櫻井 博紀さん (株式会社電通 ビジネスプロデュース局ジェネラル・マネージャー)

生(せい)を享けたからには、知らないことは全て経験したい、学びたい。
子供の頃から、楽しいことやワクワクすることを追い続けているのかもしれません。

1997年電通入社。マーケティングプランナーとしてキャリアをスタート。その後、アカウントエクゼクティブとして数多くの業界・クライアントを担当。2008年から日本発のグローバル・ブランドの世界展開をサポート。グローバル・アカウントリードとして15ヶ国以上でプロジェクトチームを率いる。2013年ニューヨークに赴任し、ビジネス/マーケティング・コンサルティングと新規ビジネス開発を統括。2019年東京に帰任し、現職。


父の勧めで身についた読書習慣


私自身は京都の生まれですが、某電機メーカーに勤める会社員だった父親の転勤とともに、幼少時代は京都、大阪、岡山、アメリカなど転々としていました。そんな暮らしの中で今の自分を培ったものは何だろうかと、今回のインタビューの機会に改めて考えてみたのですが、過ごしたそれぞれの土地柄からの理由は特に見出せませんでした(苦笑)。

ただ思い返してみると、同年代の友人と比較しても本をよく読む子供だったと思います。今でも年に150冊以上は読みますが、おそらく当時身についた習慣なのでしょう。父親から「本を読みなさい」とよく言われていたんです。「本を読むことによって、人の人生や考え方、気持ちを知ること(理解すること)ができるようになる」と。正直なところ、そう言われてもそんな実感はなかったですし、当時はよくわからなかった本(今この年齢になってからこそ楽しめるようになった歴史小説など)もあるのですが、この頃の読書習慣によって得られた “語彙量や読解力” の蓄積は、間違いなく今の私の糧になっていると思っています。父親が誘ってくれたんだなと。



リベラルアーツ


もう一つ思い返したのが、コロンビア大学で「リベラルアーツ」という学問にかなりの時間を費やしたことです。「リベラルアーツ」は、「こうあるべき」という概念からまずはいったん自分を解き放ち、自由に生きるための力を身につける手段を学ぶ学問と言われているそうです。これは後でわかったことですが、私が通っていた大学はこの「リベラルアーツ」を学ぶことをとても重視していることでも有名な大学でした。

コロンビア大学を卒業するために必要な単位はおよそ120単位ですが、そのうちおよそ2/3は一般教養科目である「リベラルアーツ」、それ以外の専門(メジャー)領域は1/3程度という配分です。これはおそらく日本の大学とは異なる比率ではないかと思います。コロンビア大学でまず学ぶ「リベラルアーツ」という学問領域は、ギリシャ・ローマ時代に由来する「自由七科」(文法、修辞、弁証、算術、幾何、天文、音楽)から派生しているもので、想像以上に幅広い領域で、何より体系的に学ぶことが要求されるのです。アメリカでは、大学は「広く浅く」、大学院は「狭く深く」学ぶ場所、と一般的に言われているようですが、コロンビア大学も同じく、「専門的な勉強は大学院でする」という学生が多かったように思います。

いわば強制的にこのような「リベラルアーツ」の幅広い学びに時間を費やしたおかげで、何かに触れた時にそのままを見てただ “へぇ” 、と思うのではなくて、こういう事象とこんな背景があったから、今のこの歴史に繋がっているんだ、というように、多角的かつ総合的に見て考える基礎力がこの頃に形成されたのだと思います。しかもそうやって学んだことを実際に現場に観に行ったりすることも習慣化しました。


我が櫻井家の教育方針 ー読書習慣ー


このような子供の頃からの原体験が、その後のキャリアや人生を過ごす中でも良い影響があったと感じていたことに加え、パートナーである妻も同じような考え方を持って賛同してくれたこともあって、私たちの双子の娘たちに対しては、私と妻の考えをミックスした教育方針で向き合っている気がします。

実は我が家にはテレビがありません(広告会社に長く勤務しているのに…)。もちろんインターネットは仕事でもプライベートでも大いに活用し、調べ物をしたりトレンドをチェックしたりもしますが、メインの情報源は本、すなわち紙メディアであることは、私の子供時代から変わっていないのです。結果として娘たちも、テレビやネットで動画を観ることに時間を費やすことなく、読書が一番の情報源となっています。我が家では、毎日食後にはそれぞれが興味ある本を読んでいたり、時には共通のテーマで話をしたりしています。そういえば先日、娘と妻の三人が「村上春樹が日本にもたらしたものは何なのか」なんて議論していました。

彼女たちが10歳の時に、私の仕事の関係でニューヨークに移り住んだのですが、当時、当然のことながら彼女たちは英語が全くできなかったわけです。そこで語学(英語)を学ぶことにおいても、彼女たちの学びのツールとなったのは、絵本や日本で読んでいた児童文学の英語版の本でした。親としては「しめしめ」という感じですが、幼い頃から身についた読書の習慣は、日本語だけではなく英語でも続くものなんですね。彼女たちにとって一番有効だったのは、英語版の「ハリー・ポッター」シリーズを読んだことでした。元々日本にいた時に一番好きな本で、夢中になって読んでいたんですよね。だから英語でもすんなり受け入れることができたのかもしれません。好きこそものの…といいますよね。やはり好きに敵うものはないのですね。結果として、6ヶ月もすると日常生活には困らないくらい英語も上達していました。

最近は、日本に帰国したからこその揺り戻しなのでしょうか。「三島由紀夫って素晴らしい」とか「太宰治の全集借りてきた」、「今度、寺山修司原作の演劇を観に行ってくる」など、ハタチ過ぎの子にしてはやや渋すぎないでしょうか? 親としてちょっと心配です(笑)。

アートとの関わりは旅を豊かに


読書についての話を重ねていますが、現在の映像文化を否定する意図は全くありません。あえて言うならば、眼で見えるだけの情報を受動的に鵜呑みにするのではなく、その情報を受けて能動的に自分で考える力を養うためのトレーニングとして、読書というのはとても有効だと思うのです。

アートに触れて、自由にいろいろ想像するのもいいですよね。私自身、元々いわゆる “アート好き” ではありませんでしたが、先ほどお伝えした大学時代のリベラルアーツの学びの経験から、「まずは観てみよう」と美術館にも能動的に足を運ぶようになりました。もちろん全て理解できるわけもありませんし、知らない画家や作家も多いです。しかし「まずは観てみよう」精神で数を重ねていくと、なるほど、現代アートの作家がよくわからないこんな表現をし始めたのはこういう繋がりがあったからなのだとか、美術史の片鱗を理解できるようになることも多いのです。それもまた経験値としての蓄積なのだと思います。何よりも、知らなかったことがある日、そういうことだったのか!なんてわかるのは楽しいものです。

そしてもう少し知りたくなって、また本を探して読んだりするのです。訪れた美術館や博物館に置いてあるチラシを集めて、ランダムに次に行くものを決めています。都合が合うものは何でも観に行きます。海外旅行先でもその街の美術館は必ず訪問します。世界4大美術館はもちろん訪問済みです。

そう言えば先日、家族で四国を旅行しましたが、その前に偶然「石垣職人」についての本を読んでいたこともあって、いやぁ、感動しましたよ、高知城! 以前だったら城の風景をそのまま見るだけだったと思うのですが、実際の石垣に触れてみて、そうか!(本に書いてあったことは)こういうことなのか!と、自分の中で何かこう、立体的に組み合わさった知識となって染み込んでいく感じ。興奮しました。リアルに触れてみるって大事ですよね。



ワクワクすることを追い続けて


インターネットからあらゆる情報を得ることができる環境がどんどん進化していることによるのかもしれませんが、見たことがない、聞いたことがない、行ったことがない、経験したことがないことに対しても「知ったようなふり」をする若い子たちが増えたように感じます。

旅先や映画、本など、実際に行ったり観たりとか読んだりではなくて、誰かの批評やSNSなどでのコメントを読んでわかった気になっている「わかったふり」です。それは悪気があるものではなくて無意識のうちのものだろうと思うのですが、もったいないですよね。一度でもその場所に行ったことがあるとか、一冊でもその作家の本を読んでいるとかなら自ら発言してもいい。でも、そうした人たちは実際の行動を起こすことなく、わかったと思い込んでしまっている。これだと実際の知識としては、浅いんですよね。そんな人はお話しすると残念ながらすぐにわかってしまいます。

私が今の仕事を続けている理由の一つが、クライアントである会社の方々が大切にしているお客様のことを彼らと同じくらいの熱量で大切に思い、考えねばならない立場におかれることです。全く知識のなかった業界を担当させていただくと、リアルに人と出会い、お話を伺い、ひとつずつ知りその業界への理解を深めていくことができ、自分が何らかお役に立てるかもしれない存在になっていく。この過程がワクワクするし続けていられる源泉だと思っています。本やアートと向き合っている時と同じなんですね。本を読む、映画を観る、美術館に行く、旅行をするなどといった行動は、地道だし、お金もかかるし、面倒なことと感じる人もいるかもしれません。しかしそういう行動を継続していくと、その経験を自分で言語化することもできるようになります。周囲の誰かにその経験や感動を伝達することができるようになるのです。ずいぶん長く仕事をしてきて感じるのは、「仕事ができる人は、話すことが上手な人が多い」ということです。思わず引き込まれる話し方をされるし、ずっと話を聞きたくなる。それは彼らのリアルな経験の蓄積によって培われてきたものなのだろうな、と。だからこそこれから活躍していく若い世代には、「…なふり」ではない、自分だけの時間と経験をたくさん持ってもらいたいですね。

インタビューを終えて…


今回のインタビューでお話されていたように、幼少時代からの体験が今につながり、好奇心に満ち溢れワクワクすることを求めて実際に行動するという生き方をずっと貫かれていると感じました。そして、家族との時間、仕事の時間の両方が櫻井さんにとってとても大切であることもヒシヒシと。羨ましいくらいの仲良しな家族、仕事との向き合い方ですね。

娘さんがそろそろ親離れの年齢となり、家族旅行もあと数回とおっしゃっていましたが、その後はパートナーである奥様とずっと旅行を楽しむため、 “筋力貯金” として毎週一緒にジムへトレーニングに行かれているとか。あっぱれです!【M】




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