「アンゼルム・キーファー:Solaris」出品作品 アンゼルム・キーファー 《ライン川》 2023年 Photo : Nina Slavcheva © Anselm Kiefer

2025年、現代アートに何が起こるのか。『現代アートとは何か』などの著作をもつ小崎哲哉に聞くと、「時間」というキーワードが浮かび上がってきた。現代アートが見るだけではなく、読むべきものである以上、今年はこのワードを携えてみよう。彼は8つの展覧会を挙げ、解説してくれた。

阪神・淡路大震災30年 企画展「1995 ⇄ 2025 30年目のわたしたち」

節目の年であるだけに、同様の展示がたくさん企画されそうだ。その際、報道写真展であれば記録と記憶が眼目になるだろうが、アート展には自ずと違う視点が要請・期待される。
参加アーティストはバランスよく選ばれている。中では、動線上最初に配された田村友一郎が出色。震災の衝撃にとどまらず、1995年がどのような年であったかを、数字「95」と「波」をキーワードとしてアクロバティックに描いている。
能、野球、IT、池田満寿夫……と一見バラバラのモチーフを挙げるだけでは、それらがなぜ取り上げられ、どのようにつながるのか見当も付かない。だからこそ、謎が氷解したときのカタルシスは格別だ。現代アートが読解すべきテクストであるとすれば(それはほとんど現代アートの定義だが)、田村作品は理想的な例だと言えるだろう。

「1995 ⇄ 2025 30年目のわたしたち」展示風景

参考:田村友一郎《試論:栄光と終末、もしくはその週末 / Week End》2017年 インスタレーション

1995年の「波」は地震波だけではなかった。世界には、確かに大きな波が押し寄せていた。30年目のわたしたちは、いまもその波の中で生きている。

米田知子《震源地、淡路島》1995年 国立国際美術館蔵 ©Tomoko Yoneda/Courtesy ShugoArts

阪神・淡路大震災30年 企画展「1995 ⇄ 2025 30年目のわたしたち」
会期|2024年12月21日(土) – 2025年3月9日(日)
会場|兵庫県立美術館 企画展示室

没後20年 東野芳明と戦後美術

針生一郎、中原佑介と並んで「美術評論の御三家」のひとりとされた批評家は、阪神・淡路大震災の5年前に病に倒れ、10年後に他界した。20代のころから欧米に足繁く通った「トーノ」は、世界のアートの潮流を極東の島国にリアルタイムで伝えていた。
とりわけ交流が深かったのは「現代アートの父」とされるマルセル・デュシャンや、ネオ・ダダやポップ・アートの先駆者として知られるジャスパー・ジョーンズ。国内では、磯崎新、高橋康也、武満徹、唐十郎、横尾忠則らと領域を越えて交際した。

東野芳明 《According to Marcel #1》 1974年 個人蔵

美術館のコレクションから選ばれた出展作家は、デュシャンやジョーンズのほかに、エルンスト、フォンタナ、ダリ、ポロック、ラウシェンバーグ、ウォーホル、荒川修作、ホックニー……。いずれも戦後アートを代表するアーティストだ。東野と同様にデュシャンと親しく交わり、富山県美術館の設立にも大きく関わった瀧口修造の作品も見逃せない。

ジャクスン・ポロック 《無題》 1946年 富山県美術館蔵

東野の死去によって海外との回路は閉ざされ、日本のアート・シーンはデュシャン(および現代アートの本流)から遠く離れて現在に至る。本展はある種のタイム・マシンとして、20年の間に起こったことと起こらなかったことを明らかにするだろう。

没後20年 東野芳明と戦後美術
会期|2025年1月25日(土) – 4月6日(日)
会場|富山県美術館 展示室2・3・4

アンゼルム・キーファー:Solaris

2022年、キーファーは、サイトスペシフィックなインスタレーションをヴェネツィアのドゥカーレ宮殿で披露し、来場者の度肝を抜いた。水の都の歴史を、宮殿の天井にまで届く巨大キャンバス8面に、黙示録的な解釈と暗いタッチで描いた大作だった。
ギリシャ神話やゲルマン神話、旧約聖書やカバラ、戦争やナチ、リヒャルト・ワーグナーのオペラやパウル・ツェランの詩に材を取る巨匠は、若いころにリヨン郊外のラ・トゥーレットを訪ね、3週間ほど滞在している。ル・コルビュジェが設計したドミニコ会の修道院にして後期モダニズム建築の傑作だ。歴史に残る建築物への思い入れは、作品の主題へのそれと同じく、ことのほか強いに違いない。

アンゼルム・キーファー 《ラー》 2019年 Photo : Nina Slavcheva © Anselm Kiefer

京都で開催される個展の会場は、世界遺産の元離宮二条城。展覧会名の「ソラリス」はラテン語で「太陽」を意味するが、スタニスワフ・レムのSF小説や、同作を原作とするアンドレイ・タルコフスキーの映画も想い起こされる。作家は開催前のステートメントで、狩野派の金箔や谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』に触れ、光(と影)が主題であることを示唆している。芸術史、人類史、いや、46億年に及ぶ太陽の歴史が感じられる展示となるだろう。

アンゼルム・キーファー 《アンゼルムスここにありき》 2024年 Photo : Nina Slavcheva © Anselm Kiefer

アンゼルム・キーファー:Solaris
会期|2025年3月下旬 – 6月下旬
会場|京都 二条城

アート・オブ・ザ・リアル:時代を超える美術〜若冲からウォーホル、リヒターへ〜

鳥取県立美術館の開館記念展。同館は、アンディ・ウォーホルの「ブリロ・ボックス」5点(オリジナル1点とレプリカ4点)を約3億円で購入したことが話題になった。
1964年に作成された「ブリロ・ボックス」は、食器洗いパッドの包装箱を精確に模倣した立体作品。「なぜこれがアートなのか」と識者を悩ませ、例えば哲学者アーサー・ダントーは、この作品を目にしたことがアート批評に手を染めるきっかけのひとつになった。デュシャンによるレディメイドの影響下にあることは明らかだが、アート史的な価値は高い。他の美術館と作品を貸し借りする際にも使えるから、3億円は「安い買い物」と言うべきだろう。

アンディ・ウォーホル 《ブリロ・ボックス》 1968年 鳥取県立美術館蔵 © 2024 The Andy Warhol Foundation for the Visual Arts, Inc. / Licensed by ARS, New York & JASPAR, Tokyo G3679

若冲の名と現代アートの巨人ふたりの名が並べられている。不思議に感じたが、展覧会名から察するに「写実と抽象」「表象とその解読」という真っ当な主題が貫かれている。自前のコレクションに加え、他館から集められる総計180点ほどの作品は見応えがありそうだ。
若冲の「象と鯨図屏風」からリヒターの「抽象絵画(648-1)」までは約200年。時代を超えて共通するものとは何だろう?

伊藤若冲 《象と鯨図屏風》 上から右隻、左隻 六曲一双 18世紀 MIHO MUSEUM蔵[3/30-4/20展示予定]

ゲルハルト・リヒター 《抽象絵画(648-1)》 1987年 国立国際美術館蔵 © Gerhard Richter 2024 (26072024)

アート・オブ・ザ・リアル:時代を超える美術~若冲からウォーホル、リヒターへ~
会期|2025年3月30日(土) – 6月15日(日)
会場|鳥取県立美術館 企画展示室、コレクションギャラリー1・2

IDEAL COPY 「Channel: Musashino Art University 1968–1970」

プロジェクトごとにメンバーを変える覆面コレクティブ「IDEAL COPY」は、時代に何十年か先駆けていた。1988年の結成から数十年が経過し、時代がようやく追いついたと言えるかもしれない。コレクティブというありようだけでなく、作品も先駆けていたのである。
1993年に行われ、2021年に再実施された「Channel: Exchange」は、個人が所有する外国の硬貨をIDEAL COPY が作成した通貨と交換する「両替プロジェクト」。外貨のコインは紙幣と違って発行国以外では両替できない。社会システム上の不備を逆手に取った発想だが、現在では不要コインを電子マネーに換金するサービスが生まれている。そもそも多くの人々が、キャッシュレスで旅する時代になっている。

IDEAL COPY 《Channel: Exchange》 1993年– Photo: Takeshi Asano

武蔵野美術大学が運営するギャラリーで開催される本展では「武蔵野美術大学における全共闘運動の歴史を軸に、鑑賞者が事実と伝聞のはざまを行き来させ、思考する場を立ち上げる」という。半世紀以上前の状況を想像させるために、彼らはどんな仕掛けを施すのだろうか。「政治の季節」が時代を超えて出現するのだろうか。

αMプロジェクト2025–2026「立ち止まり振り返る、そして前を向く|vol. 1 IDEAL COPY「Channel: Musashino Art University 1968–1970」
会期|2025年4月12日(土) –  6月14日(土)
会場|gallery αM[市ヶ谷]

岡﨑乾二郎

絵を描き、立体をつくり、絵本を著し、批評を書き、キュレーションを行う。地域づくりや景観デザインを手がけ、建築展のディレクターを務める。コンテンポラリー・ダンスの公演に参画し、描画ロボットを開発し、芸術教育にも取り組む。これで兵器の設計でも行えばレオナルド・ダ・ヴィンチに匹敵する……いや、もちろん冗談だが、岡﨑乾二郎が稀に見るルネサンス的芸術家であることは間違いない。
岡﨑は2021年に脳梗塞に襲われ、右半身が麻痺する事態に陥った。すぐにリハビリテーションに取り組み、その間にドローイングを描き、ほどなくして執筆も再開する。幸いにも言語機能中枢が無傷だったからだが、だとしても驚異的な集中力と呼ぶべきだろう。
過去の代表作に加え、脳梗塞後の作品も展示されるというが、それだけでは「全貌」とは呼べない。作家の多面性を知るために、『ルネサンス 経験の条件』『芸術の設計―見る/作ることのアプリケーション』『抽象の力 近代芸術の解析』などの著作を読むことを薦めたい。数十年に及ぶ思索が、そこに詰め込まれている。

岡﨑乾二郎
But in truth, the first creatures were driven from the sea. They fled. That’s why so many of us get seasick. A mudskipper crawled onto the beach, raising its head. “Look,” he said, beholding the vast expanse. “Thousands of miles of flat nothing.”
Fish swim through water endlessly; no end to the water they swim. Birds fly through sky ceaselessly; no end to the sky they fly.
There is no reason. We skipped the light fandango, though in truth we were at sea. She said, “I’m home” leaving for the coast.
Darkness covered the empty earth; The Spirit hovered over waters. Let there be waters teeming with life, birds multiplying on earth. All that moves in sea and sky, each according to its kind, merely drifted through the world. Evening fell, then dawn broke.

2024年 Photo Ⓒ Shu Nakagawa

岡﨑乾二郎 *作品タイトル未定 2024年 Photo Ⓒ Shu Nakagawa

岡﨑乾二郎
会期|2025年4月29日(火・祝) – 7月21日(月・祝)
会場|東京都現代美術館 企画展示室 1F/3F

岡山芸術交流2025

2016年の第1回から3年ごとに開催され、毎回異なるアーティストがアーティスティック・ディレクターを務める国際展。今回はパリを拠点に各国で活動するフィリップ・パレーノが担当し、村上春樹の小説『1Q84』に登場するキャラクター「青豆」に想を得た「青豆の公園」を岡山市内で「展開」するという。全会場において鑑賞料は無料。
これまでの参加アーティストは、いわゆる「関係性の美学」の作家を中心とした世界標準的なラインナップ。今回は音楽家、映画作家、建築家、デザイナー、出版者、科学者、思想家も加わり、学際的・領域横断的な展示やイベントを行うらしい。
作家としてのパレーノは、アート史を踏まえた上で、映像、サウンド、立体、平面、テキストなど多数のメディアを駆使し、他ジャンルの表現者とも多くの協働を行ってきた。だからこの国際展は、パレーノを中心とした共同制作作品とも見なしうる。「個から集団(コレクティブ)へ」という、ここ数十年のアートの流れを象徴するスタイルとも言えるだろう。

©Okayama Art Summit 2025 Left: Photo by Andrea Rossetti

©Okayama Art Summit 2025 Right: Photo by Gautier Deblonde

岡山芸術交流2025
会期|2025年9月26日(金) – 11月24日(月)
会場|岡山市中心部 岡山城・岡山後楽園周辺エリア

ジャム・セッション 石橋財団コレクション×山城知佳子×志賀理江子 漂着

山城知佳子と志賀理江子はまったく異なるタイプのアーティストだ。山城は映像が主で写真が従。ときどきパフォーマンスを制作する。志賀は写真が主で映像が従。パフォーマンスは協働でつくる以外ほとんどやらない。山城は動的で熱い印象。志賀は静的でクールな印象。異なるというよりも、正反対とさえ言いうる作風だと思う。

山城知佳子 《チンビン・ウェスタン 家族の表象》 2019年 ヴィデオ:32分00秒 ⓒ Chikako Yamashiro. Courtesy of Yumiko Chiba Associates

志賀理江子 《Sadness》 2023年 ©Lieko Shiga. Courtesy of the artist

だが、活動拠点と主題を見ると共通点が浮かび上がる。山城は生まれ育った沖縄を拠点として「南西」を主題とする。志賀は移り住んだ宮城を拠点として「東北」を主題とする。南西と東北は首都・東京から見ると180度違う方向だが、どちらも「中心」と対極にある「周縁」であり、周縁であるがゆえの不当な仕打ちに苦しめられてきた。ふたりの作品は、中心に対する違和感と異議申し立てに満ちている。
今年は沖縄戦と日本の敗戦から80年。来年は東日本大震災から15年目の節目に当たる。アートは必ずしも政治や歴史を取り上げなくてもよいが、我々は誰もが政治や歴史の荒波に揉まれてきた。優れたアーティストは波の来し方を見据え、行く末を知るためのヒントを示してくれる。

ジャム・セッション 石橋財団コレクション×山城知佳子×志賀理江子 漂着
会期|2025年10月11日(土) – 2026年1月12日(月・祝)
会場|アーティゾン美術館 6・5階展示室

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