30年少し前に縁あって手元にやってきた一幅の春日鹿曼荼羅に導かれ、杉本博司の壮大な旅が始まった。現代美術作家として著名になり、作品が売れて得た報酬を日本の古美術に替えた。すると、次々に春日神由来の宝物が蒐まってきた。そして昨年、自身が設立した文化施設内に春日社を勧請し、今年、総本社である春日大社の国宝殿で展覧会を開催している。
杉本博司。1970年代からコンセプトを究め、高い技術力を駆使し、写真という素材を使って現代美術作品を制作してきた美術家。2000年くらいからは活動の域を拡張し、建築や立体作品、古典芸能のプロデュースなどを手掛けてきた。自身の総合芸術作品ともいうべきものが「江之浦測候所」である。
そこでは地球の自転、公転を古代の人々と同じ方式で観察し、時間や季節の移ろいを捉えることで、農業をはじめとする人々の営みを知る。さらに、根源的哲学的に、人間の意識はどのように生まれ、進化してきたかを考察する装置としても、その測候所は働くのである。
自然が人間の意識をどのように育んできたかに関して、天体との関係で解き明かした杉本はまた人間の意識、思想とともにある「祈り」についても思考を進めた。というのも、「江之浦測候所」に春日社を建立し、春日大明神を勧請するまでになったからである。
杉本博司と春日信仰との関係は杉本の古美術蒐集と関連する。1970年代の終わりに杉本は妻とニューヨークのSOHOで古美術店を経営していた。当初は妻が日本に買付けに向かったものの子育てのこともあり、杉本が年に4度ほど日本に帰国して仕入れをした。杉本の目は磨かれ、店も成功し、有名な美術館に収蔵されるほどになった。
その後、現代美術作家として展覧会を次々成功させ、古美術商との二足の草鞋を脱ぎ、作家に専念することになったのだが、以後は古美術商ではなく、蒐集家として古美術との関係は続いた。目利きと思い切りの良さを発揮し、現在の小田原文化財団の古美術コレクションが築かれたのである。
今日、杉本が蒐集した古美術を見渡すと、春日信仰に関連するものが群を抜いて多いことが明らかになっている。古美術商をやめるかやめないか、区切りがつかなかった頃に出会ったのが、室町時代の《春日鹿曼荼羅》だ。この曼荼羅の入手が杉本を蒐集に一層駆り立てることになったようだ。
円鏡を掛けた榊を付けた唐鞍を負う神鹿。その上に春日山と御蓋山が描かれ、最上部の五つの円相の中に五体の本地仏が表されている。向かって右から春日大宮第一殿釈迦如来、五つ目に若宮文殊菩薩を描くことで、中心が藤原氏祖神(おやがみ)の大宮第三殿天児屋根命(あめのこやねのみこと)の本地仏である地蔵菩薩となっている。
会期|前期:2022年12月23日(金) – 2023年1月29日(日)/ 後期:2023年1月31日(火) – 3月13日(月)
会場|春日大社国宝殿
開館時間|10:00 – 17:00[会期中、延長開館を行う場合あり]入館は閉館30分前まで
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