photo / Mie Morimoto

室町時代に描かれた「厩図(うまやず)」かと思って見てみたら、馬の下半身がバイクになっていたり、高層ビルの屋根が瓦屋根になっていたり。やまと絵や浮世絵をベースに現代のスピリットやペーソスを加え、それを達者な筆力で描き人気の山口晃画伯。 時間も忘れ「メトロポリタン美術館展」に没頭した画伯にいくつかの絵についてお話をいただきました。🅼

解説:藤原えりみ 美術ライター

エル・グレコ(本名 ドメニコス・テオトコプーロス)《羊飼いの礼拝》

エル・グレコ(本名 ドメニコス・テオトコプーロス)
《羊飼いの礼拝》1605-10年頃 ニューヨーク、メトロポリタン美術館
Rogers Fund, 1905 / 05.42

[山口画伯]
仕上げに近い段階でグレコは大胆に黒を入れてゆく。なんと云うことの無い黒い絵の具が、ある所ではかすれ、また別の場所では他色に混じる。その筆致を残したまま闇になり色になり光にさえなる不思議。そして空間は歪み、地と図は反転し手足は揺らめき溶けてゆく。素晴らしき酩酊、グレコの絵。
 
 
[解説]
エル・グレコはヴェネツィアで修業し、スペインで活躍した画家で、「エル・グレコ」はギリシャ人を意味する呼称。細長く引き伸ばされた身体とねじれた空間表現、強烈な明暗の対比によるドラマティックな表現で信仰心に訴えかける宗教画を描いた。画伯ご指摘の、空間を融合させる黒の扱いに加えて、荒々しいほどの筆跡で光を集める白絵の具の扱いにも注目。

ピエロ・ディ・コジモ(本名 ピエロ・ディ・ロレンツォ・ディ・ピエロ・ダントニオ)《狩りの場面》

ピエロ・ディ・コジモ(本名 ピエロ・ディ・ロレンツォ・ディ・ピエロ・ダントニオ)
《狩りの場面》 1494-1500年頃 ニューヨーク、メトロポリタン美術館
Gift of Robert Gordon, 1875 / 75.7.2

[山口画伯]
アポロンとディオニュソスの抱擁。短縮法や明暗法への執拗な指向が陶酔を生んでゆく。秩序と陶酔のめまぐるしい循環が、主題と技法において重層的になされ見るものを幻惑してゆく。様式が完成し切らぬ時にあらわれる絵画の魅力。
 
 
[解説]
ギリシャ神話の芸術と太陽の神アポロン、そして葡萄酒の神ディオニュソス。それぞれ理性と叡智、酩酊と熱狂を司ると哲学者ニーチェは言う。空間の奥行きや事物の立体感を模索するも未だ統一的な空間表現に至らない。空間表現を追求する作者の熱意が、狩りという人間の存在の根源の営みに重なっていく情景。そのもどかしさもまた愛おしい。

メインデルト・ホッベマ《森の道》

メインデルト・ホッベマ《森の道》1670年頃 ニューヨーク、メトロポリタン美術館
Bequest of Mary Stillman Harkness, 1950 / 50.145.22

[山口画伯]
風にそよぎ不定の枝葉。風に流れ刻々に姿を変える雲霞(うんか)。それらを空間に縫い付けるような描写で膨大な「位置」を表し仮想の大空間を現出させる。神の姿が消えた新教国の絵画には、しかしまた別種の理(ことわり)があらわれている。
 
 
[解説]
ホッベマは日常的光景のモチーフを組み合わせ、穏やかで静けさに満ちた風景画を描いた。道ゆく人々も道端の家屋も柔らかい光と豊かな緑に包まれている。それまでは神話画や宗教画の背景として描かれていた理想的風景とは異なる、新興プロテスタント国家オランダの現実的風景。身近な情景を捉える眼差しのなんと清々しいことか。

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メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年

会期|開催中 – 2022年5月30日(月)
会場|国立新美術館 企画展示室1E
開館時間|10:00 – 18:00 [毎週金・土曜日は20:00まで 入場は閉館の30分前まで]
休館日|火曜日[ただし、5月3日(火・祝)は開館]
お問い合わせ|050-5541-8600 [ハローダイヤル]

■会期等、今後の諸事情により変更される場合があります。展覧会ホームページでご確認ください。

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