X-Ray (「伊場仙」勤務・アーティスト)
行動すること。世の中に無駄なことは何ひとつないと、私は信じています。その時には何かわからないけれど、必ずあとでどこかに経験がつながっていると思うから。

X-Ray 2016年よりアーティスト活動を始める。コンセプトは「See, Touch, and Experience Enjoy Art using the five sense(観て 触れて 体験して あなたのそばに 五感で楽しむArtを)」。絵画、写真、映像や香りを用いたアート等様々なジャンルをミックスして作品を制作している。 創作活動と並行して、扇子とうちわの老舗店「伊場仙」のWeb運用と海外担当部門に勤務。
未来を創ってみたい
学生時代の専攻は、人間工学でした。今でいうバーチャルリアリティ(VR)です。私が学んでいた頃は今と違って「VRって何?」という時代でしたが、私は「これからの未来を創ってみたい」と思って選択しました。思えば、知らないことに触れるとか、世界中の人とコミュニケーションをとれる手段への憧れがこの頃からあったのかもしれません。
とはいうものの、最初は家業の関連会社に就職するところからのスタートとなりました。家業はいわゆる男社会といわれる業界だったので、正直苦労ばかりでした。最先端を学んだ学生時代の環境とは180度異なる “昭和的” な仕事に身を寄せることとなりましたが、結果的には “ビジネスのイロハ” をこの時期に得ることができたのだと思っています。それは元来の私の性格からか、修行したいという意識を強く持っていたこともあるのでしょう。与えられた、しかも固定概念の強い業態にいながらも新しいものをどうやって生み出すか、なんてことをこの時期に徹底的に考える習慣が身についたのです。
例えば、家業では全く英語なんて必要としませんでしたが、毎日23時から2時間はSkypeやFacebook、Messangerを使ったオンライン英語授業を受け、海外の先生と話す機会を設けていました。おそらく英語をオンラインで学ぶスタイルのはしりの時期だったと思います。またアートを体系的に学び始めたのもこの頃です。今、私が国際的なアーティスト活動を始めているなんて、あの頃の私にしてみたら驚きでしかないと思いますが、海外の方とのやりとりを英語で行うことができるようになったのはこの時期の下積みがあるからだと思います。
“おとなキッザニア”
その後、コロナ禍の頃でしたが新しい一歩を踏み出すことになりました。学生を終えた後にそのまま家業を継いだこともあり、見知らぬ企業で仕事をするというのは始めてのこと。故に、ここでも興味を持ったお仕事全てに従事させていただきました。
工場でのお菓子作り、電話オペレータ、早朝からコンビニ勤務もしましたし、羽田空港で外資系エアラインの旅客サポート等、本当にいろいろな方面での仕事をさせてもらいました。そしてそれが本当に新鮮で楽しくて、色々な学びとなったと思います。同年代の友人からは「いまさら何をしているの?」なんてことを言われたりもしましたが、私にとっては、“おとなのキッザニア”な時間だったのです。全てが新鮮、全てが学びの時間となりました。
その中でも特に空港で働いた経験は、アーティスト活動に大いに影響しています。空港ではいろいろな国、世代のお客様と日々接することになり正直大変なことも多かったのですが、彼らと共に笑ったり泣いたり、時には歌ったりしながら、言葉を超えた「対話」を体感することができました。その結果、作品にもこの「対話」を取り入れたい、そう強く思うようになったのです。日本語とか英語とかいう言語を超えたものを表現するというのは簡単なことではありませんが、この「対話」経験が何かできるのでは…ということを深く考える機会になったのは確かです。
そもそも私の最初の個展って実は台湾だったのです。2017年でした。それも不思議なご縁でお声かけいただいて実現したのですが、思うと私の人生というのはこんな縁のつながりで動いているような気がします。
韓国の”鉄岩炭鉱歴史村” にあるギャラリーに私の作品を展示していただいていたりもしますが、これもたくさんのご縁から実現したこと。その中に、現在も私のアーティストとしてのメンターでいてくれる Baek Kyumjoong さんとの出会いもありました。今の私があるのはこういう繋がりがあったからこそと感謝しています。
あらためて学ぶ日本文化
そんな思いを抱き始めた頃、都内の外国人観光案内所に勤務したことは、私の一つの分岐点であるかもしれません。コロナ禍の後のインバウンドの盛り上がりもあり、こちらで多くの外国人からのリクエストや質問を聞いてきました。バスの乗り方、ホテルの予約方法といったシンプルなものから、「半日しかないのだけど、新宿と渋谷と秋葉原に行くにはどうしたらいい」という旅行プラン設定、「琳派ってなんですか」といったアートの話まで、用意されたマニュアルでは答えられないことばかりなのです。
だから普段ちょっとした買い物に行くときにも、情報収集をしながら自ら街を歩いておすすめプランをシミュレーションする、なんてこともしていました。インターネットで調べたらわかることも多い世の中ですが、私はやっぱりリアルな情報、そして自分がおすすめしたいというこだわりを持ちたかった。例えば、観光案内所の近くですぐにアクセスできて楽しめる場所として、日本橋の老舗とか甘粕横丁、たい焼きとか、お煎餅とかどこがいいよ、なんて自分が知っていることを伝えたいと思ったのです。だからリアル情報を伝えられるという楽しみも増えました。お伝えした旅行者からの「ありがとう」という言葉がなんて嬉しかったことか。
そういう日々を過ごしながら、前述した空港体験とともに自然と「日本文化を広めるためにはどうしたらいいのか、海外から訪問するお客様はいったい何を求めているのか」という視点について深く考えるようになりました。「お客様によく尋ねられる『日本っぽいもの』ってなんだろう?」と。考えてみるとアートを学んだ時も西洋美術からのスタートだったし、日本についてはあまり知らなかったことを自覚したんです。だからこそ自然な流れとして日本文化についての興味が湧いていきました。
伊場仙との出会い
まさにそんな時、電車の中でふと目にした求人広告が目に入りました。それが私の今の職場である「伊場仙」です。そこにある条件が不思議と私が求めているものとこれまでの経歴にマッチしていたのです。それは、“おとなキッザニア” の時期に体験していたこと、直接仕事には関係ながらも続けていた英語の勉強やアート活動全てでした。「これはやるしかない」と応募し面談を経て、こちらでお世話になることが決まった時は運命的なことも感じました。

入社後は、伊場仙が伝承してきたもの、特に江戸の文化を学んでいます。外国人にとっては難しいであろう「粋(IKI)」という言葉を「さりげなく、かっこいい」と、自分の中で変換しながらお客様と対話しつつ反応を見て、何が一番お客様にとってフィットする表現なのかを模索修正し、ニュアンスの差を無くそうとしています。そんな模索をする日々を通しながら改めて、日本文化の重みを多くの人に伝えていきたいと強く思うようになってきました。加えて私がこの会社に参画したからこその取り組みも始めました。アーティスト活動の中で実践してきたノウハウを活用したワークショップを先月からスタートしていて、今後も継続しておこなっていく予定です。
そしてまだ企画途中ではあるのですが、団扇を製作する時の残り生地を使ってのアップサイクル活動を展開する予定です。具体的には、バッチやマグネット、髪留めなど試作品を作っている段階なのですが、例えばお子様と一緒にSDG’Sな発想含めて学んでもらいながら創作していく過程を提供できれば素敵ではないでしょうか。そしてその中で、伊場仙のことも含め日本文化について知ってもらいたいと思っています。実はこの考え方自体、私のアーティスト活動の中でも取り組んでいることで、それを今の職場ならではの “形” で、還元できたらと願っています。

団扇用に切り抜いた生地のはぎれから作った髪留めや缶バッジ
直感を信じる
私が歩んできた人生というのは点でお伝えすると「どうしてその流れ?」ということが多いことは自覚しています。ですが、私にとっては全てのご縁が繋がっているのです。時代は効率重視となっていることは十分理解していますが、私はあえて一見効率が悪そうなことでも「今だ!」と自分を信じて動ける感覚が大切だと思ってきました。韓国での作品展示の際にも「わざわざ来なくても」と言われましたが、「今、自分で行かなきゃ」と思い、ハングル語が全くわからないのにソウルから電車で3〜4時間かかる現地に行きました。オンラインで見ることもできるのですが、リアルに見ることが大切だって思ったからです。そしてそこでの出会いがまた新しいチャレンジも繋がっている。だからこそ「今」を大切にしたい。
私の生き方がロールモデルになるとは思えませんが、日々誠実に目の前のことに向き合っていくことで見えてくることってあると思います。私にとっては今、この「伊場仙」での仕事と経験が集大成だと思っています。扇子というプロダクトを通して、若い世代や海外の方に日本文化がもっている四季や絵柄に込められた想いを知ってもらいたい。そして私のこれまでの経験が、その伝承に少しだけでもいいから貢献することができたらいい。それが今の私のチャレンジです。

日本橋・伊場仙の店舗前にて
【伊場仙ワークショップ 彩(いろどり)塾】
『団扇のはぎれで小物づくり体験』
開催日時:6月28日(土) 13:00-14:30
開催場所:伊場仙ビル7階「セミナールーム」(東京・日本橋)
参加費用:1,000円 [2種類分の材料費込、+100円でもう1つ(合計3種類)作ることも可]
定員:10名(先着順)
お申込は、メール:info@ibasen.com または電話:03-3664-9261(10:00-18:00)、店頭にて。
詳細はこちらへ。
【X-Ray 作品展示情報】
7月15日〜20日 「2025 中日韓アート・コスモス現代美術合流展」(釜山)
7月20日〜23日 「 Study x PLAS Asia Art Fair」(大阪)
8月3日〜19日 「 Popup」(パリ)
8月4日〜8日 「 2025 中日韓アート・コスモス現代美術合流展」(東京)
詳細はこちらへ。
● インタビューを終えて…
X-Rayさんのお話を伺うと、チャレンジな人という言葉がとても似合うと感じました。家業を営んでいる時間からのアーティスト転身、バイトを重ねる日々の中で次のステップを着実に見つけていく様には、お話を伺いながらとても刺激を受けました。彼女の作品はインスタレーション(特定の空間にオブジェや装置などを配置し、その空間全体を作品として体験させる現代美術の表現手法)が多いとのことですが、一定のものに留まらない彼女らしいものなのかもしれません。これからの彼女の進化が楽しみです。【M】