モロッコへの旅

坂田夏水 / Natsumi Sakata
空間デザイナー。座右の銘である「やるかやらないか。やる!」を実践していたら、気づけばパリの6区の片隅で子育てしながらお店を開店していました。失敗したとしても死ぬほど困ることじゃない、壁紙に悩んだって貼り直せばいいだけ!今日も私は、朝からパリの街を駆け抜けています。

砂漠の乾燥した砂埃と共に車に揺られて40分。私の目の前に現れたのは恍惚と美しく流れる水。けれどこれはオアシスではなく、砂漠の中にある大きな人工のプールなのです。人を乗せたラクダが砂漠の山を連なり歩いているのを見ながら、同時にプールサイドに水着で寝そべりカクテルを飲んでいるカップルたちの姿も目に入ってきます。砂漠だというのにこの不思議な光景を前に、私は考えてしまいます。このプールの水はどこから供給されて、排水の浄化システムはどうなっているのか、と。


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2ヶ月間もあった子供たちの夏休みがやっと終わったと思いきや、1ヶ月も経たないうちに2週間の秋休みがスタート。そうなんです。秋休み、パリジェンヌたちは再びヴァカンスに出かけちゃうのです!この休暇スパンの感覚は、日本とは全く異なるなと思いつつ、かくいう私たち一家もこの秋休みに夫の家族と一緒に、モロッコのマラケシュに行ってきました(郷にいれば郷に従え、です!)。

パリから飛行機で約3時間半。スペインの方へ南下し、ジブラルタル海峡を渡ってアフリカ大陸の北側にあるモロッコ、かつての帝都マラケシュへ。距離的には東京から九州または北海道に行く程度だし、フランスの植民地だった関係でフランス語が通じるので、フランス人にとっては気軽に旅行に行きやすい場所。この時期のパリはすでに寒いのですが、マラケシュは過ごしやすく平均気温が25℃程度なので、夏休みには暑すぎるけれど冬や春のヴァカンスとして人気があるのは、そんな理由からでしょうか。

マラケシュの街並み


モロッコの砂漠とリゾート

今回の旅の最初の宿は、”テント” を選択しました(Agafay Luxury Camp)。テントといってもアウトドアのテントとは違って、コンクリートブロック構造の建物をテント生地で覆った建物。簡易的ですがお風呂のお湯も出るし、エアコンも付いています。また、この砂漠小屋的な建物の集合体の中心には大きなプールもあります。プールサイドにはレストランとバーがあってwifi完備。砂漠の中にいるというのに、砂漠にいることを忘れてしまうほどの環境でした。

ホテルの利用客はEUからの人が7割、あとはアメリカやイギリスから。アラブ系も少しだけいる様子。ホテルのオーナーがモロッコ国民かどうかはわかりませんが、大きなお金が動いているのかな。モロッコが国のお金で砂漠の地中に長距離の導水管、ポンプ場、浄水場を建設しているそうで、EUからのリゾート集客のための国策みたいです。



マラケシュのリヤド


職業柄、現地のモロッコ人が住む家も見てみたいと思い、マラケシュの”リヤド(Riad)”に移動。リヤドとはアラビア語で「邸宅」を意味し、airbnbなどで検索しても多数見つけることができます。

マラケシュの中心市街地から車で10分程度行くと、大きな邸宅が立ち並んでいるのが見えました。 モロッコは王政なのですが、王様がゴルフ好きであることから、富裕層のための豪華なゴルフ場が多数あり、ゴルフ場の周囲にこの観光客または移住者のための邸宅が並んでいるようです。

今回私たちがairbnbで宿泊予約をしたリヤドの土地は1200平米、建物の延床は650平米。寝室は5部屋ついていて、各々の部屋にシャワーやお風呂が付いており、庭には大きなプールもありました。さらに屋上にはバーもあり、マラケシュの街からアトラス山脈まで一帯が見渡せます。夫家族と総勢9人でこちらに宿泊し、掃除人と料理人、管理人 2 人の合計4人が家にいて、私たち家族のお世話をしてくれました。まるでホテルのように毎日のお掃除はもちろんのこと、洗濯もしてくれますし、食事は朝昼晩、何が食べたいか伝えておけばテーブルセッティングまでしてくれるのです。

先ほどお伝えしたように、建物内部は延床面積が650平米、東京でいうファミリータイプの一軒家の平均面積が75平米と言われていますから、その広さはおよそ8世帯分です。おそらく1階のリビングだけで2世帯分あるイメージですが、とにかく広く、豪華で過ごしやすい家でした。

しかし職業柄、この家の維持管理費をどうしても計算してしまう私(笑。
夏の冷房、プールの維持費、庭の灌水など、家の維持管理費を考えるだけで気が遠くなりますね。この家を維持できる建物所有者様、そしてこのリヤドの予約をとってくれた夫両親に感謝です。

リヤド〜夜景
リヤドのプール
リヤド屋上からの眺め
リヤド〜昼景

参考:今回私たちが宿泊したリヤドはこちら



マラケシュの建築と内装装飾


ちょっと私の専門領域の話題にも触れておきましょう。

モロッコ最初のイスラム王朝であるイドリス朝の都となったフェズ・メディナ。1000年以上の歴史があるこの場所は今もなお、市民の生活の場として生き生きとその姿を残しています。ピンク色の土壌で囲まれ、まるで迷路のような複雑さのメディナ(旧市街)は、歩けば歩くほどその魅力に気づきます。

マラケシュの市街地の建物はどこもピンクの土壁で、装飾は入り口のドアと小さい窓装飾くらいです。とにかくずっと同じ色の外壁が連続して続いているので、建築の仕事をしている私のような人にとっては、どうして外観で主張しないのか気になるところですが、どうやら建物の外観を特別にして目立たせようという欲がこの地の人たちにはないのかもしれません。

けれど歩いているうちに、はっと足を止める瞬間があるのです。暗く細い通路の奥にある中庭は、外観とは別世界。空気の色が違うほど安らぎの空間が内部にあり、生い茂る樹木と噴水は砂漠の中に突然現れるオアシスのよう。鮮やかなモザイクタイルと白い漆喰、木の彫刻が重なりアラベスクの幾何学模様で空間が彩られている。外壁の土色の世界を隔てて鮮やかな楽園の世界が入り混じるコントラスト。ああ、このために外壁を単調にしたのかもしれないと思うほどです。

中庭
入り口ドアの装飾
中庭へ続くフロア

イスラム建築の特徴は、外観で主張せず中庭周囲に美しい空間を囲い閉じることです。外観からは想像できない内装空間がそこには広がっている様子は、単色無地のブルカで身を包んだイスラム女性の姿と似ているとも感じました。内面の豊かさを求めることは、建築も同様だといえるでしょう。

またモロッコはイスラム教の国ですから、偶像崇拝禁止であるため、イスラム文化の特徴的な幾何学模様や、神を讃えるアラビア文字の唐草文様が、内装装飾としていたるところに見られます。基本の色は7色(白・黒・茶は信者の色。赤は火、黄空気、青は地球、緑は水の色)。

タイル技法は、日本でも有名なので見たことがある人は多いかもしれませんね。これは Zellige(ゼリージュ)といって、焼き上がったタイルを職人が削り出しパズルのように並べて固めたものです。杉の扉や天井装飾の木材は、ヒマヤラ杉の彫刻工芸。 壁面上部は透かしの石膏彫刻で、上部は木彫刻の上に彩色されたもの。ドアや小さな窓格子、照明にも唐草文様が見られ、木材やタイル、金属を細かく加工して模様をつけ、それぞれの素材の重なりで全体を調和されています。床も壁も、天井も。目眩く内装空間を眺めていると文様の宇宙に漂っているかのようです。

タイルの床
タイルと窓格子
タイルの壁





フランス人が作ったモロッコ的建築


フランス人アーティストであるジャック・マジョレルによって、1920年代に40年かけて設計、造園された ”マジョレル庭園”。マラケシュの中でも有名な観光地の一つで、イスラムの伝統的な模様を青と緑を基調として作られた建物です。

ジャック・マジョレルは、ピンクの土色の建物が連なる街並みを青い外壁で一変させました。アーティスト故の発想ですが、彼はこのコバルトの色をマラケシュの空の色として好み、外壁や庭中の建築物を青で塗り替えたのです。マラケシュのピンク土壁の街並みに、鮮やかな青い色が突如に現れ、ブーガンビリアの赤と白の樹木、サボテンの緑が調和して美しい空間です。このマジョレル庭園の青い色は、今ではマジョレルブルーとして観光者に人気でお土産屋さんには同色のペンキも売っているほどです。

このモロッコの中にある紅一点ではなく ”青一点” の家を後に買い取ったのが、フランスのクチュリエ、イヴ・サンローランとその生涯のパートナーであるピエール・ベルジェです。彼らは旅先でモロッコの美しさを目の当たりにし、伝統的な模様と青と緑を基調としたアールデコ調にこの庭園を修復させたので、現在のマジョレル庭園は、フランスとモロッコのスタイルが調和した建物になっています。

ちなみに、現在のマラケシュで「俺たちもマジョレルブルーに家の外壁を塗っちまおうぜ」と思ってもできません。現在マラケシュは世界遺産であることから、建築基準法で外壁の色が制限されています。サンローランの愛したマジョヘルブルーの家をマラケシュで建設しようとしても、もう許されないのです。

最後に、部屋の内部の全てを見学はできませんが、マジョレル庭園の横にあるサンローランとそのパートナーの旧宅「イブ・サンローラン美術館」では、彼が当時愛した家の中のインテリアデザインを見ることができます。この美術館の建築も、モロッコの伝統建築の色彩や工芸、庭園からインスピレーションを得て、伝統とモダンが同居する空間となっていますよ。もし訪れることがある時は必見ですよ。







束の間の秋のバカンスを終えて、パリに戻ると一気にクリスマスムードの街となっていました。

次回のテーマはまだ決めかねているのですが、その前に一つ告知をさせてください。前回トライアルとして開催したオンライントークイベントを日本時間の12月18日(月)夜に実施しようと思っています。まずは皆さまのスケジュール帳に入れておいてくださいね。




ではまた。



au revoir. à bientôt!

夏水


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● 坂田夏水(さかたなつみ) さんて、こんなひと。

1980年生まれ。2004年武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業。
アトリエ系設計事務所、工務店、不動産会社勤務を経て、2008年に空間デザイン会社として夏水組設立。女性の視点によるリノベーションや内装デザインで注目を集める。その他、商品企画のコンサルティングやプロダクトデザイン等を手掛ける。DIYやセルフリノベーションに関する書籍を多数執筆。

【メディア出演】
NHK「世界はほしいモノにあふれてる」 フジテレビ系列「セブンルール」「めざましテレビ」 日本テレビ系列「幸せ!ボンビーガール」外観・内装の立て直し屋 として出演 等に内装デザイナーとして多数メディア出演。

空間デザイン会社 夏水組
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