重要文化財 《江戸名所図屏風》(左隻部分) 江戸時代 出光美術館蔵
浅草、両国、日本橋、江戸城、愛宕山、芝など江戸の街を埋め尽くす2,000人以上の人物の描き分けと活気あふれる表現に釘付けになる

皇居の緑が間近に見える帝劇ビル9階の「出光美術館」。1966(昭和41)年にオープンし、オフィス街の美術館として長年親しまれてきたが、ビルの建替計画に伴い長期休館が決まった。休館前の、所蔵品のみで構成される企画展としては最後になる「物、ものを呼ぶ―伴大納言絵巻から若冲へ」が10月20日(日)まで開催されている。これが前期後期合わせて出品数37点のうち、国宝2点、重要文化財27点というさすがに贅沢な展示なのだ。その見どころを、美術史家の山下裕二先生の解説でどうぞ!  

 

聞き手・文= 松原麻理

この展覧会で絶対見たい、若冲のあの傑作

これまでに何百回と足を運んだ「出光美術館」ですが、こうして休館前最後のコレクション展を拝見すると、その所蔵品のクオリティの高さにあらためて驚かされます。室町時代のやまと絵、琳派、江戸絵画、文人画、書跡に至るまで、幅広い分野で水準の高い作品が勢揃いしていますね。まず展示室に入ってすぐに、伊藤若冲の名を世間一般に知らしめることになった、あの《鳥獣花木図屏風》が出迎えます。

伊藤若冲 《鳥獣花木図屏風》(右隻) 江戸時代 出光美術館蔵

この作品は2019年にエツコ&ジョー・プライスコレクションから引き継いだ190点余りのうちの1つです。約1センチ四方の方眼を用いて絵を描く「升目(枡目)描き)」という極めてユニークな技法を駆使した絵師はあとにも先にも若冲しかいません。片側の6扇だけで42,800個の升目があるそうですが、ひとつひとつの升目の中にさらに四角や丸い形を描き入れて奥行きや立体感を表現しています。1個の升目をさらに分割する場合もあり、最大で9分割されているところがあるので、ぜひルーペで探してみてください。

類例作として静岡県立美術館所蔵の《樹花鳥獣図屏風》と、焼失の可能性がありモノクロ写真をもとに最近デジタル推定復元が行われた《釈迦十六羅漢図屏風》がありますが、それらと比べても圧倒的に細密に描かれているのがこの作品です。
周りの縁の文様は、ペルシャ絨毯からの引用ではないかと考えられています。若冲は京都の絵師ですから、祇園祭の山鉾にかかっている舶来の絨毯を見たことがあるでしょう。これとそっくりな絨毯が埼玉の遠山記念館に所蔵されています。

その次に目を引くのが酒井抱一の《十二カ月花鳥図貼付屏風》と、そのちょうど向かい側に展示されている同じく抱一による12点で1セットの《十二カ月花鳥図》です。

良い作品は友を呼ぶ

酒井抱一 《十二カ月花鳥図貼付屏風》(左隻) 江戸時代 出光美術館蔵

酒井抱一 《十二カ月花鳥図》(十二幅対のうち) 江戸時代 出光美術館蔵

屏風仕立てになっている方は、以前から出光美術館に所蔵されていたもので、もう一方の12点セットは旧エツコ&ジョー・プライスコレクションで2019年に収蔵されました。抱一の十二カ月花鳥図は6点存在すると言われており、そのうちの2セットがここに揃ったわけです。これこそ展覧会のタイトル「物、ものを呼ぶ」を象徴しています。この言葉は陶芸家の板谷波山が、初代館長の出光佐三に語った言葉だそうです。何かの都合で離ればなれになっている作品でも、片方を大切にしていればいつか自然ともう片方も集まってくるということなんです。

十二カ月花鳥図はひと月ごとの季節の風物や行事を描く月次絵(つきなみえ)の一種で、江戸時代には非常に需要がありました。毎月、床の間の掛け物を変えて客人の目を楽しませるためのもので、おそらく掛軸の形式が先で、それをのちに一双の屏風仕立てにしたのでしょう。2つの作品を見比べて、描かれる花や鳥の種類が少しずつ異なるのを確かめてみてください。

圧巻の群衆表現を見よ!

国宝《伴大納言絵巻》(上巻部分) 平安時代 出光美術館蔵

そして白眉はもちろん、国宝の《伴大納言絵巻》でしょう。伴大納言こと伴善男(とものよしお)による応天門放火事件の顛末が3巻に分けて描かれており、今回は上巻が展示されています。見てくださいよ、この群衆表現! 火事を見守る群衆ひとりひとりの顔形、姿、表情、動きまでもが緻密に描き分けられています。12世紀にこれほどの動的な群衆図を描けるのは、同時代の世界を見渡しても日本だけ。ダントツのクオリティだと思います。もちろん中国でも宋時代に、山水図や花鳥図や人物肖像などでリアルなものはありますが、群衆表現でこれほど見事なものはありません。《源氏物語絵巻》《信貴山縁起絵巻》《鳥獣戯画》と共に4大絵巻と言われる、名品中の名品です。作者は常盤光長ではないかと一説には言われていますが定かではありません。でもまあ、とにかく平安時代後期にこれほど腕の立つ宮廷絵師がいたんですねぇ。

室町やまと絵の”野蛮ギャルド”

重要文化財 《日月四季花鳥図屏風》 上から右隻、左隻 室町時代 出光美術館蔵 ■展示期間:10/1-10/20

もう一つ、注目したいのが室町時代のやまと絵です。前期には《四季花木図屏風》が、後期には《日月四季花鳥図屏風》が展示されます。両方とも最高のクオリティで、どちらも重要文化財に指定されています。1980年代に室町期のやまと絵が相次いで発見され、それまでの「室町時代イコール水墨画」という固定概念を覆しました。これら2点もおそらく80年代に出光美術館に入ったものでしょう。

間違いなく室町期のやまと絵だと評価が定まった作品は10数点しか残っておらず、大変貴重です。これは中世特有の「野蛮さ」があるところが素晴らしいんです。大胆な土坡や松の描き方、金銀箔を散らすにしても大小まちまちで不定形で、乱暴力がある。これを僕は“野蛮ギャルド”と呼んでいます。金剛寺所蔵の国宝《日月四季山水図屏風》にも同じことを感じます。こうした野卑なエネルギーが、のちに宗達に引き継がれたのではないか、と思うのです。

出光には俵屋宗達→尾形光琳→酒井抱一と、約100年ずつ間をあけて同じ画題が描かれた《風神雷神図屏風》の、酒井抱一の作品があり、今回の展覧会にも出ています。抱一は宗達の作は見ておらず、光琳の風神雷神図を実見してリメイクしたと思います。その理由としては、宗達が雷神の連鼓の輪を画面からはみ出るように描いたのに対して、光琳と抱一は画面の中に輪が収まるように描いているからです。

その他にも国宝の《古筆手鑑「見努世友(みぬよのとも)」》をはじめとする書、与謝蕪村や池大雅、田能村竹田らの南画、《江戸名所図屏風》の風俗画などバラエティに富んだ分野の、しかも一級品が並びます。さらには大正期に1本の絵巻物がバラバラに分割入札されたことで有名な《佐竹本三十六歌仙絵》のうちの2点も展示されている。これだけの国宝・重要文化財のオンパレードを、他館からいっさい借りることなく、自前の所蔵品だけで成し遂げられることに今さらながら驚きます。こういう美術館のことを「蔵が深い」と言うんです。

国宝 《古筆手鑑「見努世友」》 奈良時代〜室町時代 出光美術館蔵
さまざまな時代の能筆(素晴らしい書)を集めて切り貼りしたスクラップブック

重要文化財 田能村竹田 《梅花書屋図》 天保3年(1832) 出光美術館蔵

重要文化財 画/伝 藤原信実 詞書/伝 後京極良経 《佐竹本三十六歌仙絵「柿本人麿」》 鎌倉時代 出光美術館蔵
会場にはもう1点、《佐竹本三十六歌仙絵「僧正遍照」》も展示

しかし初代館長の出光佐三氏[1885-1981]は派手な名品にこだわったのではなく、仙厓をはじめとする書画や唐津焼など、どちらかというと古淡な趣味の収集家だったのです。それが書画においては日本絵画の歴史を体系的にとらえることを意識した蒐集へと変化し、徐々にコレクションが充実していったそうです。

第2代館長の出光昭介氏[1927-2023]の時代、特に80年代にはバブル景気の後押しもあり、日本美術史家の山根有三先生[1919-2001]を指南役として数多くの名品がコレクションに加わったと聞いています。山根先生は長谷川等伯や琳派研究の大家ですからね。出光のコレクションに琳派や江戸絵画が充実したのは、その影響もあったと思います。2019年に館長に就任された出光佐千子さんは池大雅を専門とされる研究者で、文人画・南画の充実ぶりも見応えがあります。

重要文化財 浦上玉堂 《雙峯挿雲図 》 江戸時代 出光美術館蔵

ビルの建て替えには長くかかると聞いています。美術館再開はずいぶん先になるようですねぇ。せっかく里帰りを果たした、みんなが大好きな若冲の《鳥獣花木図屏風》などは、休館中ずーっと倉庫に入れっぱなしにならずに、何かの機会に貸し出されてお目見えすることを切に期待したいものです。

出光美術館の軌跡 ここから、さきへⅣ 物、ものを呼ぶ——伴大納言絵巻から若冲へ

会期|2024年9月7日(土) – 10月20日(日)
会場|出光美術館
開館時間|10:00 – 17:00 [金曜日は10:00 – 19:00]入館は閉館の30分前まで
休館日|月曜日 [ただし10/14は開館]
お問い合わせ|050-5541-8600(ハローダイヤル)

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