AWT FOCUS「⼤地と⾵と⽕と:アジアから想像する未来」 会場外観(⼤倉集古館、東京) Photo by Kei Okano. Courtesy Art Week Tokyo.

年に一度の現代アートイベント、アートウィーク東京(AWT)が開催された週末。現存する日本最古の私立美術館として知られる大倉集古館は今年も「AWT FOCUS」の会場となっていた。第2回となる今年は、森美術館館長であり国立アートリサーチセンター長を兼任する片岡真実氏が監修しており、掲げられたテーマは「大地と風と火と:アジアから想像する未来」。大地、風、火、水、木など森羅万象を構成する要素と、そしてその循環を生む自然の摂理や不可視のエネルギーといった観点から世界を見ようとするアジア的世界観を起点に、さまざまな多様性が共存する未来を考えようという取り組みだ。この展覧会に関連して企画されたちょっと変わったガイドツアーを覗いてみた。

朱色の柱と窓枠、白い壁などの意匠が東洋を感じさせる外観の大倉集古館。やや暗い館内、展示作品のバックボードは黒、照明器具もどこかアジアを思わせるデザインのもので統一されている空間に、インパクトある興味深い作品がぎっしりと展示されていて、さまざまな年代の鑑賞者が作品とゆるやかに向き合っていた。

AWT FOCUS「⼤地と⾵と⽕と:アジアから想像する未来」 展⽰⾵景(⼤倉集古館、東京) 
Photo by Kei Okano. Courtesy Art Week Tokyo.

この会場で企画されたキッズ・ユース向けガイドツアーとワークショップ。AWTの教育プログラムは特定非営利活動法人アーツイニシアティヴトウキョウ(AIT/エイト)が企画協力を行っている。小学生向けガイドツアーは、通常時からガイド役をしている経験豊富なメンバーが担当するが、中高生相当向けのツアーは、参加者とほぼ同世代の大学生がガイド役を務める企画とのこと。彼らは鑑賞ガイドとしての専門的なトレーニングを受けているわけではないが、アートに関心を持ち、これまでも都内の美術館等のユースプログラムに参加した経験を持つメンバーだ。

昨年に引き続き、特に小学生向けのガイドツアーはすぐに定員が予約で埋まるほどの人気ぶり。参加している子どもたちは、美術館にはあまり縁がないものの図画工作や美術の授業が好きな子、写真を趣味にしている子などさまざま。一緒に参加していた保護者からは「博物館などと違って美術館では子どもとどんな会話をしたらいいか、よくわからないんです」「リアルに本物に触れて、解説もしてもらいながら好きなように考えることができる機会をあげたいと思って参加しました」という声が聞かれた。そのような期待は中高生向けのツアーにもあるだろう。期待に応えるべく、ガイド役を務める大学生は、どんなガイドツアーに仕立てるのだろうか、彼ら自身は何を考えてこの機会に取り組み、どんなことを感じるのだろうか。



今回のキッズ・ユースプログラムのテーマは、「アートがもつエネルギーってなに? 作品をよーく観察して、自分や作家の『こころ』の動きを探ってみよう」だ。作品にじっくりと向き合い、自分のこころの動きや感じ方に気づくことで深い観察のしかたを体験してもらい、自由な発想や想像力を引き出して、作品が持つ「見えないエネルギー」を感じるとすればそれが何なのか、さまざまに想像を膨らませてもらうねらいとのこと。今回のガイド役を務めた3人の大学生は、このテーマと片岡氏の展覧会の企画意図をこのガイドツアーの企画主催者から伝えられている。そこからどのように参加者と向き合い、説明し、語りかけるのかについては、本人たちの自由な解釈を入れながら、参加者から多層的な声が浮かび上がるような工夫をする。

ツアーが始まった。ガイド役の3人は、中学生から大学1年生までの6人の参加者たちに向けて、「作品を見るということ」はどういうことか、話していく。普段見過ごしがちな細かいところ、視点を変えて想像してみると気づくこと、そういったものを普段よりもちょっとだけよく観察してみよう。自然の事象やこころの中の目に見えない力、エネルギーも感じてみよう。学校の授業でやっているような鑑賞とは違って、自由に自分の感じ方や見方で作品と接してくれればいい、その作品を作ったアーティストの感情や背景にあるものって何かも想像しながらね。緊張の色がやや見えるものの、にこやかに「友達、仲間との会話」のような雰囲気作りをしようと意図した語りかけをしている。

展示会場ではガイド役が自分の気になった作品を前に、最初にそれを見たときにどんな印象を受けたのか、なぜ自分がその作品が気になったのか、作品の歴史的背景にも触れながらゆっくりと皆に伝えていく。子どもたちの反応はそれぞれ。ガイド役は問いかける。皆さんはどんな気持ちになりますか? 何かエネルギーを感じますか? 参加者のさまざまな発言を仲の良い友達のように肯定し受け止め、笑い、重ねてまた聞いていく。みんな、自由に感じていいよ。どれも正解だよ、安心して。そう語りかけているようにも聞こえる。

それぞれが選んだ「気になった作品」の前で順に、どうしてこの作品のことが気になったかを説明する。
ガイド役のひとり、藤原さんは トーマス・ルフ《d.o.pe.07 III》2022年 の前にて。

「この作品の視覚的な魅力は、素材そのものが持つ美しさを際立てているところ」と語りかけるガイド役の大石さん。
菅 木志雄《通間風合》2009年 の前にて。

作品のタイトル「通間風合」からは「風が木々の間を通り抜けていく情景を思い浮かべた。風が静かに木々の間を通り抜ける瞬間や、木々が時間の中でゆっくりと変化していく様子が頭に浮かび、自然のエネルギーや時の流れが作品全体に込められている」と感じたと説明していた。

AWT FOCUS「大地と風と火と:アジアから想像する未来」(監修:片岡真実)出展作品
ヘリ・ドノ《The Two Generals》2016年  Photo by Reynov Tri Wijaya. ©︎ Heri Dono, courtesy Mizuma Art Gallery.

ツアー参加者の反応が大きかった作品の一つ。ある参加者からは「一見悪に見えるけど、悪になりたくてなっている訳ではない」、「絵の中の怪物の胸に注目して、その怪物が操られていると感じた」との感想。ガイド役の藤原さんからは、その参加者との対話を通じて、「牙が生えていたり眼が多くある怪物で人間離れした悪だという全体を見た印象と、操縦席にも感じる胸元など詳細を観察した印象に大きな差が出る作品だと改めて感じた」とのこと。

この後参加者は自由に作品を見て回り、ガイド役はそれぞれに「何が見える?」「これなんだろうね」と声をかけていく。参加者はオリエンテーションで渡された「こころのかんじかたをみつけるノート」というワークシートに作品を見て気づいたことを書きこんでいく。シートには「ひとつの絵、かたち、色、音を5分間、じっくりみて、きいてみよう。いちばんはじめにみたときと、なにが変わった?みつけたことを書いてみよう」とある。

鑑賞しながら書き込まれた「こころのかんじかたをみつけるノート」。

鑑賞後、ワークシートや図録を見ながらそれぞれ整理をし、順に発表の時間。気になった作品は皆それぞれ。思いもよらぬ感想が飛び出す。ガイド役の3人はそれをそのまま一つ残らず拾い受け止め、フォローし、さらにこういうことかなあ、と投げかけて参加者の言葉を引き出そうとする。参加者も次第に自分の感じたことについての解像度が上がっていくのを感じている様子。ガイド役は教えようとしているのではなく、感じたことをお互いに素直に話しあうことを楽しもうとしていた。そして何か共通の認識を見つけようとする感覚を大切に共有しようとしている。とても印象的な時間だった。プロフェッショナルによるものとは違った、同世代同士ならではの対話がそこにはあった。

発表の場をファシリテートするガイド役の3人。

思い思いの感想を発表する参加者。

プログラムが終了した後、ホッと一息ついているガイド役の3人に話を聞いた。


——どんなことを考えながらガイドしていた?

「お互いに共感できる何かを作品を通じて見つけることができたり、普段の学校生活ではなかなか気づくことのないエネルギーみたいなものを今日この展覧会を通じて感じてくれたり、またその感度が上がってこれからの生活の中で活かせるようになってくれたらいいなと思っていました」
「自分と同じ時代を生きて同じように生活の中で感じるエネルギーのようなものを表現しているから、現代アートっておもしろいと思っています。何かいろんなエネルギーをもらえるんですよ。ポジティブな方向で。ただ現代アートの鑑賞授業なんて学校ではなかなかないじゃないかと。だから今日はそんないい機会になればと思っていました。何かを習うのではなくて、交流するような感覚で作品と向き合えばいいし、見る側がどう捉えたいかで意味も変わってくるから、それを楽しんでほしいなと」



——これからもこういうことをしていきたい?

「また機会あればチャレンジしていきたいしもっとうまくやりたい。話すことで自分の感覚を整理できるし、何よりも自分が感じたことを伝えるのが楽しい。今回は同年代相手だったが、年齢が離れている人たち相手の方が、生きている背景が違うので考えも違うのが当たり前だから、むしろやりやすいと思う」
「できればもう少し長く、2〜3時間のツアーをやってみたい。もっとじっくり見てもらいたいし、こちらが話しかける時間とは別にひとりで見る時間をしっかりと確保してあげたい」
「スケールの大きな作品、インスタレーションなどでもこういった企画をやってみたいし、障がいのある人たちを対象にしたプログラムにもチャレンジしたい」


彼らの意図は明快だった。そして彼らのガイドツアーは想定以上に大きな何かを参加者との間で共有できていたように感じた。参加者も保護者も満足そうな表情で帰っていった。彼らはアートを媒介にして対話することで、他の人の考えを排除することなく受け入れ、より広い視野を持つようになれると考えている。そしてそれをこのプログラムの中で実践していた。知識量や経験だけでは測れない想いが彼らにはあり、それが十分に参加者に伝わっていた。むしろ彼らだからこそ伝わったものもあるのかもしれない。

ガイド役を務めた3人。左から向井綾太さん、藤原伊織さん、大石彩加さん。大学では西洋美術史、東洋古代史、アートマネジメントを専攻。普段から美術館にはよくいくそうだが、今回のようなガイド役は初めて。

今回のガイドツアーを企画者の一人であるAITの堀内奈穂子さんは言う。
「AITで企画する鑑賞プログラムでは、多様な参加者が交ざり合って作品を観察する場を作るということををとても大切にしています。作品の感想をお互いに共有することにとどまらず、それぞれの考え、感覚、視点など、いわば生き方そのものが交歓され、そこに偶発的な『知』や作品の新たな『批評』や『解釈』が生まれることを期待しているのです。今回の企画では、ガイド役自身も『多様な参加者』の一人になってもらおうと考えました。ガイド役は初めての経験だったとはいえ、普段大学で学んでいることや関心領域、社会への視点、趣味など、彼らの経験と結びつけて作品の解説をしていただくことで、ツアーに参加する同世代の鑑賞者にとってより共感が生まれやすかったり、それがきっかけでアートをいろいろな視点で見てみようという好奇心につながるきっかけになったりすればと考えたからです」

ツアーの当日、偶然にも素晴らしい出来事もあったと言う。
「ガイド役の一人が解説していた作品を制作したアーティストご本人がその近くにいたのです。ガイド役が『何に見える?』と参加者に呼びかけると『チーズみたい!美味しそう』などという反応が。それを受けてガイド役の向井さんが、身近な話題から広げていきながら、なぜ自分がその作品が気になって皆に紹介するに至ったか、自分なりの解釈を語っていたのをそのアーティストが聞いていたんですね。アーティストご自身は月をモチーフに作品を制作展示されていたのですが、自分の作品が多様な理解で語られていることに非常に感激していました」


彼らが共通して言っていた、年齢が離れている方がアートを通じたコミュニケーションを取りやすいという意見も興味深い。自分とはむしろまったく異なる背景、生きている環境や経験といったものを持つ人とも共通点を見つけ認め合うことができる。AITの堀内さんも、作品を一つの解釈や解説だけに固めず、時代や場所の変化とともに新たな感覚で鑑賞を行うことで、歴史的な作品と現代の共通性を発見したり、ひいては自己と他者について深い理解をうながしたり感覚を揺さぶるツールになったりすると考えている。

そんな意味でも美術館という場所は、単に作品を鑑賞する、知るというだけでなく、人の生き方や思考のアーカイヴを体感できる、さらには生きるエネルギーをもらえる場所になりうるのだろう。会話の中でガイド役の3人は、美術館が人の心の処方箋として機能する可能性にも触れていた。ユース向けだけでなく、すでに社会に出て活躍する世代へも通用するプログラムが実践可能なのではないかという期待も感じる。実社会では組織内の円滑な意思疎通、世代間のコミュニケーションギャップなどを課題に抱える組織人は多い。アート思考の活用が話題に上がる昨今、そろそろアートの効能と実践にも目を向けてもいい頃合いなのかもしれない。





アートウィーク東京(AWT)
AWT FOCUS「大地と風と火と:アジアから想像する未来」(監修:片岡真実)

 

会期|2024年11月7日(木) – 11月10日(日) 〜 会期終了
会場|大倉集古館1・2階(港区虎ノ門2-10-3)
開室時間|10:00 – 18:00

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