「坂本龍一|音を視る 時を聴く」東京都現代美術館、2024 年 展示風景
坂本龍一+高谷史郎 《TIME TIME》 2024 年 ©2024 KAB Inc. 撮影:福永一夫

写真家、映像作家である瀧本幹也と「坂本龍一|音を視る 時を聴く」を観て話を聞く。
坂本は数々のアーティストとコラボし、音を空間(スペース)に展開することに挑んできた。瀧本は20代で、被写体としての坂本に出会い、やがて坂本が発見した才能の一人として協働することになる。坂本は地球、そして宇宙(スペース)を見つめる視点を瀧本に託したのだろう。

 

聞き手・文=松原麻理

——瀧本さんは広告の仕事や坂本龍一さんの作品に関するヴィジュアル制作で交流があったと聞いています。出会いのきっかけは?

瀧本 アートディレクターの故・中島英樹さんがデザインしていた雑誌『CUT』で、タイポグラフィとポートレートで構成する見開きの連載があり、中島さんから頼まれて坂本龍一さんを撮影したのが最初です。1998年、僕が23歳の時ですね。それを坂本さんが気に入ってくださり、その流れで坂本さんの5枚組ベストアルバムのジャケット写真を撮らせていただきました。その翌年、99年に坂本さんはオペラ「LIFE」を発表するのですが、その制作プロセスを写真で残すことになり、この時もアートディレクターとして参画した中島さんに「サンプリング」というお題をいただき、坂本さんご自身の身体のパーツや、表参道にあった坂本さんのスタジオの壁や天井やエアコンの吹き出し口、楽器のクローズアップなど、「LIFE」の制作現場のさまざまなものを「サンプリング」するように撮っていったんです。このアートブックとCD4枚を合わせて限定ボックスセット『SAMPLED LIFE』になりました。

「坂本龍一|音を視る 時を聴く」東京都現代美術館、2024年 展示風景

いずれも、坂本龍一 LIFE アートボックス『SAMPLED LIFE』 1999年

『SAMPLED LIFE』のころ僕はまだ24歳ですから、よくこんな若造に撮影を頼んでくださったなと思います。それ以来、広告の仕事や、坂本さんが映画のために制作した楽曲のMVなど数々の機会をご一緒させていただきました。基本的にメールのやり取りが多かったですが、ニューヨークで二人きりでご飯を食べたこともあったり、可愛がっていただきました。「20代の頃は、来る仕事は全部断らずやれ」と言われたり。失敗してもいいから、がむしゃらにやれと。そうすれば30代になって自分がやるべきことが見えてくるはずだって。そうやって僕だけでなくいつも新しい才能を探すのに一生懸命で、若者に目をかけ、気さくに接してアドバイスをくださいました。

瀧本幹也撮影 『SAMPLED LIFE』より
表参道の坂本のスタジオにあったキーボードを撮影した写真は特に坂本が気に入り、瀧本は額装してプレゼントした。坂本はニューヨークの自宅に飾ってくれたという [本展には出品されていません]

——坂本さんはどんな人でしたか?

お茶目な方。大人なんだけれど子供。冗談を言ったり、チャーミングな人でした。あれだけの巨匠なのに、年下にも壁を作らず接してくれる方でしたね。

——のちにオペラ「LIFE」は脱構築され、坂本さんと高谷史郎さんによって映像と音のインスタレーション作品《LIFE-fluid, invisible, inaudible...》(2007) が生まれました。今回の展覧会にも展示されていますね。

坂本龍一+高谷史郎 《LIFE–fluid, invisible, inaudible...》を鑑賞する瀧本さん

「LIFE」の頃、坂本さんは単純な短い音の繰り返しなど、ミニマルで情緒を排した音楽表現を試行していて、それを写真で表現したらどうなるか? という興味から生まれたのが『SAMPLED LIFE』でした。その考え方はのちにバウハウスを訪れて壁や階段の手すりや蛍光灯などのディテールをクローズアップして切り取った僕の写真集『BAUHAUS DESSAUにつながり、テキストを坂本さんに書いていただきました。坂本さんは高谷さんをはじめ、さまざまなアーティストと協働しましたが、単に音楽だけじゃ物足りなかったのかもしれない。耳で聴くだけでなく映像や自然現象などを使ってもっとイメージを拡張したかったんじゃないかな。根本に音楽があり、それを映像に拡張し、さらに理論的なことをつなげる能力が異常に高い人だったのでしょう。

瀧本幹也『BAUHAUS DESSAU』 2005年 [本展には出品されていません]

——坂本さんと瀧本さんの協働で思い出すのは、2011年の「ルイ・ヴィトンの森」ですね。

坂本さんが設立した森の保全・再生プロジェクト「more trees」に賛同したルイ・ヴィトンが長野県小諸市に「ルイ・ヴィトンの森」を作った時、坂本さんに頼まれて写真集『LOUIS VUITTON FOREST』を作りました。一面の雪景色を撮ったり、木の根元にある下草の目線で森を見上げるように撮ったり、クレーンに乗って上から俯瞰で撮ったり、四季折々さまざまな森の風景を撮りました。坂本さんは可愛らしく「キャー」とか言いながらすごく喜んでくれました。

瀧本幹也『LOUIS VUITTON FOREST』 2011年 [本展には出品されていません]

この写真集の頃、坂本さんは「自然を見ると落ち着く」とおっしゃっていました。音楽活動を始められた初期の頃には、それこそYMOに象徴される電子音楽やシンセサイザーなど人工的な音作りに没頭されていた。それが年齢を重ねるにつれ最終的にはアナログ録音や生の音を好んで扱うようになっていく。生の音は「響きの深度が違う」と語っていました。晩年は街中を歩き回ったり、北極に出かけたりしては風や雨など自然界にある音を録音採集して。最晩年には神宮外苑の樹木の保護活動で話題になりましたが、それよりもずっと前、「カーボンオフセット」という言葉が世の中に流布していない時代から坂本さんは環境問題について熱心に勉強していました。今回の展示にも雨や霧など自然現象をモチーフにした作品がいくつかありますが、坂本さんの自然環境に対する思想を想像させます。

「坂本龍一|音を視る 時を聴く」東京都現代美術館、2024年 展示風景
坂本龍一+高谷史郎 《water state 1》 2013年 撮影:山本倫子

「坂本龍一|音を視る 時を聴く」東京都現代美術館、2024年
坂本龍一+中谷芙二子+高谷史郎 《LIFE-WELL TOKYO》 霧の彫刻 #47662(2024)

僕は銀塩写真(ゼラチンシルバープリント)の魅力を伝える活動をしていましたし、最近ではNetflixのドラマ「阿修羅のごとく」の撮影を担当しましたがフィルムで撮っています。ネガで撮ってポジ上げし、それをスキャンして色を作る。銀の含有量が豊かな時代の表現に近づき、より映画っぽくなるんです。そういうアナログな掛け合わせのほうが、見る人の心にイメージが入って行きやすいと思うから。たぶん坂本さんも同じようなことを感じていらしたのではないかと思います。

「坂本龍一|音を視る 時を聴く」東京都現代美術館、2024年 展示風景
坂本龍一+高谷史郎《async–immersion tokyo》2024年 ©2024 KAB Inc. 撮影:浅野豪

——坂本さんのすごさって、どんなところだと思いますか?

アーティストは自分の好きなことをして自身の作品性を突き詰めていくわけですが、商業性と作品性の両軸で成功することは結構難しいことだと思うんです。それを世界的規模で叶えてしまったのが坂本さんじゃないかな。あれほど実験的かつ前衛的な、マニアックな作品を作っても、ちゃんと多くの人に伝わり支持を受けている。そこが坂本さんのすごいところだと思います。あと、雨や霧や雲などの自然現象は万人が体験していることですよね。そこを切り口にしてさらに宇宙を感じさせる大きな作品にしてしまうところも素晴らしい。

——坂本さんに言われたことで印象に残っていることはありますか?

以前、自分の作品としてアイスランドの苔の大地を撮った「LAND」というシリーズに取り組んでいました。坂本さんは「LAND」の写真を気に入ってくれて、それに合わせて楽曲を作りたいと言われ、アザーカットを何十枚か送りました。同じ頃、NASAに4回通ってスペースシャトルを撮影する「SPACE」というシリーズにも取り組んでいたので、ついでにスペースシャトルの写真も何枚か送ったんです。そうしたら坂本さんから「この二つのシリーズは合体させて作品にした方がいいよ」と言われたんです。僕としては思ってもみなかったことでしたが、地球の原風景的なイメージと、その対極にある文明の象徴の最果てにある宇宙事業、この二つをミックスしたほうがより意味を持つ作品になるから、と。それで『LAND SPACE』という写真集が生まれました。

瀧本幹也 『LAND SPACE』 [本展には出品されていません]

常に新しいことに目を向け、最先端技術を貪欲に吸収しながら、自然やアナログ世界にも惹かれていた人。大変な読書家で、その知識を支えに宇宙的な視点でものごとを捉える広い視野の持ち主でもありました。かと思うと非常にマニアックで細かいことを追求する人でもあったし。その両極端を自由に行き来し、ハイブリッドにしてしまう振り幅の広い人。それが坂本さんなんだと思います。今でも自分が仕事をしていて何か迷うとき、「坂本さんが生きていたらどう考えるだろう?」と自問することがよくあります。僕がクリエイターとして一番尊敬する人です。

「坂本龍一|音を視る 時を聴く」東京都現代美術館、2024年
坂本龍一 with高谷史郎 《IS YOUR TIME》 2017/2024年

坂本龍一|音を視る 時を聴く

会期|2024年12月21日(土) – 2025年3月30日(日)
会場|東京都現代美術館 企画展示室 1F/B2F ほか
開館時間|10:00 – 18:00[3/7(金), 14(金), 21(金), 28(金), 29(土)は10:00 – 20:00]入場は閉館の30分前まで
休館日|月曜日[ただし2/24は開館], 2/25
お問い合わせ|050-5541-8600[ハローダイヤル]
日付指定オンラインチケットのご購入をお勧め

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