美術史の豊かな知識を土台にして、当代一の画力を武器にどこにもない絵を生み出す。そんな人気画家、山口晃ガハクは夫婦揃って食いしん坊。日常で、旅で、制作中の日々で、散歩の途中で何を食べてるの? ガハクが日常を描くコミックエッセイ『すゞしろ日記』に「カミさん」として登場するガハク妻による食事帖。 実はガハクもカミさんも牛肉は大好き。特にステーキについては書いておきたいことがある。   

 

絵/山口晃

このコラムにはさまざまな食材や料理が登場してきたけれど、牛肉はほぼ言及されてこなかったように思う。
しかし、山口ヒゲ画伯こと夫(以下ガハク)も私も、牛肉が苦手なわけではなくむしろ好きである。牛肉は味わいが重厚で、栄養分が身体にしみわたっていくような感覚がする。自宅で食べるよりは外食時が多く、牛肉というとやはりステーキ、が一番なのかと思う。

以前、ガハクとイタリアのトスカーナ地方を旅した時、レストランでステーキを頼んだ。この地にはキアニーナという品種の牛がいるとのことだが、メニューに明記されていなかったから、私たちが食べたのはそれではないだろう。

同じく現地の名物、キロ単位の牛肉の塊を焼くビステッカ・アッラ・フィオレンティーナという料理を食べてみたいと思いつつ、私たちふたりには量的にとても無理そうで、普通のフィレステーキを選んだ。
注文時に焼き加減を尋ねられ、私は肉を大量に食す地域の人たちの実情を知りたくて、おすすめの焼き方を聞いてみた。
当然といえば当然なのだけど、店の人は迷うことなく「それはレアですね」と答えてきた。

牛肉の焼き加減は、レアにするとタンパク質の変性が少なく、消化、吸収もしやすいため、栄養面を考慮すると一番よいという知識は私にもあった。
けれどもレアは一度も体験したことがないし、同席した人が食べているのを見たこともないから、一体どのくらい生なのか見当がつかない。
もとより無難な選択であるミディアムレアでも、生っぽいなと感じることがあるくらいだから、所詮そんなチャレンジはできないのだ。
結局、せっかく聞いておきながら、ミディアムレアでオーダーした。ガハクも肉の焼き加減の好みは私と同じである。
「自分がどう頼むか決まっているのに、なんでわざわざ店の人に聞いたりしたの?」
ガハクの口ぶりは、無駄なことをして、と言わんばかりで、私は言い訳をする。
「ちょっと確かめてみたかったんだよね。現地でのおいしい食べ方を。自分には無理だったけど」

牛肉の焼き方は難しい。
ましてやステーキのような大きさや厚みがあったりすると。
家庭でも、外は焦げ目をつけ、内部は赤く半生に、という調理はできるはずだが、どうも自分自身の腕が信用できず、生部分があるとおなかを壊すのではないかと心配で挑戦したことがない。
自分ではうまく焼けないという理由もあって、そもそもわが家では牛肉が食卓にあがることはそんなに多くない。
買うとしたら薄切りや切り落としで、すき焼き用の肉だというのによく焼いて食べたりしている。
取り寄せや頂き物で厚切りの牛肉がある場合は、邪道かもと思いつつ、火が通りやすいように大まかに切ってから焼くことにしている。
味付けはシンプルに塩コショウだ。
調理し終えたら、お皿の上に肉が元の形になるよう懸命に並べてみる。
焼き終えてからカットした場合とは異なり、どうしても不恰好にしかつながらず、パズルのピースがはまっていないかのようだ。
見た目はなかなかぴしっと決まらなくとも、味がいいならよしとしておく。

この雑然とした家での調理の対極にあるのが、お店の「鉄板焼き」だろうか。
職人とも呼ぶべき料理人が、鮮やかな技で肉を美しく焼き上げる。
至近距離に調理人がいて気詰まりがあるものの、目の前で調理のすべての手順が披露されるので、室温になじませている食材の状態を観察したり、鉄板の掃除法に感心したり、ちょっとした社会科見学のようで興味深い。
肉がこんがり焼き上がると、お客が食べやすいように切り分けて提供してくれる。料理人がナイフの刃を入れると、塊肉がまるで豆腐であるかのようにすーっと何の抵抗もなく切れていくので、ややぞわっとする。

肉の一片を箸で取りあげて観察すると、切り口は実にシャープで工業製品のようであり、周辺の焦げ色から中心部のローズ色へと、肉への熱伝導を視覚化したかのようなグラデーションが表面に現れている。
こんなに整然としていると、こちらもうやうやしく食べなければいけない気がしてきて、取り澄ました感じで静かにもぐもぐと味わう。

もっと気楽に、ガハクと私が食べに行く近所にも、厚切りの牛肉を焼いて出してくれるお店がある。
あそこもある、ここもそうだね、とガハクと改めて数えていたら、意外と何軒もあって、流れで味はどうだったかという話にまで発展してくる。
私よりもガハクの方がステーキ(的な牛肉)に対する思い入れが深いようで、分析しているうちに、この辺りの双璧はフレンチのRと創作料理のFかな、と名前を挙げてきた。

Rの一皿は、フレンチらしくしっかりした赤身肉の味を楽しめるように作られていた。
表向きは非常に上品ながら、どこか肉との格闘を強いるムードが漂い、食べ終えた時に存分に堪能したと思わせる充足感があった。
この牛ステーキはコース料理のメインのうち、別途追加料金のかかる一皿だった。
私の記憶ではそのチャージはおおよそ2000円なのだが、ガハクは3000円くらい、もしかしたらもっとしたかもと言う。
それだけの金額の意味が十分に感じられる味だったことは確かだ。

過去の話で、今や確かめる術がないのは、その後Rは方針を親しみやすさにシフトしたようで、メニューもずいぶん変わってしまったからなのだ。
20年近く前に一度食べたきりなのに、今でもこうして記憶と話題にのぼってくるから、本当においしかったのだと思う。
強く赤身を感じさせるこのタイプのステーキ、どこかで再び食べることはできないのだろうか。

Fはマスターが旬の食材を使って自在に料理を作る、カウンター席主体の小さなお店。ここでもステーキに使用するのは赤身肉だった。
出された一皿は一見ごく普通の焼いた肉で、奇をてらったところは何もない。素朴ですらありつつも、口に入れてみると噛みしめるたびにぎゅっと味がしみ出て、脂分も程よく、肉本来のおいしさが最大限に引き出されていた。
すっかり気に入って、また食べようと次に訪れた際には黒板メニューに記載はなく、マスターにあのステーキはいつ登場するのか聞いてみたところ、いい肉が入った時にしか出せないのだと、わりと消極的な答えが返ってきた。
私たちもそう頻繁にFに通ったわけではないけれど、その後あのステーキには二度とお目にかかることがなく、これもフレンチのRと同じく食べたのは一度きりとなった。
10年近く前の話になる。

ガハクによると、和食のNとJ 、和風居酒屋Tは系統が似ていて(皆和食のせいなのか?)、サシの入った牛肉が使用され脂分が感じられる仕上がりであるという。
NとT、共にカウンター席があり、そこに座って調理過程を観察したところ、焼いた後アルミホイルに包み、しばらく寝かせて余熱を駆使したりしていた。
肉自体の脂を利用して、旨みを封じ込めているとでもいえばいいのか、じっくりゆっくり熱を全体に伝導させていくタイプの調理法のようだ。
Jの厨房の様子は分からないけれど、出てくる肉の状態が似通っているからおそらく同じような焼き方をしていると考えられる。

N、J、Tで出る牛肉も十分おいしいのだけれど、Fでの衝撃にはどこか及ばない。
もしかしたら「いい肉」を入手すること自体が難しいのかもしれない。
ガハクがあえて順番をつけるとしたら、Fの次においしいと思っていた和食のNも、2年前、ご主人の出身地へと移転してしまったから、こちらも食べることができなくなってしまった。

どうしてかおいしいステーキは一度しか食べられなかったり、もう食べられなかったりで、過去の思い出ばかりになってしまう。
牛のステーキ自体がガハクの子供の頃の記憶と強く結びついているから、幻めいてくるのだろうか。
ガハクが、おいしかったステーキとしてFを上位に付けたのは、実家で食べたものに一番近かったかららしい。
ガハクが子供の頃に家で食べたステーキは、ひとり一枚ではなく、焼けたものをお父さんが一口大にナイフで切り分けては、順番に銘々のお皿に載せてくれるという形式だったそう。
「それでね、肉はバターとレモンで食べるんだよ」
ガハクがずいぶんと懐かしそうに言う。
私には意外なような、ありきたりなような食べ方に思われ、もう少し詳しく聞いてみた。
ガハク宅でステーキの味付けの定番は、切り分ける前の肉(塩コショウ済み)の上に、ちょこんと小さなバターのかけらを載せ、それからさっとレモンを絞ってかける、とのことだった。
ガハクにはそうして食べた家庭でのステーキの味はよほどおいしかったのだろう。
私にはステーキに対するそこまでの思い出はないので、ガハクの記憶に追随し、さも自分も何らかのよきエピソードを持っているかのように、「昔っぽいステーキはおいしいよね」と言ってみるのだった。

こうやってステーキにまつわる話をしているうちに、ガハクが改まって言い直す。
「でも、それぞれ違っていて別物だから、順番なんてないんだよね」
その通りで、わざわざどの店がよいか、どんな調理法がいいかなどと分類しなくてもいい。
それよりも、「これは!」というステーキとの遭遇は一期一会だったという端的な事実の方を重視すべきだろう。

もうかなり前のことなのに、一度しか食べていないのに、ガハクが何度も思い出せるくらいおいしかった一皿が存在している。
メニューに今日ある品が次回もあるとは限らない。
いつも本気で味わっておくほうが重要だとつくづく思う。

■次回「ヒゲのガハクごはん帖」は10月第2水曜日に公開予定です。

●山口晃さんってどんな画家?
1969年東京都生まれ、群馬県桐生市に育つ。96年東京藝術大学大学院美術研究科絵画専攻(油画)修士課程修了。 2013年『ヘンな日本美術史』(祥伝社)で第12回小林秀雄賞受賞。
日本の伝統的絵画の様式を踏まえ、油絵で描く作風が特徴。都市鳥瞰図・合戦図などの絵画のみならず立体、漫画、インスタレーションなど表現方法は多岐にわたる。
主な個展に、2015年「山口晃展 前に下がる下を仰ぐ」(水戸芸術館現代美術ギャラリー、茨城)、18 年「Resonating Surfaces」(大和日英基金ジャパンハウスギャラリー、ロンドン)、23年「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×山口晃 ここへきて やむに止まれぬ サンサシオン」(アーティゾン美術館、東京)など国内外展示多数。
2019年 NHK大河ドラマ「いだてん 〜東京オリムピック噺〜」のオープニングタイトルバック画を担当し、22年善光寺(長野)へ《善光寺御開帳遠景圖》を奉納。
25年には漫画雑誌連載作『趣都』(講談社)、本連載の17のエピソードをまとめた単行本『ヒゲのガハクごはん帖』を刊行。
ZENBI―鍵善良房―KAGIZEN ART MUSEUM(京都)にて開催中の
鍵善良房コレクション『京の菓子屋の舞台裏—黒田辰秋から鈴木悦郎、山口晃まで
へ出品。会期は11月3日まで。

山口晃 《好きなカフエーのおじいさん》 2013年 ©︎YAMAGUCHI Akira, Courtesy of Mizuma Art Gallery

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