美食のパリ 〜 マルシェなくしてパリは語れない 〜

坂田夏水 / Natsumi Sakata
空間デザイナー。座右の銘である「やるかやらないか。やる!」を実践していたら、気づけばパリの6区の片隅で子育てしながらお店を開店していました。失敗したとしても死ぬほど困ることじゃない、壁紙に悩んだって貼り直せばいいだけ!今日も私は、朝からパリの街を駆け抜けています。

「Bonjour Madame.Comment allez-vous ? Je te recommande ça!」
(こんにちは、マダム。ご機嫌いかが? 今日はこれがおすすめだよ!)

マルシェ(市場)にいるムシューはいつでも笑顔で威勢が良い。たまにお客さんに冗談を言っては大声で一人で笑っている。そんなムシューだらけのマルシェは、通りすがるだけでお腹が空きそして元気になれる、パリの食卓を豊かに彩り満たしてくれる場所。

私は、美味しいものが食べたい気分の時はもちろんのことですが、日常的にマルシェに行きます。ご近所のマダムも同様で、「毎朝マルシェに行くわ」という人も少なくありません。どちらかというと、朝のお散歩がてらにマルシェで食材調達をするというのが、パリに暮らすマダムの日課なのかもしれません。そして何より、彼女たちが毎日のようにマルシェに通って魚や肉、野菜などを購入する一番の動機は、”自然の恵みを旬な状態でいただくこと” を大切にしているからなんだと思います。

それからマルシェでの “おしゃべり” も大切。マダムのおしゃべりでレジが止まって長い列ができている光景も珍しくありません。列で待っているマダムまでもそこに加わって一緒におしゃべりが始まるから、さらに列は前に進まない。そんなふうに買い物とおしゃべりを楽しむのが、パリのマルシェの過ごし方なのでしょう。

先日、今夜のメニューをどうしようかと考えながら、マルシェに行った時の話です。

「あ!ドーバー海峡で採れたシタビラメが美味しそう」と思って見ていたら、魚屋のムシューから「どう食べるの?」と聞かれ、「ムニエルにしたい」と答えたら、即座に内臓と皮をスパッととって、捌きたてのシタビラメを紙袋に入れ、「美味しいよ。パセリも入れておくね」とウィンクしながら手渡してくれました。

その後は、魚屋の隣の隣にある野菜屋で、先週は陳列されてなかったジロール茸とセップ茸を発見!「シーズンにはまだ少し早いかな…、ちょっと高いかな… 、夫の大好物なんだよな…」と悩んでいたら、野菜屋のムシューが「自分で取れ」と言わんばかりに、紙袋を手渡ししてきました。それでもまだ迷っていた私に、「これが美味しいと思うよ」と声かけと共に一押しされ、その勢いに負けて私は紙袋にそれらを詰めちゃうことに(笑)。「これもおまけに入れとくね」と、会計の後に小さい茸を一掴み追加で紙袋に入れてくれました。そしてやっぱり笑顔で、可愛いウィンクをくれるムシュー。



我が家から歩いて30分程度で行けるマルシェは3つあります。私のざっくりしたマルシェ訪問スケジュールをお伝えすると、火曜と土曜は ”マルシェ・モベール”、水曜と金曜が ”モンジュ広場のマルシェ”、木曜と日曜は ”マルシェ・バスティーユ” と使い分けている感じ。新鮮な魚や野菜、美味しいお肉が食べたい時は、朝7時頃、仕事に行く前にマルシェによって食材を調達するのです。日本とは様子が違うでしょう?

日本の環境、私が以前に渋谷区に住んでいた頃だと、日常の食材調達は24時間開いているスーパーマーケットの ”ライフ” にお世話になっていました。もし美味しい食材が欲しい時は、渋谷東急のデパ地下で調達。そう考えてみると、このパリ中心部の食材調達事情は、日本と大きな違いがあると思います。

マルシェ・バスティーユ

パリのマルシェの良いところは、朝から美味しい食材を選べて、かつムシューから元気をもらえることではないでしょうか。いつでも同じ食材が簡単に手に入る日本のスーパーとは違って不便だけど、私は好き。逆になんとかならないかなと感じるのは、月曜日は休みでやっていないこと、おまけに昼過ぎで閉店してしまうこと。うっかり、お昼までに買いにいくのを忘れると、この辺のスーパーマーケットではマルシェにしかないような生魚や野菜はなかなか見つからないので、その日の家族の食事メニューは、スーパーで調達しやすいサーモンとよくある野菜にほぼ確定してしまいます。とはいえ、よくある野菜といっても日本のスーパーのものと比べると新鮮で美味しい野菜だと私は思います。私の個人的感想としては、甘さや香り、食感はフランスの野菜や果物の勝利。気候と土の違いなのかな。流通の違いもあるのかな。もちろんお値段の安さもポイントの一つです。

ちょっと話が変わりますが、”パニエ”ってご存知ですか?バスケット、要するに買い物カゴのことです。皆さんがパリに旅行でいらしたら、このパニエとブーケを持つマダムが歩いて来る方向に進んでいくと、誰でもマルシェを発見することができるでしょう。なぜって?それはマルシェ帰りのマダムは、たいていその季節の花、それも同じ花を10本程度束にしているブーケを抱えているからです。自分の家のリビングに今週飾る花を、マルシェで買うのです。私自身、マダムが抱えるブーケを見て、季節の花を学んだりします。同じ種類の花でも、日本のものとは色や大きさが少し違って素敵に見えるのはパリマジックのせいでしょうか(笑)。

こちらにきて改めて感じるのですが、季節で花の種類は本当に様変わりします。マルシェにはたくさんの花が並んでいますが、主に春は芍薬(シャクヤク)、夏はダリア、そして今、秋は紫陽花。これらは季節の花を家で楽しむためのブーケとなります。フランス人の家にいくと、大きな花瓶に同じ種類の花がどんと入っているのです。これって日本の家ではあまりみない光景ですよね。あと不思議とこちらの花は長持ちするような気がしますが、これはなぜなのでしょうか。野菜と同じで鮮度の違いなのかしら…。誰かご存知の方がいらっしゃったら教えてください。

もう一つ、マルシェには忘れてはいけないブーケがあります。それはハーブ(草)のブーケ。ミントやパセリ、ア二スやセージ。フランスの料理に欠かせないハーブは、ブーケで売っているのです。こちらでは日常の料理においてもハーブをたくさん使うので、冷蔵庫にはたいていの場合ハーブが入っていて、冷蔵庫を開けると良い匂いがするのです。こうやってハーブのブーケが売られているのも、日本にはない文化ですよね。

日本にだって、もちろん街に花屋はあるけれど、贈り物用として既に何種類も花が混ざって一律なイメージとしてのブーケとして売られていたり、大きな鉢物があったり。日常の生活の花と贈り物の花は別物で売られている、そんな気がします。これもこちらにきて改めて感じた文化の違いです。

マルシェを巡っていると、椅子とテーブルが置かれている場所を時々見つけることがあります。それはたいてい、生牡蠣をその場で剥いて食べさせてくれる牡蠣屋です。牡蠣屋はほぼ牡蠣しか売っていません(季節によっては、ウニや蝦もあるところも一部ありますが…)。それくらいフランスでは牡蠣が一般的なのです。もちろん、牡蠣と一緒に氷で冷やされた白ワインを一緒にいただけます。ただグラスではなくてプラスティックカップですが…(笑)。

ムシューが目の前で剥いてくれた牡蠣をパカっと開けて、まだ生きてうねうねと動いている牡蠣を白ワインと一緒にお腹に入れる至福の時。ああ、思い出すだけでも口の中にあの美味しさが蘇ります。そういえば以前「カキフライが食べたいなぁ」と生粋のフランス人に言ったら、「信じられない」と言われたなぁ…。牡蠣は生で食べるものであって、焼いたり煮たり、揚げたりするのはもっての他!とのこと。えええ、だけどさ。生牡蠣をそのまま食べるのはいいくせに、鯵やイカの活き造りは「可哀想だからダメ!」と食べないフランス人。白魚の踊り食いを見せた時にはドン引き。どうして??

次はお肉の話。実は、フランスではミンチ肉(ひき肉)は牛肉しかありません。そのまま焼いて食べるので、日本のような玉ねぎやパン粉が入っている ”ハンバーグ” というものも存在しないのです。もちろん鶏肉と豚肉のミンチもない。日本での「合挽肉」が当たり前にあるものだと思っていた私としては衝撃的でした。ちなみに牛肉と豚肉を混ぜあわせた「合挽肉」が日本で一般的なのは実は理由があって、高価な牛肉に安価な豚肉を混ぜあわせることで手頃な価格で肉料理を楽しめるようになったという時代背景の影響らしいですよ。

そんなわけで、ここパリで牛と豚の「合挽肉」を手に入れるには、それぞれの肉を手に入れてから自分で混ぜるしかないのです。豚の挽肉は前述したように手に入れられないので、量り売りの豚肉を買ってからお願いしてその場で機械でミンチにしてもらうのです。子供達が「つくねを食べたい」と言い出した時は本当に困った…(涙)。マルシェで鶏肉を機械でミンチにしてとお願いしたら「うちはやらないんだ」と断られるちゃうし、別の大きめの肉屋でお願いしたら「機械に小さい骨や軟骨が引っかかるから予約客の分しか作らないし当日はやらないよ」と。そうかそうか。確かに鶏肉のミンチって大変そうだよね…。

日本のスーパーには骨付きの鶏肉って手羽や足でしか売ってないけど、フランスの鶏肉は基本は一羽マル買いで、部位に別けて売っていたとしても骨なしはササミしかない。骨のついてないもも肉だけ頂戴っていうのは、ここにはないのよね。そんなことも一つと学びとなったマルシェでの出来事でした。

最後にまとめとして、ひとつ。マルシェとスーパーマーケットの間に、ここフランスだともうひとつ、” BIOスーパーマーケット ” という食材調達方法があります。私の選択する順番でいうなら、” マルシェ > BIOスーパーマーケット > スーパーマーケット ” の順番です。日本でいういわゆるおしゃれ系BIOスーパーマーケットと違って、普通のスーパーマーケットの食材ではだめというこだわりの人が行く場所とも言えるでしょうか。食材が無農薬や無添加であることはもちろん、基本的には地産地消でフランスの食材だけを売っている場所。我が家の場合だと、BIOはお値段も敷居も高いので日常的に全てBIOスーパーとは行かないけれど、特別に美味しい食材を買いたい時はBIOを選ぶようにしています。キュウリの違いには驚いたな。味も違うし密度が違って果物じゃないかと思うほどでした。

選択手段の最後の砦(苦笑)となっているスーパーマーケットですが、パリの大手は MONOPRIXCarrefour です。雰囲気は日本のスーパーマーケットと似ているけど、食材の床比率が違うのが面白いかもしれません。例えば、魚売り場の2倍あるフロマージュ売り場。肉売り場の2倍あるハム売り場。野菜と果物は量り売りで、プラスチック梱包はありません。ワインの売り場は野菜売り場より大きいということは、皆さんにとっても想定内でしょうか。 

あと前述した日本の “ライフ” のような24時間営業のスーパーマーケットは、フランスにはありません。営業時間22時までと表記があったら、22時にシャッターを閉める。これも日本とは全く異なるスタイルかと思います。そういえば、最初フランスに来た頃、日曜日が無人でお酒は買えないのは驚きました。パリでは日曜日のお休みはみんなのお休みであって、自分の都合のために誰かのお休みを奪ってはいけないのです。そしてお酒が日曜日に買えないのは…おそらく、近くのレストランで食べて飲んで経済協力しなさいということなのでしょうね。

さて、今回はパリでの食生活について書いてみました。食の都とも呼ばれるパリですから、皆さんの想像からするとどんな食生活しているかとご期待されているかと想像しつつ、日常生活は意外と質素であるかもしれません。ただ豊かであるのは確かです。マルシェには旬のものを感じ、それを伝えてくれる人たちがいる。こちらにきて、私は多くの食材の旬や食べ方を知ったのは確かだと思います。

そんなことを言いながら、実は今、子供の秋休みでモロッコに来ています。子供の学校の休みのタイミングもまた日本と大いに異なるところでしょうか。いつかそんなことも皆さんに伝えてみたいかな。

ということで次回のテーマは、「モロッコへの旅」について書きたいと思っています。ご期待くださいね。


ではまた。



au revoir. à bientôt!

夏水


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● 坂田夏水(さかたなつみ) さんて、こんなひと。

1980年生まれ。2004年武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業。
アトリエ系設計事務所、工務店、不動産会社勤務を経て、2008年に空間デザイン会社として夏水組設立。女性の視点によるリノベーションや内装デザインで注目を集める。その他、商品企画のコンサルティングやプロダクトデザイン等を手掛ける。DIYやセルフリノベーションに関する書籍を多数執筆。

【メディア出演】
NHK「世界はほしいモノにあふれてる」 フジテレビ系列「セブンルール」「めざましテレビ」 日本テレビ系列「幸せ!ボンビーガール」外観・内装の立て直し屋 として出演 等に内装デザイナーとして多数メディア出演。

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