
工作少年がそのまま大人になったんだねとか、消費社会を遊泳するアーティストだねと言う人もいるけれど、藤原ヒロシは「彼の作品には実はダークでエキセントリックなものが見える」と語る。トム・サックスについて話してくれた。
Photo & Video: Hiroshi Fujiwara
——今年、4月25日から始まり9月7日まで、韓国ソウルの東大門デザインプラザ(DDP)で大規模な展覧会(「Tom Sachs Space Program Infinity」)を開催して話題となったトム・サックスですが、同じく4月にはソウルのギャラリーでパブロ・ピカソをテーマにした展覧会も行っていました。藤原さんはトム・サックスに招かれ、2つの展覧会を同時にご覧になったそうですね。
藤原ヒロシ[以下F] DDPの方は、“文化祭”っぽい雰囲気で面白かったけれど、ピカソ展の方がアートっぽいと言えるかもしれないですね。トムのことを知ったのは、ホイットニー美術館でシャネルのギロチンが展示されたタイミング(1998年)で、当時ワイデン&ケネディにいたジョン・ジェイ*に紹介されたのが、きっかけです。
* クリエイティブ・エージェンシー「ワイデン+ケネディ」のクリエイティブ・ディレクター兼パートナー(共同経営者)として業界を牽引した世界的クリエイター。ナイキ、コカ・コーラ、マイクロソフトなどグローバルブランドの広告およびブランディングを数多く手がけた。
鈴木芳雄[以下S] そうなんですね。
F そのシャネルのギロチンとかキャッチーで面白いし、彼のパンク的なアティチュードにも共感して、すぐに好きになりましたね。彼は、当時から手作りで身の回りのものを作っていて、ソニーのデジカメを自分で何か貼ってライカ風にカスタマイズして使っていたり(笑)、面白い人だなって思いましたね。彼は何をするにもバランスが良いんですよ。パンクっぽいアティテュードの表現というのも、いろいろなやり方がある中で、とてもセンスの良さを感じるし、その一方で、彼特有の手作りの感じやクラフトっぽさというのも、単にクラフトっぽいだけなら面白くないけれど、宇宙船をクラフトで作るという、そのバランスが面白いわけで。だから、今回のピカソも、これがダ・ヴィンチやゴッホだったら、意味がなくて、ピカソだから彼にピッタリで、なおかつ、アレンジがしっかり効くというか。

「Tom Sachs “Picasso”」展示風景 トム・サックス 《Three Musicians》 2024年
S いろんな人が、ピカソを焼き直している中で、例えばリキテンスタインやホックニーも、やっているわけだけれど、トム・サックスのものも面白いものになっていますよね。さっき、DDPの方の展示は“文化祭”っぽかったと言っていたけれど、彼の「ティーセレモニー」も文化祭だよね、トム・サックス流の文化祭(笑)。
F DDPでのインスタレーションは、大長編のコントを大勢で真剣に演じているみたいなものですから(笑)。宇宙服のようなものを着た女性もいれば、トム自身は司令官のような様子で指示を出す演技をしながら、NASAのロケット発射の様子を再現していて。皆、真剣にやっているにも関わらず、中心にあるのは“木ネジとベニヤ板の宇宙船”というのが面白いんです。
——そうしたユーモアの中に隠されたメッセージというのもあるんでしょうか?
F もちろん、トム自身には色々と思うところがあるんだろうけれど、それをハッキリとは打ち出さず、受け取る側に任せるという姿勢が良いのだと思います。それこそが、アートがアートであることの意味なんじゃないかな。シャネルのギロチンにしたって、“ギロチン”が暗示するものをいくらでも深読みすることができるでしょう。
——では、“ピカソ”をテーマに選んだことにも、当然、意味はあるんでしょうね。

「Tom Sachs “Picasso”」展示風景 トム・サックス 《Femme au Chapeau dans un Fauteuil》 2025年
F 僕はソウルの展示ではピカソの方が印象に残っていますね。個人的にスカルプチャーより、ペインティングが好きだというのもありますが、とても、良かったですね。
……でも、美術の世界での評価という点では、どうなんでしょう? いわゆるアートコレクターが群がるようなタイプの作品ではない気がするんですが。
S それで言うと、ピカソにだってベラスケスをオマージュした作品があるわけですよ。ピカソにプラド美術館にあるベラスケスの名作《ラス・メニーナス》の一部を模写している作品があって、それを、今度はトム・サックスが模写する。そうやって、繰り返されてきたのが美術の歴史ではあるから。

「Tom Sachs “Picasso”」展示風景 トム・サックス 《Femme à la Couronne de Fleurs》 2025年
——そういう意味では、アートとしては正統なコンセプトでもあるんですね。
S それで、逆に聞きたいんですけど、こういう手法は音楽で言うとDJに近いんですかね?
F そうだと思います。サンプリングやリミックスですね。あるいは、ファッションで言えばスタイリスト的というか。色々な要素を組み合わせて表現をする、という。
——藤原さんは、そうした、何か“元ネタ”があって、それをアレンジした作品がお好きなんですかね。
F そうですけれど、それ以前に、どんなジャンルであっても、今はアーカイブされたもので溢れているから、1から何かを作り出すという時代では、もうないんじゃないですかね。そういう意味では、トムのアートの世界における現在のポジションも面白いと思うんですが。
S そうですね。ただ、トム・サックスのことを彼の作る“グッズ”で初めて知ったという人も多いかもしれないですね。「この、かわいい折りたたみイス、どこのだろ?」とか「何なの? このナイキ」とかって。あるいは、彼の“描き文字”の印象が強かったり。

「Tom Sachs “Picasso”」展 ギャラリーエントランスのサイン
F そういう人たちには、アーティストというよりはデザイナーに映っているかもしれないですね。でも、その人たちにとっては、とても“ポップ”で“わかりやすいもの”で終わってしまうかもしれないけれど、僕は、彼の作品にもっと奥深いもの、場合によっては、ダークでエキセントリックなものを感じるんです。そうでなければ、アポロ計画を手作りのもので緻密に、かつ大真面目に再現するなんて、馬鹿げたことはしないでしょう(笑)。彼の作品を目にした多くの人は、そうしたものに気づかなかったとしても、僕は、彼の作品の奥にあるものに気づいてあげていたいと思うんです。

「Tom Sachs “Picasso”」展示風景 トム・サックス 《Femme à la Couronne de Fleurs》 2025年
会期|2025年4月29日(火) – 5月31日(土)[会期終了]
会場|タデウス・ロパック ソウル
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