坂田夏水 / Natsumi Sakata
空間デザイナー。座右の銘である「やるかやらないか。やる!」を実践していたら、気づけばパリの6区の片隅で子育てしながらお店を開店していました。失敗したとしても死ぬほど困ることじゃない、壁紙に悩んだって貼り直せばいいだけ!今日も私は、朝からパリの街を駆け抜けています。

インテリア業界のプロが1月、パリに集まる理由。

パリの街は1月中旬あたりから、どこかしこで私たち ”インテリア業界” のブランドによるパーティが開催されて華やかになります。壁紙やペイント、カーテンやミラーなど壁装、彩られた空間に配置する家具と照明やラグなど、お部屋の中にあるすべてのアイテムに関わるプロフェッショナルたちに加えて、ブランドオーナーからデザイナー、バイヤー、ショップオーナーなど様々な立場のプロが、この時期パリに集まるのです。もしかしたらこれを読んでいただいている方は、ファッションでいう ”パリコレクション(パリコレ)” のインテリア業界版といった方がわかりやすいかもしれませんね。


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ではなぜ毎年1月に、世界中から一斉にプロフェッショナルが集まるのでしょうか。それは二つの大きなインテリアイベントがパリで開催されるからです。一つ目は「 MAISON&OBJET 」、二つ目は「 Paris Déco Off 」、このことには他なりません。

このイベントをきっかけとして、世界中からインテリア業界のプロフェッショナルたちがトレンドをいち早くとらえるためにパリに集まり、パリから発信された最新トレンドは自分の国に持ち帰られ発信され、世界中を駆け巡ります。家があれば部屋があるのですから、インテリアというものは世界中どの国でも必要なものなのです。

ではまず初めに「 MAISON&OBJET(以下、M&O)」について。160カ国から10万人が来場する規模で、”Paris Nord Villepinte(パリ シャルル・ド・ゴール空港近くのヴィルパントにある大規模なコンベンションセンター)” という24万6000㎡の広さの会場(その大きさは東京ドームの5~6個分)で開催されます。毎年1月・9月にパリで開催され、インテリアデザインとライフスタイルのトレンドを発信する世界最高峰の国際見本市。1日ではとても見て回れない規模なのです。「MAISON(メゾン)」とは「家」のことで、 「OBJET(オブジェ)」は「物」を意味します。何十年もM&Oに出展し続けている老舗ブランドも多数いますが、ここに出展することにより世界中に取引先を持てるかも、というメリットから新規顧客探しで出展を狙うデザイナー、学生や主婦なども多いのです。すべての来店者が顧客になるのかというとそうではなくて、とにかく見せてフィードバックをもらうのがM&Oという場でしょうか。出展したけど、何も売れなかったという話もよく聞きます。

M&O:広大な会場に世界中からプロフェッショナルが。
M&O:恒例のトレンド発信
M&O:会場でのランチはピクニック気分

次に「Paris Déco Off(以下、Déco Off)」。パリ市内にあるインテリアテキスタイルのハイエンドブランドのショールームで個別に行う新作の発表会の総称、というのが正しいでしょうか。どこかの会場で一斉に、ということはありません。 パリ右岸のメール通りと、左岸のサンジェルマン・デ・プレ地区と大きく2つのエリアに分かれていて、参加しているブランドのランタンが街の通りを彩るこれらのエリアを、関係者が巡ります。 

前述したようにこちらのイベントは、老舗ブランドや世界のハイエンドブランドが自社のショールームをこの一週間のために彩って、取引先である顧客に新作を紹介し、また新規の取引先を探すためのものです。故に、一見さんお断りの雰囲気があり、エントランスでは名刺の提示を求めるブランドが多いのです。すでに取引があって担当者がついている場合には、奥に通されてシャンパンとおつまみが出てきます。担当者に新作を見せてもらっているうちにシャンパンを飲みすぎて酔っ払っちゃったよね、というのはよくある話(笑)。今年もまた会えたね、と毎年世界中から集まってくるプロたちとの再会を楽しむイベントでもあります。

さらに、ファッションイベントであるパリコレが同じ時期に開催されるので、多数の業界関係者が来仏しています。だからでしょうか、街の華やかさが増長するようです。とにかくパリの街中におしゃれな人が増えて、どこかしこで楽しく美しく賑やかで、新しいコレクションと出会える、これが1月のパリなのです。

Déco Off:イベントエリアの地図(私のお店がある通りです)
Déco Off:街に各ブランドのランタンが飾られます
Déco Off:イベントエリアの中心地



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長くインテリア業界に身を置いている私にとって興味深いのは、パリで流通しているインテリア商材は高価なものはどこまでも高く、安いものはない!という点で日本の市場との違いがあることです。

なぜ高級商材がパリで売れるのかというという問いについては、こちらに来る前からある程度回答を持っていました。それはパリには貴族と呼ばれる階層の方々がいるのと、高級な商材はパリで買おうと訪問する人がいるからです。パリでしか見られない商品はたくさんあります。一方で、パリでなくても買えるものも本店のパリで注文したい、そういうものです。言い換えるならば、パリに旅行に来たのだから、有名ブランドの新作バッグを本店であるパリで買って帰ろうなんて思いますよね?それと同じなのではないでしょうか。

例えばカーテンで考えてみましょう。私の大好きな BRAQUENIÉ というブランドがありますが、フランスの貴族が使っていたようなデザインの素晴らしいカーテンを買おうと思うと、窓ひとつ分で100万円くらいします。日本でこの金額のカーテンを買う人は稀でしょう。100万円の高級バックは買うけれど、100万円のカーテンはなかなか買わないのですね。私は15年ほど設計とインテリアの仕事をしてきましたが、窓ひとつ1万円以下のカーテンが市場に出るようになってからは、ますます日本のカーテン市場は落ち込んでいるように思います。カーテン市場だけではありません。日本の衣食住に関する全ての市場も同じように感じます。便利であることがまず選ばれる日本で、ファストフードやファストファッション、100円ショップは日本全国で増え続けています。買う人がいるから増えるのです。安いものを作れば売れるとしてきた日本の市場はどこに向かうのでしょう…。残念ながら日本のインテリア業界は、安物売りが支持され本当に良いものが消えてしまう業界になってきていると思います。


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このような日本のインテリア業界の流れと課題を感じて、日本の良いものは海外で流通させた方が求められ支持されると思い、私は日本から和紙や畳を持ってきて、これまでに4回、M&O に出展しました。それは移住前のことです。消えゆく日本の伝統建材である和紙や畳、日本の建築技法をパリから発信することによって、少しでも何かが変わらないか、この素晴らしい日本の文化を残せる方法を探すためだったと記憶しています。

M&Oに出展した時のブース

そうして、自社ブランドの商品に賛同してくれるパートナーと共に、M&Oに出展してきてわかったこと。それは、こちらでは日本の伝統的な文化や建材の評価は非常に高く、欲しいと思っているインテリアのプロはたくさんいるんだということでした。出展経験としては非常に興味深く、また世界中のクライアントに自国のものづくりの良さを知らせることができる良い機会だと思いました。ただ一方で、東京ドーム5個以上の広さのM&Oの展示会場には商品がありすぎて目が回るほど。遠い国の商材を購入したくても、関税やシッピングコストの問題で購入する方もハードルが高い。その場での販売はNGですし、ディストリビューターを通した取引が必須で直接取引をしない会社もあります。出展してもその後の販売に実際につながるのはほんのわずかだった、のです。

一方 Déco Off は、出展者の半数が自社の常設ショールームを活用するブランドで、あと半数はこの期間のみギャラリーを借りて自社のショールームのように改装して参加できるもの。1週間だけのショールーム展示に労力とお金を注ぎ込みます。現在の私のパリのお店「BOLANDO」は Déco Off の中心地、サンジェルマン・デ・プレにあります。しかし、ここに店があるからといってDéco Offに参加できるわけではありません。Déco Off に参加してカタログに名前が掲載されるのは、世界中の名だたるブランドのみ。インテリア業界での実績と信頼がなければ参加は許されないのです。

有名なインテリアの老舗が立ち並ぶ街

パリに店を持ってから今年で二度目の Deco off でしたが、世界中のインテリアのプロに日本の伝統的な建材や内装装飾品を、イベントには「不参加」ながら見ていただけています(立地のおかげ、出店時にこだわったからこその恵みであると思っています)。みなさん口を揃えていうのは、「日本の職人の手技と緻密さ、美しさは唯一無二のもの、素晴らしい文化だ」と。私は「しかしこの文化は消えゆくもので、日本だけの消費では継続が難しい」と返答します。日本人は自国の文化を軽視しすぎではないか、どうして残そうとしないのか、などと彼らとは議論をします。つまるところ、日本人は自国の文化を大切にする気持ちが少なく、ヨーロッパ的なものが好きなのですよね、そんなことを感じてしまう。いや自分が日本人だからこそ、そう実感するのかもしれません。

こちらに移住してさらに実感するのは、あらためて日本の工芸の文化は世界的にみても素晴らしいものだということ。日本の素晴らしい文化や緻密な工芸についてフランス人から教えてもらうこともあります。和室で過ごす時間を楽しむ、襖を張り替えてみる、畳の表替えをしてみる、漆器で食事を美しく彩る、着物を着てみる、入り口はたくさんあると思います。日本の3つの道と言われる茶道・書道・花道を初めてみるのも良いかもしれません。私たちの次の世代が大人になった時に、大切な日本の文化を残せるように何か活動をしてみませんか?


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さて、次回はパリのブロカント(Brocante)、骨董探しをレポートしたいと思います。日本語では「蚤の市・骨董市」と訳されることが多いですが、古いものを大事に扱うヨーロッパの人ならではの習慣がブロカントでも垣間見ることができます。古いものを愛でて大切にする文化、一緒に探しにいきましょう。


ではまた。


au revoir. à bientôt!

夏水


これまでの連載は、こちらから

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● 坂田夏水(さかたなつみ) さんて、こんなひと。

1980年生まれ。2004年武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業。
アトリエ系設計事務所、工務店、不動産会社勤務を経て、2008年に空間デザイン会社として夏水組設立。女性の視点によるリノベーションや内装デザインで注目を集める。その他、商品企画のコンサルティングやプロダクトデザイン等を手掛ける。DIYやセルフリノベーションに関する書籍を多数執筆。

【メディア出演】
NHK「世界はほしいモノにあふれてる」 フジテレビ系列「セブンルール」「めざましテレビ」 日本テレビ系列「幸せ!ボンビーガール」外観・内装の立て直し屋 として出演 等に内装デザイナーとして多数メディア出演。

空間デザイン会社 夏水組
吉祥寺店舗 Decor Interior Tokyo
ネットショップ MATERIAL
パリ店舗 BOLANDO