とりわけ西洋美術の展覧会はコロナと戦争と円安に大打撃を受けた。中止や延期、経費の高騰、入場制限、予約の強制…。問題は何一つ解決してないとも言えるけど、展覧会に限って言えば、ここへ来て少しだけ良い兆しが見えているのではないか。さまざまな仕組みに支えられ、多くの人たちの尽力で我々は芸術に触れることができていることもわかった。ありがたいこと。さあ、今年も貴重な作品をせっせと見に行こうではないか。
レオポルド美術館 エゴン・シーレ展 ウィーンが生んだ若き天才
グスタフ・クリムトに会ったとき、17歳だったエゴン・シーレは自分で描いた素描を数枚見せてこう訊いた。
「僕には才能がありますか?」
クリムトはシーレにとっては父親の世代、すでに画家として大成していた。巨匠は答える。
「才能? ありすぎる。君はもう私より多くを知っているではないか」
長きに渡り、その地ウィーンをも拠点として支配したハプスブルク家が崩壊した1918年。奇しくもその年、クリムト55歳、シーレ28歳で亡くなった。
二人の出会いから10年強の時間が重なっていた。
シーレを語るとき、クリムトを引き合いに出してしまうのは、二人があまりに対照的であること、シーレの活動した時間の短かさからの必然のようなものだ。
ともに優れた素描画家だったが描く線はあまりに違う。クリムトの線は素朴で柔らかい。眠る女性の絵など思い出してほしい。一方、シーレが描く人物はこちらを凝視する。その目力にも慄(おのの)くが、その人物を空間に存在させている線の強さよ。
それぞれ、性に関心は高い。しかし、クリムトにとって、性は装飾的な絵画の中に包み込むものであるのに対して、シーレはその反対を行く。着ているものを剥ぎ取り、背景など不要、人間だけをむき出しにさせること、裸にすることこそ性を描くことだと結論しているかのように。
装飾か剥き出しか。人物に限らず、それぞれの描く植物をあらためて見れば、そこにも現れている。
シーレの生きた時間、遺した作品、同時代の画家たちはじめ周囲の人々との数奇な出会いなど語るとキリがない。
迸(ほとばし)り、飼い慣らせない才能というものがどういうものか。シーレはウィーンの美術学校に最年少で入学したものの、学校教育の保守ぶりに失望し、退学し、仲間たちと芸術集団を立ち上げた。しかし、常軌を逸した創作活動から、逮捕されるまでに至ってしまう。才能はその持ち主を生き急がせるようだ。それらを見ていると、自身の中に才能というのたうち回る猛獣を宿しているような者を天才と呼ぶのだろうが、そんな人間の壮絶さを思わずにいられない。
およそ220点のエゴン・シーレの作品を所蔵するウィーンのレオポルド美術館から、50点の作品が来日する。日本ではなんと30年ぶりの大規模展だそうである。展覧会ではシーレのほかにもグスタフ・クリムト、リヒャルト・ゲルストル、オスカー・ココシュカらの優品も紹介する機会となる。
レオポルド美術館 エゴン・シーレ展 ウィーンが生んだ若き天才
会期|2023年1月26日(木) – 4月9日(日)
会場|東京都美術館 企画展示室
■日時予約制
ブルターニュをめぐる2つの展覧会
ブルターニュはフランス北西部にあり、北西に向かって突き出した半島である。半島らしく幾多の数奇な歴史を刻み、それゆえ独自の文化を築いたこの土地に19世紀後半から20世紀、外国人を含め多くの画家が訪れ作品を残してきた。
たとえばポール・ゴーガン。「原始的なもの」へ憧れを抱き、最後はタヒチにまでたどり着くことになる彼だが、それ以前、ブルターニュに向かい、ポン=タヴァンに滞在した。エミール・ベルナールやポール・セリュジエらと出会い、新たな展開を見せることで、この小さな村の名前は「ポン=タヴァン派」として、近代絵画史上に名を刻まれることになる。
国立西洋美術館の「憧憬の地 ブルターニュ―モネ、ゴーガン、黒田清輝らが見た異郷」は「松方コレクション」を筆頭に、国内の美術館や個人コレクションなど30か所からブルターニュをモティーフにした作品およそ160点を集め、それを描いた画家たちがこの「異郷、辺境」に求めたもの、見出したもの、描きたかったものは何だったのかを探っていく。
19世紀末にこの地を訪れた黒田清輝はじめ、日本の画家たちも足を運んでいる。彼らにもスポットを当てる稀有な展覧会となる。
ブルターニュ半島最西端にあるカンペール美術館はポン=タヴァン派以前、以後の作品を幅広く収集する。SOMPO美術館「画家たちを魅了したフランス〈辺境の地〉ブルターニュの光と風」はこのカンペール美術館の作品を中心に、45作家、およそ70点の作品がブルターニュという地を彩る。
どこまでも蒼き海、切り立った断崖が続く海岸線、陸地といえば厚く深い森と草原が織りなす土地、そんな地で生きる人々の慎ましい生活と敬虔な信仰心。画家たちを魅了するのも大いに頷ける。
憧憬の地 ブルターニュ ― モネ、ゴーガン、黒田清輝らが見た異郷
会期|2023年3月18日(土) – 6月11日(日)
会場|国立西洋美術館
ブルターニュの光と風 画家たちを魅了したフランス〈辺境の地〉
会期|2023年3月25日(土) – 6月11日(日)
会場|SOMPO美術館
マティス展
20世紀美術、最大の巨匠の一人。フォーヴィスム(野獣派)を生みだし、この純粋な色彩と形態による絵画様式によって、美術史に燦然と名を刻む画家。
マティス作品のコレクションでは世界最大規模を誇るパリのポンピドゥー・センターからおよそ150点の名品がやってくる。点描による作品、《豪奢、静寂、逸楽》は今回が初来日だ。
絵画はもちろんのこと、彫刻、ドローイング、版画、さらに「ハサミで描く」切り紙絵を展示する。
絵を見る楽しみとして《赤の大きな室内》を例に挙げて見てみよう。1946年から1948年にかけて集中的に描かれた、ヴァンスのアトリエの1点だ。絵画、テーブル、椅子、敷物、鉢植え、花瓶等がそれぞれきっちり2点ずつ描かれているが、それらはモノクロームとカラー、クラシックとモダンなど対比的である。色鮮やかに描かれた空間に仕込まれた緊張感。画家の巧んだことを発見、解釈する悦びが湧き上がる絵だ。
さらに、マティス自身が生涯の創作の集大成と位置づけ、晩年の最大の傑作となった南仏ヴァンスのロザリオ礼拝堂に関する資料も公開される。
マティス展
会期|2023年4月27日(木) – 8月20日(日)
会場|東京都美術館 企画展示室
■日時予約制
テート美術館展 光 ― ターナー、印象派から現代へ
色彩の決定が光の反射による作用である以上、色と形で構成される絵画は光の芸術と言えるだろう。天と地を創造した神が「光あれ」と言うと光があった。世界を創造することと絵画を成り立たせることは同様なのだ。
イギリス近代美術史を彩る重要な画家たち、たとえばジョセフ・マロード・ウィリアム・ターナーやジョン・コンスタブルらの風景、クロード・モネをはじめとする印象派の画家たちの仕事を思えば、なるほど、画家たちもまた「光あれ」と言ったのだろうと想いを馳せずにいられない。
時代も地域も超えて制作された約120点の作品を見る。モホイ=ナジ・ラースローの映像作品やバウハウスの写真家たちの実験や仕事。現代作家からはブリジット・ライリー、ジェームズ・タレル、オラファー・エリアソン、草間彌生らの作品を展開する。
テート美術館展 光 ― ターナー、印象派から現代へ
会期|2023年7月12日(水) – 10月2日(月)[予定]
会場|国立新美術館 企画展示室2E
巡回|大阪中之島美術館 2023年10月26日(木) – 2024年1月14日(日)
ルーヴル美術館展 愛を描く
「ルーヴルには愛がある」というキャッチコピー。これには2つの意味が含まれる。一つは「愛」は芸術の永遠のテーマであり、芸術の殿堂であるルーヴル美術館には当然ながら「愛」が溢れているということ。その目であらためてルーヴルをキュレーションする試みは興味が尽きない。
ギリシア・ローマ神話の神々たちの奔放なまでの「愛」は私たちを困惑させるほどだが、それゆえ偉大な作品が生み出された。神々の「愛」もあれば、人間の日常生活を描く風俗画には、特別な誰かに捧げられる人々の情熱や欲望、官能的な悦び、苦悩や悲しみが、様々に描かれている。さらに宗教画においては、神が人間に注ぐ無償の愛、そして人間が神に寄せる愛があり、聖家族のありよう、宗教者の受難や殉教も、象徴的に表される。
「愛がある」もう一つの意味は「LOUVRE」という名前に、ほら「LOVE」の文字が隠されているでしょうということ。
そんなルーヴル美術館の膨大なコレクションから74点の絵画を厳選し、愛を浮き彫りにしていく。16世紀から19世紀半ばまでの名画によって、さまざまな愛の表現をひもとくキュレーションに期待したい。
ルーヴル美術館展 愛を描く
会期|2023年3月1日(水) – 6月12日(月)
会場|国立新美術館 企画展示室1E
永遠の都―世界遺産ローマ展
ローマのカピトリーノ美術館のコレクションを中心に、ローマ2000年の歴史を紹介する展覧会となる。
カピトリーノ美術館は、古代ローマの起源となった七つの丘のうち、もっとも神聖な場所として、最高神ユピテルらの神殿がおかれたカピトリーノの丘に建つ。ローマの中心にあり、1471 年に当時の教皇シクストゥス 4 世が、教皇庁に保管されていた古代ブロンズ彫刻 4 体をローマ市民に寄贈したことにこの美術館の歴史はさかのぼる。のち、16 世紀には、ミケランジェロがこの丘の上にカンピドリオ広場を設計し、バロック都市計画の先がけとなった。
本展はおよそ70 点の作品を通して、古代からローマが西洋芸術の中心地であった19世紀初頭までの歴史をたどっていく。
今からちょうど150年前、日本の明治政府が派遣し、アメリカ、ヨーロッパ、アジアを巡った「岩倉使節団」(1871年〜1873年)がカピトリーノ美術館を訪ねた。岩倉具視を全権とし、木戸孝允(桂小五郎)、大久保利通、伊藤博文ら政府首脳陣、中江兆民、津田梅子ら留学生を含む総勢107名で構成された使節団の派遣は、のちの日本の博物館施策に大きな影響を与えることになった。
永遠の都―世界遺産ローマ展
会期|2023年9月16日(土)- 12月10日(日)
会場|東京都美術館 企画展示室
巡回|福岡市美術館 2024年1月5日(金)- 3月10日(日)[予定]
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