アムステルダム国立美術館で28点のフェルメール作品を一挙に公開するという空前絶後の展覧会が開催され、世界中からファンが押し寄せている。会期は2月10日から6月4日までなのだが、開幕した途端にチケットはすぐに完売。3月には開館時間を22時まで延長し、その後さらに23時まで延長するもチケットはその都度即売り切れ。オンラインでのクローズアップ展や映画館でのスクリーニングなども開催され、欧州各地でこの、光のマイスター、フェルメールがファンを虜にしている。

アムステルダム国立美術館の賑わい

筆者は幸運にも3月末のチケットが予約できた。17世紀を代表するデルフト出身の画家、ヨハネス・フェルメール(1632-1675)の全37作品(編集部注:真筆作品点数には諸説あり)のうちの28作品の展示。門外不出と言われてきたアメリカのフリック・コレクションが8年前にアムステルダム国立美術館との共同キュレーションを始めたことも大きいのだが、アメリカ、ドイツ、フランス、イギリス、アイルランド、日本の美術館、それに個人が所蔵する作品が一堂に集まった。けっしてありえないだろうことが、ありえた、そしてもう2度と実現はないだろうという本展に世界中のフェルメール・ファンがアムステルダムを目指した。

フェルメールの故郷、デルフトを描いた作品の展示風景。左から《デルフト眺望》、《小路》。

作品の展示構成は綿密に練られており、これまで各所蔵館でフェルメール作品を鑑賞してきたとしても、この展覧会では新たな発見があるだろう。章立ては「若き日の情熱」、「外を見つめる」、「音楽的な魅力」などのタイトルが付けられており、それぞれに付けられる解説も丁寧である。

ここで、本展へ来場が叶わなかった方々にアムステルダム国立美術館が用意したオンラインコンテンツを紹介しよう。

「 Closer to Johannes Vermeer(英語版)」解説:ロジャー・フライ[俳優]

本展日本語解説テキスト

いずれはフェルメール作品を全点踏破したいと思っているなら今回は絶好の機会だし、ほとんどの作品は自分にとっては再会だけれどという来館者もかなりいるのだろう。
「これがニューヨークから来た作品の1点ね」と《婦人と召使》(フリック・コレクション蔵)の前で初老のドイツ人女性は同伴のお友達に話しかけながら、嬉しそうに目を細めていた。全体的に来場者の平均年齢は高い。

ヨハネス・フェルメール 《婦人と召使》 1664-67年頃 フリック・コレクション蔵

” オランダのモナリザ ”とも讃えられる《真珠の耳飾りの少女》は3月30日までアムステルダム国立美術館で28点のうちの1点として展示され、4月1日からは所蔵館のデン・ハーグのマウリッツハイス美術館へ戻された。

アムステルダム国立美術館での《真珠の耳飾りの少女》展示風景

《真珠の耳飾りの少女》@マウリッツハイス美術館

オランダの事実上の首都デン・ハーグ(編集部注:憲法上の首都はアムステルダム)は、歴史ある上品なヨーロッパの街という印象だ。マウリッツハイス美術館はかつてオランダ領ブラジルの総督を務めていたヨハン・マウリッツの私邸として建てられた豪奢な邸宅を転用しており、正式にはマウリッツハイス王立美術館という。来場者のお目当て、《真珠の耳飾りの少女》は最上階の奥の部屋に常設で展示されている。

上|マウリッツハイス美術館外観
下|ヨハネス・フェルメール 《真珠の耳飾りの少女》 1664-67年頃 マウリッツハイス美術館蔵

少女が巻いている青いターバンを描くために絵の具の原料として用いられているのはラピスラズリ。この絵が描かれた17世紀には純金より高額だったと言われている。そのターバンを描いたラピスラズリはアフガニスタン産のウルトラマリンブルー、赤い唇はメキシコのサボテンに付く昆虫から抽出した色素、真珠の白はイギリスの山から採取された鉱物からと、貿易が盛んだったオランダの黄金時代をこの絵からも垣間見ることができる。現在ではモナリザに匹敵するようなアイコンにまでなっているこの作品を持っていることで、マウリッツハイス美術館はこれからもフェルメール巡礼地の一つとして賑わい続けることが約束されている。

ドイツでもフェルメール・フィーバー

筆者の暮らしているドイツでも今回のフェルメール展の報道は非常に多く見られた。5月に入って、全国放送のターゲスシャウのウェブでは「フェルメールの熱狂」と題したレポートが寄稿された。鑑定技術や化学的分析が進んできた現代だがこの画家は「デルフトのスフインクス」と呼ばれているように謎に包まれたままだ。本展にはドイツからも5点の作品が貸し出されている。ドレスデンから出品されている《窓辺で手紙を読む女》は近年の修復過程で過去に塗りつぶされたキューピットが現れたことがニュースになったが、これをはじめ、ベルリン、フランクフルトの美術館所蔵作品も出品されていることをドイツとしては誇らしげに報道している。

上|ヨハネス・フェルメール 《窓辺で手紙を読む女》 1657-59年頃 ドレスデン国立古典絵画館蔵
下|ヨハネス・フェルメール 《真珠の首飾りの少女》 1662-64年頃 ベルリン国立美術館蔵
いずれもアムステルダム国立美術館での展示風景

こんなトピックもある。4月11日から2日間、エマヌエル・マクロンはフランス大統領として23年ぶりにオランダを訪れたのだが、そのときのこと。「フェルメール展を見たかったからじゃないの?」と穿った見方をされかねない。当人は「 いやいや、欧州の連帯を強調するためです」と答えるだろうけれど。フランスでは各地でデモが行われるなど大変なことになっていたけれど、デン・ハーグでの演説でもフランスでの年金給付年齢を上げる改憲に反対する市民の声も上がったのである。状況から見ても、オランダでのフェルメール展鑑賞はマクロンにとって束の間の息抜きであったと思われても仕方無いのではないだろうか。

累計で50万人が訪れることになると予想される今回のオランダでの” フェルメール・フィーバー ”は、歴史に残る出来事の一つとして今後も語りつがれていくのだろうか。

VERMEER

会期|2023年2月10日(金) – 6月4日(日)

会場|アムステルダム国立美術館[オランダ・アムステルダム]

■本展チケットは完売しています

 

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編集者・美術ジャーナリスト

鈴木 芳雄