ヨーロッパの中でも北欧は優れたデザインの宝庫というイメージがあります。北欧に行ったことがなくても、北欧と名が付くイベントがあるとつい行ってしまう……そんな北欧ファンにおすすめなのが本邦初、北欧の絵画にフォーカスした展覧会。ノルウェー国立美術館、スウェーデン国立美術館、フィンランド国立アテネウム美術館という3つの国立美術館の協力のもと、選び抜かれた約70点の作品が展示されます。[辛酸]
「北欧の神秘 ノルウェー・スウェーデン・フィンランドの絵画」という展覧会名だけでも心が惹かれるものがあります。しかも、フロアごとに作品の世界をイメージした効果音が流れていて、神秘的な作品との相乗効果で新宿だということを忘れ、異次元にトリップできそうです。
「序章 神秘の源泉」のコーナーには風景画が多く並んでいますが、自然の風景の時点でも神秘的な空気が漂っていて、渓流や山、森に見えない存在の気配を感じます。そしてついに精霊が現れたのはアウグスト・マルムストゥルム《踊る妖精たち》。
森の中に白いもやというか煙が流れていて、よく見ると妖精たちの群れという、スピリチュアルな作品です。西洋画では天使はよく描かれていますが、半透明の妖精は珍しいです。
崇高さと官能的な魅力を兼ね備えている女性を描いたのはロベルト・ヴィルヘルム・エークマン《イルマタル》。
フィンランドの民族叙事詩『カレワラ』に登場する大気の乙女がモチーフの作品です。頬が紅潮し、恍惚とした表情のイルマタル。波風と交わり身ごもった場面を描いているそうです。しどけない姿ですが、透け感があっても見えすぎていないのがさすが女神です。
北欧の絵画は神話や叙事詩を描いたものが多いようです。ナショナリズムの高まりと共に、北欧の神話をモチーフにした作品を世に出すことで、国外に自国のイメージを伝える、という意味もありました。たしかに《イルマタル》は、他国にはあまり知られていないレアな女神様に興味を持ってもらえる作品です。
民間伝承をモチーフにした作品が人気のテオドール・キッテルセンの連作『ソリア・モリア城—アスケラッドの冒険』も神秘的で深遠な作品でした。
少年が城を目指して冒険の旅に出る、というストーリー。クライマックスは、囚われの身のお姫様を助ける場面です。ヨーロッパのおとぎ話にありがちですが、北欧らしいのはトロルが出てくるところ。少年が城に着くと、なんとお姫様がトロルの体からシラミを取っていたのです。『美女と野獣』ならトロルが美青年に変身するところですが、この物語では普通に外敵として倒されていました。ちなみにトロルとは、「北欧の自然に潜むと信じられてきた目に見えない存在」を表すそうです。自然に対する畏れが具現化したのでしょうか。
トロルは打ち倒しても、ラスボスのように他の作品に出てきます。キッテルセンのモノクロの絵画を紹介する動画にも、トロルがモチーフの絵が出てきました。ガーラル・ムンテの10点の連作『名誉を得し者オースムン』は、主人公がトロルを倒し、姫を救出する物語。
既視感がありますが、北欧ではトロルによる女性の誘拐が頻発していたのでしょうか……。しかも、この物語では、姫は、トロルが母親だと思い込むような呪いをかけられ、トロルの元に連れ込まれています。絵の中でうす緑色のトロルが何体もひしめいていました。「本当は怖いムーミン」のような……。刀剣に血がついていたり、よく見ると不穏な作品です。
同じ作家による《山の中の神隠し》も、少女が山に住む妖怪の王にさらわれる、というストーリーでした。魔法の飲み物を飲まされて人間界の記憶を消されそうになるシーンは、知らない人に出された飲み物は飲んではいけない、という教訓を示しているのでしょうか。
山や森の中にさらわれるケースが多いですが、森は,魔力と危険がうずまく場所ととらえられていたようです。いっぽう、トルステン・ヴァサスティエルナ《ベニテングタケの陰に隠れる姫と蝶》のように、さらわれなくても自ら魔の道に迷い込んでしまう姫もいました。
ガーラル・ムンテやヨセフ・アラネンなど、西洋の絵画の影響を受けていない平面的なタッチの作品も不思議な魅力を醸し出していました。
北欧といえば世界的にも有名なエドヴァルド・ムンクの作品も2点展示されていました。冷たい水の流れが迫ってくるような《フィヨルドの冬》と、美しい紅葉の中、2人の女性が佇む《ベランダにて》。自然を描いていてもどこか幻想的なのは、北欧の神秘のスピリットが受け継がれているからでしょうか。
第3章「現実世界を描く」では、神秘的な作品からいきなり現実的になっていてギャップに驚かされました。
クリスティアン・クローグの《生存のための闘争(習作)》は、パンが配られるのを人々が争って手に入れようとする場面が描かれています。アンスヘルム・シュルツパリの《古い孤児院の取り壊し》はタイトルの通り、肉体労働のワンシーンを描いていました。
北欧の神秘は、産業化の波が押し寄せて、時代の流れとともに消えていってしまったのでしょうか。神秘的な存在そのものが描かれていなくても、人々の歌う歌や曲の中に、神話や叙事詩の要素が脈々と息づいているようです。アルベルト・エーデルフェルト《ラリン・パラスケの哀歌》は、年老いた女性が伝統的な歌曲を演奏している姿が描かれ、アンデシュ・ソーンの《コール・マルギット》は、編み物をしながら歌を口ずさんでいる女性をモデルにして描かれました。
北欧の神秘は、北欧の人々の遺伝子の中に刻まれているのです。厳しい寒さを感じずに、北欧の美意識だけを体感できるありがたい展示です。
会期|2024 年3月23日(土) – 6月9日(日)
会場|SOMPO美術館
開館時間|10:00 – 18:00[金曜日は10:00 – 20:00]入場は閉館30分前まで
休館日|月曜日[ただし4/29、5/6は開館]振替休館なし
お問い合わせ|050-5541-8600(ハローダイヤル)
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