「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×山口晃 ここへきて やむに止まれぬ サンサシオン」展示風景 Photo: 木奥惠三 Courtesy of Artizon Museum

アーティゾン美術館が展開する「ジャム・セッション」というシリーズ。同館所蔵品(石橋財団コレクション)から特定の作品を選び、現代作家と学芸員の協働により、新たな作品を生み出したり、展覧会を作ったりする。今回の作家は山口晃。セザンヌと雪舟の名品を取り上げて挑んだ。山口はかつて雑誌の取材でフランス、エクス=アン・プロヴァンスに出向き、セザンヌのアトリエやサント=ヴィクトワール山を取材、また、セザンヌが描いた石切場にも行ったことが今回の展覧会の伏線になっている?

 

聞き手・文=鈴木芳雄

ポール・セザンヌ 《赤い岩》 1895年 オランジュリー美術館蔵
この作品を見て、雪舟筆 《秋冬山水図》を思い出したと言ったガハク。前景の岩と画面上辺の接する部分が共にボカされている、と。2011年9月

Photos: Yuji Ono

——石切場も取材しました。あの石の壁を見た山口さんの頭の中には、雪舟の《秋冬山水図》(東京国立博物館蔵)が浮かんだのでは? 今回、セザンヌと雪舟をそこで繋げるのは強引に過ぎるでしょうか。それは措くとして、雪舟の話を聞きたいです。

そうですね(笑)。雪舟に怒られるかなって思ったんですけど、美術館でよく使われる反射率の低いガラス(透過率の高いガラス)を使わず、結果的に反射しやすいガラスを使うことになりました。やってみないとどうなるかわからなかったんですけど、今回自分の絵で反射みたいなのをちょっとおもしろく感じていたもので。室町絵画を見ると、墨で描く描き方が導いてくれる、ある空間性みたいなのがあるんですね。
アーティゾン美術館の《四季山水図》はわりときっちり描かれたものですけど、もう少しくだけた真行草でいえば行体で描かれたような、たとえば《秋冬山水図》(東京国立博物館蔵)とか《山水長巻》(毛利博物館蔵)みたいなものだと、中ぐらいの墨で最初にグイグイと描いていって、主線、黒い線をあとから引きなおすときに、その空間と黒い線、空間というか、それまで描かれたものの立体感と線がちょっとズレるときがあって、そうすると目の泳ぐ基底面がくるっとひっくり返るんですね。
一番手前にあったのに、それが一番奥に来たり、一番奥のものがぎゅっと前に来てしまったり。意図はしてないと思いますけど、突然手前と奥の循環が見えてきて、そういうおもしろさみたいなのがあります。図が単に絵に収まったっていうよりは、ものすごい絵画体験みたいなことが起こって、自分の目がいまどこの面を見てるのかわからなくなるような、そういうゆらめきがあって。
雪舟はやっぱり国宝だとか、真贋のことだとかいう以外に、なんだか皆さんおもしろがれていないような気が非常にしてしまいます。国宝を見てありがたい…じゃなくて、本当に雪舟の進行形の、言葉を選びますけど、私にはとんでもない快楽絵画でして。


雪舟 《秋冬山水図》 15世紀末 – 16世紀初 東京国立博物館蔵 ■本展には出品されていません

雪舟 《四季山水図(夏幅)》 室町時代 15 世紀 石橋財団アーティゾン美術館蔵 重要文化財

——覚醒するとか、快楽を感じるとか?

(頭頂を指しながら)この辺がムズムズくすぐったくなってくる。「ああ、それはあれだよ」って指摘してくれる人がいやしないかとほうぼうで言ってみては「は?」って顔をされてるんですけど、そのめくるめく感じをどうすると共有できるのかしらっていうのがひとつあります。雪舟の絵を見たときの、あのここら辺のムズムズはあれに一番近いんです、ジェットコースターの急降下とか飛行機が乱気流で落ちるときの、お尻からワッと上げてきて、ここがムズムズムズってするあの感じ。あそこまで急じゃないですけど、ボワッとしてきて気持ち良くふわふわと。これ、誰にも共感してもらえないけども(笑)、みんな目を逸らしてしまうんですけれども(笑)、そうなんですね。
雪舟に限らず、室町の水墨画が。雪村もそんな感じなんですね。彼は雪舟に私淑してたと言われますから、たぶんその辺の揺らし方っていうのが意識的になされてて。それがどうも私からすると、瞑想的なものの感覚を再現しているのかしらって思えます。私は座禅を組んで瞑想をちゃんとしたことがないのでわからないんですけど、あとお経ですね。お経っていうのはたぶん瞑想の感じっていうのに近づけるような導入装置だと思ってて。あれは脳みそを揺らしてくる仕掛けがいっぱいある。木魚とか妙鉢(みょうはち)の音とか。全部割れた音で、綺麗に澄んだ音じゃなくて、脳天にズンッと当たる音なんですね。かつ、声明(しょうみょう)の声っていうのはみんなで同じ音を言いますから、倍音になって、これも揺らしてくるんですね。とにかく脳みそを揺らして、ぐわんっと瞑想に入りやすい音を出すような仕組みになっている。お経っていうのは基本的に音写っていうんですかね、インドの。意味を翻訳するんじゃなくて音を写す。そういう音を大事にしてる。意味はもちろん大事なんですけど、音によってこちらを揺らしてくるっていうことを当時の人たちはわかってて。人によっては意味を写さないで単に音を写しただけだから、安っぽい舶来趣味なんだよ、みたいに言って、音写を低く見る言葉なんかも見たことありますけど、でも、音に揺らされるということをわかってると、音写こそ意味があるんです。そういうので意識を変容させてきた感じというんですかね。雪村は瞑想をキメられる人だったのかわかりませんが、それを今度墨によってやる。声明の音韻を研究する学問があるんですけど、ひょっとしたら絵画におけるそれの応用というんですかね。そんなことを考えました。

「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×山口晃 ここへきて やむに止まれぬ サンサシオン」展示風景 Photo: 木奥惠三 Courtesy of Artizon Museum

室町の水墨ですから、まず色を落とす。彩色を落とすことによって、色というものが否応なく生理的に起こしてしまう反応をまず弱める。そうすると小さい音に耳を澄ますように、見る者が逆に感度を上げてくる。セザンヌが白をいっぱい混ぜて、彩度を下げていくのにちょっと近いですね。絵具を白によって殺して輝きを下げている。それによって、絵具自体の輝きではなくて、色相のハーモニーによる輝きを表すようにしている。
雪舟はというか、室町の墨絵というのは、色自体を抑えることによって、濃淡、人がコントロールできるものによって、精神の揺らぎをつくり出していく。雪舟の場合は、荒く刷毛目を残した薄墨と精妙な濃い墨による二種類のグラデーション、アレがやっぱりほかと比べて突出して巧みに使われてまして。輪郭線にまずパッと目がいったあとに、その際からベタぬりかと思うくらい濃い、でもぎりぎりつぶれず澄んだ墨によるグラデーションがぐわっと始まりすーっと背景に消えてゆく。そういうコントラスト最大の所でガツンときたかと思うと、けぶるようなハイトーンがたまらない心持ちにさせる。それを線に導かれて目で追っていくと、いろんな揺らし方になっているあたりが、どうもあの酩酊感に関係あるんじゃないかと思ってるんです。
古典の絵を見るときに、現代人だと現代の指標、評価軸、もっと言うと美術の言葉で読み解いてしまいますが、雪舟を見るためにはやや違う評価軸もないと見誤ると考えています。ただ、瞑想とかって言うとスピリチュアルな方向にとられてしまい、ものすごく警戒されちゃったりする。そういうのじゃなくて、単純にある脳内物質が出ればこういう気持ちになるし、ある部分に電気信号が走ったらこういうふうになるっていう、端的な、具体的な反応です。それをかつての人たちはそういうお薬だのなんだのじゃなく、コントロールする術を持っていたし、そういう感覚を持ち、それが共有されてたのではないでしょうか。そのあたりが示せるといいな、とは思うんですけどなかなか難しい。お経のことをテキストで書いてみたんですけど、なかなかお経の音は流せないので、その点ではちょっともどかしい展示ではあるんですけれども。
かつての評価軸で見ること、いわゆる気韻生動とか今言った意識を変容させてくるものとか。それに加え、現代による読み替え、先ほど申した室町絵画の空間性とかですね、その両方が必要です。読み替えることによって作品は命脈を保っていきます。デュシャンがあんなに長く語られるのは、三度くらい後続に読み替えられることによって命脈を保っているところがあります。雪舟の持っている空間性をいまひとつ見せられるとおもしろいんじゃないかなと考えたわけです。

「ここへきて やむに止まれぬ サンサシオン」展示準備中の山口晃画伯 Photo: Yumi Umemura

ちょっと話が飛んでしまいますが、ガラスを入れることによって、もうひとつ平面ができるんですよね。普通に絵にすぐに行ってしまうんじゃなくて、一つ面があって、さらに今回照明の人が、とても力のある方で、ユニークな照明をしてくれました。お軸のすぐ後ろの壁がもうほぼ消えるというか、白い空間に軸が浮いているように見えます。そうすると絵画平面がいくつにも分かれこちらに向けて重層化してくる。それを誘発する一番が正面のガラス。これ一体どこに面があるんだろうっていうのがわからなくなる。全体像が見えないことによって、部分の集積が絵の中の空間もバラしていくというか。それは全部設えをつくってから気づいたんですけれども(笑)。そういうおもしろい展示になっているような気がします。
すっと当たり前に見えてしまうと、それ以上の体験を汲み取ってもらえないかもしれない、「ほう、雪舟ね」でいままでどおり。なんでこんな見づらいことをしてるんだろうっていうところから、じゃあ何が起こってるんだろうという絵に開かれる方向に意識が広がってもらえるといいと思ってやってみました。

「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×山口晃 ここへきて やむに止まれぬ サンサシオン」会場にて

山口晃 《東京圖1・0・4輪之段》(部分) 2018-2023 年 作家蔵 撮影:浅井謙介(NISSHAエフエイト株式会社)©YAMAGUCHI Akira, Courtesy of Mizuma Art Gallery

ジャム・セッション 石橋財団コレクション×山口晃 ここへきて やむに止まれぬ サンサシオン

会期|2023年9月9日(土) – 11月19日(日)
会場|アーティゾン美術館 6階展示室
開館時間|10:00 – 18:00[11月3日を除く金曜日は10:00 – 20:00]入館は閉館の30分前まで
休館日|月曜日
お問い合わせ|050-5541-8600 (ハローダイヤル)
■同時開催|創造の現場―映画と写真による芸術家の記録(5階 展示室)・石橋財団コレクション選 特集コーナー展示 読書する女性たち(4階 展示室)
■日時指定予約制

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