「TRIO パリ・東京・大阪 モダンアート・コレクション」はパリ市立近代美術館(MAM)、東京国立近代美術館(MOMAT)、大阪中之島美術館(NAKKA)、以上3館のコレクションで構成されている。〈都市の遊歩者〉〈こどもの肖像〉〈有機的なフォルム〉など34のテーマに沿って各館が1点ずつ所蔵作品を選んで出展し、その3点がトリオとなって横並びに展示されるという、かつてないユニークな企画なのだ。時代としては近代以降コンテンポラリーアートまでを含むが、並べられた3点の制作年代や国籍、流派、ジャンルはバラバラ。そのなかで浮かび上がってくる共通項を見出すのが、見る者にとって面白い。絵画の目利き、才能の発掘者として国内外で高く評価されるギャラリスト、小山登美夫さんと展覧会を鑑賞しながら、話を聞いた。
[東京会場にて取材。現在、大阪中之島美術館にて開催中(12/8まで)]
聞き手・文=松原麻理
展覧会タイトルには「モダンアート・コレクション」展と謳っているけれど、コンテンポラリーも扱っているから、正確には「モダンアート美術館のコレクション展」ということですね。最初のお題は〈コレクションのはじまり〉。それぞれの開館のきっかけとなった作品や最初の購入作品、ロベール・ドローネー(MAM)、安井曽太郎(MOMAT)、佐伯祐三(NAKKA)の揃い踏みで華々しくスタートします。大阪中之島美術館は世界屈指の佐伯祐三コレクションを誇っていて、現在では油彩だけで50点以上所蔵しています。
パリ、東京、大阪はそれぞれ大きな近代都市であること、また川筋に発展した町であることも共通しています。それで〈川のある都市風景〉というお題で、パリからはマルケが、東京は小泉癸巳男、大阪は小出楢重の作品が選ばれているという具合です。
いろんなお題がありますが、うまいセレクトになっているなーと感じたのは3つあります。まずは〈分解された体〉と題して集められたピカソ(MAM)、萬鉄五郎(MOMAT)、レイモン・デュシャン=ヴィヨン(NAKKA)のトリオ。ピカソのザ・キュビスムといった作品を堪能できるすぐ横で、萬鉄五郎のインパクトがすごい。これ、かなり大きな絵で迫力があるんですよね。図録を見ているだけじゃ味わえない感動です。萬は海外に行ったことがないけれど、この絵を見ると確かにキュビスムの影響を受けているように感じますよね。絵画2点に彫刻1点をぶつけたのも面白い。
それから〈モデルたちのパワー〉と題された3点も見応えありました。マティス(MAM)とモディリアーニ(NAKKA)に、ここでも萬鉄五郎(MOMAT)が入ってくる。女性モデルが片手を頭に当てて、ほぼ同じようなポーズをとっていますね。3点のうちでどれが一番欲しいか?なんて考えるのも、この展覧会の楽しみ方の一つですよね。僕はこの中の一つを選ぶとしたらマティスが欲しい!
〈夢と幻影〉というお題に沿って集められた3点も印象的でした。特にシャガール(MAM/下写真左)が素晴らしい。ウサギとロバが合体したような動物の顔が紫色に塗られていて、仰向けの女を背中に乗せている。こんなユニークなシャガールの絵、見たことないです。カンヴァスの上の方に地平線があり左下に月が描かれ景色がさかさまになっているのも、本当に不思議です。そういえばこの3点にはそれぞれ地平線が描かれていますが、その位置がてんでバラバラなのも面白いですよね。
トリオのお題から離れて見ても、気になる絵が他にもいっぱいありました。小倉遊亀の《浴女その一》(MOMAT/展示終了)もそう。昭和初期に描かれたとは思えないほど大胆な構図で、タイル貼りの浴槽の湯が揺れるさまを捉えた視線がユニークです。いつ見ても新鮮です。
原勝四郎という画家の名を初めて知りましたが、彼の《少女像》(NAKKA/下写真、左から2点目)もすごく面白いなぁ。こんな人がいたんですね。それから池田遙邨。この人はれっきとした日本画家なのですが、出展されている《戦後の大阪》(NAKKA/下2点目写真左)という作品はかなりモダンな匂いがします。後者の2点はどちらも大阪中之島美術館所蔵ですね。今回たまたまかもしれませんが、「いい作品だな〜」と思って説明書きを見ると大阪中之島美術館所蔵のものが多かったです。この美術館は、開館は2022年とつい最近ですが、実業家・山本發次郎の充実したコレクションが大阪市に寄贈されたのを契機に1980年代から美術館構想が始まり、実に40年近くかけて寄贈や購入を重ね徐々にコレクションを増やし開館に至りました。素晴らしい作品がたくさんあるのに常設展示室がないから人の目に触れる機会が少ない。これは非常にもったいないです。是非、美術館にコレクションを見せる常設展示室を作って欲しいですね。
もう一つ業界的な見方をすると、この3館並びの展示を見ることで、日本美術史における“洋画問題”に着目することができます。明治維新を経て日本は開国し、全ての分野で西洋文化を模倣しようとします。1876(明治9)年に発足した工部美術学校は西洋美術や建築だけを学ぶ学校で、そこで洋画家の浅井忠らが必死になって西洋の絵画を手本に勉強するわけです。ところがパリ万博などでジャポニスム礼賛が起き、日本人のアイデンティティとは何かという問題を突きつけられる。西洋受けするためには日本風なものがいいんだということになり、岡倉天心らによって1887(明治20)年に東京美術学校(東京藝術大学美術学部の前身)を開校する際には「日本画科」だけしか設立されなかったんです。黒田清輝がパリ留学から戻ってきて1896(明治29)年に初めて「西洋画科」が誕生する。わずか20年のうちに日本美術界の方針が西洋重視→日本回帰→西洋重視と大きく揺れたんですよ。そして近代以降、日本の絵画は「日本画」と「洋画」に分かれてきたんですが、両者は画材も描かれた内容もほとんど区別がつかない場合もある。日本人が描いた西欧風の絵を総称して洋画というのか、そもそも洋画という呼び名自体がおかしいという意見もあります。
最近、日本の美術館ではコンテンポラリーアートや江戸時代以前の展覧会は結構人気があるのに、“近代洋画”と謳った途端、展覧会にはなかなか人が集まらないらしいんです。でもね、日本人が大好きな印象派は近代美術の範疇ですよ。そう考えたとき、3館が所蔵する日本とヨーロッパの近代美術をこうして並べて見る機会があると、日本の近代の画家がもがいている姿が素晴らしいことに気づくはずです。多くの人は西欧の影響から脱却して日本の絵を作り上げている。そこがもっと評価されるべきだと思うし、この展覧会を通して、近代日本美術の立ち位置を探る見方もできるでしょう。
美術館が日本の画家の滞欧作を欲しがっているみたいで、そこだけオークションの価格が高くなっているというのも最近知って驚きました。そういうことは、日本やアジアなどの中心ではない地域でしか起こらないことでしょうね。
あと、34のタイトルの付け方がゆるくていいですよね。タイトルに対して「自分だったら違う作品を選ぶなぁ」とか、「この3点を括るなら別のタイトルの方がいいのでは?」と異議を心の中で唱えたり。そういう自由なゲームができるのも、この展覧会の楽しみ方だと思います。第一、テーマの検討と作品選定にあたった3館の担当学芸員たちが「ああでもない、こうでもない」と取っかえ引っかえして、いちばん楽しんだんじゃないでしょうか?
最後に自慢じゃないけど(笑)、今回の展覧会に出ていた何人かの作家の作品を僕は持っていますよ! 安井曽太郎、ボナール、松本竣介…… 全部ドローイングですけどね。ドローイング作品はオークションでかなり安く買えるんですよ。ものによっては10数万円から買えます。だから、展覧会で作品を崇めるように鑑賞するだけでなく、そんなに大金を注ぎ込まなくても有名作家のドローイングを手に入れて、自宅に飾り日々眺めるという喜びをぜひ皆さんにも知ってほしいと思います。
会期|2024年9月14日(土) – 12月8日(日)
会場|大阪中之島美術館 4階展示室
開館時間|10:00 – 17:00[入場は閉場の30分前まで]
休館日|月曜日[ただし9/16,23, 10/14, 11/4は開館。翌日火曜日休館]
お問い合わせ|06-4301-7285[大阪市総合コールセンター(なにわコール)] 8:00 – 21:00
■会期中展示替えあり
会期|[終了] 2024年5月21日(火) – 8月25日(日)
会場|東京国立近代美術館
開館時間|10:00 – 17:00[金・土曜日は10:00 – 20:00]入館は閉館の30分前まで
休館日|月曜日[8/12は開館、翌火曜日休館]
お問い合わせ|050-5541-8600(ハローダイヤル)
■巡回 大阪中之島美術館 2024年9月14日(土) – 12月8日(日)
■会期中展示替えあり
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