美術史の豊かな知識を土台にして、当代一の画力を武器にどこにもない絵を生み出す。そんな人気画家、山口晃ガハクは夫婦揃って食いしん坊。日常で、旅で、制作中の日々で、散歩の途中で何を食べてるの? ガハクが日常を描くコミックエッセイ『すゞしろ日記』に「カミさん」として登場するガハク妻による食事帖。 季節の行事を大切にするガハク。ひなまつりには、はまぐりのお吸い物にちらし寿司をつくってくれたことも。
絵/山口晃
3月といえばひなまつり、ひなまつりといえば「ひまなつり」。
山口ヒゲ画伯こと夫(以下ガハク)は、ひなまつりという言葉が出ると毎度のように「“ひまなつり”だね」と言って含み笑いをする。そして時には「暇そうに釣りをしているの図」をその辺にある紙の切れ端にささっと描きつけたりもする。
そんなガハクの言動にすっかり刷り込まれ、今や「ひなまつり」と聞いてまず私が思い浮かべるのはひな飾りでなくガハクが落描きした、カエルやサルが居眠りをしながら釣り糸を垂らしている絵、になってしまった。
ガハクは昭和に生まれ、その時代に育ったせいか、駄洒落度合いが高い。時にそれは分かりづらく、対応に困ったりもする。
頻繁であると常態化し、耳ではキャッチしていても、スルーしてしまうことも多々ある。
「ちょっと、今の聞いてた? 気づいた?」
「ああ、ごめん。分かってはいたんだけど」
私からの反応がないとガハクは甲斐がないらしい。
ガハクの実家では、父の日、母の日の類(あと、初詣も)はさほど重視されなかったと聞いているが、季節の行事(おせち作りはこちらに入っている)となるとガハクは妙にこだわるところがある。
結婚して最初の3月が巡ってきた時に、ガハクがおひなさまセットを作ってくれた。たいそうなものではないが、ほどほど手が込んでいる。赤い色紙を折り曲げて三段の階段状にし、ジャバラに折ったオレンジ色の紙を屏風に見立てて上段に配置。こうして出来た簡易ひな段にキャラクターっぽく描かれた男びなと女びな、三人官女に右大臣、左大臣をおおまかな輪郭に切り取り、下部を折り曲げてポップアップするよう貼り付けたというシンプルな作りだ。
それを30×25×7cmくらいのお菓子の紙箱にはめ込んで、蓋を開けるとすぐそのまま飾ることができる仕様になっている。
こんなひな飾りが出来たからには、ひなまつりのお膳もちょっと凝りたくなるというものだ。
「あなたの日だからね。任せてくださいよ」
この日はガハクが買い出しから何から一手に引き受けて、夕飯を作ってくれることになった。(あの頃はまだガハクにも時間があった……としみじみ思わずにはいられない)
ひなまつりの定番といえば、はまぐりのお吸い物にちらし寿司。
けれども、ちらし寿司などという手間のかかりそうなものを果たして作ってくれていただろうか? もう昔すぎて詳細をふたりとも覚えていない。お刺身か何かを添えて、気分だけ演出したのではと私は思ったりもするのだが、ガハクがこれだけは明言する。
「錦糸卵を作った」
おそらく、器用なガハクにとってもやや難易度が高かったのかと思われる。
「黄色く細く、きれいに出来たんだよ」
自分の料理の腕をひけらかしたり、恩着せがましく振る舞うことを好まないガハクが、珍しく「作った。うまくできた」ことを強くアピールするのだから、かなり満足のいく仕上がりだったに違いない。
そう言われてみると、ごくごく薄く、ひらひら、ふわふわとしたやわらかな黄色の図像が、私の記憶の底からゆらりと立ち上ってくるような。
ガハク会心の錦糸卵であったのに私の記憶があいまいなのは、当時まだ料理解像度の低かった私には、あまりにも整った出来栄えであるがゆえ手作業の度合いが薄れ、既製品のようにすら感じてしまっていたからでは、と自己分析する。
似たような状況は絵にも起こる。ガハクがメッセージカードやハガキなどにちょっとしたドローイングを描き、紙と線、彩色とが一体化し、もともとそこにあり、そうであったかのように手跡が見えなくなってしまった時。
「これ、印刷だと思われそう。手描きなんだけど」
ガハクはちょっと心配そうにボヤくのだった。
昨今、印刷に見えないくらい精巧な複製もあるが、逆もあるというわけだ。
さて、錦糸卵の件に加え、ガハクが酢飯を作っていたのは私も覚えている。他に酢飯が必要とされる機会はまずないから、やはりこの時にちらし寿司は作られていたのだ。
桶がないのでボウルを使い、酢飯用に調合した酢を炊きたてのご飯に切るように混ぜ、ガハク愛用の扇子(当時うちわが家になかったゆえ)でパタパタとあおいで熱をとる。そんな作業を慎重に行うガハクの姿が目に浮かぶ。
ちらし寿司には甘辛く煮付けた椎茸かかんぴょうがあって然るべきだが、お正月以外にかんぴょうが調理されたことはないので、椎茸が使われていたのではないか。
それからたぶん、漬けにしたマグロの刺身を一口大に切って上に乗せていたと思われる。ガハクのことだ、酒と醤油で漬けだれを作り、下ごしらえも抜かりないはずだ。
ここまでくると色味的にグリーンもアクセントに入れたいと思うだろうから、絹さやか何かをトッピングすれば完成……だったのではなかろうか。
結果どんなふうに出来上がっていたか、どのような味わいだったのか。経験しただろうことをこうして推測するしかないのは悲しいような、面白いような。
ちらし寿司の状態ははっきりしないが、はまぐりのお吸い物は確実にあったといえ、出来上がりに関してもまず失敗は起こりえない。ましてやガハクが味付けをしたならば。
貝からの出汁、それだけで磯の香り漂うかすかに濁った旨みあるおつゆができてしまう。私と違って、ガハクは丁寧に味見をしながら塩や醤油で調整していったと思う。
身がふっくら、ぷりぷりとした大きく立派なはまぐりを、ガハクの味付けでいただいて、さぞおいしかったであろう。
なお、はまぐりの入手は難しくなく、ガハクが近所の商店街にある魚介専門店で買ったことは間違いない。商店街で材料を揃えられるのは便利だ。当時と今とでだいぶ様子は変化したが、この店はまだあるのでもう少し利用したい。「亜鉛不足になるからもっと貝を食べようよ」とガハクから再三お願いされていることでもあるし。
「他には菜の花があったんじゃない?」
ガハクが腕をふるったはずの、ひなまつりの食卓について私はなんとか思い出そうとする。菜の花もお節句の定番である。
「そうだったかな」
ガハクは錦糸卵以外のことはおぼろげなようだ。
菜の花がもし食卓にのぼっていたとしたら、程よい固さにゆでられた、おひたしだったであろうと過去の出来事を想像する。私が茹でると、ごつっとした茎に気を取られ、つい茹ですぎてくちゃっと崩れてしまいがちだが、ガハクが作ればそうならないと思う。
しかしながら、こんなにひなまつりが豪勢だったのは最初の1度きり。
「いや、そんなことはないと思う」
とガハクは言うので、その後も1〜2回あったのか。手をかけたちらし寿司はなしで、お吸い物だけガハク作ということもあり得るけれど。
一応、ガハクとしては、ひなまつりの日にちなんで私に何かしてあげたいと感じているらしく、毎年「作ろうか」と声はかけてくれる。
だが、気持ちだけいただいて、食卓の方は簡単に取り入れられるはまぐりや菜の花などをなるべく取り入れ、少しはそういう気分を演出するくらいだ。
ガハク作のひな飾りはあるわけだし。
その飾りと一緒にもうひとつ。夕飯の方はひなまつりらしくならずとも、必ず登場するのがひなあられだ。ひな飾りの箱の隣に一緒に当日まで並べておく。
ガハクが一番最初にひなまつりディナーを作ってくれた時に私が用意して以来、毎年欠かさず準備するようになってしまった。
形状も色合いも味も、すべてが微かなあの「ひなあられ」。甘いポン菓子で、白、うす緑、ピンクに色付けされて、当たりクジのように大きく丸い粒や砂糖コーティングされた豆が混ざっていたりする。膨張してすかすかと軽くなった米粒は、口に入れてみると、見た目どおりの実体のなさで、味を探ろうとしているうちになくなって、煙に巻かれたような気になる。いくら食べても食べた気がしないので、一度にどのくらいの量を食べるのがよいものかも判断しかねるところがある、つくづく不思議なお菓子だ。
これが関東風であることは、7〜8年くらい前に関西に旅行をした時に知った。関西のひなあられはおかきタイプのしょっぱい系で、「あられ」と名付けられているからには確かにこちらの方が意味的に近いのかも。子供の頃、大阪に住んでいたこともある私だが、全然知らなかった。近頃では関東でもおかき系が出回るようになっていて、ついこちらのタイプを選んでしまうのだが、ガハクもあのとらえどころのないポン菓子系が時おり妙になつかしく思い出されるという。
次回はまた関東のふわふわの方に戻ってみようかと考える。
今年のひなまつりは、ガハクが私のために特別料理を作ってくれるどころか、会食があり不在。私の方も出張から夜遅くに戻るというスケジュールで特に何もなし。
翌日になってから、せめてもと関西風のひなあられの封を開けた。
ガハクが1センチほどのあられをポリポリとつまみながら、
「あ、今のは揚げ煎だった」
とうれしそうにつぶやく。
今年のひなあられは、おかきや揚げ煎がミックスされ、ピンクと緑に着色された
甘めの粒もあったりし、種類豊富で一粒ごとに違った味を楽しめた。とりわけ、揚げ煎の好きなガハクは、それが当たる度に「うまい」と思わず声に出していた。
ひなあられも食べたし、いよいよひなまつりも終了だ。
「早くしまわないとね」
そして、「また来年」とガハク作のひな飾りの箱の蓋を閉めて棚に収める。
ひな飾りとひなあられ、これだけは変わらず続いている、ひなまつりのルーティーン。
そうしておけば、ひなまつりの行事は忘れられず、またいつかガハクがごちそうを作ってくれる気がしているのだろうか。
それはたぶん、私以上に、ガハク自身がそう思っているようである。
■次回「ヒゲのガハクごはん帖」は4月第2水曜日に公開予定です。
●山口晃さんってどんな画家?
1969年東京都生まれ、群馬県桐生市に育つ。96年東京藝術大学大学院美術研究科絵画専攻(油画)修士課程修了。 2013年『ヘンな日本美術史』(祥伝社)で第12回小林秀雄賞受賞。
日本の伝統的絵画の様式を踏まえ、油絵で描く作風が特徴。都市鳥瞰図・合戦図などの絵画のみならず立体、漫画、インスタレーションなど表現方法は多岐にわたる。
主な個展に、2015年「山口晃展 前に下がる下を仰ぐ」(水戸芸術館現代美術ギャラリー、茨城)、18 年「Resonating Surfaces」(大和日英基金ジャパンハウスギャラリー、ロンドン)、23年「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×山口晃 ここへきて やむに止まれぬ サンサシオン」(アーティゾン美術館、東京)など国内外展示多数。
2019年 NHK大河ドラマ「いだてん 〜東京オリムピック噺〜」のオープニングタイトルバック画を担当し、22年善光寺(長野)へ《善光寺御開帳遠景圖》を奉納。
25年には漫画雑誌連載作『趣都』(講談社)、本連載の17のエピソードをまとめた単行本『ヒゲのガハクごはん帖』を刊行。
現在ロンドンの大英博物館にて開催中の「SAMURAI」展に《絵馬圖》を出品(5月4日まで)。
山口晃 《絵馬圖》2001年 撮影:木奥惠三 ©︎YAMAGUCHI Akira, Courtesy of Mizuma Art Gallery
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