
草間彌生 《無限の網目》
50年〜60年前の現代美術(ってとても変な言い方だが)を見る。感動する。最近、生み出されている現代美術作品も、そんなひと時代前の作品たちがあった上で成り立っているのではないか。時代のフィルターを通ってきた作品には強さがある。その上に今があり、未来の作品がやってくる。
千葉市美術館といえば、日本美術に強い美術館というイメージがある。これまでの館長が辻惟雄、小林忠、河合正朝という日本美術の泰斗ともいえる先生方なのでそういう思い込みかもしれない。
ところが、開催中の「未来/追想 千葉市美術館と現代美術」はここが実に現代美術にも強い美術館であることを見せつけている。日本美術と現代美術がこの美術館の2本柱なのだ。確かに振り返れば、赤瀬川原平、杉本博司、宮島達男、須田悦弘、小沢剛、目[mé]、Nerholなどのユニークな展覧会を開催して、現代美術ファンを大いに楽しませてきた。東京の隣県ではあるが、アクセスはちょっと不便。でも、存在感を持っているのはそういう攻めの姿勢にあるのだろう。展覧会の一部を見ていこう。

「未来/追想 千葉市美術館と現代美術」 2025年 展示風景
赤瀬川原平作品
草間彌生作品では「無限の網目」シリーズのペインティングや大型のインスタレーションを収蔵している。古いものでは1950年代前半、彼女の渡米前のインク画、水彩画、油彩画もあるので、草間ファンは覚えておくといい。

「未来/追想 千葉市美術館と現代美術」 2025年 展示風景
草間彌生 《最後の晩餐》《幻の青春をあとにして》など
ハイ・レッド・センターのメンバー全員の作品を見ることができる。高松次郎(=ハイ)、赤瀬川原平(=レッド)、中西夏之(=センター)と、それぞれの苗字の頭文字の英訳を組み合わせたユニットだが、活動開始は1963年(諸説あり)。赤瀬川が「千円札事件」の被告になったこともあり、現代美術が「事件」としても取り上げられ、彼らは美術専門誌だけでなく、一般週刊誌などにも登場することもしばしばあり、社会的関心を集めた。
中西夏之のペインティングを多数収蔵している。一定の色彩と独自のタッチで繰り広げられる絵画にはファンが多い。

中西夏之 《作品―たとえば波打ち際にてⅨ》 1985年 千葉市美術館蔵 © NATSUYUKI NAKANISHI

「未来/追想 千葉市美術館と現代美術」 2025年 展示風景
中西夏之作品
高松次郎は「影」シリーズの作品が展示されている。

「未来/追想 千葉市美術館と現代美術」 2025年 展示風景
高松次郎 《赤ん坊の影 No.387》
具体美術協会に所属した田中敦子のダイナミックなペインティングを見られるのもうれしい。生年では草間彌生とオノヨーコの間だ。彼らは皆、国際的に活躍したアーティストになった。田中の夫君の金山明の絵画も展示されていて、また夫婦(ともに故人)ツーショットの映像も見ることができる貴重な機会である。

田中敦子 《Thanks Sam》 1963年 千葉市美術館蔵 © Kanayama Akira and Tanaka Atsuko Association
画像がやや不鮮明で申し訳ない。作品画像掲載の条件に「コピーガードをかけ、長辺400pixel以下(72dpi)に」という指定があるので。モニタがブラウン管時代の72dpiをいまだに規定にしている不条理。この作品の「追想」感を醸すため?(まさか)。画像を不鮮明に掲載させることが著作権保護になると考えるなら勘違い。下の展示風景の画像の方がむしろ鮮明かもしれない。

「未来/追想 千葉市美術館と現代美術」 2025年 展示風景
左側の壁は田中敦子作品、右側の壁は白髪一雄作品
ニューヨークを拠点として活動した河原温の「日付絵画(Today)」シリーズをずらりと並べた展示も圧巻。絵を描いた当日の日付を描く。描いている途中で日付が変わる場合は破棄しなければならない。文字の表記はそれを描いている土地の公用語に従うが、アルファベット圏以外(たとえば日本)ではエスペラント語を使う…などなどのルールを課している。長く続けてきた作品で、サイズ、色も複数あり、ときに1日のうちに複数描いた日も。

「未来/追想 千葉市美術館と現代美術」 2025年 展示風景
河原温 《JAN.21,1994》ほか
コレクションは日本出身や日本を拠点とする作家だけでなく、海外作家のものもある。たとえば、アメリカ、戦後のコンセプチュアルアーティスト、ジョセフ・コスースのこんな作品。《自己定義―5色》は1965年の作品。このシリーズのヴァリエーションとしては、赤、紫、緑、青のネオンを使い「FOUR COLORS FOUR WORDS」としたものや(5語だと「IN」が入るわけだ)、オレンジ色のネオンを使って「FIVE WORDS IN ORANGE NEON」など様々あることが知られている。

「未来/追想 千葉市美術館と現代美術」 2025年 展示風景
ジョセフ・コスース 《自己定義―5色》
そして、現代美術の父ともいうべき、マルセル・デュシャンの作品も収蔵。《彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも》(通称:大ガラス。フィラデルフィア美術館)のディテールを描き出した版画などが展示されている。

「未来/追想 千葉市美術館と現代美術」 2025年 展示風景
マルセル・デュシャン作品と資料
ここに挙げた出典作家のほかには、阿部展也/荒川修作/今井俊満/植木茂/大岡信/大辻清司/岡崎和郎/岡田謙三/桂ゆき/金山明/加納光於/河口龍夫/北代省三/清水九兵衞/工藤哲巳/桑山忠明/小清水漸/駒井哲郎/斎藤義重/篠原有司男/菅木志雄/杉本博司/須田悦弘/鷲見和紀郎/瀧口修造/辰野登恵子/立石紘一/土谷武/勅使河原蒼風/堂本尚郎/西村陽平/Nerhol/濱口富治/福嶋敬恭/福島秀子/本城直季/三木富雄/村岡三郎/目[mé]/元永定正/八木正/柳原義達/山口勝弘/山田光/吉澤美香/吉田志穂/デニス・オッペンハイム/ダン・グラハム/ロバート・スミッソン/イサム・ノグチ/ダニエル・ビュラン/サム・フランシス/ソル・ルウィットら。
なんとも豊かなコレクションだ。ただ、1995年頃から現代美術シーンはダイナミックなムーヴメントを起こすのだが、その作家たちのコレクションが手薄に見える。具体的にいえば、奈良美智、村上隆、会田誠、森万里子、やなぎみわ、束芋らである。代表的な展覧会でいえば、「TOKYO POP」(平塚市美術館 1996年)、「時代の体温」(世田谷美術館 1999年)。それは日本のギャラリーが海外のアートフェアに積極的に進出した頃でもある。
しかし、本展「未来/追想 千葉市美術館と現代美術」を見ることは戦後美術史を追う助けになる。現代美術が好きです、自分と同時代に生まれたアートだからと、作品単体に感動、感心させてもらえばいいのだが、現代美術は社会問題や政治的な課題などを反映する。それぞれの時代がどんな美術を生み出し、その流れが現在どうなっているのかを考える上でもこういう展覧会は良い機会なのである。
会期|2025年8月2日(土) – 10月19日(日)
会場|千葉市美術館
開室時間|10:00 – 18:00[金・土曜日は10:00 – 20:00]入室は閉室の30分前まで
休室日|月曜日[祝日の場合は翌平日]
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