
世界にも稀な現代アートの島として、訪れた人たちにとって特別な体験をもたらしてくれる直島。あなたは何度、行っただろうか。東京から遠く離れ、最後は船に乗らなければ辿り着けない瀬戸内の小さな島が世界中のアートファンに愛され、記憶され、語られる。そんな直島にまた一つ、新しい美術館が誕生した。日本をはじめアジアのアーティストの作品を集めた直島新美術館だ。
直島(香川県)にはいくつもの美術館・美術施設が点在している。直島だけでなく近隣の豊島(香川県)、犬島(岡山県)にも美術館がある。3年に一度はそれらの島を中心にさらに周辺の島も加え、芸術祭も開催される。自然が豊かな地に現代アートが投入され、世界中が注目する観光サイトになった。1980年代から構想され、1992年に美術館と宿泊施設を備えたベネッセハウスの運営が始まり、美術館も宿泊施設も少しずつ増え、現在に至る。
今回オープンした直島新美術館は初めて、集落の中に作られた美術館となる。「開館記念展示—原点から未来へ」と題された最初の展覧会では、ベネッセアートサイト直島の初期から関わりのあったアーティストたちの作品、もともとヴェネチアで展開していたベネッセ賞が2016年以降、アジアに移行したことで関係が生まれたアーティストたちの作品、それ以外にも追加されたアーティストたちの作品、12名/組の代表作やこの地のロケーションを得て構想された新作が展示される。

直島新美術館 Photo: GION
アーティストは会田誠、マルタ・アティエンサ(フィリピン)、蔡國強(中国)、Chim↑Pom from Smappa!Group、ヘリ・ドノ(インドネシア)、インディゲリラ(インドネシア)、村上隆、N・S・ハルシャ(インド)、サニタス・プラディッタスニー(タイ)、下道基行 + ジェフリー・リム(マレーシア)、ソ・ドホ(韓国)、パナパン・ヨドマニー(タイ) [以上、敬称略、姓のアルファベット順]
ベネッセアートサイト直島の創設者、福武總一郎氏(公益財団法人 福武財団名誉理事長)は直島新美術館を35 年以上にわたるこれまでの活動の集⼤成と位置付けている。この美術館の館長はパレ・ド・トーキョー(パリ)チーフ/シニア・キュレーター(2000-2014)やヨコハマトリエンナーレ(2011 アーティスティック・ディレクター、2017 コ・ディレクター)など複数の国際展 /芸術祭を手掛けてきた三木あき子氏。展示のハイライトを三木館長、福武名誉理事長のコメントを織り交ぜながら紹介しよう。
住む場所はその人の人生を映す

ソ・ドホ 《Hub/s 直島、ソウル、ニューヨーク、ホーシャム、ロンドン、ベルリン》 2025年 Photo: 来田 猛
ソ・ドホは韓国出身だが、これまでニューヨークやロンドンで暮らしてきた。その家の玄関や廊下を透ける布で再現するのが彼の代表的作品の「Hub」シリーズである。今回はそこに直島の民家の廊下部分を新たに加えている。鑑賞者はその中を歩きながら、ソ・ドホのこれまで住んだ場所、たどってきた人生をトレースするが、それは誰にとっても、人生は様々な場所を通過しながら進んできたことをあらためて考えることになる。
三木 ソ・ドホさんには“家”という重要なテーマがあって、直島の人の家に行きたいということで何軒も訪問させていただいて、その中の一つに自分の家のように感じるものがあったと。彼はソウル、ニューヨークなどに住んで、今はロンドンで暮らしています。直島以外は大都会なのですが、直島も世界中から多くの客を迎えている。そういう意味では様々な人が集まり、また次に向かうHub(ハブ=中心となる場所や、重要な役割を果たす場所)であると感じたのですね。「住んできた場所もその人間のアイデンティティの一部である」という考えが作品の根底にあります。
東京に流れた百年以上の時間を封じ込める

Chim↑Pom from Smappa!Group 《スウィートボックス(輸送中の道)》内観 2024年-

Chim↑Pom from Smappa!Group《スウィート・ボックス(輸送中の道)》外観 2024年- Photo: 来田 猛
建築廃材やアスファルトを層にして重ねることで戦後の東京に流れた時間を取り出し、記録した作品。ここで使われた廃材は、終戦後のどさくさの時代、1964年の東京オリンピックを中心とする高度成長期、不動産や株式への投機的投資が過熱したバブル景気時代のそれぞれが重ねられ、いわば時間の層を成している。それは輸送用のコンテナに詰められたまま展示することで、あたかも、東京をタイムカプセルに詰めて、直島の地まで運んできたことにはいろいろな捉え方があるだろう。ニヒリスティック、アイロニカル、虚無的、退廃的、サンプリング的、考現学的、博物学的などなど。
三木 スクラップアンドビルド、作っては壊しの繰り返しで特に日本の都市は作られてきたわけですけど、本作では戦後の時代を象徴する建物のスクラップ、破壊されたものが地層となり、宝物のように光り輝いています。スクラップを単にゴミで終わらせるのではなく、そこから、新たな「ビルド」の可能性を見出そうとする考えを示唆するものです。
遠くこの島から都の繁栄を想う

村上隆 《洛中洛外図 岩佐又兵衛 rip》(右隻) 2023-2025年 ©️2023-25 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.
「洛中洛外図」は京都の繁栄ぶりを表した絵で、室町時代後期から江戸時代までしばしば描かれた。壮観な都市図であり、都の建造物の変遷がわかり、行事なども描き込まれており、またそこで生活する人々の日常をも知る史料でもある。
村上隆が昨年、京都市京セラ美術館での大規模個展「村上隆 もののけ 京都」で発表した《洛中洛外図 岩佐又兵衛 rip》は13メートルの大作で、岩佐又兵衛筆《洛中洛外図屛風(舟木本)》(17世紀、国宝、東京国立博物館蔵)を参照したもの。描かれている人物はおよそ2,700人。そこに村上創出のキャラクターであるDOB君やカイカイやキキも目立たないように描かれている。

村上隆 《洛中洛外図 岩佐又兵衛 rip》(部分) 2023-2025年 ©️2023-25Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.
洛中洛外図には必ず金雲が描かれ、場面の区切りや省略のために使われ、同時に華やかさを醸し出す意匠にもなっている。村上はそこに立体的にドクロを描いた。この絵は都市の華やかさが描かれる一方、その歴史の中にあった戦乱や動乱、災害によってもたらされた多くの人々の死もあったことを忘れないメッセージだ。メメント・モリ。死は生の対極にあるのではなく、生の一部として存在するとこの絵は教えている。
福武 京都での展覧会で見て以来、夢にまで出てきました。海外の人に買われてしまう前に日本に置いておきたいと考えました。秀吉の作った大仏殿も描かれていて、京都の人々が2,700人もいて都の栄華が見える一方、金雲にドクロがかたどられていて、無常観も読み解ける。今、日本にはインバウンドの人が大勢きてるけれど、見ているのは江戸時代以前に作られた神社仏閣、城や庭。これまで日本の文化は京都が牽引したように、直島が今後そうなるためにこの絵が必要だと思ったのです。
三木 村上さんが日本美術に深く入り込んだきっかけの一つに辻惟雄先生が岩佐又兵衛らに注目した著書『奇想の系譜』の影響がとても強くあります。そこから、村上さんのスーパーフラット宣言に発展していくわけです。展示では辻先生のお話の映像や辻先生がお題を出し、村上さんが作品でそれに応えるという雑誌の連載のことも解説しています。
99体の狼たちの動きをどう見るか

蔡國強 《ヘッド・オン》 2006年 Photo: 顧剣亨
99体の狼たちがガラスの壁に突進しているこの作品は2006年、ドイツ・グッゲンハイム美術館(ベルリン、1997-2012)での蔡國強の個展のために作られた。ガラス壁の高さはベルリンの壁と同じなのだという。かつてこの壁はイデオロギーや文化を理由に国を分断し、社会を隔てていた。蔡國強の仕事は破壊することが創造を生むことを示してきたのである。火薬の爆発によって絵画を生み出す彼がこの作品を作ったことは納得できる。
福武 僕が所蔵者に直接話をして、譲ってくれと言ったら、直島ならいいですよと言ってくださった。作家の蔡さんにも相談して、ここに来てくれるなら彼もうれしいということで話がまとまり、この美術館に設置することになりました。
安藤忠雄「感動を生む建築を目指した」

直島新美術館は直島で10番目の安藤建築。建築家 安藤忠雄氏
直島新美術館の建物の設計は1992年開館のベネッセハウス ミュージアム以降、地中美術館や李禹煥美術館など、30年以上にわたり直島の数々の建物を手掛けてきた安藤忠雄氏が担当した。本村エリアの丘の上に建つ大きな屋根が特徴的な建物は地下2階、地上1階。トップライトから自然光が入る階段室は地上から地下まで直線状に続き、階段の両側に4つの展示室が配置されている。カフェのテラスからは行き交う船など瀬戸内海らしい景観を眺めることができる。


直島新美術館 Photos: GION
安藤 1988年に福武さんにお会いしました。「経済は芸術の僕(しもべ)だ」というお話をして、これからは日本の国が変わっていかなければもう潰れてしまうと言われました。まわりの方々も初めから賛成していたわけではないと思いますけれども、福武さんの情熱に賭けてみたいと思われた人もたくさんいて、最初は年間3万人、そのうち5万人くらいきたとき、これはいけるのではないだろうか、そんな力を芸術からもらったのでしょう。
直島を訪れることによって、新しい世界を切り開いていくような感性を磨いてもらいたい。私は感動こそ、人間を育てる大きな力だと考えていますが、感性を磨くことは、この感動の機会を増やすきっかけなのです。日本人はなかなか感動する機会がない。感動しないと元気も出ない。ここが人々にとって元気の出るところになればと思います。直島新美術館の建築もまた、人々の感性を育み、感動を生むものであると信じています。

(後列左より)会田誠、村上隆、蔡國強、福武英明(公益財団法人 福武財団理事長)、福武總一郎(公益財団法人 福武財団名誉理事長)、三木あき子(直島新美術館館長)、下道基行、安藤忠雄、ソ・ドホ、N・S・ハルシャ、サニタス・プラディッタスニー (前列左より)稲岡求(Chim↑Pom from Smappa!Group)、林靖高(Chim↑Pom from Smappa!Group)、岡田将孝(Chim↑Pom from Smappa!Group)、卯城竜太(Chim↑Pom from Smappa!Group)、エリイ(Chim↑Pom from Smappa!Group)、サンティ・アリエスティオワンティ(インディゲリラ)、ミコ・バウォノ(インディゲリラ) Photo: 近藤拓海 提供:福武財団
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