神山 典子さん(広報プロデューサー)
神山 典子(こうやま のりこ) 英国留学を経て『WIRED』日本版の立ち上げ期に参画。その後、音楽家・久石譲氏のマネージャー兼広報を経てダイソンへ。ダイソンでは20年にわたり広報に携わり、APAC領域のPRディレクター等を歴任。その後Apple Japanを経て、現在デジタル庁にてPRユニット長として広報業務等に関わる。趣味は愛犬とのアジリティと講談鑑賞。
「あなたは頑張っても…」と言われた日のこと
私のキャリアの起点をひと言で表すなら、「迷いと想定外の連続」でした。学生時代に日本文学を専攻していた私は、言葉や文章の世界に魅せられ、将来は当然のように編集者になるものだと信じて疑いませんでした。英国留学を経て、運よくテクノロジーカルチャー誌『WIRED』日本版の立ち上げ編集部に足を踏み入れることができたものの、当時の上司から突きつけられたのは「神山さん、あなたは頑張っても一流メディアの編集者になるのは難しいかもしれない」という言葉。20代の私には残酷な一言でした(笑)。
自分の目指していた道が一瞬で崩れ去り、失意の底にいた私に訪れたのが、作曲家・久石譲さんの事務所でマネージャーとして働く機会でした。
当時はまだ「広報(PR)」という職種自体、世間での認知度が低い時代です。しかしアーティストのすぐそばで、まだ目に見えない音楽や作品の思想を言葉にして世の中に届けていく。その裏方としての仕事に、私はこれまでにない深い面白さと可能性を覚えました。迷いの中、手探りで見つけ出したその道こそが、PRパーソンとしての第一歩となったのです。
20年を捧げた「デザインエンジニアリング」の衝撃
その後、当時はまだ日本に本格上陸する前だったダイソンから、広報のオファーが届きます。エンタメの世界にいた私にとって、最初は「え……掃除機?」と困惑する気持ちもありました。
ですが、「デザインエンジニアリングとは単に見た目を整えるのではなく、技術で新しい体験を生み出し課題を解決すること」という同社の揺るぎない哲学と、それを推進する強い意志に触れ、考えが変わりました。さらに創業者のジェームズ・ダイソンさんが、日本の技術力や細部へのこだわりを理解する日本の消費者に強いリスペクトを払っていることを知り、私の中の迷いは完全に消えました。
通常、メーカーではマーケティングが強い権限を持ちがちですが、ダイソンは何よりもエンジニアを最優先する組織でした。ひとつのプロダクトがゼロから立ち上がり、泥臭い試行錯誤を経て世に出る現場を間近で見届ける——その体験は、私のキャリアにおける真の財産となりました。
気づけば20年が経ち、私の役割も日本国内からAPAC(アジア太平洋)全体を統括するポジションへと広がっていました。しかし、50歳という節目を迎えた時、ふと立ち止まったのです。「組織が完成し、仕組みが出来上がった中で、私がこれから本当に求めたい挑戦とは何だろう?」と。
“完成された場所” を飛び出し、未知の「デジタル庁」へ
次に選んだのはAppleでした。世界最高峰のブランドで最新の製品やサービスに触れる日々は刺激的でしたが、2年ほど経つと、心の中に言葉にできない「違和感」が生まれ始めました。仕組みが完璧に整った環境に身を置く中で、「自分が本当にエネルギーを注ぎ、イチから価値を構築できる場所はどこだろう?」という葛藤が芽生えたのです。
そんな中で出会ったのが、設立されて間もない「デジタル庁」の話でした。外資系の世界で生きてきた自分が行政で働くなんて、考えたこともありません。しかし、そこにあったのは既存の省庁ではなく、まさに「スタートアップ」としてのデジタル庁でした。組織づくりやコミュニケーションのあり方そのものに自分自身で関わることができる——そう直感した私は、わずか2年在籍したAppleを去り、行政という未知の世界へ飛び込む決断をしたのです。
日本の組織の洗礼と、もう一段深い「多様性」への理解
デジタル庁での日々は、外資系とはまるで異なる「行政組織の文化」に直面することになり、試練の連続でした。課題やトラブルが山積する中、目の前の問題に対して「目的志向」と「効率性重視」で突き進んできた私は、行政ならではのカルチャーになじむことや、自分の立場を創り出すことに苦労しました。「なぜこの時代にこれほど入念な根回しや対面の付き合いが必要なのか」と困惑することもありました。
ですが、その試行錯誤の中で、私はPRパーソンとして非常に重要な気づきを得ることになります。「本当の意味での『多様性(ダイバーシティ)』とは、国籍豊かな外資系の中だけに存在するのではなく、まさにこうした日本の組織にこそあるのではないか」と。
外資系では国籍や性別が違っても、ロジックや価値観という思考のフレームワークは皆驚くほど共通していました。しかし、デジタル庁にはさまざまな背景や異なる優先順位を持った人たちが集まっています。これまでのように「論理的に正しい解決策」を提示するだけでは、人は動かない。相手の背景にある複雑な組織事情や立場、そして感情にまで解像度を上げて向き合わなければ、本当の合意形成は生まれないと思い知らされたのです。
「言葉の奥にあるもの」—愛犬と娘が教えてくれたステップアップ
PRパーソンとして、人々の声をさらに深く「聴く」こと。その感覚をより研ぎ澄ませてくれたのが、デジタル庁での経験と、愛犬との向き合いでした。愛犬と一緒に深いコミュニケーションを取りたいと思い、障害物競技である「アジリティ」のスクールに通い始めた時のことです。自分なりに愛犬を観察し、的確な指示を出しているつもりだった私に、トレーナーさんはこう言いました。
「神山さんは犬の動きを観察しているけれど、パートナーであるハンドラーとして、もっと犬の声を聴き、感情まで読み解く必要がありますね」
ハッとさせられました。私は自分のペースや「こうさせたい」という目的を優先するあまり、声を発しない犬が体全体で発している微細なSOSや感情のニュアンスを見落としていたのです。それは「指示を出すための聴き方」であって、「心を通わせるための聴き方」ではありませんでした。
その瞬間、ある苦い記憶がつながりました。娘がまだ小学校低学年だった頃、大雨の日に最寄り駅から「雨がすごくて歩けない、助けて」と電話がかかってきたことがありました。仕事の合間だった私は「泣いてないで頑張って歩いて帰りなさい、近いんだから」と、正論と解決策だけを伝えて電話を切ってしまったのです。横で見ていた部下に「神山さんって、仕事と同じ話し方を、お嬢さんにもなさるんですね」と言われたあの日の言葉。それがアジリティの現場で、何年もの時を超えて一本の線で繋がりました。
それまでの私は、仕事でもプライベートでも「目的志向」や「課題解決」を優先する聴き方をしていました。しかし、相手が本当に求めていたのは、効率的な答えではなく「まず自分の気持ちを受け止めてもらうこと」だったのだと気づかされたのです。
「前段広聴、後段広報」—— 進化を続ける広報の境地
目的志向で駆け抜けてきたキャリアを経て、組織や愛犬、家族との対話を通じて「聴く」ことの解像度が上がった今、私はPRパーソンとして確実に一歩前に進めたと感じています。自分の意見や解決策を提示する前に、まず相手の表情や言葉の背景にあるストーリーにじっくり耳を傾け、相手の立場になって考える。
広報の世界には「前段広聴、後段広報」という言葉があります。まず徹底的に人々の声を聴き届けること(広聴)。そのプロセスがあって初めて、伝えるべきメッセージを正しく届けることができる(広報)という意味です。これは今の私の仕事、そして生き方そのものを豊かにしてくれる大切な指針となっています。
スマホを開けば一瞬で「正解」が手に入る時代だからこそ、私たち人間は「なぜ?」と立ち止まる思考や、自分の頭と五感を使って言葉の奥を噛み砕く感覚を手放してはいけないと思うのです。
転職、結婚、キャリアの挫折など、さまざまな変化に悩む若い世代の方々へ。上手くいかないことや、途中で立ち止まることは決してマイナスではありません。それは自分の狭い価値観を壊し、世界を大きく見ることで、視座を広げてくれるチャンスです。誰かの決めたレールに乗るのではなく、「今、自分は自分の人生を生きている」という手応えのある場所を、自分の手で見つけていってほしい。心からそう願っています。
● インタビューを終えて…
「ダイソン」「Apple」という外資系企業で確かな実績を重ね、デジタル庁へと足を踏み入れた神山さん。目的志向でスマートに成果を出してきた彼女が、日本の組織文化の洗礼を受け、愛犬とのアジリティを通じて辿り着いたのは、「解像度を上げて声を聴く」という、PRパーソンとしてのもう一段上の境地でした。そして今、広報という仕事の深みを更新し続けています。効率や正解ばかりが求められる現代において、立ち止まり、人の心に耳を澄ませていく神山さんのしなやかな生き方は、これからを生きる私たちに大きな勇気を与えてくれます。【M】