おいしいはずなのに……私の食欲は戻らずで、完食できたのは湯豆腐のみ。ほぼ残してしまった。
「取っておいてね。また後で食べるから」
ガハクの作った貴重な料理を余すことなく食べたい私は、そう言い残してまた床についた。

翌日この残り物には本当に助けられた。食欲がないなりに何かを口にしたかった私は、正午を過ぎるまで寝ているガハクを起こすことなく、朝と昼に少しずつこの残り物を食べて空腹をしのぐことができたのだった。
ガハクが朝食、昼食をとっていたのか、何を食べていたか、私は知らない。
食材の宅配が来る日だったので、ガハクはいつもよりやや早めに起きていた。冷蔵・冷凍品も含まれ、受け取ったらすぐにしまう作業に移る必要がある。

「手伝おうかー?」
気持ちだけ私は声をかけてみるが、病人からそんなことを言われてもガハクも困るだけだ。
「気にせず寝てて。早く治ってくれた方がいい」
新たな宅配が届いたけれど、このところ消費しきれなかった食材がまだかなりある。特に冷凍庫は宴会用品やお昼用の冷凍食品がけっこう入っているはずだ。

バタン、ガタゴトと冷蔵・冷凍庫の開け閉めの音が響く。そのうちピーッピーッと甲高い機械音がした。
ガハクもついにやってしまったか……。
冷蔵・冷凍庫の開閉に厳しいガハク。私が「あれはどこだったかな」などと悠長に扉を開けていると、ガハクが近くにいればアラーム音が鳴る前に「(時間をかけて)何やってるの」とチェックが入る。
それでも時には鳴ってしまうことがあり、私は慌ててひとまず閉めて、ガハクに聞かれていませんように、と冷や汗をかく(だいたいバレている)。
ガハクに取り出してもらいたいものがある時も、「どの辺りにあるか先に教えて」と聞かれ、すぐ見つからないと一旦素早く閉めて、短時間で何度も開閉して探している。
そのガハクが2回も3回も、ピーッ、ガタンを繰り返している。音からして最下段の冷凍庫の引き出しだと思われる。
そうなのだ。冷凍庫は今相当にパンパンのはず。ガハクも困惑しているに違いないが、器用だからなんとかするだろう。寝ている私には何もできない。

私は夕飯のリクエストを出した。
「宅配でひき肉が来たよね? 今晩は肉団子とはくさいのスープなんてどうだろう」
「それなら食べられそうなの?」
「うーん。分からないけど」
ひき肉は日持ちしないし、はくさいは大量にある。
夜11時をまわって用意された夕ごはんは、新たに作っただいこんとにんじんの味噌汁(今回は豚汁ではない)とご飯に梅干し。食の進まない私に合わせてか、おかずは肉団子とはくさいのスープ仕立てのみだった。
肉団子は細かく刻んだしょうがとれんこんが混ぜ込まれ、肉と馴染んで繊細な味わいをかもしだす。ガハクの作業は丁寧だ。
スープは昆布で出汁を取ったらしく、具として昆布片も入っている。やや茶がかかった色からして、しょうゆで少々味付けをしたようだ。塩分は濃すぎず薄すぎずで、弱った身体にもやさしい。
全体の量もちょうどよく、私もついに全皿残さずに食べることができ、これを機に食欲も徐々に戻ってきた。

そうは言っても私の熱はずっと37度後半のままで、ガハクは引き続きごはん作りの一切を引き受けてくれた。
しかしながら、日に日に献立内容や量が徐々に通常通りへと移行していくにつれ、隣の部屋から私とよく似た咳がたびたび聞こえてくるのが気になる。
私の発症から6日目。インフルエンザ感染基準では、明日から一応外出解禁になるという日。
朝(作り置きピザトースト)も昼もガハクに用意してもらい、そろそろ夕飯のことを考える時間かなという頃、まだ微熱が続き寝ている私のところにガハクがおもむろに訪ねてきた。30センチほど開けた引き戸からマスク姿の顔をのぞかせるとこう言った。
「あのね、実は昼に熱を測ったら37度あってね。それで、今また測ったら38度超えてた」
「えーーー!! 昼の時点で言ってよ」
ここで一気に立場逆転だ。
「もういい、寝てて。私がこれからごはんを作ります! ところで食べられそうなの?」
「大丈夫。おなかは普通に減る感じかな」
とのことだったので、私は、ガハクが提供してくれたようなやや手間のかかる病人向け滋養食ではなく、野菜と肉をとりあえず炒め通常通りの品々を作った。
高熱にもかかわらず、ガハクは全部食べ切ったうえ、「あなたも病み上がりなんだし無理しない方がいい」と人を気にする余裕まであった。

次の日、年末に開いている医院を探し、速やかに治療を受けたガハク。少しずつ曝露して免疫ができていたのか、食欲のおとろえがなかったからか、熱もすぐに下がり私よりは軽症で済んだようだった。

今年はたまたま喪中で、おせち作りの予定もなかったから、ふたりとも病に臥せりつつ焦ることもなく年末年始はゆっくり療養に専念できた。大掃除もサボりだ。たまには休めということなのか。
けれども病気をすると苦しいし時間が空白になるだけで、いいことは何もない。
唯一、ガハクの手料理を5日連続で食せたことが貴重な体験ということか。
とはいえ、そういうのは私が元気な時にたくさん食べたいと思うのだ。

■次回「ヒゲのガハクごはん帖」は2月第2水曜日に公開予定です。

本連載の17のエピソードをまとめた単行本、『ヒゲのガハクごはん帖』もおかげさまで好評発売中。

●山口晃さんってどんな画家?
1969年東京都生まれ、群馬県桐生市に育つ。96年東京藝術大学大学院美術研究科絵画専攻(油画)修士課程修了。 2013年『ヘンな日本美術史』(祥伝社)で第12回小林秀雄賞受賞。
日本の伝統的絵画の様式を踏まえ、油絵で描く作風が特徴。都市鳥瞰図・合戦図などの絵画のみならず立体、漫画、インスタレーションなど表現方法は多岐にわたる。
主な個展に、2015年「山口晃展 前に下がる下を仰ぐ」(水戸芸術館現代美術ギャラリー、茨城)、18 年「Resonating Surfaces」(大和日英基金ジャパンハウスギャラリー、ロンドン)、23年「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×山口晃 ここへきて やむに止まれぬ サンサシオン」(アーティゾン美術館、東京)など国内外展示多数。
2019年 NHK大河ドラマ「いだてん 〜東京オリムピック噺〜」のオープニングタイトルバック画を担当し、22年善光寺(長野)へ《善光寺御開帳遠景圖》を奉納。
25年、漫画雑誌連載作『趣都』(講談社)を刊行。

山梨県立美術館 コレクション展B「1980年代以降の日本画」にて《冨士北麓参詣曼荼羅》を展示(3月8日まで)。
https://www.art-museum.pref.yamanashi.jp/permanent/

山口晃 《冨士北麓参詣曼荼羅》 2016年 山梨県立富士山世界遺産センター蔵 ©︎YAMAGUCHI Akira, Courtesy of Mizuma Art Gallery

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