青山悟 《東京の朝》 2005年 ポリエステルにコットン、ポリエステル糸で刺繍 中尾浩治蔵 ©︎AOYAMA Satoru Courtesy of Mizuma Art Gallery

目黒区美術館にて、目黒区生まれで現在も同地を拠点とする現代美術作家・青山悟の個展「刺繍少年フォーエバー」が開催されている。青山にとっては美術館で初の個展となる。 青山悟は業務用の足踏みミシンを駆使し、細密な「刺繍」で絵を描く。超絶技巧や装飾性にハマりがちな「刺繍」という表現をあえて選び、近代的労働行為を象徴する「ミシン」という手法を通して、現代社会の問題や世界地図、美術史に批評的な眼差しを注いできた。 本展は、多岐に広がり重なり合うテーマを散りばめ、ちくりと風刺をきかせながらもあくまで端正に仕上げられた青山の作品の本質に肉薄している。  

 

聞き手・文=住吉智恵[アートプロデューサー・RealTokyo ディレクター]

会期中、美術館エントランス脇のスペースでは青山が随時公開制作を行なっている。何度も修理しながら使ってきた旧式のミシンをはじめ、彼のスタジオがほぼ丸ごと引っ越してきた。この日も会場に滞在し、制作に勤しむ作家を訪ねた。

Photos/ Mie Morimoto

1F最初の展示では、目黒区立五本木小学校のアウトリーチプログラムで、5年生の生徒たちがワークショップで描いた絵をもとに、青山らが制作したパッチワークの作品が出迎える。「寄せ書き」風の大作2点のひとつは目黒区内で毎夕5時に流れる曲の歌詞が、もうひとつは「COMMON SENSE」と書かれた分銅(重り)を子どもたちの自画像が囲む図が縫い込まれていた。

「自分の地元で個展を開催するからには区民を巻き込むような内容にしたくて、目黒区の地図を作るワークショップを企画しました。〈身近なモンスターを描こう〉というお題で、怖いお母さんや話の長い塾の先生、YouTubeで煽ってくるひろゆきとか、100点取って自慢してくる友達とか、周りにいるすごい人を絵で表現してもらって。怪物って怖いけど元気をくれる存在でもあるじゃない? 子どもたちが抱えている些細なことから、自分たちを取り巻く環境も見えてくるような気がして、社会学的なリサーチも兼ねています。COMMON SENSEの重りは僕のモンスター。押し付けられる常識と戦っているのはむしろ大人たちの方だよね」

青山悟 《Good Night, Good Night, Our Town》 2024年 布に刺繍(ポリエステル糸) 作家蔵 Photo/ Mie Morimoto ©︎AOYAMA Satoru Courtesy of Mizuma Art Gallery

青山悟 《常識モンスターをやっつけろ!》 2024年 布に刺繍(ポリエステル糸) 作家蔵 Photo/ Mie Morimoto ©︎AOYAMA Satoru Courtesy of Mizuma Art Gallery

青山悟は高校時代にロンドンに留学し、ゴールドスミスカレッジのテキスタイルアート科に進んだ。当時学生の9割以上は女性で、教鞭をとっていた先生の多くがフェミニストだったという。

「ファインアート科が補欠で結局入れなくてテキスタイル科に入ったら、そこは完全にフェミニズム・アート文脈の場所だったんです」と彼が振り返るように、刺繍や染色をはじめとするテキスタイル・アート界は、古来より女性の手仕事労働に支えられてきた領域であればこそ、ジェンダーやフェミニズムの問題意識を喚起する最突端の現場だったのだ。
そのロンドン留学中に、自身が通った目黒区の小学校を描いた初期の作品が、2階会場に展示されている。肉眼で見ると、幾重にも施された刺繍の精緻さ・濃密さにあらためて驚愕する青山の代表作だ。

青山悟 《校庭(東)》 2004年 ポリエステルに刺繍(コットン、ポリエステル糸) 高橋龍太郎コレクション蔵 ©︎AOYAMA Satoru Courtesy of Mizuma Art Gallery

「その頃、ロンドンでちょっとホームシックだったのもあって、実家の近所の風景を描いたんだよね。まだ刺繍という表現言語に自覚的ではなかったけど、普遍的な作品をつくりたいという意思はいま以上に強かったし、この先何十年も作家を続けていく覚悟を確信した時期でした。濃厚な色と風合いは、伊藤若冲が絹本に描くとき用いた裏彩色のように、ミシンの上糸と下糸を混色する技法によるもので、自己流で実験を重ねて考案しました。ロンドンの某有名ギャラリーから、このタイプの作品を年に3点制作できるならアートフェアに出展したいとオファーされたけど、1点に3、4ヶ月くらいかかるからさすがに無理。今ほどではないけどアートマーケットはスピーディで、自分がその資本主義的なエコシステムの中でやっていこうとは思えなかった。英国では、デイヴィッド・ソープやグレイソン・ペリーのように手工芸の技法を取り入れて、グローバル市場主導の大量生産システムにアンチを提示する作家も現れた頃でした」

芸術と工芸、アーティストと労働、そして既存のジェンダーをめぐりパラダイムシフトが起こりつつあった時代、ロンドンで学んだ経験はのちの青山の創作に重要な影響をもたらした。そこで彼が獲得し確信を得た、ミシンという工業機械を駆使する刺繍制作のプロセスそのものが、資本主義社会の「芸術」と「労働」とそれらの「価値」という主題を際立たせている。

例えば、ウィリアム・モリスによるタイムスリップ小説の題名を引用したシリーズ『News From Nowhere』では、19世紀当時の雑誌記事に描かれた女性像をビヨンセやミランダ・カーなど現代のポップアイコンにすり替えている。
また、《Embroiderers (Dedicated to Unknown Embroiderers) 》では、ネットから名もなき刺繍職人たちの写真を拾い、インクジェットプリントで印刷した上で部分的に細密な刺繍を施した。
その端正でデリケートな刺繍の細部を覗き込めば、「アノニマスな仕事」の儚さや尊厳へと想念は運ばれていく。

青山悟 《News From Nowhere (Miranda)》部分 2017年 ビンテージプリントに刺繍(ポリエステル糸)、ドローイング Photo/ Mie Morimoto ©︎AOYAMA Satoru Courtesy of Mizuma Art Gallery

「インクジェットの印刷もいつか色褪せて消えてしまったら、刺繍だけが残って完全なアノニマスな行為になります。それまで女性たちが家庭の中で担ってきて、金銭化されなかった手工芸という労働が、ある時代から工業化・社会化していきました。手仕事に代わって大量生産を担ったミシンという機械はそれを象徴しています。女性の権利や地位は向上してきたけど、現在のグローバル資本主義社会では労働対価に格差が広がり、さらに児童労働の問題も加わってくる。このテーマを掘り下げていくと制作に終わりがないんです。でもね、リーマンショック後、労働をテーマに制作し始めた頃は背伸びしている感じがありました。社会問題のリサーチを先行していくと、やはりまだ当事者でない自分が語ることじゃないと。その後コロナ禍を経て、日本の国力が衰え、他のアジアの作家が活躍するようになって、労働問題は自分事として議論しやすいテーマになってきています」

青山悟 《News From Nowhere (Labour day) 》 2019年 シルクスクリーンプリントに刺繍、ドローイング 個人蔵 Photo/宮島径 ©︎AOYAMA Satoru Courtesy of Mizuma Art Gallery

パンデミックの期間、自主制作したサイトで小品を日記のように発表した「Everyday Art Market」など、社会状況に柔軟かつ冷静に対応した青山の活動は高く評価された。なかでも、ありふれたマスクに「WHO SAID SO?」(誰がそんなこと言ってるの?)、「THIS IS A HUMAN RIGHTS ISSUE」(これは人間の権利の問題だ *大坂なおみの言葉より)といった、コロナ禍の閉塞感を代弁する言葉を刺繍した作品群は多くの人々の心に響いた。

「ロンドン時代、寮生活が長かったから不自由な環境に強いんですよ。最初はまだコロナが感染拡大する前で、妻がどうしてもマスクをしてくれと言ってくるので、彼女へのプロテストでマスクの作品を作ったんです。その後言葉の意味が全く変わっちゃったし、その作品が初めて国立美術館に収蔵されたのも逆説的だよね。記憶は褪せてしまうものだから、購入してくれた人には自宅でその作品を入れたドキュメント動画を送ってもらいました」

青山悟 《喜びと恐れのマスク (It’s been a Long, Long Time) /Pleasure and Fear Mask (It’s been a Long, Long Time) 》 2020年 作家蔵 Photo/ Mie Morimoto ©︎AOYAMA Satoru Courtesy of Mizuma Art Gallery

コロナ禍の打撃は青山の周囲にも容赦なく変化を及ぼした。大田区の彼のスタジオの隣にある家族経営の町工場が倒産し、ある日空っぽになっていたのだ。踏み消されたタバコの吸い殻をかたどった作品は、工場の前に落ちていた、おそらく経営難を嘆いていた工場主が残していった吸い殻を元にしている。その工場にあった石材を模した灰色の台座には、ほかにも切符やレシート、チラシなどエフェメラルな物をモチーフにした小さな作品が置かれていた。いずれも道端などでたまたま拾ったものから着想を得たというが、鋭敏に社会を反映した作品群だ。そこには青山の作品に共存する、周到な構想と偶然性から本質を見出すセレンディピティが結実している。

「青山悟 刺繍少年フォーエバー」展示風景 《N氏の吸い殻》《Found Flyer(青山悟 刺繍少年フォーエバー)》《Dead Leaves(Miyamae Park)》《Throw Away Receipt(30分1100円の駐車場)》など、いずれも2023年 作家蔵 Photo/ Mie Morimoto ©︎AOYAMA Satoru Courtesy of Mizuma Art Gallery

「この吸い殻が本当にその工場主のものかどうかはわかりません。でも、こういう出来事がいまあちこちで起きているだろうと思うと、これは残されたたくさんの吸い殻のクローンともいえます。一見ポジティブなこの個展のタイトル『刺繍少年フォーエバー』に自分でツッコミを入れるように、このインスタレーション全体に『永遠なんてあるのでしょうか?』というタイトルをつけました。最終的には、時代に取り残されて消えゆくものをテーマにした展覧会にしたかったんです」

青山悟 《N氏の吸い殻》 2023年 ポリエステル・ オーガンジーにミシン 刺繍 Photo/宮島径 ©︎AOYAMA Satoru Courtesy of Mizuma Art Gallery

近年アートシーンを見れば、作家自身のアイデンティティとは別に、あたかも活動家のように社会や政治の問題を探し出して、直截なスローガンで異議を立てる作家が主流となり注目を浴びている印象だ。こういった潮流に対して、「アートは自分の傷を認識できない人のためにあるはず」と青山はいう。
その言葉を強いものにしているのは、真に必要とする人に届けられる「オルタナティブな言語」(青山)としてのアートを信じ、さまざまな問題に向き合ってきた彼の画業である。
「当事者性」とは立場を異にしながらもなお真摯な問題提起がアートには可能か? 
青山悟はこれからもその答えを手探りの中で掴もうと奮闘する「少年」であり続け、私たちはその独自のカウンターの表明を待望するのだ。

青山悟 《Forever Light Bulb》部分 2024年 ポリエステルに刺繍(ポリエステル糸、蓄光糸) Photo/ Mie Morimoto ©︎AOYAMA Satoru Courtesy of Mizuma Art Gallery

青山悟 刺繍少年フォーエバー

会期|2024年4月20日(土) – 6月9日(日)
会場|目黒区美術館
開館時間|10:00 – 18:00[入場は閉館30分前まで]
休館日|月曜日
お問い合わせ|03-3714-1201

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