松岡 晃代さん(ジュエリーデザイナー/3Dアーティスト)

目の前のことに飛び込んできた。その先に、今の自分がいる ──「余白」と「リズム」が生み出す、感性と論理のかたち ──

松岡 晃代   ニューヨーク在住。パーソンズ・スクール・オブ・デザイン(以下パーソンズ)卒業後、ジュエリーデザイナーとして独立。自身のブランドを立ち上げ、Neiman Marcus、Nordstrom、銀座和光など国内外の高級百貨店やセレクトショップで展開。ジュエリー制作のキャリアを経て3Dデザインの世界へ活動領域を広げ、現在は3Dによるジュエリーやファッションアクセサリーのデザインを手がけるほか、大学、企業向けに3Dデザインの指導を行なっている。FIT(ニューヨーク州立ファッション工科大学)、パーソンズ准教授
Photo by Midori S. Inoue

音楽、コピーライター、ジュエリー、そして3Dへ



ニューヨークで、ゴールドやダイヤモンドを使ったファインジュエリーを作っていた頃の私を知る人からすると、「なぜ今、松岡がデジタルでアートやアクセサリーを作っているの?」と思われるかもしれません。

当時はニューヨークの高級デパートを相手に、豪華な素材を使ってジュエリーを作っていました。会社という組織に所属するのではなく法人を立ち上げ、一人の人間としてビジネスをしていました。モノづくりから納品まで、自分自身ですべてをコントロールする。手仕事のスケール感や、一人で責任を背負ってビジネスを成立させてきた経験は、形を変えた今も私の中にしっかりと生きています。

だから、私の中では「昔はジュエリーで、現在は3D」というように、過去と現在を切り離して考えているわけではありません。手仕事で金属と向き合っていた時代も、画面の中でデザインしている今も、やってきたことや感覚はつながっています。表現する媒体やツールが変わっただけで、向き合っている本質は変わっていないのだと思います。

振り返ってみると、私のキャリアは最初から計画されていたものではありませんでした。20代の頃は音楽に夢中になっていて、細野晴臣氏プロデュースの「ワールドスタンダード」というバンドで活動していました。テクノや民族音楽、ファッションやアートが混ざり合う先進的なカルチャーの中で、「今までにない新しいものを自分の手で作る」という体験をしたことが、私の思考の原点になっています。その後、コピーライターとして広報の仕事に携わり、そこからスーツケース2個でニューヨークへ。ジュエリーの世界に飛び込みました。

私の場合、「次は何をしよう」と迷って立ち止まるより、その時々で目の前にあることに飛び込んで、ひとつのことに突き進んできたのだと思います。そして、その先でタイミングよく新しい道が開いていく。そのたびに「やってみよう」とチャレンジを重ねてきたのです。





リーマンショックをきっかけに、3Dの世界へ



大きな転機になったのは、リーマンショックの頃です。

ジュエリーの買い取りが途絶え、高額な貴金属を使ったサンプル作りも限界を迎えていました。模倣品にも悩まされ、「これからどうしよう」と考えていた時に、「大手のトップジュエリーブランドがRhino(ライノ)という3Dデザインソフトを使ってジュエリーを作り始めている」という話を耳にしました。

半信半疑で勉強を始めてみたら、「あ、これだ!」と感じたんです。1日3〜4時間、週3回、みっちりとプログラムの操作を学んでいきました。広報時代に培った論理的な思考と、音楽や手仕事の現場で身体に染み込ませてきた感性や立体感。画面上で数値を組み立てながら、美しい造形を作り上げていくRhinoに向き合った時、それまでの経験が自分の中でカチッと噛み合った気がしました。

思えば、私の作品づくりは、感覚から始まり、そこから論理的な設計へと進んでいきます。自然の中にある花や貝、骨、細胞の形、あるいは日常の中でふと目にした線や影などに心を動かされ、「この形、この動きを立体にしたい」という直感から始まることが多いのです。その一方で、それを作品として成立させる段階では、構造について論理的に考えていきます。

感覚的に思い描いた2次元の曲線を3次元化し、曲線や反復の間隔などを調整していきます。その途中で、当初は想像していなかった有機的な表情が現れることもあります。そこでまた感覚的に反応し、さらに論理的に調整を重ねていくのです。

感性と論理は、はっきり分かれているものではありません。直感から始まり、構造を考え、設計の途中で生まれるものを見つけてはまた調整する——その往復を繰り返しながら、作品へと仕上がっていくのです。

《「Flora」ネックレスとブレスレット》
高出力レーザーでナイロン粉末を焼結・固化させる3Dプリンター技術を用いて制作。非常に軽量で、継ぎ目のない一体成形が可能という素材と技術の特性を最大限に活かしたデザインが特徴

「余白」は、感覚ではなく設計するもの



3Dデザインを始め、作品づくりを深めていく中で、私が意識するようになったのが、「ポジティブ・スペース」と「ネガティブ・スペース」という考え方です。ポジティブ・スペースは形がある部分、ネガティブ・スペースはその周囲に生まれる空間や余白。私は作品をつくる時、形だけではなく、その間に生まれる空間や影、そしてリズムも意識して設計しています。

私が使用している3Dプリンターは、 Selective Laser Sintering(選択的レーザー焼結)方式と呼ばれる造形方式の3Dプリンターです。高出力レーザーを粉末状のナイロンに照射して焼結・固化させていく方式により、 軽くて丈夫で、継ぎ目のない複雑な造形も一体で作ることができます。幾何学的でありながら有機的なフォルム。その中で、どこに余白をつくるのか、形と形の間隔をどうするのか、どのようなリズムを生み出すのか。そうした要素を、デザインの中で計算しながら形にしているのです。

一方で、作品をつくり続ける中で、自分の作品に「和」を感じることがあることに、後から気づきました。最初から「日本の『間』や和の美意識を表現しよう」と考えていたわけではありません。でも、自分が意識してつくっている余白やリズム、ポジティブ・スペースとネガティブ・スペースの関係の中に、もともと自分の中にあった日本的な感覚が表れていたのかもしれない。

自分らしいデザインを意識してつくっているからこそ、そこに後から「和」を感じる。そんな発見がありました。





いつからでも、ゼロから始められる



現在はFIT(ニューヨーク州立ファッション工科大学)やパーソンズ・スクール・オブ・デザインで、ジュエリーだけでなくスニーカーやファッションアクセサリーなどの3Dデザインを若い世代に教えています。学校の外でも独自のオンラインクラスを開講しており、全米をはじめ、ヨーロッパ、南米、オセアニアから受講者が集まっています。著名企業のデザイナーや、他分野の大学教授など、それぞれのニーズに合わせてカリキュラムを組み、指導する機会もあります。受講した方から「人生が変わった」と言っていただくこともあり、教えることもまた、自分にとって大切な表現のひとつになっています。

ニューヨークで活動してきた中では、言葉や文化の違い、ビジネスの難しさなど、さまざまな壁に向き合ってきました。でも、完璧に準備が整うまで待つのではなく、まず一歩踏み出すことで、新しい出会いや可能性が開けてきたように思います。もちろん、恐れがまったくないわけではありません。でも、恐れがあっても前に進むこと——“Go Forth Unafraid”という言葉は、キャリアや人生の選択において、私を支えてくれる大切な言葉です。音楽、ジュエリー、テクノロジー、教育。一見すると異なる分野に見えても、私にとっては、すべて感覚を形にして人と共有するための表現です。過去の経験が、ジャンルを越えて表現することへの抵抗をなくしてくれたのだと思います。

そして、自分の専門性や価値観をしっかりと持つことも大切です。新しいことを始める時、最初からすべてが見えている必要はありません。目の前のことに一歩踏み出してみる。そこで経験を積み、一つのことに突き進んでいく。その先で新しい道が開いたら、またチャレンジしてみる。そうやって進んできた結果が、今の私のだと思います。

日本での活動も、これから継続的に広げていきたいと思っています。その取り組みのひとつとして、2026年7月には、東京・銀座のギャラリーゴトウ(https://gallery-goto.com/)で個展を開催しました。この個展は、これから日本で活動していく可能性を実感できる大切な節目となりました。連日多くの方に足を運んでいただき、3Dプリンティング技術への関心や、ジュエリー、アート作品への反響も非常に良く、大きな手応えを感じました。それ以上に嬉しかったのは、日本のコレクターの方々に自分の作品を受け入れていただけたことです。

《レリーフ「Dune」》Selective Laser Sintering(選択的レーザー焼結)3Dプリンターで出力
《花瓶 「Triangle Bloom Vase」》樹脂3Dプリンターで出力
《「Lilac」シリーズ ネックレスとイヤリング》Selective Laser Sintering(選択的レーザー焼結)3Dプリンターで出力
(それぞれ接続されてこのままの形でプリンターから出てくる)
《「Voronoi」リング》ナイロンと金属(シルバー、18金)コーティング

そして私の活動の中に「日本」という場所をもう一度、継続的に位置づけたいという思いも生まれました。同時に、自分の表現の中にある日本とのつながりを、改めて考える機会にもなりました。これからは、日本で継続的に作品を発表するだけでなく、3Dデザイン教育や、さまざまな分野とのコラボレーションにも活動を広げていきたいと思っています。

新しい一歩を踏み出すのに、「もう遅い」ということはありません。これまで経験してきたことは、たとえ一見すると別々の分野のことであっても、決して無駄にはならない。目の前のことに向き合い、手を動かして、また次の一歩を踏み出していく。その積み重ねが、いつか自分だけの表現や道につながっていくのだと思います。



今回の取材は、松岡さんの弟さんが経営されている秋葉原のレストラン「メゾンブドウ」にて。
東京ガストロノミーの最高峰や南仏の名店などで経験を重ねてきた榎本孝シェフによる「榎本フレンチビストロノミー」を楽しめます。普段は気軽な「フレンチ食堂」として、そして週に1回限定で、全国各地の生産者が、それぞれの土地の風土と向き合いながら育てた食材を使い、海の潮風や山の清らかな空気、土壌の個性といった背景にあるストーリーや想いも大切にした本格的フレンチのコースを提供中。

メゾンブドウ
千代田区神田和泉町1-1-12 ミツバビル1階  TEL&FAX.03-5835-2108(お問い合わせ)
OPEN:17:30〜23:30

インタビューを終えて…


松岡さんのお話を伺って、ずっとチャレンジし続けるって、なんだかいいな、と素直に感じました。音楽、コピーライター、ジュエリー、そして3D。ひとつのことに向き合い、そこで経験を積み、その先で開いた新しい道にまた飛び込んでいく。その歩みを聞いていると、キャリアというものは、最初から一本の道を描いて進むものだけではないのだなと思います。そして、松岡さんの作品について伺っていて印象に残ったのが、感覚と論理の両方を大切にしていること。直感から始まり、構造を考え、計算しながら形や余白、リズムをつくっていく。その中に、自分でも後から気づいた「和」の感覚がある。これまでの経験が、今の表現の中でつながっているのだと感じました。私にとって松岡さんは、少し先を走っている女性。そんな女性に出会えたことが嬉しく、私もまだまだ新しいことにチャレンジしていいんだな、と背中を押していただいたような気がします。これから日本でも活動を広げていく松岡さんが、次にどんな世界を見せてくれるのか。楽しみにしています。【M】




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