今年も日本美術、楽しみな展覧会が続々です。セレクトしてくれたのは日本美術、アジア美術の目利きで知られる山口桂さん。それもそのはず、彼はオークション会社クリスティーズ ジャパンの社長です。平安時代の曼荼羅から、室町水墨のレジェンド、雪舟とそのチルドレンたち。さらに浮世絵はもちろん、竹久夢二に福田平八郎、そしてアノ人まで、日本美術フィールドを縦横無尽に駆け巡りましょう。
聞き手・文=松原麻理
セットで見たい!
サムライ、浮世絵師になる!鳥文斎栄之展[千葉市美術館]
大吉原展 江戸アメイヂング[東京藝術大学大学美術館]
千葉市美術館で1月6日からすでに始まっている「鳥文斎栄之展」と、3月26日開幕の東京藝術大学大学美術館「大吉原展」は、どちらも美人画や花魁、江戸の遊廓文化を満喫できる展覧会として、ぜひセットで見てもらいたい展覧会です。
鳥文斎栄之は江戸中・後期に活躍した、出自が旗本という異色の経歴を持つ浮世絵師です。喜多川歌麿や葛飾北斎などと比べるとやや知名度が低く、影が薄い存在ですが、私は個人的に栄之の美人画が好きなんです。すらっと背が高く、体つきがほっそりしていて上品。着物の色使いが非常に綺麗でセンス良く、ちょっとモダンさも感じられるほどです。今回は大英博物館蔵の作品など、海外に流出した栄之の作品がたくさん里帰りしますので、ぜひこの展覧会で栄之の名前を覚えてほしいですね。
「大吉原展 江戸アメイヂング」では、展示室の全体を吉原の街に見立てて、大門や桜並木、見返りの柳などが再現されるそうで、その中を歩くと江戸時代にタイムスリップできそうですね。歌舞伎の「助六」に出てくる花魁・揚巻が所属する吉原の妓楼「三浦屋」も3メートル四方のミニチュア模型が展示されるそうで、花魁たちがいた場所をリアルに実感できそうです。吉原遊廓が当時、高次元のカルチュラルな場所だったこと、そして『吉原細見』というガイドブックを出版した蔦屋重三郎らによる出版文化と繋がっていることも気づかせてくれます。日本における洋画のパイオニア、高橋由一の《花魁》(1872年)も出品され、美人画の描かれ方の変容もたどるという、藝大美術館ならではの掘り下げ方が興味深いです。
サムライ、浮世絵師になる!鳥文斎栄之展
会期|2024年1月6日(土) – 3月3日(日)
会場|千葉市美術館
■前期展示:1月6日(土) – 2月4日(日) 後期展示:2月6日(火) – 3月3日(日)
大吉原展 江戸アメイヂング
会期|2024年3月26日(火) – 5月19日(日)
会場|東京藝術大学大学美術館
現代アートのスーパースターは日本美術を参照してきた
村上隆 もののけ 京都[京都市京セラ美術館]
もちろん村上隆さんは現代アート界の寵児ですが、この展覧会はあえて「日本美術」のくくりに入れてご紹介したいです。彼が自身の作品を通じて提唱した“スーパーフラット”は、その源流が日本美術にあることは広く知られていますが、今回は《洛中洛外図屛風(舟木本)》、尾形光琳の団扇図や《孔雀立葵図屏風》など、日本の古美術を元ネタにしながら村上さん流に再解釈した新作が多数展示されます。
かつて『芸術新潮』誌上で美術史家・辻惟雄先生と日本美術史の名作にまつわる対決連載をしたり、民藝運動ゆかりのものや北大路魯山人の作品や旧蔵品をコレクションしたり、現代に活躍中の陶芸家をプロデュースするなど、村上さんにはここ十数年、日本回帰の傾向が一層強く見て取れます。そして国内では8年ぶり、東京以外では初めての個展が、日本美術の本丸である京都で開催されるという点でも意義深いです。この村上展を見ることで、その本歌である日本の古美術に興味を持ってもらえたら、と思います。そしてせっかく京都に行くのなら、同時に相国寺承天閣美術館や細見美術館へ立ち寄って、伊藤若冲や琳派の絵師たちの名品をぜひ見てほしい。現代と古典を往還しながら理解を深められたらより楽しいのではないでしょうか。
京都市美術館開館90周年記念展 村上隆 もののけ 京都
会期|2024年2月3日(土) – 2024年9月1日(日)
会場|京都市京セラ美術館 新館 東山キューブ
日本画の概念を変えたモダニティ
没後50年 福田平八郎[大阪中之島美術館]
以前、大分県立美術館で福田平八郎の《雲》を見た時は本当にびっくりしました。写実だけれど、写実を超越して抽象に向かっている、こんな日本画は他にないでしょう。大阪中之島美術館の福田平八郎展で再見できるとあって個人的に楽しみにしています。
もちろん代表作の《漣》も素晴らしい。プラチナ地に群青一色で水面のさざなみ立つ様子を画面いっぱいに描いています。《雨》というタイトルながら降り始めの雨粒がポツポツと染みた瓦屋根が画面を占める作品にも共通するのですが、このトリミングの巧みさと抽象性が、当時の日本画の概念を変えてしまったと思うのです。福田平八郎はもともと「写生狂」と呼ばれるぐらい、抜群に絵がうまかった。しかしそこから抽象的な新境地へ発展していく様子が、従来の日本画の定型をはみ出した稀有な才能たる所以だろうと思います。
没後50年 福田平八郎
会期|2024年3月9日(土) – 5月6日(月・祝)
会場|大阪中之島美術館 4階展示室
■前期展示:3月9日(土) – 4月7日(土) 後期展示:4月9日(火) – 5月6日(月・祝)
■巡回 大分県立美術館 2024年5月18日(土) – 7月15日(月・祝)
画聖・雪舟の系譜をたどる
特別展 雪舟伝説 ―『画聖』の誕生―[京都国立博物館]
一人の作家で6点の最多国宝指定を受けているのが室町時代に活躍した画僧・雪舟です。その6点の国宝が全て通期展示される贅沢な展覧会が京都国立博物館で開催される、これは必見でしょう。雪舟作品だけでなく、雪舟を手本とした狩野探幽、伊藤若冲、曾我蕭白、狩野芳崖など、室町から明治期に至る画家たちの雪舟の受容や画風の継承をたどれる内容になっています。
私見ですが、日本の初等美術教育においてピカソやゴッホ作品について教えても、日本の絵画はあまり取り上げず、雪舟のことなんて全く触れられていないであろうことが非常に残念です。日本美術史上、最も高い評価を受け、「画聖」と呼ばれる雪舟に、この展覧会を機にぜひ親しんでもらいたいと思います。
特別展 雪舟伝説 ―「画聖(カリスマ)」の誕生―
会期|2024年4月13日(土) – 5月26日(日)
会場|京都国立博物館 平成知新館
■前期展示:4月13日(土) – 5月6日(月・休) 後期展示:5月8日(水) – 5月26日(日) ※一部作品は上記以外にも展示替あり
混沌とした現世に響く、祈りと深慮
空海 KUKAI *― 密教のルーツとマンダラ世界[奈良国立博物館]
空海の生誕1250年を記念した奈良国立博物館の展覧会は、国宝約30件・重要文化財約60件が出品される充実した内容です。特に空海が唐から持ち帰った密教の教えを、空海の指示で曼荼羅に表した通称《高雄曼荼羅》(国宝・京都 神護寺蔵)、これを見るためだけに訪れても価値がある展覧会です。これは現存する両界曼荼羅でも最古のものであり、のちにたくさんの曼荼羅が描かれる上でのオリジナルと呼べる貴重なもの。縦横約4メートルにも及ぶ巨大さを、ぜひ会場で目の当たりにしてもらいたいです。
人々の救済を願う密教思想を図像化し、宇宙的な観点も織り込まれた曼荼羅を鑑賞することは、世界中で戦争や紛争が起こり、自然災害が頻発している現代に生きる私たちにとって、ものごとを深く考えるいい機会になるのではないかとも思います。
*展覧会名の表記「KUKAI」は、Uの上に ‾ です
生誕1250年記念特別展 空海 KUKAI ― 密教のルーツとマンダラ世界
会期|2024年4月13日(土) – 6月9日(日)
会場|奈良国立博物館 東・西新館
■前期展示:4月13日(土) – 5月12日(日) 後期展示:5月14日(火) – 6月9日(日)
アールデコ空間と相まって作品世界に浸る
生誕140年 YUMEJI展 大正浪漫と新しい世界(仮称)[東京都庭園美術館]
旧朝香宮邸であり、アールデコの香り高い東京都庭園美術館で大正ロマンの画家・竹久夢二展が行われる…… 聞いただけで、ああ、ピッタリだなと思いますよね。ラリックのシャンデリアの下、装飾レリーフの壁に夢二の美人画などが掛けられるのかな、と想像するだけでワクワクします。新発見の欧州スケッチも展示されますが、これは夢二が晩年を過ごした療養所の所長さんに贈ったものだそうです。また、岡山、京都以外では初公開の油彩画《西海岸の裸婦》は西洋美術史においてティツィアーノやゴヤなどに描き継がれる横たわる裸婦像を想像させ、あの夢二がこんな作品を描いていたのか、と新たな発見ですね。
また長きに渡り所在不明だった油彩画《アマリリス》が初めて一般公開されます。
生誕140年 YUMEJI展 大正浪漫と新しい世界(仮称)
会期|2024年6月1日(土) – 8月25日(日)
会場|東京都庭園美術館
■巡回
岡山・夢二郷土美術館 2024年9月7日(土) – 12月8日(日)
以降、大阪、富山ほか巡回予定
こちらもセットでどうぞ!
特別展 はにわ[東京国立博物館]
ハニワと土偶の近代[東京国立近代美術館]
2つの展覧会は10月から12月とほぼ同時期に開催されるので、ぜひ両方を観て理解を深めてもらいたいです。まず東京国立博物館・平成館で開催される「特別展 はにわ」は、映画「大魔神シリーズ」のモデルとなった《埴輪 挂甲の武人 》が国宝に指定されてから50周年を記念して展示され、必見です。
東京国立近代美術館の「ハニワと土偶の近代」は、岡本太郎やイサム・ノグチら日本のアーティストたちがどのように縄文文化を再発見し、それをアートやデザインに取り込んできたかが分かる展示です。いわゆる本物の埴輪と、近現代における埴輪・縄文考とを比べながら鑑賞したら面白いと思います。
挂甲の武人 国宝指定50周年記念 特別展 はにわ
会期|2024年10月16日(水) – 12月8日(日)
会場|東京国立博物館
■巡回
福岡・九州国立博物館 2025年1月21日(火) – 5月11日(日)
ハニワと土偶の近代
会期|2024年10月1日(火) – 12月22日(日)
会場|東京国立近代美術館
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