毛利悠子「Compose」 第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展 日本館 展示風景

東京の地下鉄の水漏れを駅員が応急処置する。果物に電気を流したら、果物は気まぐれな曲を奏でる。それを現代アートとしてヴェネチアに持っていったのが毛利悠子だ。今そこにあるささやかな危機や意外な驚きを目に見えるものにすれば、やがて世界はもっと大きな大事なことに気づいてくれる。そんな壮大な夢をみる。  

2年に1度、イタリアのヴェネチアで開催されるヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展も今年で60回目を迎えた。展示の一部が参加国ごとの固定のパヴィリオンで行われ、金獅子賞をめぐって競い合うことから、俗に「アートのオリンピック」などと書かれることもある。
日本は参加の歴史は古く初参加は第2回の1897年(19世紀だ!)。その半世紀以上後の1956年、メイン会場のジャルディーニ地区に吉阪隆正の設計による日本館が建設された。

ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展 日本館外観

今年のビエンナーレは4月20日から11月24日まで開催された。日本館(主催:国際交流基金)での展示について、ここではレポートする。今回選出されたアーティストは毛利悠子。毛利は東京の美術館では初の大規模個展となるアーティゾン美術館「ピュシスについて」(2025年2月9日まで開催中)の展示もこのヴェネチアでの展示の会期中にあるなど、今、最も引く手あまたのアーティストである。ヴェネチア日本館のキュレーションは毛利の依頼により、韓国出身のイ・スッキョンが担当した。日本人以外による日本館のキュレーションは初めてである。

展覧会のタイトルは「Compose」。comは「共に」を、poseは「置く」が原義だ。キュレーターのイ・スッキョンのステートメントから引く。

「コロナ禍の後、分断、争い、地球規模の課題や危機に直面する世界において、ばらばらになった人々があらためて共に置かれ、住まうことの意味を問いかける。人々はどのようにして〈危機〉において創造性を与えられるのか——それこそが、予期せぬ水漏れに立ち向かう駅員の姿を見た毛利が作品を着想するに至った背景にある。水漏れは完全に修復されることなく、フルーツはやがて朽ちてコンポストとなってゆく。しかし、こうした小さな営みにこそ、私たちの慎ましい創造性がもたらす希望の鱗片があるのだ。」

館内のあちこちに作品が点在しているので順路はない。作品のあいだを歩く。ビエンナーレ閉幕の2日前の11月22日に展覧会を訪れた。毛利の案内で作品を見ていく。

毛利 どちらも水に関するインスタレーションとなっています。ヴェネチアと聞いて、最初に思ったのはアクアアルタ(ヴェネチア都市内部への浸水)でした。そんな街で水を使ってなにかできたらと考え、2つの作品シリーズで構成しています

第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展 日本館会場にて、毛利悠子

その1つは《モレモレ》。東京の地下鉄の構内などでは水漏れが起き、その(当座の)対策として駅員たちがホースやガムテープ、バケツやペットボトルで水の流れを作り、乗客たちが濡れないように必死に修繕しているのを見たことがあるかもしれない。根本的な措置でもないし、しかもハリボテ感があり、美しいわけではない。だから通りすがりの人は目に入れないように、あるいは見たとしても無かったことにしがちだ。

毛利悠子「Compose」 《モレモレ:ヴァリエーションズ(Compose)》部分 2024年 第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展 日本館 展示風景

それを毛利は「ブリコラージュ」と捉える。意味は「寄せ集めて自分で作る」こと。美術で言えば、コラージュ、アッサンブラージュという手法に通じる。ヴェネチアや近郊のスーパー、ホームセンターなどで材料を買い集めそれで水漏れ回収の装置を作った。日本館の建物の中で作為的に水漏れを起こし、水を誘導する。即興的対応、ちょっと苦し紛れ的要素も入れ込みながら。

毛利悠子「Compose」 《モレモレ:ヴァリエーションズ(Compose)》部分 2024年 第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展 日本館 展示風景

そうやって出来上がったシステムはとても現代的で(現代アート的ではなくて)、運動的な(美術用語ではキネティックという)立体作品だ。美術的にはきっと彫刻に分類されるのだろう(彫刻って何?)。ともかく、水の都、水害に遭う街の片隅の小屋の中で水は循環し、毛利の仕掛けた道筋に沿って流れる。気候変動がしばしば起こり、地震による津波などもあり、世界各地で洪水などのニュースが届く現代の世相を思い起こす。

会場を訪れたイタリア人の小学生くらいの女の子が「なんて、きれいなの」とつぶやいていた。彫刻作品としてのシェイプなどが美しいかどうかではなく、伝う水の流れなどを見て、その全体の様子の楽しさに感動していたのだろう。

毛利悠子「Compose」 第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展 日本館 展示風景

光と音、そして甘い香りの作品

もう1つの作品シリーズは《Decomposition》だ。光や音の信号を送るケーブルの途中に電極を差した果物がある。果物は導体ではあるが、種類、大きさ、水分・糖分含有量などによって電流の通りやすさが異なる。つまり抵抗値が変わる。また、収穫から間もない時点と少し経ってからだとその値も変わってくる。乾燥し水分量が減れば電流は通りにくくなるだろうし、また腐敗が進むことによる変化があるようだ。

毛利 果物は近所のガリヴァルディ通りにある八百屋さんからちょっと傷んだものを安く仕入れてました。時間とともに果物は腐敗したり乾燥したりするわけですが、それは電流の流れに関して、思った以上の変化が現れます。サーキュレーターが揺れていたりしますが、そういうものもヴェネツィアで買い集めたもの。シンバルはインストールを手伝ってくれたスタッフが持ってきてくれたものだったり。

毛利悠子「Compose」 《Decomposition: Compose》部分 2024年 第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展 日本館 展示風景

会場には果物の甘い香りが漂い、音楽が流れ、電球の明るさは不安定だ。金属のように一定の数値で安定している導体ではない有機体の果物はまるで生きていることを主張しているようにも思える。果物は最後は堆肥容器に廃棄され、パヴィリオンのあるジャルディーニ地区の植物の肥料にするという。

毛利 果物の抵抗値を測ってみたのは20年くらい前、岡﨑乾二郎さんのところで、毎週、実験する機会があったときのこと。電子基板上に配置されている抵抗にはそれぞれその値を示すカラーバーがあって、バナナのシェイプがその形状に似ていたので、バナナに電気を通して、その抵抗値をカラーバーで表現してみようと思って始めました。ところが抵抗としてのバナナは数値が刻々と変化していって、カラーバーで表現できないじゃんってなりました。

毛利悠子「Compose」 《Decomposition: Compose》部分 2024年 第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展 日本館 展示風景

電子工作をしたことのある人なら、電流の制限、電圧の分圧などを一定に保つ電子部品である抵抗器を知っていると思うが、バナナをそれに見立てたようだ。抵抗器はそれぞれに一定の抵抗値を持つことで機能するが、その抵抗値は数字ではなく、シンプルにカラーバーで記されていて、それを読み解くことで抵抗値の数値を知る。バナナにカラーバーを付けようとした目論見は外れたということだ。

毛利 そんなことがあって、しばらくしてコロナになって、海外で展覧会ができなくなったとき、フルーツだったら世界中どこでも入手できるし、自分が行かなくても、この変化していく作品が出来ることに気づき、2020年に遠隔で展示を始めました。

展示に使ったオーディオ装置やアンティークのスピーカーは日本で集め、送ってきたものだが、果物がのるテーブルなどの家具はヴェネチアで集めたもの。

毛利悠子「Compose」 《Decomposition: Compose》部分 2024年 第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展 日本館 展示風景

毛利 廃業したホテルから業者が一括で買い取って、きれいに直してドイツに売るものの一部なんですけど、その修理する大工さんと仲良くなって、直す前に売ってもらったりしました。中古家具屋から来たものもあります。

4月から11月という長い会期の中、平均して毎日6,000〜7,000人もの人がこの毛利の展示を見に訪れたという。毛利としてはこれほど多くの人に見てもらった展示はないと話していた。

毛利 長い展示で、準備していた頃は永遠に続くような気がしていました。もう終わっちゃうと思うとなんだか寂しいですね。

日本館の床が開放された稀な展示も見どころだった。
毛利悠子「Compose」 《Decomposition: Compose》部分 2024年 第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展 日本館 展示風景

毛利悠子「Compose」

会期|終了[2024年4月20日 – 11月24日]
会場|カステッロ公園内 日本館[ヴェネチア、イタリア]  

 

■この記事は「anonymous art project」の助成により制作しました

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