コロナ禍以降、展覧会をめぐる様相は変化しつつあるが、日本美術ブームは衰えていない。今回は、美術館からギャラリーまで年間1000以上の展覧会を見るという、美術史家で明治学院大学教授の山下裕二に、注目している展覧会について話を聞いた。自らも展覧会を企画・監修することもある山下はいったい何を選ぶのか。
聞き手・文=藤田麻希[美術ライター]
評価が遅れる関西画壇に光を当てる――「大阪の日本画」「甲斐荘楠音の全貌」
大阪中之島美術館と東京ステーションギャラリーで開催される大阪の日本画の展覧会は楽しみです。近年じわじわと注目度が上がってきている大阪画壇についての、東京で初めて開催される本格的な展覧会です。
大阪には、東京や京都のように公的な美術教育機関はありませんでしたが、船場などの旦那衆によるマーケットがあり、独自の画壇が形成されました。この展覧会には大阪画壇を牽引した北野恒富(きたのつねとみ)や女性画家の島成園(しませいえん)など、今後再評価が始まるであろう注目の画家の作品が多く出品されます。
大正時代、退廃的で妖艶な女性像を描いた日本画が流行したのですが、とくに、京都や大阪の画家がこの手の女性像を追求していました。岸田劉生が造語した「デロリ」の感覚に当てはまるような、生々しく怪しい作品です。北野恒富の《風》にはそのような時代の感覚が色濃く表れています。
この展示とも関連するのが、京都国立近代美術館と東京ステーションギャラリーで開催される「甲斐荘楠音(かいのしょうただおと)の全貌」です。
甲斐荘楠音は、大正時代の京都で活躍した日本画家。彼の描く怪しげな女性像も「デロリ」の極みですね。楠音の展覧会はこれまでも何度か開催され、研究は進みつつありますが、東京での展覧会は久しぶり。アメリカのメトロポリタン美術館の《春》という作品は、今まで見たことがないので楽しみです。
楠音は、国画創作協会という日本画のグループ展に出品した、《女と風船》が「穢(きたな)い絵」と批判されて陳列を拒否されてしまい、以降、徐々に画壇と距離を置き、映画の風俗考証や衣裳デザインの方面に転向しました。
1953年に公開された溝口健二監督の映画『雨月物語』では、アカデミー賞の衣裳デザイン賞にノミネートされてもいます。今回の展覧会では、映画界での楠音の足跡にも注目するそうです。
少々大げさに言えば、日本の近代美術史は東を中心に語り過ぎなんだと思います。
たとえば東の大観、西の栖鳳と並び称された、日本画家の横山大観と竹内栖鳳の現在の知名度には、かなりの差があります。
これからは、もっと西が評価されるべきです。京都画壇に比べると大阪画壇の評価はさらに遅れています。今回の展覧会を機に今後の研究が進むことを期待しています。
大阪の日本画
会期|2023年1月21日(土)- 4月2日(日)
会場|大阪中之島美術館
巡回|東京ステーションギャラリー 2023年4月15日(土)- 6月11日(日)
開館60周年記念 甲斐荘楠音の全貌―絵画、演劇、映画を越境する個性
会期|2023年2月11日(土)- 4月9日(日)
会場|京都国立近代美術館
巡回|東京ステーションギャラリー 2023年7月1日(土)- 8月27日(日)
前人未到の技量に達したアスリート的現代作家たち――「超絶技巧、未来へ!」
僕が監修する「超絶技巧、未来へ! 明治工芸とそのDNA」も、ぜひ見ていただきたい展覧会です。
これまで、2014年、2017年と2度開催してきた「超絶技巧」の名を冠した展覧会の第3弾です。
第1弾は、超絶技巧の技術でつくられた明治時代の工芸を集めた展覧会。第2弾は明治工芸に加えて、それらに匹敵する技術とセンスを合わせ持つ、選りすぐりの現代作家の作品も紹介しました。第3弾は、より現代作家に比重を置き、17名の作家に参加してもらいます。いずれも、僕が足を棒にしてギャラリーや画廊を回って選んできた人たちです。
そのなかから3名を紹介しましょう。
まず、1994年生まれ、最年少の福田亨さんです。
「吸水」は、普通の木彫ではなく、福田さんが「立体木象嵌」と呼ぶオリジナルの技法でできています。
さまざまな形の木のパーツを、同じ形にくり抜いた地に嵌め込んで図柄を表す「木象嵌」の技法を、立体に応用したものです。つまり、この蝶の羽は、彩色しているのではなく、天然の木の色なんです。しかも、この水滴も分厚い板を彫り下げ水滴の部分だけ残し、そこを磨いて水滴のように見せています。
このような表現はほかに見たことがありません。
そして、小坂学さんです。
腕時計、スニーカー、カメラ、ラジオなどを、紙だけで精巧につくりあげた驚きのペーパークラフトです。ボディだけでなく、ネジや配線、基板など内部の構造もすべて紙で再現しています。
スニーカーもすごい。紐の部分は、無数の細い紙を編んで質感を出している。
信じられないことをやっている作家です。
池田晃将(てるまさ)さんにも出品いただきます。
螺鈿(らでん)という貝殻を用いた漆芸の伝統的装飾技法を用い、作品の表面をデジタル表示の数字など未来的なモチーフで埋め尽くしています。既に一部の人にはよく知られた存在で、抽選でなければ作品を買えないほどの人気ですが、彼も数年前までは食べていけなかった作家です。
レーザーカッターなど現代の技術と古典的な技法を組み合わせているのが特徴です。
この展覧会で紹介するのは皆、誰もできないことをやろうと、限界に挑戦しているアスリート的な作家です。彼らは承認欲求のためではなく、自分自身が納得するために技を突き詰めています。スポーツにたとえるなら、大谷翔平さんの二刀流や羽生結弦さんの4回転半ジャンプのようなものです。
さらに、彼らには、その超絶技巧の技術だけでなく、プラスαのセンスがあります。
明治工芸の優れた作家も、技術だけでなく圧倒的にセンスが良い。そんな明治工芸のDNAを受け継ぐ作家の作品が集まります。
開館20周年記念 超絶技巧、未来へ! 明治工芸とそのDNA
会期|2023年2月11日(土・祝)- 4月9日(日)
会場|岐阜県現代陶芸美術館
巡回|長野県立美術館 2023年4月22日(土)- 6月18日(日)
あべのハルカス美術館 2023年7月1日(土)-9月3日(日)
三井記念美術館 2023年9月12日(火)- 11月26日(日)
富山県水墨美術館 2023年12月8日(金)- 2024年2月4日(日)
51件の展示作品すべてが重要文化財――「重要文化財の秘密」
明治工芸といえば「重要文化財の秘密」も注目です。金工技術の最高峰とも言える鈴木長吉の《十二の鷹》や、宮川香山の本物と見まがう蟹が張り付いたやきものなど、重要な作品が展示されます。
この展覧会は出品作すべてが重要文化財という挑戦的な試みのものです。昨年の東京国立博物館での国宝展(「国宝 東京国立博物館のすべて」)に対抗する意識があったんじゃないかな。
現在、明治時代以降の絵画、彫刻、工芸の重要文化財は、68件指定されていていますが、そのうちの51点が展示されるそうです。
僕にとっては何度も見たお馴染みの作品ばかりですが、原田直次郎の《騎龍観音》は奇天烈で好きですね。
原田直次郎はドイツに留学して本格的な油彩画の技術を身に付けました。しかし、帰国後はその作風が時代遅れになり、妙な方向に進みました。
《騎龍観音》はヨーロッパの宗教画さながらの仏画を油彩で描いた異色作。キッチュ、とも言えるような仏画ですが、明治時代ならではの豊穣な表現の一例として積極的に評価したいです。
ほかにも、福田平八郎のモダンな日本画《漣(さざなみ)》など、僕の好きな作品も展示されます。
東京国立近代美術館 70周年記念展 重要文化財の秘密
会期|2023年3月17日(金)- 5月14日(日)
会場|東京国立近代美術館
雪舟の先達として重要な存在、明兆の仏画は必見――特別展「東福寺」
これまで近現代の話ばかりをしてきましたが、じつは僕の本来の専門領域は雪舟をはじめとする室町時代の水墨画です。この分野で注目の展覧会が、東京国立博物館と京都国立博物館の特別展「東福寺」です。
この時代の重要な存在である明兆(吉山明兆/きっさんみんちょう)の仏画が見られる貴重な機会になります。明兆は室町時代初期の人で、東福寺の御用をつとめた工房の親方です。絵仏師、つまり身分としては禅僧ですが、実態としては職業画家。東福寺にはその大画面の仏画が多く残されています。
たとえばこの重要文化財《達磨・蝦蟇鉄拐図(だるま・がまてっかいず)》。
衣の強い墨の線は雪舟の国宝《慧可断臂図》(えかだんぴず/斉年寺蔵)にも通じるものがあります。雪舟は若い頃に絶対に明兆の絵を見ているでしょうね。
明兆の《五百羅漢図》全50幅も本格的なものです。釈迦の高弟である羅漢を1幅あたり10人ずつ描いています。東福寺に45幅、根津美術館に2幅、残りの3幅は失われていますが模写が存在するので、全50幅が展示されます(会期中、展示替えあり)。
明兆の一般的な知名度は低いですが、雪舟の先達としても注目できる存在です。
特別展「東福寺」 会期|2023年3月7日(火)- 5月7日(日)
会場|東京国立博物館 平成館
巡回|京都国立博物館 平成知新館 2023年10月7日(土)- 12月3日(日)
再評価の機運が高まる室町時代の絢爛な屛風絵に期待――「やまと絵」
東京国立博物館の「やまと絵」は、本格派の学術的な展覧会になると思います。
「やまと絵」とは、中国伝来の主題を描く「唐絵(からえ)」に対する概念で、日本の風景や風俗を描いた絵です。水墨画(=漢画)以外の作品だと広く捉えられていた時代もあります。
平安時代以来、絵巻や肖像画など様々なものが描かれてきましたが、僕が特に注目しているのは室町時代のやまと絵屛風です。金銀を用いた非常に華やかな大画面作品が多くあります。
室町時代といえば、もっぱら水墨画の時代だと認識されていたのですが、ここ30年くらいで、やまと絵の評価が進んでいます。
その最たる例が、2018年に重要文化財から国宝に格上げされた、大阪、金剛寺の《日月四季山水図屛風》です。室町時代の筆者不明の絵画で国宝に指定されるケースは極めて稀。絵のクオリティのみで国宝に値すると判断されたということです。この屏風が展示されることを期待しています。
特別展 やまと絵―受け継がれる王朝の美―
会期|2023年10月11日(水)- 12月3日(日)
会場|東京国立博物館 平成館
今回とりあげた展覧会以外にも、出光美術館の「江戸絵画の華」(第1部:1/7 – 2/12、第2部:2/21 – 3/26)、名古屋市美術館の「福田美蘭展」(9/23 – 11/19)などもあり、今年も日本美術の展覧会は豊作です。出光美術館をはじめ、事前予約制の場合も多いので、展覧会情報をチェックしつつ、お出かけください。
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